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祓い屋(物理)の日常  作者: とど
四章
53/63

episode 21 真実を探す(1)


 ささらの体調もすっかり元に戻り、一週間で無事に退院することができた。

 何故だかめぐるから頻りに事務所の電話を変えろと言われたことに首を傾げつつ、よやく家に戻ることが出来た彼女はまずバイト先に挨拶に行ったり倒れる前にするはずだった事故物件のお祓いを行ったりと仕事を片付け、そして数日後にようやくずっと気がかりだった件に手を付けることになった。


「……」


 ささらは今、緊張しながらとある扉の前に立っている。場所は数日前まで彼女も入院していた病院で、そしてこの扉の向こう側には……彼女を殺し掛けた人間がいる。

 ささらがずっと気に掛けていたのは、彼女と同じくあの時に倒れた飛鳥のことだった。ささらよりも酷い容態だった彼は数日前にようやく面会が許されるようになり、そしてやっと今日会いに来ることができた。

 めぐるから事前にささらが来ることは伝えてもらっているが、実際に会ってみないことにはどんな状況になるかは全く分からない。ささらは一つ深呼吸をしてから目の前の扉をノックする。


「……はい」

「失礼します、ささらです」


 恐る恐る扉を横にスライドさせて一歩室内へと足を踏み込む。何か飛んでくるのではないかと警戒していたが何事もなく、ささらは部屋の置くのベッドに横たわる痩せた男を窺ってゆっくりと近付いていった。


「……」

「……」


 ささらが傍へやって来ると飛鳥が重たそうな頭を動かして彼女を見上げる。まだ腕には点滴が付けられており体を動かすのも難しそうだが、どうやら意識ははっきりしているようだ。

 まず開口一番何を言えば良いのか。ささらは言葉に迷い、ひとまず当たり障りの無い言葉を口にした。


「あ、あの……古町さん、体の具合はどうですか」

「……どうもこうも、見たまんまだ」


 返って来た声は、ささらの思っていたよりも静かで落ち着いたものだった。


「人を呪わば、穴二つ……だろ。最初から覚悟はしていた。むしろ、死んでもいいとすら思っていた。それで、あいつの元へ行けるなら」

「古町さん……」

「ははっ、……実際にそうなっていたら、逆にかがりに呪い殺されてたかもな。ささらに何をするんだって」


 飛鳥の乾いた笑いが静寂の中に落ちる。ささらがそれに何とも言えない表情を浮かべていると、急に笑うのを止めた飛鳥が表情の抜け落ちた顔でささらを見た。


「俺は。……俺はまだ、お前がかがりを殺したんじゃないって、犯人じゃないと完全に信じていない」

「……」

「信じられない。何年も憎んできたのに、突然はいそうですかと信じられる訳がない」

「分かっています。でも、私は……それでも私が姉さんを殺していないって、何度でも言い続けます」


 決めたのだ、信じてもらえるまで諦めないと。それがどれだけ辛くとも、ささらがかがりを殺したなんてことを認める訳にはいかない。

 飛鳥がささらをじっと見つめる。そこに嘘が無いかを確かめるように、ほんの僅かな動きすら見逃さないとばかりに注視する。


「その言葉に、信憑性は何も無い」

「そうですね。でも」

「だから……だったら、信じさせてくれ」

「え」

「お前が、かがりがあれだけ愛していたお前が犯人なんかじゃないって、俺に信じさせろ。お前が殺したんじゃないのなら――本当の犯人を、教えてくれ」


 ささらは、まるで目の覚めたような気分で飛鳥をまじまじと見返した。

 姉を殺した犯人がささらではないのなら勿論別にかがりを殺した、そしてかなめを害した人間がいるはずだ。だが、ささらは今までそれを考えてこなかった。あの事件についてしっかりと考え、向き合うことが出来るようになったのはついこの間だ。過去を思い出すと、同時にあの時の何もかも信じられなくなった絶望を思い出してしまうから。


