episode 21 真実を探す(2)
「ささら様、忘れ物は無いですか?」
「うん、大丈夫」
「ハンカチは持ちました? あと携帯と財布と羽斬と……」
「だから大丈夫……って、羽斬!? パーティなんだし羽斬は別にいいでしょ……?」
「いけません! なにせ霊能力者が集まるんですから何か悪巧みをする輩がいたらどうするんです! ささら様は何かと危なっかしいんですから念のため持って行って下さい!」
浦原が事務所に来てから一週間後、昼に差し掛かった頃ささらは慌ただしく身支度を整えばたばたと室内を走り回っていた。
あの時浦原が持ってきたのは霊能力者や祓い屋等が集まるパーティの招待状だった。最近警察からの仕事も増えたささらに目を付けた主催者が警察を通して招待状を送って来た訳だが……その手の会合に行ったことのないささらは勝手が何一つ分からない。
普段ならば断ることも選択肢に入れるが、今回は別だ。むしろ他の霊能力者と会う機会が生まれたのから本当に良いタイミングだと言っていい。かがりはよくそういう会合に顔を出していたし、姉の知り合いも見つかるかもしれない。
ささらが茶々に促されるまま羽斬を手に取ると茶々は満足そうに頷き、「いいですか羽斬、しっかりささら様をお守りなさい」と言い聞かせるように短刀を見下ろした。
が、当の短刀はまったくの無反応で、人型を取ることもない。しかし羽斬を手に持つささらにはなんとなく面倒くさそうな雰囲気が伝わってきた。
「あ、柊様がいらっしゃいましたよ」
「ホントだ。じゃあ行ってくるね」
「はい。行ってらっしゃいませ」
ささらは茶々に見送られながら外に出て、事務所の前に止まった見慣れた車の助手席の扉を開ける。
「今日はよろしくお願いします、柊さん」
「おう。……そんな普段着でいいのか? パーティなんだろ?」
「はい。だからちょっと先に寄って欲しい場所があるんですけど」
車に乗り込むと、スーツ姿の柊が軽く片手を上げてささらを迎え入れる。そしてささらが住所が書かれた紙を差し出すと、彼はそれをカーナビに打ち込んでから車を発進させた。
今回のパーティに参加するにあたっていくつかの問題点があったのだが、その一つが招待状に書かれたパートナー同伴という言葉であった。茶々は当然のように柊を誘えばいいと言ったが、何せ一週間後である。そんな急に予定を空けてと言っても困るだろう。
しかしささらの予想とは裏腹に、柊は意外なくらいあっさりと頷いて了解してくれた。
「本当にすみません柊さん。仕事も色々あったんじゃないですか」
「別に構わねえよ。人と会う約束は無かったからある程度調整は利く。……むしろお前、俺じゃなかったら誰に頼むつもりだったんだよ」
「忙しいですけど駄目元で兄さんか、最悪茶々に化けてもらおうかなー、と」
「あの嬢ちゃんいつもの姿以外にも化けられるのか」
「この前仕事で別の格好してもらいましたね。……まあ、男の人にまで化けられるかは知らないんですけど」
「……あの二人なら別にいいが」
「柊さん?」
「正直、自分の女が他の男をパートナーにするって言い出したらあまり気分がいいもんじゃねえぞ」
「……」
呆気に取られた顔でささらが固まる。ちょうど赤信号で車が止まると、柊は何も言わないささらを訝しげな表情で振り返った。
「なんだよ」
「その、柊さんがそんなこと言うと思ってなくて少し驚いただけです」
「……」
信号が変わる。柊は前を向くと車を発進させ、そしてそのままの状態で口を開いた。
「……嫌か」
「い、いやびっくりしましたけど……でも、少し嬉しいです」
「まあ俺たちも付き合いが長いからな。いきなり関係性が変わるのも難しいのは分かる。少しずつ慣れろ……って」
その時、「目的地周辺です」とカーナビが告げる。柊はナビと目の前の建物を交互に見ると、何とも言えない表情でささらの方を見た。
「おい、此処……キャバクラじゃねえかよ」
