episode 20 懲りない気持ち
「だから、自分で払うって!」
「たまには甘えろって言ってるだろうが」
ささらが入院して数日、明後日退院予定であるその日、ささらがベッドの上で体を起こしながら診察に来ためぐると口論していた。ちなみに同じ部屋にいる茶々はというと黙って二人の言い合いを静かに見守っている。
年齢差もあって昔から殆ど喧嘩などしたことのない二人が何を言い争っているのかというと……今回の入院費を誰が払うのか、という話である。
「兄さん分かってるでしょ、個室だよ個室! どれだけ掛かると思ってるの!」
「病院勤務の俺の方がよく分かってるに決まってるだろ、だから余計に俺が出すって言ってるんだよ」
「だから何で兄さんが払うの、今回の件は全部私の自業自得なんだから」
「いいや違うな。それを言うんなら飛鳥があれだけお前を恨んでたことに気付かずに止められなかった俺にも責任がある」
「兄さんは関係ないって!」
ささらが入院しているのは安い大部屋ではなく、広くて快適な、しかしかなり高い個室である。彼女自身は勿論大部屋でよかったのだが、生憎大部屋はベッドが空いておらず仕方なく個室に入院する羽目になってしまったのである。当然そういう事情だからと言って部屋代が安くなる訳もなく、ささらは泣く泣く柊に家賃の相談をすることになった。
が、しかしめぐるが入院費を払うと言って頷くかはまた別の話である。そこまで甘える訳にはいかないしめぐるが払う必要はどこにもないと思ってささらが拒否すると、めぐるは妹の言葉を聞いて急に大きくため息を吐いて押し黙った。
「……」
「に、兄さん?」
「関係ない……そうだよな。俺はいっつも肝心な時に蚊帳の外、お前達が苦しんでる時に全く気付きもしなかった大馬鹿野郎だよ」
「ち、ちが、そういうことじゃなくて!」
「俺は何も出来ない無力な人間だ。はは……そんなやつに今更頼ろうとなんて思わないよな」
「違うって! めぐ兄さんのことは頼りにしてる! いつも気に掛けてくれてるのは感謝してるしすごく嬉しい!」
「……」
「全然仕事無かった時に兄さんが依頼人紹介してくれた時はすごく助かったし、事務所作る時だって手続きとか分からないことだらけだったけど一緒に調べてくれたし、兄さんが居なかったら私今の生活出来てないよ!」
「……そうか?」
「うん!」
「ならもう少しぐらい頼ってくれたって別にいいだろ? いいよな? という訳で入院費は俺が払うからな」
弱気だった態度が突如豹変し、めぐるは開き直ったように早口でそう言い切った。
「え……だ、だからそう言う話じゃ」
「俺だってな、ずっと後悔してたんだよ。かがりが死んだって聞いて慌てて色々周りを片付けて戻ってきたらお前は家を出てるし、周りはお前がかがりを殺したなんて思い込んでるし、そんでやっと見つけたかと思ったら既に柊さんに拾われてるし。何もかも置いてけぼりだ」
「それは、兄さんの所為じゃないよ」
「かもな。けど、だからこそ今後は俺の手の届く範囲でお前が困ってたら絶対に手を貸すと決めたんだ。そうでなくてもお前はたった一人の妹だからな。かがりの分まで、俺が甘やかしてやりたいんだよ。……あいつはお前を可愛がるのが大好きだったからな」
めぐるが小さな子供にするようにささらの頭を撫でると、ささらは少し恥ずかしそうに「そんな子供じゃないんだけど」と小さく呟きながら俯いた。
ささらは知らないかもしれないが、彼女が鬼怒田家へ養子に入った時めぐるはかがりと同じくらい妹が出来たことを喜んでいた。当時は特に父親に反発していた時期だったのであまり表情には出さなかったものの、本当はかがりのように分かりやすく世話を焼きたかった。
「もう、駄目人間になるからあんまり甘やかさないでよ……ねえ、茶々も何とか言ってよ」
「……」
「茶々?」
「あ、はい。何でしょうか?」
ささらが困ったように茶々に助けを求める。しかし茶々は話を聞いていなかったらしく、少々間が空いてからようやく我に返ったようにささらに目を向けた。
「だから、入院費の話だけど」
