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祓い屋(物理)の日常  作者: とど
四章
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episode 24 悲劇の終点(3)


 千歳ちとせが鬼怒田家に嫁いだのは、今から二十年ほど前のことだった。


 二十代前半で大学時代の先輩と結婚し可愛い一人息子が生まれ、ごく普通の幸せな家庭を築いていた彼女。そんな当たり前の日常が壊れたのは本当に一瞬のことだった。


「ひ、っく……おとうさん……」


 何も考えられず頭が真っ白になった千歳の隣で息子――かなめが泣きじゃくっている。そして彼らの目の前には、白い布を掛けられて横たわっている夫の姿があった。

 夫が亡くなった。かなめと一緒に歩いていた所を何者かに襲われ、全身を余すところなく傷付けられ物言わぬ遺体となって戻ってきた。司法解剖も行われたが何の凶器かも、ましてやはっきりとした死因すら特定されることなく、誰にどうして彼が殺されたのか何一つ分からなかった。

 ただ一つ、唯一の手がかりは目撃者であるかなめが言ったのは「お化けに襲われた」という言葉だけ。警察の捜査もまったく進まず、夫を殺した犯人は野放しになったまま捜査は打ち切られることになった。




「義姉さん、兄さんのことで聞いて欲しいことがあるの」


 それが怪異の仕業だと知らされたのは、夫の妹が尋ねて来た時だった。何でも彼の親族は昔から霊力が強い人間が多く、そして彼にもあまり強くないがそれがあった。そして彼らの一族は霊力を狙った怪異に襲われることもよくあったのだと。

 霊力、怪異なんて言葉は、千歳にとってフィクションの世界でしかなかった。しかしよりにもよってその霊力とやらは息子にもしっかりと受け継がれており、そしてその力は夫よりも強いのだという。

 冗談だろうと笑い飛ばせればどれだけよかったか。しかし実際にかなめは物心ついた時から不自然に何もない場所を眺めていることがあった。そして「お化けに襲われた」という言葉と、現代医学でも特定できない死因。まったくの偶然で片付けられるものではなかった。


「かなめ君をこのままにしておけば、きっとまた危ない目に遭うと思う」

「そう言われても、どうすれば……」

「……義姉さん」


 真剣な表情の義妹が告げたのは、千歳の想像を完全に裏切った言葉だった。


「再婚、しませんか」







「……はじめまして、千歳と申します。こちらは息子のかなめです」

「よろしくおねがいします」

「……鬼怒田総次郎だ」


 数ヶ月後、千歳はかなめを連れて夫の親戚筋である鬼怒田家に、後妻として嫁ぐことになった。始めて会った再婚相手は厳格そうな無表情の男で、彼は名乗った後無言で彼女達を家の中へと促した。

 かなめを守る為に、と義妹が告げたのは祓い屋を営むという鬼怒田家の庇護に入るという提案だった。悪霊や怪異に対する対策がしっかりと取られ、霊力の使い方も身につけるのにそうするのが一番安全だと、そう判断した結果だった。鬼怒田家もまた、数年前に妻を病気で亡くしており、家を支え、残された子供を育てる為の女性を求めていた。利害が上手く噛み合ったのだ。

 夫を亡くしてすぐに他の男と結婚するなんて、彼を裏切ったようで本当は嫌で嫌でたまらなかった。けれど、かなめを守る為にそんな我が儘を言っては居られない。経済的にも千歳一人でかなめを育てるのは困難なことぐらい分かっている。彼女は自分の心を封じ込め、とにかくかなめを守ることだけを考えて鬼怒田家の敷地へ一歩足を踏み入れた。




 鬼怒田家には、前妻の双子が残されていた。かがりとめぐる。かなめの一つ下に当たるよく顔の似た少年少女だ。


「かがりちゃん、めぐる君、よろしくね……」

「……」


 初対面で、千歳は出来るだけ子供達に歩み寄ろうと目線を下げて話し掛けた。しかしめぐるは千歳のことをじっと睨むように見つめると、「俺たちの母さんはあの人だけだ! 新しい母親なんていらない!」と怒鳴ってすぐに部屋を飛び出して行ってしまった。