「ああ……柊さんも前に会ったと思いますけど、ろくろさんがパーティ用のお化粧とかしてくれることになったんです」
「ろくろ……ああ」
ささらの言葉に、柊は名前は名乗られていないが誰のことを言っているのかすぐに思い当たった。何せ妖怪名そのまんまである。
パートナーが決まって次に直面した問題が、当日着ていく服や化粧、髪のセットをどうするかということだった。
そもそも着ていく服もないと思ったささらだったが、試しにクローゼットを開けてみると目の前にあったのはいつかに貰った真っ赤なドレスであった。まさかこれを活用できる日が来るとは全く思わなかった。
結局髪のセットと化粧も千紗に改めてろくろを紹介してもらい、店周辺の浮遊霊を除霊するのと引き替えにタダでやってもらえることになったのである。
「それじゃあ柊さん。すみませんけど三十分くらい待ってて欲しいんですけど……」
「分かった。とっとと行ってこい」
軽く頭を下げると、ささらは荷物を持ってキャバクラの中に入っていく。その後ろ姿を見ながら、柊はこのキャバクラの店主を思い出して頭痛を押さえるように頭に手をやった。
「つーかあいつ、びびりの癖に順応性高いな……」
柊も初対面でびびったろくろ首の女に、ささらもう既に平然と会いに行っている。弱虫なのか度胸があるのか分からないな、と思いながら柊はシートの背を少し倒してささらの帰りを待つことにした。
「……」
「ど、どうですか?」
四十分ほど掛かってから、柊が少し眠気を覚えた頃にささらは戻ってきた。以前彼が以前目撃したのと同じ、少々露出の多い赤いドレスにストール、そして肩までの髪を纏めてメイクを施している。
慣れない服装に緊張した様子のささらを、柊が上から下まで流れるように視線を動かす。すると、彼の眉間に僅かに皺が寄った。
「ホントのその格好で行くのか」
「私もちょっと恥ずかしいですけど、ろくろさんも良いって言ってくれましたし。……滅茶苦茶見苦しいとかだったら止めますけど」
「そういう意味じゃねえよ、ただ」
「何ですか?」
「……ストール、しっかり羽織っとけよ」
□ □ □ □ □ □ □
「うわあ……」
「口開いてんぞ」
会場であるホテルに到着したささらは、ぽかんと口を開けたまま圧倒されたように周囲を見回した。
会場は想像以上に広く、そして人も多い。霊能力者という日陰の職業の集まりとは裏腹に煌びやかなシャンデリアや装飾が多く、ささらは食い入るように室内を見つめ、そして一言。
「二日……いや、三日分」
「そのドレスでそんなに食えるか」
「えっ」
立食式でテーブルに並べられた料理を見ていたささらに柊が隣から突っ込みを入れる。ついつい目的を忘れていつも通り食い溜めに意識が向いてしまったささらだったが、柊に指摘されて思わずドレスの腹回りに触れる。彼の言う通り、殆ど余裕がない。
「嘘でしょ……?」
「残念ながら現実だ。食い過ぎて服が破れるような馬鹿な事態になるなよ」
「……はい」
がっくりと肩を落としたささらは名残惜しそうに料理から視線を外すと、集まっている人々を一人ずつ観察するように見つめて「それにしても」と呟いた。
「やっぱり、“そういう”集まりなんですよね」
「?」
「此処に居る人達、みんな霊力高い人ばっかりですよ」
柊には誰も彼も普通の人間に見えるかもしれないが、ささらの目には各々の高い霊力が容易に見て取れる。ささらよりも霊力の高い人間は今の所見当たらないが、きっとその分彼女よりも優秀な人達なのだろう。
と、入り口近くで立ち止まっていたささら達の元へ初老の男性が近付いてきた。周囲の人間よりも一際霊力の高い、穏やかそうな男性だ。
「君がささら君かな、はじめまして」
「そ、そうです! 鬼怒田ささらと申します」
「今日君を呼んだのは私なんだ。話はお父上から聞いているよ」
「え、」