「ああ……せっかくめぐる様が出して下さると言っているんですから甘えてはどうですか」
「あ、あっさり敵に回られた……」
「まあまあそういうことで……あ、ささら。ドーナッツ買ってきたから後で休憩時間に持って来るからな」
「え、ドーナッツ? やった!」
言いくるめるように纏めてめぐるが話を逸らすと、ささらはあっさり引っかかって両手を上げる。
先ほどの話もドーナッツのようにあっさり受け取ってくれれば楽なんだが、とめぐるが考えていると、ふと背後の扉がノックされ、最近よく聞く男の声が聞こえてきた。
「ささら、調子はどうだ」
「柊さん!」
よ、と片手を上げて病室に入ってきた男――柊を見た瞬間にささらの表情が目に見えて明るくなる。会話が途切れためぐるは無意識に腕時計に視線をやって「あ」と小さく呟いた。もう次の患者の診察に向かわなければならない。
「悪いささら、俺はもう行くから大人しくしてるんだぞ。柊さんすみません、妹をよろしくお願いします」
「ああ」
「わたくしもそろそろ帰りますね」
「あ、うん。二人ともありがとう」
めぐるが出て行こうとするのに茶々が続く。軽く手を振ったささらに微笑み返した茶々はそのまま部屋を出ると、楽しそうな声が聞こえてくる病室を一度振り返った。
「茶々、どうかしたのか」
「え?」
「なんか今日元気無いだろ? 何か悩みでもあるのか?」
黙って病室の方を見ていた茶々が気になってめぐるが声を掛ける。いつになくぼんやりした様子の茶々は緩慢にめぐるを振り返ると、何かを何かを言おうと口を開き……しかしすぐに首を横に振った。
「……なんでもありません、お気になさらず」
「しかしな」
「わたくしはこれで。めぐる様、お仕事頑張って下さい」
どうみても何でもないようには見えないとめぐるが追求しようとするが、茶々は早口でそう言ってめぐるの横をすり抜けて帰って行ってしまった。
「……」
めぐるは一瞬後を追いかけようとしたが、仕事が詰まっている為そうも言っていられない。仕方なくそのまま次の患者の元へ向かおうと、医療スタッフ専用のエレベーターへと乗り込んだ。
「そう言えば聞いた? さっき運ばれてきた患者さん、また自殺しようとした人だったんだって」
「最近多いよね。一昨日も自殺して亡くなった人が来たっけ」
めぐるがエレベーターに乗ると、先に乗っていた看護師が二人、囁くような声でそんな話をしていた。聞こえてきた不穏な内容に、めぐるはつい険しい表情になる。
「また自殺者ですか」
「あ、鬼怒田先生。そうなんですよ。三階から飛び降りたみたいで、今はまだ一命を取り留めていますけど、かなり危険な状態らしいです」
「やっぱり春は毎年多い傾向はありますけど、それでも今年は多い気がしますね。……あんな噂もあったしなあ」
「噂?」
「あ、いえ。よくあるただの怪談とかそういうのです」
「……その怪談、一応聞いてもいいですか?」
めぐるは無意識に眉を顰めた。一般人にはただの噂話でも、実際本当に怪異や悪霊が悪さをしていることは結構ある。何があるか分からないのだから情報があるに超したことはない。
「先生そういう話好きなんですか? えーと確か……あの世から電話が掛かってくるんですって」
看護師の話をまとめると、こうだ。
その電話は、悩みを抱えている人間に掛かって来るという。非通知で掛かってくるその電話に出ると最初は何の変哲も無い無言電話で、数秒雑音が続いた後何かをぼそっと言って電話が切れる。
電話は一度だけではなく、二度も三度も掛かってくる。その度に少しずつ聞こえてくる声は大きくなるが、しかし何を言っているのかは分からないのだという。電話に出る度にその人はどんどん生気を吸われているかのように元気を無くしていき、そして――四度目の電話を取ってしまうとその人は死ぬ――自殺してしまうのだ。
「……そんな話があるんですか」
「しかも、一度電話を取ってしまうと何故か次から無意識のうちに電話に出てしまうんですって。まあ私は非通知なんて最初からでませんけど」
「え、出ないの?」
「だって非通知で掛けてくるやつなんてろくなもんじゃないもん。勧誘とか詐欺とか、おまけに怪談までそうなんて出る気無くすよ」
