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祓い屋(物理)の日常  作者: とど
四章
56/63

episode 23 生きた人形(1)


「ほー、鬼怒田って名前珍しいな。かっこいいじゃん」

「は、はい。ありがとうございます」

「これまではどんな仕事をしてたんだ?」

「えーっと……フリーター、です」


 現在、ささらはとある短期バイトの面接の真っ最中である。公共施設の会議室を借りて行われている面接は、居るのは二人しかいないのにやたらと広くて落ち着かない。

 ささらは緊張しながら机越しに対面する男を窺う。年齢は三十代くらいだろうか、快活な印象が全面に出ている茶髪の男は今回の雇い主であり夏木という名だ。こちらの緊張を解す為かもしくはそれが素なのか、終始非常にラフな口調で喋っている。


「バイトだしそこまで気にしないけど一応形式だから聞いておくか。バイトの志望理由は?」

「以前から他のバイトで人形の手入れもしたことがあったので……」

「え、そうなん? じゃあ頼りになるなー」


 ささらが今回応募したバイトは手作り人形の簡単な管理と商品発送の為の梱包作業の仕事だ。夏木は人形作家で普段から人形を作ってはネットで販売しているらしい。


 ささら自身は元々あまり人形というものが好きな方ではなかった。なんとなく怖いイメージがあったこともそうだが、昔から家で霊が取り憑いた人形を預かっていたこともあり、できればあまり積極的に触れたいものではなかった。

 が、最近はそうでもない。月見の骨董屋で時々バイトをするたびに等身大日本人形には絡まれているし、他の商品である謎すぎる外国の工芸品の人形も流石に見慣れてきた。びびりは治っていないが、割合順応性は高いのである。

 ……まあしかし、このバイトを選んだ一番の理由は当然時給であるが。


「……よし、じゃあ採用で。ちょっとこれから引っ越し作業しなきゃいけないから手が回らなくて困ってたんだよ。鬼怒田ちゃん、明日から四日間頑張ってくれよ?」

「はい、よろしくお願いします!」


 夏木の言葉にささらは内心小躍りしそうなくらい喜びながら頭を下げた。これで先月分の家賃はなんとか払えそうだ。

 思わずにやけそうになる口元を堪えて顔を上げると、夏木はそんなささらを楽しげに、そして嬉しそうにじっと見つめていた。


「ああ、よろしく頼むよ」




   □ □ □ □ □ □ □




 バイト中の四日間は朝の九時から午後五時までの勤務だ。ささらの他にも三人の男女が採用されており、そのうち三島と名乗った女子大生は年が近いからとささらに積極的に話し掛けて来た。今日も三島と二人で人形の梱包作業をしている所だ。


「あー、疲れた……ひたすらずっと段ボールに人形詰め込むの飽きたわー」


 三島が前のめりになっていた体勢を逸らし、椅子の背もたれに思い切り寄りかかって伸びをする。ささらはそれをちらりと見ながら、同じく段ボールに入れた人形の隙間に黙々と緩衝材を詰め込んでいた。


「でもこんなに注文が多いなんて、夏木さんの作品って人気なんですね」

「あ、鬼怒田ちゃん知らないの? あの人この業界じゃあちょっとした有名人なんだよ」

「そうなんですか?」

「美大生の間じゃあ結構話題に上がるよ。新進気鋭の人形作家で、まるで生きてるんじゃないかって思うほど表情のリアリティに拘ってるんだ」

「へー……」


 三島の話を聞きながら、ささらは次に梱包する人形を手に取ってまじまじと観察してみた。芸術に関する造詣は深くないので細かいことは分からないが、確かによく見る無表情の人形よりも微かに微笑んでいるように見えなくも無い。