 いきなり現れた女に新しい母だと言われても戸惑うのは当たり前だろう。むしろ申し訳なさそうに頭を下げるかがりの方が珍しいことなど分かっている。子供達が悪い訳ではない。

 しかしそう分かっても痛む心を千歳は表に出すことなく、ただ根気よく話掛けて時間が解決してくれるのを待つしかなかった。


 そして懸念は何も子供達のことだけではない。祓い屋なんてそもそも聞いたこともない世界にいきなり関わることになり、霊力のない千歳も家を取り仕切る以上多くの知識を求められた。それだけではなく前は雲の上の世界だった上流階級のパーティに連れて行かれ、それ相応のマナーや振る舞いを覚えなければならなかった。

 必死に必要事項を頭に詰め込んで参加したパーティでも、千歳が歩く度に其処此処から囁く声が聞こえてくる。霊力ゼロの女が鬼怒田家にどうやって取り入ったのだと、場違いにも程があると嘲笑混じりの声が嫌でも耳に入ってくる。隣を歩く夫にだって聞こえているだろうに、密かに唇を噛みしめて耐えている千歳に彼が何かを言うことはなかった。


 針の筵。千歳の味方は家に残る幼い息子一人だけだった。だがその息子を守るという気持ちだけで、千歳は何とか毎日を生きていた。

 幸い、かなめはこの家にも慣れたようだ。静かで穏やかな性格だったこともありかがりとめぐるとも衝突せずに上手くやっている。

 そして暮らしに慣れると同時に、かなめは霊力の扱いや祓い屋としての仕事についても学ぶようになった。この家を継ぐのはかがりだと初めから言われていたが、それでもかなめは不満一つ溢さずに真面目に勉強し、着実に力を付けていた。




「もう今後一切、お前に表の仕事は任せない」


 そんな息子に恥じぬように千歳も頑張り、少しずつ知識や振る舞いが身に付いてきた。子供達とのぎくしゃくした関係も徐々に緩和され、彼女の心労も僅かに減り掛けていたその時、夫から告げられたのは何の感情も籠もっていないそんな言葉だった。

 この家にようやく居場所が得られたような気になっていた千歳は冷水を浴びせられたような思いで呆然とした。何か間違えてしまったのだろうか。何か怒らせるようなことをしただろうか。千歳がそう尋ねても、彼は何も言わずに黙って首を横に振るだけだった。

 必死に頑張っていた今までの自分を全て無駄にされたような気がした。当主と妻としての役割を果たせないと判断されたのか、それとも他にパーティに同伴するような女が出来たのか。

 彼は何も言ってくれない。必要最低限の決定事項だけしか口にしない。怒鳴ることはないが、気遣うような言葉も何もない。端から興味も無いのだろう。ただ千歳に当主の妻としての役割に居てくれればそれでいいのだ。……それすら、ろくに果たせないと判断されたのだろうが。


 千歳は沸き上がる感情を必死で堪えた。ここで感情を爆発させても何もならない。ただこの家での立場がまた悪くなるだけだ。自分はともかく、かなめにまで影響が及ぶかもしれないのに、そんな無責任なことはできない。

 腹の底で何を思おうと、千歳は今まで通りやるしかない。鬼怒田の妻としての振る舞いを、子供達の母としての働きを――。




 だが、そんな千歳の思いに水を差したのは、やはり夫だった。


「この娘を養子に迎える。準備をしておけ」


 ある日、何の脈絡もなくそれだけを告げられた千歳はとうとう言葉を失った。家を取り仕切る、妻としての役割である自分に何の断りもなく養子を迎えるという。彼はもう、千歳のことをただの使用人としてしか見ていないのだろうと思い知らされた気分だった。