「でも何か大事な用があったら困るし、私は出るけどなあ」
「そうやって、今回の噂にも引っかかったりして」
「怖いから止めてよ、夜勤の時思い出すでしょ!」
わいわいと騒いでいた看護師達はそのまま話しながら、めぐるよりも早くエレベーターを降りていった。
「……電話ねえ」
そうして一人狭い空間に取り残された彼は、背を壁に預けながら先ほどの看護師の言葉を思い返した。
ひとまず大事なのは。
「……ささらが変な勧誘に乗らないように言っとかねえとなあ」
真っ先に考えたのは件の怪談よりも数倍引っかかりやすそうな、あまりにも現実的な危険の方だった。
□ □ □ □ □ □ □
「よー、茶々」
「めぐる様? どうなさったんですか」
「ちょっとな。茶々も世話を焼く相手が居なくて暇かと思って」
翌日、めぐるは夜勤前の時間を使って事務所を訪れていた。ささらが入院中の為事務所は茶々だけしかおらず、現在は祓い屋の依頼も受け付けていないのだという。
「それはめぐる様も同じでしょう? ささら様が居ないのに来るなんて、何か大変なことでもあったのかと思いましたけど」
「いいや? 俺はお前に会いに来ただけだが」
「あら、嬉しいことを言ってくださいますね」
くすり、と茶々が笑みを浮かべてめぐるの前に茶を出す。そして向かい合ってソファに腰掛け、二人揃って茶を一口啜った。
一拍、静かで穏やかな時間が流れる。
「……なあ茶々」
「はい、何ですか?」
「お前、やっぱり何か悩みでもあるのか? それとも何処か具合でも良くないのか」
「……え?」
めぐるが事務所を訪れた理由はいくつかある。単純に茶々に会いに来たことが一つ、そして昨日聞いた怪談や詐欺の電話に騙されないように、という忠告が一つ。だがそれよりも真っ先にめぐるの頭に過ぎったのは、昨日の不自然にぼんやりとしていた茶々の姿だった。
めぐるの問いかけに一瞬間を置いて反応した茶々は、やはり昨日のように緩慢な動きでめぐるを見上げた。
「どうして、そう思われるのですか」
「どうしてって、どうみてもいつもと違うだろ」
「気の所為です」
「は? そんな訳――」
「あ、そうそう。浩君のお母様に林檎を頂いたんです。今から剥きますから食べていって下さい」
「おい、茶々……」
無理矢理話を打ち切った茶々がそそくさと立ち上がり台所へ向かおうとする。めぐるが思わず逃げるように歩き出した茶々の腕に手を伸ばすと――ちょうどその時、部屋の中でよく耳に慣れた電子音が鳴り出した。
その瞬間……電話の音を耳にしたその直後、彼女の背後に居ためぐるからは見えない位置で、茶々の目に仄暗い色が宿った。
「電話……」
ぼそぼそと呟きながら茶々がふらりと電話の前に向かい、受話器を耳に当てる。何も話すことなくただ電話の音を聞き続ける茶々は、たっぷり二十秒ほど掛けた後不意にその手から受話器を離した。
空中で投げ出された受話器はそのまま床へ向かって落下する。ガツン、と大きな音を立てて床に転がった受話器に目もくれず、茶々はそのままふらりと台所の方へと向かってしまった。
「茶々……ホントにどうしたんだよ」
普段の彼女ならば絶対にやらない行動にめぐるの眉間に皺が寄った。ひとまずめぐるは床に落ちたままになっている受話器を手に取り、それを本体に戻す。が、その前に微かに受話器から音が漏れているのに気付き、まだ繋がっていたのかと何気なくその受話器を耳にやった。
「なっ、」
電話口の向こうから聞こえてきたのは、まるで耳鳴りに似た、頭が痛くなるような単調な音だった。ブザー音のような、同じ音が途切れることなくずっと鳴り響いている。決して大きな音ではないのに嫌に耳に残る不快な音だ。
そしてよくよく耳を澄ませば聞こえてくるのはそれだけではない。ずっと流れている音に紛れるように何かをぼそぼそと呟いているのが微かに分かった。一体何を言っているのかと、めぐるは何故かそれが気になってより真剣に聴覚を研ぎ澄ます。
――ね、
――し、ね、
――しね、しね、死ね、死ね死ね死ね死ね死ね
「――っ!」