「っていうか鬼怒田ちゃん、夏木先生目当てでバイトに来たんじゃないの?」

「いや、時給が良かったんでつい」

「えーうそー! それで採用されちゃうんだ? 私の大学の友達も何人か面接来たけど全然通らなかったのに!」

「え、このバイトそんなに倍率高かったんですか?」

「勿論! 数日とはいえ夏木先生の人形が間近でいくらでも見られるんだから応募した人結構居たと思うよ」


 本気で驚いているらしい三島にささらも少し驚いた。面接も大分緩かったしあっさり決まったので沢山の人達の中から振るいに掛けられていたなんて思いもしなかった。そもそも普段ならば人数がどうであれ採用されることの方が珍しいのだ。やはり骨董屋でバイトしていたと言ったのが理由だろうか。

 運が良かったな、とささらが考えていると「それにさ」と更に話を続けるように三島がささらの作業台の方へ体を乗り出してくる。


「人形の凄さもだけど……夏木先生イケメンじゃん。愛嬌あるんだけど男前っていうかー。だからそれ目当てな子も結構いたみたい」

「男前、ですか」

「鬼怒田ちゃんはタイプじゃない? まあ結構チャラそうだしね。それになんか噂によると結構女遊び酷いとかなんとか――」

「へー、俺にそんな噂あるんだな」

「そうなんですよー……あ」


 流れるように割り込んできた声にそのまま返事をしてしまった三島は、我に返ってゆっくりと背後を振り返る。

 噂をすれば。そこには案の定夏木が楽しそうに笑いながら二人を見下ろしていた。


「内容はともかく女の子に噂されてるって結構嬉しいもんだな。まあその噂は嘘なんだけど」

「えー、本当ですかー? でも先生絶対モテるでしょ? 彼女途切れたこと無さそー」

「そんなことねえって」


 しかし驚いたのもつかの間、三島はあっさりと表情を戻すと何事も無かったようにそのまま夏木と話し始めた。ぐいぐい話を進める三島を見ながら、ささらは「女子大生ってパワーあるなあ……」と同年代であることを忘れて呟いた。


「じゃあじゃあ、先生の好みのタイプは?」

「可愛い子だな。つっても女の子は皆可愛いけど」

「うわーチャラいー! でもそういうこと言う人って大抵可愛くない子は女認定してないでしょ」

「酷いこと言うなよ、皆可愛いって。例えば三島ちゃんはビクスドールみたいに肌白くて綺麗だし、鬼怒田ちゃんはこけしみたいで可愛いよな!」

「え?」

「あ、しまった段ボール取りに来る途中だった。それじゃあ二人とも適度に休憩取れよ。倒れたら元も子もないからな」


 そう言い終えると、夏木は部屋の隅にあった畳まれている段ボールをいくつか手にして作業室を出て行った。

 その直後、部屋の中に何とも言えない空気が漂った。


「……」

「……」

「……こけし」

「ごめんさっきの言葉撤回するわ。先生モテるかもしれないけど……デリカシー無いから彼女続かなそう」


 三島が妙に重々しく告げた言葉にささらは苦笑するしかなかった。




   □ □ □ □ □ □ □




 そのまま特に何事もなくバイト生活は順調に進み、あっという間に四日目の午後五時になった。


「はい、四人ともお疲れさん。じゃあこれ四日分の給料だ」

「ありがとうございます」


 作業室に集まった四人に一人ずつ夏木から封筒が手渡される。ささらはそれを受け取ると、しきりに封筒の厚みを確認するように触った。金額は分かっているが開ける瞬間が楽しみで仕方が無い。


「それじゃあ解散で……あ、そうそう。鬼怒田ちゃんだけちょっと残って。話があるから」

「え」


 喜びに満ちあふれていたささらは、しかし夏木のその言葉を聞くとぎくりと肩を揺らして硬直した。何故ささら一人だけなのか。もしや気付かないうちに何か人形を破損してしまったのだろうか。もしそうだったとしたら給料から天引きなんてことは。

 嫌な想像が頭の中を支配し思わず離すものかと封筒を握りしめていると、不意に帰ろうとしていた三島がにんまりと笑みを作ってささらの肩を叩き、耳打ちした。


「もしかして告白だったり?」

「は……そんな訳ないじゃないですか!?」

「いやだって、最後に一人残ってくれなんて他にないでしょ」


 焦るささらを見て余計に笑みを深めた三島が「頑張ってねー」と暢気に言って部屋を後にする。それに続くように「ごめんすぐ戻るから」と夏木も部屋を出て行き、あっという間にささらは一人になった。