 ささらは警察でもなければ探偵でもない。それに四年も前の事件を追うのは非常に困難だろう。……だが。


「分かりました」


 ささらは沈黙の後、飛鳥に向けてしっかりと頷いてみせた。

 疑っていながらも、飛鳥はささらを信じようとしてくれている。それに応えたいという気持ちと、そして彼女自身もあの事件の真相が知りたいという思いがあった。姉を殺したのは誰か。兄を目覚めさせなくしたのは誰か。あの時本当は何があったのか、それが知りたい。



「必ず、見つけてみせます」


 ささらの言葉に、飛鳥の表情がほんの少しだけ和らいだ。




   □ □ □ □ □ □ □




「たぬちゃーん! ……って、あれ。いない」

「茶々なら妖怪同士の会合に行きましたよ」


 数日後、祓い屋の事務所にやって来たのは最近ようやく仕事に復帰した浦原だ。例の事件で大怪我を負って入院していた彼女はしばらくの間酷く憔悴していたが、退院した頃にはいつも通りの調子に戻っていた。……実際の所空元気でもあるだろうが、勿論その事には触れていない。


 相変わらず事務所に来て真っ先に茶々に飛びつこうとした浦原だったが、生憎茶々は不在である。いや、あえてこのタイミングを選んで来たもらったというのが正しい。茶々にはあまり聞かせたくない話だからだ。


「えー……残念。ところでささらちゃん、私に用事って一体なんだった?」

「ひとまず、座って下さい」


 茶を――桔梗に文句を付けられてから少しずつ練習しているがあまり上達しているとは言えない――淹れて茶菓子と共に浦原の前に出す。そして自身も浦原と向き合うように対面するソファに浅く腰掛けると、緊張した面持ちで浦原を見た。


「実は、美守さんにお願いがあるんです」

「お願い?」

「姉さんの事件……四年前の鬼怒田かがりが殺された事件について、知っている情報を教えて下さい」


 ささらの言葉に、浦原は少し驚いたように目を瞬かせた。

 四年前、浦原はあの事件を担当していた一人だった。その時に初めて彼女と会い、そして数年後に祓い屋として動いている時に別の事件で遭遇したのだ。ただの一容疑者であったのに関わらず、浦原はささらを見てすぐに思い出してくれた。それだけ、あの事件が彼女自身も引っかかっていたのかもしれない。


「守秘義務があることは分かっています。だけど、どうしても知りたいんです」

「……どうして、今になって?」

「姉さんを殺した犯人を突き止めたい。あの事件の真相を、知りたいからです」


 浦原がささらをじっと見つめる。人の目を見るのが苦手な彼女は無意識に俯いてしまいそうになったが、それでも負けじと睨むほどに浦原を見た。


 数秒後、外で子供がはしゃぐ声と浦原のため息が重なって聞こえた。


「そういえば……この前の依頼料、払ってなかったわね」

「え?」

「先輩を……水城さんの霊を祓うように依頼したことよ。なら、その分の代金は払わないとね」

「いいんですか」

「ささらちゃんが持ちかけて来たんでしょう? それに……あの事件は」


 浦原は茶で喉を潤すと、少し考えるようにしてから口を開いた。


「ささらちゃん。犯人を突き止めたいって言ったけど、あの事件に関してそれは難しいわ。……というよりも、仮に犯人を見つけたとしてもその人を逮捕して罪を償わせることは恐らく無理」

「どういうことですか」

「ささらちゃんも聞いたと思うけど、あの事件は最終的に強盗殺人として処理されたわ。犯人は逃走して行方知れず、手がかりが見つからず捜査は打ち切られた……そうなるように圧力を掛けたのはあなたのお父さんよ。だからこそ、本当の犯人が分かっても揉み消される可能性の方が遙かに高い」