 時々、自分が何のために頑張っているのか分からなくなる。そしてその度に、一生懸命勉強するかなめを目にして我に返るのだ。全てはかなめを守る為。それだけの為に。




 新しく迎えた養子であるささらは、千歳には分からないがとんでもない霊力を持っているらしい。かなめよりも霊力の高いかがりよりも、圧倒的に多く。

 前代未聞の霊力を持つささらの噂はすぐに広まり、時折家を訪れる同業者の口からもよく耳にすることになった。


「ただでさえ霊力が高くて優秀なかがりさんがいるのに新しく更に霊力が高い子を迎えるなんて流石鬼怒田だ。これでこの家の将来は安泰も同然ですな」

「……ええ、そうですね」


 ささらが来ても、かがりが家を継ぐことは変わらなかった。

 かがりはこの家を継ぐ。もし万が一のことがあってもささらがいる。――では、かなめは?


 ささらがこの家に来てからというもの、夫はかなめに時間を裂くことが殆ど無くなった。まだ霊力を全く操れないささらの面倒を見ていたかと思うと、かがりに時期当主としての教育を施す。いつの間にか、かなめは蚊帳の外に追いやられるようになった。

 ささらがこの家に来たから、かなめに居場所が無くなっていく。あの人の関心が無くなっていく。今までは当主に慣れなくてもかがりの補助やもしもの時の代わりとなれたのに、それすらもささらが奪っていく。

 千歳は大事な息子を思って歯噛みした。けれど、その感情をささらにぶつけることは一切なかった。ささらが、子供が悪い訳じゃない。苛立ちを抱いても、それは分かっているのだ。千歳の良心が、何も分かっていない子供を傷付けるなんて馬鹿な真似を許さなかった。


「ささらー、早く起きなさーい」

「はぁい」


 だから良い母親として自分を騙すように振る舞った。あの人の関心を独占しても、かがりやささらが悪い訳ではないと、何度も何度も自分に言い聞かせた。


 良い妻として、良い母親として。そうやって少しずつ少しずつ、何かがすり減っていくような感覚がした。気付かない振りをしても確実に減っていくことには変わりない。

 すり減ったそれは、きっかけさえあれば一気に崩れてしまうほど脆弱なものになっていた。


 そして――きっかけはある日突然やってきた。






「……かな、め?」


 何やらどたどたと騒がしい音が聞こえたかと思うと、突如として家の中に女の悲鳴が響き渡った。千歳が慌てて声のした方へと急ぐと、そこには信じられない光景が広がっていた。

 ささらの部屋の開かれた扉の向こう側で、大きな血だまりが出来ていた。むわっと鼻に付く不快な匂いと共にその部屋に居たのは二人。両手で包丁を握り込んで前に突き出すかなめと、そして彼の包丁が胸に突き刺さったかがりの姿だった。


 頭の中が真っ白になった。嘘だ、嘘。こんなことあるわけがない。かなめが、こんなことする訳が――。


「っかなめ!」


 息絶え絶えのかがりが何か小さく言葉を口にしてかなめを突き飛ばした。部屋の外に倒れ込んだ息子を見て慌てて駆け寄ると、彼は返り血で手や服を真っ赤に染めて静かに目を閉じていた。

 そして反射的に顔を上げてかがりを見る。包丁が胸に突き刺さったままの彼女は、うわごとのように何かを呟いた後、動かなくなった。

 かなめが、かがりを殺した。


「どうして……」


 呟かれた疑問に答える声はない。

 自分の知らないうちに殺したい程憎む出来事があったのか。いや、今まで少しずつ蓄積し続けていた苛立ちが、爆発したのか。跡継ぎとしてこの家で一番期待されているかがりに嫉妬したのか。


 千歳が呆然としていると、不意に玄関の戸が開く音が聞こえた。誰かが帰ってきた。

 彼女はその音に反応して弾かれるように立ち上がった。そして咄嗟にその場から離れると、しばらくして自室の前に現れたささらがその凄惨な光景を目の当たりにしてパニックに陥り、そして気絶してしまった。