「……弁償じゃありませんように!」


 誰も居なくなった空間で、ひとまず最悪の事態だけはありませんように、と祈り上着のポケットに封筒をしまった。

 三島は告白などと言っていたが普通にありえないことはささらも分かっている。一体誰が好き好んでこけし扱いした女に告白するのだ。……そこまで考えて、以前バイトをしていた時に月見が商品のこけしを「可愛いなあ」と言って千紗が嫉妬していたような気もしたが、彼は色々規格外なので例にならない。


「ごめんごめん、待たせて悪い」

「いえ、大丈夫です」


 そんなことを考えていると夏木は五分もしないうちに戻ってきた。後ろ手に扉を閉めた彼がささらの目の前に来ると、思わず緊張で息を呑む。


 何か壊したとかじゃありませんように。


「あの、それで話って」

「ああうん。実は……」


 夏木は一度言葉を止めると、不意に明るい表情を消して真面目な表情でささらをじっと見つめた。

 しっかりと目を合わせられて、ささらは思わずたじろいで一歩下がる。


「一目惚れだったんだ」

「……はい?」

「始めて面接に来て鬼怒田ちゃんを見た瞬間、綺麗だと思ったんだよ」


 全く聞き慣れない言葉に、ささらの脳が一旦処理を停止させた。そして彼女が固まっている間に、夏木は一歩一歩とささらに近付いていく。


「鬼怒田ちゃん、好きだ」

「っえ、はあ!?」


 ようやく頭が回転し始めた頃には、夏木とささらの距離は一メートルを切っていた。咄嗟に後ろに下がるが夏木も近付く。そうして数歩下がったところで、ささらの背中が壁にぶつかった。

 それに驚いている間に、夏木は左手でささらの頬に触れ頭を押さえるようにした。


「ホント、綺麗だよなあ」

「こ、こ、困ります困ります! 私には柊さんが……」

「綺麗だ、うん。鬼怒田ちゃん……だから、さ」


 夏木の頭が傾きささらの顔に影が掛かる。そしてその瞬間、ささらは視界の端に何か光がきらめいたような気がした。






「だから――その綺麗な目、抉らせてくれ」


 刹那、ささらの左目に映ったのは……夏木の右手が握る小さなノミだった。




「ぎゃああああああっ!」

「おっと」


 それが見えた瞬間、ささらは脊髄反射で右腕を夏木に顎に振り上げていた。勢いのついた拳は当たればかなりの衝撃だったろうが、しかし彼は僅かに目を瞬かせて驚いただけであっさりとささらの腕を掴んで止めてしまった。


「!」

「思いの外凶暴みたいだな……まあ、それもいい」


 涼しい顔をしていた男が、にちゃり、と笑う。そして掴んだ腕を押さえつけて再びノミを振り上げようとした瞬間、彼の表情が歪んだ。


「っああああ!!」


 叫び声と共に、ささらにつま先を思い切り踏みつぶされたのだ。


「いっ、てえ!」


 思わず拘束する腕が緩むと、ささらは夏木を突き飛ばして一目散に部屋を飛び出した。


「な、なに、なんなのあの人!」


 パニックに陥りながらも必死に足を動かす。そして外へと繋がる扉の前までやって来たささらだったが、今朝は開いていた入り口は何故かシャッターが下ろされており、無理矢理上げようとしてもぴくりともしない。


「――ひでえことすんなあ」


 しかしそうこうしているうちに背後から靴音と共に小さな声が近付いて来る。こつ、こつ、と歩いているであろう速度だと窺えるのに、それでもささらの心臓は焦燥でばくばくと煩い音を立て始める。