「……」

「それでもいいなら教えて上げるわ。どうする?」


 浦原が言い終えると、ささらは考え込むように口を閉ざした。

 仮に犯人が分かっても捕まらない。そうしたらまた飛鳥はその人物に呪詛を掛けようとするだろうか。きっと、もう一度同じことをすれば、今度はもう彼も助からないだろう。飛鳥はそれでもいいと言うかもしれないが、ささらはもう彼にこれ以上憎しみで壊れて欲しくなかった。


「美守さん。……教えて下さい」


 だがとにかく今は犯人を見つけるのが先だ。見つかってもいないのに後のことを考えている余裕はない。ささらがそう言うと、浦原は静かに頷いて宙に視線を投げた。


「あの事件は色々と署内でもごたついたからよく覚えてるわ。ひとまず概要から順を追って話していきましょうか」

「お願いします」

「まず、事件の被害者は鬼怒田かがり、二十四歳女性。そして鬼怒田かなめ、二十五歳男性――」


 かがりは包丁で胸を複数回刺されて死亡。かなめの方は外傷は無かったものの、意識不明で眠り続けており原因は分かっていない。

 死亡推定時刻は夕方の六時頃。そして通報があったのはその一時間半後の七時半。現場はささらの私室で第一発見者は彼女だが、発見時にショックで気を失い通報したのは後で帰宅した母親だった。

 凶器の包丁は家にあったもので、柄にはささらの指紋のみが付けられていた。が、血の上から付着したものである為、事件後に付けられたとされている。現場がささらの部屋であったことと凶器に指紋が付いていたことでささらが被疑者として任意同行されたが、結局は鬼怒田家の介入で有耶無耶となり、外部犯による強盗殺人事件として犯人不明のまま迷宮入りとなった。


「……どうして」


 改めて冷静に当時の状況を聞くと、疑問ばかりが浮かんでくる。かなめは一体何をされたのか。自分は無意識のうちに凶器に触れていたのか。そして……父親は何を思って警察に圧力を掛けたのか。


「なんでお父さん……父はそんなことをしたんでしょうか」

「さあね。けど、こういうケースで考えられるのはやっぱり子供を庇う為ね。後は、身内で殺し合ったとなれば外聞が悪いから、とか」

「……やっぱり、お父さんは私が殺したと思ってるんですよね」


 分かり切ったことだとしても胸が痛くなる。


「ねえ、ささらちゃんのお父さんはどんな人なの?」

「実は、よく知りません。昔から何を考えているのかちっとも分からなくて……必要なことしか話しませんし、怒ってる所も笑ってる所も見たことが無いんですよね」


 思えばささらを養子にすると言った時も酷く唐突だった。結論しか口に出さず、感情的になっている所は見たことが無い。ささらがどれだけ霊力のコントロールが下手くそでも、冷静に駄目なところを指摘するだけで怒鳴ったり手を上げたこともなかった。反対に褒められたことだって一度もない。かがりは普通に父を慕っていたが、めぐるは何を言っても響かないそういう所に反発していたように思う。


「姉さんは、何度も刺されてたって言ってましたけど……」

「ええ。こういう場合は基本的に怨恨の線で見ることが多いわね。まあ状況によって色々あるけども」

「怨恨……」


 沢山の人間に好かれていた姉からは随分と遠い言葉だ。いや、むしろそういう部分を妬まれたのかもしれない。当時のささらだって、全くそんな感情が無かったとは言えなかったのだから。