「……」


 千歳はそろりと足音を立てずにささらの部屋の前へ戻る。倒れたかなめとささら、そして死んだかがりがそこにいる。


 かなめを守らなければ。どんな手を使ってでも、かなめだけは守らなくては。

 そして――魔が差した。


 かがりが死んだことは覆らない。ならば――かなめが殺したとばれなければいい。ささらに罪を被せてしまえば。そうすれば、かなめは守られる。

 そうだ、それがいい。かがりが死んで、ささらもこの家から追い出せば跡継ぎはかなめだ。あの人の関心を引く子供はいなくなる。


 一度心を決めれば、後は早かった。凶器の包丁からかなめの指紋を拭き取り、代わりに気を失っているささらの指紋を付ける。そして自分はたまたま後から帰ってきたことにして警察に通報すればいい。「次女が長女を刺し殺した」と言って。


 計画は殆ど上手く行った。ささらは警察に連れて行かれ、意識を失ったかなめは疑われることすらなかった。誤算だったのは二つ、夫が事件を揉み消そうと動いた所為でささらが釈放されてしまったこと、そして……かなめが一向に目覚めないことだった。

 傷一つないのにまったく目を覚まさない。千歳は毎日病院に足を運びいつ起きるだろうかと待ち続けたが、一ヶ月経っても半年経っても、そして一年経ってもかなめは目を覚ますことはなかった。

 医者でも対処できない、原因不明の状態。千歳はなんだか、その言葉に覚えがあった。怪異に殺され、死因すら特定出来なかったかつての夫の記憶が嫌でも蘇って来た。


「呪詛だ」

「……え?」


 ある日、珍しくかなめの様子を見に来ていた夫が、ぽつりとそう溢した。


「呪詛って……かなめは呪いを掛けられたんですか!? 一体誰に」

「分からないのか……いや、分からないならそれでいい」


 彼はそれだけ言って、千歳を一瞥して部屋を出て行った。彼女はその背中を見送り、そして……そこではっと我に返った。


「かがり……!」


 かがりは死に際に何かを呟いていた。そしてそれと同時にかなめは意識を失った。

 ふざけるな、と千歳は唇を噛んだ。あの子、うちの子になんてことをするんだ。死んでまでかなめを邪魔をするなんて、許せない。


 かがりが掛けた呪詛はとても強力なものだった。死ぬことはなくても解除するのは困難で、ただ時間に任せるしかないのだという。

 千歳は待った。一年も二年も、ずっと息子が目覚めるのを待ち続けた。三年が経ち、そして四年となろうとする所でようやくかなめは目を開けた。


「あれ……ここは」


 自分の状況を理解出来ずに居たのはほんの数分のこと。ぐるりと辺りを見回して思考を巡らせたかなめは、どこか悟りきったような静かな顔でぽつりと呟いた。




「……そっか、僕は」




   □ □ □ □ □ □ □




 夫が癌で亡くなった。本当に、あっけないほど早かった。

 涙は出なかった。悲しかったのかすら分からないほどにすぐに遺体は火葬され、そして……弁護士と名乗る男から遺言状の話を聞かされた。


「当主はかなめさんが、そして遺産の相続分ですが……八割を、次女のささらさんにと」

「……八割」


 千歳は、弁護士の言葉に何も返答ができなかった。遺産の八割をささらに。そして残る二割を三人で分けろというのが、夫の残した最後の言葉だった。


「……さない」


 結局彼は、最後まで自分達に関心など一切無かったのだ。かなめが当主になれたってそれがなんだ。遺産をそれだけ持って行かれて、形だけの当主にさせられて、周りがそんなかなめに対して何を思うのか分からなかったとでも言うのか。