「こういう場は初めてだろう? 緊張するかもしれないが、まあ楽しんでいってくれ」
父、という言葉に一瞬ささらが硬直していると、男は朗らかに笑ってあっさりと離れていってしまう。我に返ってからすぐに追いかけようとしたが、既に他の招待客と話を始めており、ささらはタイミングを逃して動かそうとした足を戻した。
「……お父さんが」
父――養父である彼とは、かれこれ四年会っていない。それなのに一体何を言ったのだろうかとささらは気になって仕方が無かった。そもそも他の人に何か言うほどささらに関心があったのだろうかとさえ思ってしまう。
「ささら、腹減っただろ」
「え?」
「いいからさっさとメシでも持ってこい。二日分は無理だが、無理ない程度に好きなもん食え」
ほら、と突然傍のテーブルに置かれていた皿を差し出され、ささらは困惑するように柊を見上げた。
「柊さん……?」
「いいから行って来い」
とん、と軽く背を押され、ささらは戸惑いながらも皿を持って料理の並ぶテーブルへと向かった。そこに並んでいるのは普段お目に掛かることのないようなローストビーフやお洒落な盛り付けのされた魚の切り身、付け合わせの種類も豊富で見ているだけでわくわくするような料理ばかりだった。
「うわ、これもしかしてキャビアってやつ……? あ、こっちは何だろ」
気になるものを次々と皿に乗せていくとあっという間に山盛りになってしまった。そこまで来てようやく周囲の人間がちらちらと自分の皿を見ていることに気付いたささらは、途端に恥ずかしくなってそそくさとその場を離れた。
「美味しそう……」
しかし恥ずかしがっていたのもつかの間、すぐに意識は目の前の食べ物の方に移ってしまう。ドレスの限界まで食べてせめて一日分は食い溜めようと決意したささらは、壁際で何やら飲み物を口にしている柊を見つけて少々テンション高く近付いた。
「柊さーん、美味しそうなのいっぱいで――」
「おいあんた。来る会場間違えてんじゃないのか」
ささらが柊に声を掛けたその時、まるでそれを遮るように知らない男の声が割り込んできた。その声の主――ささらと同じか少し上くらいの男は、ささらの視界を横切って柊に近付くと、妙に偉そうな態度で腕を組み下から柊を見上げた。
「それともあれか? よくあるインチキ霊能力者の正体を暴いてやろうって意気込んだどっかの記者か?」
「……いえ、私は出席者の付き添いですので」
「へえー、付き添いねえ? どっちにしろあんたみたいな霊力ゼロの人間はお呼びではないがな。あんたのパートナーもさぞかし趣味が悪いらしい」
「……」
まるで周りに言いふらすような大きな声でそう言って鼻で笑った男。そしてそんな男の背後でそれを聞いていたささらは、手に持った皿をがたがたと震わせながらつかつかと慣れないヒールを鳴らして柊と男の元へと近付いていった。
そして無理矢理二人の間に割り込んだささらは、柊を庇うように彼に背を向け、目の前の男をきつく睨み付けた。
「私の連れに何か用でも?」
「あ? ……あんた」
いきなりなんだとばかりに男がささらを見下ろす。胡乱な目でささらを見ていた男は、しかしささらをじっと見た後すぐに顔色を変えて、にやりと笑って皿を持たない方の手を無遠慮に握った。
「え」
「見たことない顔だな。会合は始めてか? だったら俺が色々仕来りってものを教えてやるよ」
「離して下さい」
「いいからこんな霊力ゼロのおっさんなんてやめとけ、ろくなもんじゃない。それより俺の方がずっとあんたに相応しい。うちは代々祓い屋なんだが、あんたの霊力があればこの先数代安泰で――」
「お言葉ですけど」
ささらが捲し立てる男の声を吐き捨てるような声で遮り、大きく腕を振って男の手を振り払う。そしてその手で、今度は男の肩を何度か払ってみせた。
その瞬間、男の顔に驚愕の色が乗った。
「軽くなりました? 生憎、自分に呪詛が掛けられていることにも気付かないような霊能力者はお断りです」