「私から言えるのはこのくらいね。途中で捜査が打ち切られたからあんまり情報は多くないけど」

「いえ、ありがとうございました」

「また何か手伝えることがあったら言って頂戴。……あ、そうそう。忘れる所だった」


 浦原はふと何かを思い出したように横に置いていた鞄を手に取ると、少し中を漁ってクリアファイルから一つの封筒を取り出した。


「これ、上からささらちゃんに渡せって言われてたの」

「何ですかこれ?」

「さあ、中は知らないから見てみて」


 首を傾げながら封筒を受け取ったささらを見て浦原が茶を飲み干して立ち上がる。


「ごめんね、まだ仕事が立て込んでるからそろそろ戻るわ」

「忙しい所をありがとうございました」

「いいのいいの、それじゃあね」


 ひらりと片手を振った浦原が事務所を出て行く。それに頭を下げて見送ったささらは、手に持った封筒を軽く弄びながら再び例の事件へと思考を沈ませた。


 かがりが殺されたことにばかり目が行きがちだが、実際にはかなめの方が不可解な事態に陥っている。外傷がないのに意識不明で眠り続け、原因すら分かっていないなんて。


「……やっぱり、呪詛かな」


 警察で原因が特定出来なかったのなら、そして鬼怒田家で起こったことなら、誰かに呪われたという可能性がある。仮にそうだとしたら、犯人は霊能力者か、もしくは悪霊かもしれない。


「でも悪霊はないか」


 考えながら、ささらは自分の考えを否定する。鬼怒田の家にはささらの事務所とは比べものにならないくらい強力な結界が張られている。悪霊が入ろうとすればその瞬間に消滅するだろうし、そうでなくてもかがりとかなめが居たのなら対処できただろう。

 だとしたら、犯人が霊能力者だったら。この可能性は中々高いのではないだろうか。鬼怒田家はこの業界でもかなり名の知られた家だ。それ故に敵も多いだろう。ささらは実際にその手の集まりに出たことは無かったが、かがりが憂鬱そうな顔で会合に出かけるのは何度か見たことがあった。


「何かがあって姉さんを恨んでた霊能力者がうちに侵入して姉さんを刺して、それを目撃したかな兄さんを口封じしようとした……?」


 これなら筋が通るだろうか。父親が事件を揉み消そうとしたのも、他の霊能力者に襲撃されたなんて話が広まれば家の権威が落ちるから、だとしたら。

 全て想像だが、そう考えれば納得が行く。


 しかし結局、誰がかがりを殺したのか。横の繋がりが殆どないささらには候補すら上げられない。他に何か手がかりになりそうなことはないか。もう一度冷静に事件現場を見れば何か新しい発見はあるだろうか。

 ……部屋だけではない、犯人を見つけるのなら最も分かりやすい方法がある。


「かな兄さんに、会えれば」


 意識が無くとも、もし呪詛に掛かっているのならそれを辿ることができるかもしれない。もう何年も経っている為術者とのラインは切れているかもしれないが、それならばそれで目を覚ます可能性もある。そうすれば本人にあの時のことを聞けるかもしれない。


 鬼怒田の家に戻る。しかしそう考えただけで、ささらは血の気が引いていくような感覚がした。かがりが死んだ家に、父も母も信じてくれなかった家に戻る。それは飛鳥に会いに行くのと同じくらい……いやもしかしたらそれ以上に勇気のいることだった。


 母は誰とも血の繋がりがないささらにも他の子供と平等に接してくれた。だが父と血の繋がったかがりと、そして自らの実の息子であるかなめを害したと思っているささらに、以前のように接してくれるとは到底思えない。


 家族に拒絶されるのが怖い。でも飛鳥との約束を守りたい。揺れ動く気持ちに心がどんどん重石を乗せたように重たくなっていく。



「ただいま戻りましたー。……ささら様? 俯いてどうしたんですか」

「……あ、茶々。おかえり」


 思考に溺れそうになっていたその時、ふと聞こえた扉が開く音と茶々の声で現実に帰った。訝しげな表情を浮かべる茶々に、ささらは誤魔化すように作り笑いを浮かべてみせる。


「ところで、その封筒くしゃくしゃになっていますけどいいんですか」

「あ」


 我に返ったささらが手に視線を落とすと、浦原から貰った封筒はいつの間にかくるくる丸められたり端を折られたりと無意識のうちに酷い有様になってしまっていた。

 ささらは慌ててテーブルに封筒を広げて手で伸ばし、そして今更になってそれを開封して中に入っていた三つ折りの紙に目を落とした。


「……んん?」

「ささら様?」



「……パーティの、招待?」


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