 余り物の椅子に座っただけのお飾りの当主。養子に全てを持って行かれた哀れな男。そんなことを言われ続けなければならないのか。


「許さない」


 あの男の思い通りになんてさせるものか。かなめをこのまま陰口を叩かれるだけの人生にさせるものか。

 だからこそ無理矢理ささらを家に連れ戻した。そうすれば、あの子は全てを手に入れることができる。かなめも驚くほど素直にささらとの婚姻を受け入れた。きっと彼も、自分と同じようにあの男に復讐したいのだろうと安心した。





「……そういえば、あの化けタヌキが居たって言ってたわね」


 怒りのままにささらに手を上げた熱も下がり、気持ちが落ち着いてきた頃千歳はふと先ほどささらを迎えに行ったかなめが言っていた言葉を思い出した。

 昔からこの家の周りをちょろちょろしていた化けタヌキにささらとの話を聞かれてしまったと言っていた。もしかしたらささらを取り返そうとこの家に来るかもしれない。


 だが、この家に入るのは不可能だ。鬼怒田家には何重にも結界が貼られており、無理矢理押し入ろうとすればたちまち追い出されてしまう。特に妖怪はその力を失い、人間でも動けなくなってしまうという。あのタヌキが入ってくることは万が一にもありえない――。


「ただいまー」

「は?」


 そう考えていた矢先、何の妨害もなくあっけなく玄関の扉が開かれた。結界はまるで反応していない。それはそうだ、何せ不法侵入でもなんでもなく……普通に家の鍵を使って普通に扉を開けたのだから。


「いやー、久しぶりに帰って来るとなんだか懐かしいなあ」

「…………、めぐる」

「俺のこと、すっかり忘れてただろ。まあ知ってるさ、俺はこの家で一番の不要品だったからな」

「めぐる様、ご自分のことをそんな風に言うのならわたくしが怒ります」


 扉を開けて、へらりと笑って遠慮無く家の中に入ってきたのは、千歳の思考の外にあっためぐるだった。今の彼女の頭の中にあるのは憎い存在と大事な息子、もはやそれだけしか考える余裕などなかったのだから。

 さらにめぐるの後ろから顔色の悪い茶々が、そして更にその後ろからは、見覚えのない男が無言でずかずかと家の中へ上がってきた。


「あの親父が死んだってだけで驚いたのに……で? ささらとかなめを結婚させるっつうのはどういうことだよ」

「あなたには関係ありません」

「関係ない、ねえ? じゃあ俺も、妹を連れ戻しに来ただけだが母さんには関係ないよな。好きにやらせてもらう」

「! 待ちなさい、何を勝手に――」


「はじめまして、私柊と申します」


 さっさと家の中へ入ろうとするめぐるを千歳が止めようと前に出る。しかしそんな二人の合間に、一枚の小さな名刺が割り込んで来た。


 一瞬、差し出された名刺にぽかんと呆けた千歳は、その差出人と名刺とに交互に視線をやって酷く困惑したように声を絞り出した。


「ど、どちら様……?」

「私、ささらさんと交際させて頂いている者です」

「は」

「いや元々ね、近々ささらと共にご挨拶に向かわせて頂くつもりだったんですよ。……なのにねえ? 急に他の男と結婚するなんて連れて行かれちゃ、こちとら黙って身を引く訳にはいかないんですよ。分かります?」


 名刺を差し出した男――柊がにやりと笑う。そして彼に意識を向けている間にめぐると茶々はどんどん家の中へと入っていき、それに気付いた千歳は慌てて彼らを追いかけようと柊を振り切ろうとする。


「ああ、それと一つ」


 しかしその直後、背後から彼女の肩が勢いよく掴まれた。進もうとした足が止まり、入れ替わるようにして柊が千歳の前に出る。


 振り返った男は笑っていた表情を掻き消し、まるでヤクザのような恐ろしい顔でドスの利いた低い声を出した。



「俺の女を連れ去った落とし前、後できっちり付けさせてもらうからな」



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