「な、お前」
「まあ呪詛と言っても髪の毛ぐらいの細さの縁がいくつもくっついてただけですけどね。でもこのまま放っておいたらいつかはがんじがらめになってましたよ。……私、祓い屋をしてるんですけど、呪詛を祓うご依頼ならいつでも受けますよ?」
カッ、とその瞬間男の顔が真っ赤になった。
先に男が周囲の注目を集めていた所為で、ささらの言葉も勿論周りに届いている。衆目の中で大いに恥をかかされたその男は、怒りを滲ませた顔でささらを睨み付けた後、逃げるように会場から出て行ってしまった。
「……おい、ささら」
「なんですか?」
「お前あんな皮肉言うような性格だったか?」
「だって柊さんが悪口言われてたんですからそりゃあ怒りますよ」
「お前たまに過激だよな」
「大体柊さんもなんで言われっぱなしだったんですか。いつものヤクザ顔で凄めば一発でしたよ」
「誰がヤクザだこら。それにな、こういう社交の場で荒波立ててどうする。あれぐらい適当に流しときゃいいんだよ」
「でも」
「少しはマシになったようだな」
「!」
その瞬間、ささらは弾かれたように背後を振り返った。突然掛けられた低く静かな声。しかしそれは、どうにも聞き覚えのあるものに思えた。
そして振り返った先に居た人物を目にし、ささらはその曖昧だった判断を確信に変えた。
「久しぶりだな、ささら」
「……お父さん」
そこに居たのは、和服を着た六十ほどに見える白髪の男性――四年前と変わらない、養父だった。
いつか向き合わなければ、とは思っていた。鬼怒田の家に行くということは両親と対面するということだ。だから父ともいずれは顔を合わせるつもりだった。……だが、それにはまだ、ささらの心の準備が圧倒的に足りていなかった。
何を言っていいのか分からない。正解が分からない。ささらは呆然としたまま父親を見上げ、そして目が合う直前で視線を外し、思わず一歩後ろに下がった。
「はじめまして、柊と申します。お嬢さんと交際させて頂いております」
と、今度は先ほどとは逆に柊がささらを庇うようにずい、と前に出た。名刺を取り出し営業スマイルを作って挨拶した柊に対し、父は静かに柊を見下ろしてから無言で名刺を受け取る。
「祓い屋として独立したらしいな」
「は、はい、そうです」
「話は時々警察の方から流れてくる。依頼はきちんとこなせているらしい」
「はい、何とか……」
「……」
「……」
必死に返事を返すささらだがすぐに沈黙が訪れてしまう。久しぶりの親子の会話だというのに、これなら人見知りのささらでも初対面の人間の方が余程気楽に話せるなと余計なことを考えてしまう。
「あ、あの……お父さん。ところで……かなめ兄さんは今どんな状態で」
「……」
「あの、お父さん……?」
「ささら」
「は、はい!」
「今後一切、かなめに……鬼怒田の家に関わるな」
「……え」
「金輪際、あの家に来ることも許可しない。……話はそれだけだ」
鬼怒田の家に関わるな。家に来るのも許可しない。
頭の中で繰り返された父の言葉に、ささらは言葉を失い瞬きも忘れた。言い終えるとすぐに彼は踵を返して会場を後にする。その背中を止めることも出来ず、そもそも止めなければという考えすらささらの頭には思い浮かばなかった。
ただただ、思考を停止させて父の背中が扉の向こうに消えていくのを見ていることしかできなかった。
「……」
そんなささらを間近で見ていた柊は、一瞬迷うような素振りを見せた後ささらを置いて急ぎ足で会場を飛び出した。
「待って下さい!」
年齢の割に早く歩く男の後を追いかける。小走りで近付いて男の背中に声を掛けると、彼はすぐに足を止めて柊の方を振り返った。その表情には感情が一切浮かばず、やはり何を考えているのかは読み取ることができない。
「なんだ」
「少し、話をさせて下さい。お願いします」
「……いいだろう」