 此処に居ても捕まる。咄嗟に判断したささらは夏木が来る前に急いで踵を返し、途中にあった十字路を曲がって走り出した。

 人形の工房だけあって普通の家よりも広い。ささらは後ろを振り返ることなく走り、とにかく此処から出なければと窓を探した。しかし、バイト初日から気付いていたがこの建物は異様に窓が少ない。何でも日光を人形に当てない為らしく、あったとしてもとてもささらが通れるような大きさではなかった。


 こつ、こつ。と焦っているうちにまたその音が耳に付く。ささらは転びそうになりながらとにかく走り、そして目の前にあった階段を駆け下りた。先ほどまで居たのは一階だ。つまりこの先は地下で余計に逃げ場はない。分かっていても、他の道を探している余裕など無かった。

 階段を下りて正面の扉を開ける。少し重たい扉を体当たりするようにして開けると、そこは……様々な人形で溢れていた。


「此処は……工房?」


 広い部屋の中央に大きなテーブルがあり、コンクリート打ちっ放しの壁には沢山の棚に人形や工具が置かれている。ささらが全体を見回しているとまた微かに靴音が聞こえ、彼女は咄嗟に目に付いた掃除道具入れらしいロッカーの中に入って身を隠した。


「……どうしよう」


 隠れたはいいもののこれからどうすればいい。ささらは不安に押しつぶされそうになりながら必死に思考を巡らせる。

 今のささらには何もない。唯一の所持品は給料が入った封筒くらいで、携帯などが入った他の荷物は全て入り口近くのロッカーの中に鍵を掛けてしまってある。先ほど近くを通った時に持って行けばよかったのだが、実際そんな時間はなかっただろう。

 いっそ正当防衛で夏木をのしてしまえばいいのだが、それもできない。先ほど渾身の攻撃をあっさりと受け止められたばかりだ。ささらは悪霊や妖怪など対霊力持ちには強いが、ただの人間相手になると一気に弱体化する。不意打ちには自信があるが、逆に言うとそれを止められてしまうような相手には何もできない。護身術でも習っておけばよかったと後悔してもどうにもならない。


 ギイ、と重たい扉が開かれる音が聞こえた。


「あーあ、何処行ったんだか」


 苛立たしげに靴音が大きく鳴る。それは近付くかと思えば離れ、部屋の中を歩き回っているのが分かる。


「あの赤い目、ずっと欲しかったんだよなあ……早く抉って取ってやりてえなあ……」


 ひ、と微かに息を呑むとその瞬間足音が止まった。そしてすぐに、音が近付いてくる。

 ばれたのか。真っ暗なロッカーの中で血の気が引く。口に手をやって必死に悲鳴が漏れないように堪えていると、足音がすぐ近くで止まった。


「――っ!」

「此処か?」


 ほんのすぐ傍で、何かの戸が開けられる音が聞こえた。しかしロッカーではない。


「……」


 そしてまた何かが開けられる。今度は連続して、次々と戸が開けられていく。その音は次第に遠ざかって行き、「此処じゃねえのか?」と小さく呟く声が聞こえた。


 靴音が離れていく。それに、ささらはどっと冷や汗を出して肩を落とした。危なかった。ぎりぎりで見つからなかった。心臓は痛いほど煩くて、ささらはロッカーの中で力が抜けたようにしゃがみ込んだ。

 重たい扉が閉まる音が聞こえた瞬間、ささらは大きく大きくため息を吐き出した。

 安堵はしたが、とにかく現状をどうにかしなければならない。なんとか荷物を取りに行って警察に連絡するか。それとも別の脱出を探すのを優先した方がいいのか。また夏木に見つかった場合、どうするべきか。


「説得しても……多分、聞いてくれないよね」

「ああ、そうだな」


 気が付いたら、真っ暗だったロッカーの中に明かりが差し込んでいた。気が付いたら、扉が開けられていた。

 気が付いたら――目の前に無表情の夏木がささらを見下ろしていた。その手には勿論、ノミがある。


「……あ」

「みつけた」









 ――ロッカーの中で走った鈍い銀色が、何かを柔らかく引き裂いた。



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