淡々と、何の感情もない音の羅列にめぐるは思考を飲み込まれそうになって慌てて受話器を耳から離した。気が付けば呼吸をするのを忘れていたかのように息が苦しい。冷や汗が背中を伝うのを感じた。
言葉が恐ろしかったのではない。ただ、意識がいつの間にかあの声に引き込まれそうになって、あのまま聞いていたら元に戻れなくなりそうな嫌な予感がしたのだ。
「っ、そうだ茶々!」
大きく空気を吸い込んで我に返ったところで、めぐるははっとなって慌てて台所の方を振り返った。この電話を聞いていた茶々は、今何をしている。
一気に思考が高速回転する。病院で耳にした怪談もまとめて頭に過ぎっためぐるは、すぐさま台所へと飛び込んだ。
「茶々!」
「……ふ、あ、はは」
台所へと繋がる引き戸を開けたその瞬間めぐるの視界に入ってきたのは……うっとりとした顔で乾いた笑い声を上げ、手にしている包丁を自分の首に沿わせようとする茶々の姿だった。
「っ、やめろ!!」
茶々の細い首に包丁の刃が当たる寸前でめぐるが彼女に飛びかかって包丁を奪おうとした。しかしいつもの彼女からは想像も出来ないような力強さ握られた包丁はまったく手から離れず、茶々は無理矢理めぐるを振り払おうとして揉み合いになる。数秒拮抗していたものの、しかし包丁が彼女を傷付けないようにと気をつけるあまり慎重になっていためぐるはすぐに突き飛ばされ、その弾みで包丁の切っ先がめぐるの腕を掠めた。
「死ね、死ね死ね死ね死ね、私、死んじゃえ」
恍惚とした表情で、茶々が両手で握った包丁を振り上げる。そしてそれを自身の胸へと思い切り振り下ろした。
「――悪霊、退散!」
しかし包丁の切っ先が彼女の胸に吸い込まれるように振り下ろされたその瞬間、茶々の額に札が貼り付いた。
「え……あああアアアアア!?」
「……茶々の中から、出て行け」
息絶え絶えでめぐるがそう言うと同時に、茶々は額の札を押さえて濁った悲鳴を上げた。必死に札を引き剥がそうとするがその間にもどんどん手の力も弱くなり、包丁を取り落として苦しむように床をのたうち回る。
そして――焼け焦げたように黒くなった札が自然と床へ落ちた頃、茶々は意識を失って
ぐったりと倒れてしまった。
めぐるはそんな彼女を抱き起こすと、その寝顔が穏やかなものになっているのを見て心底安堵し、そして疲れたように電話を振り返る。
「……入院費もだが、まずはせめて番号表示ができる電話に買い換えるべきだな」
怪談も詐欺も御免だと、めぐるは茶々の乱れた前髪を直しながらため息を吐いた。
□ □ □ □ □ □ □
「本当に……ああもう、わたくしはなんとお詫びをすればいいのやら」
「茶々、そこまで気にしなくていいから下りてこいよ」
あの後目を覚ました茶々はしばらくぼんやりしていたが、徐々に覚醒して状況を理解していくと、自分がしでかしたことを知って真っ青になった。もう合わせる顔もないとばかりに、彼女は本性に戻ると神棚の上に丸まって酷く落ち込んだ様子でぶつぶつと自分を責めている。めぐるが呼んでも一向に下りてくる気配がない。
「ましてやお怪我までさせてしまうなんて……本当に、かがり様にも顔向けできません」
「大した怪我じゃないって。茶々、いい加減に戻って来い」
どんよりとした空気を背負って丸い耳をぺたんと潰している茶々に、めぐるは少し呆れたような表情を浮かべて神棚に手を伸ばす。
強引に茶色い毛玉を掴んで棚から下ろすと、茶々は気まずそうに視線をあちこちへ彷徨わせた。
「結局、お前はあの怪しい電話に出ていつの間にか取り憑かれてたってことでいいのか?」
「……大変不甲斐ないですが」
「まあ、ぎりぎりで間に合ってよかったよ」
一番最初に電話が来たのは三日前だったらしい。その時は何の気もなく普通に電話を取ってしまい、そして一昨日、昨日と二度三度と自分の意志に関係なく電話を取っていたのだという。そして、今霊を祓うまではそれを不審に思うことすらなかったと茶々は恥じるように言った。
ささらが入院中で他に家に誰も居なかったのが最悪な状況だった。
「ところで……めぐる様、さっきの札はどこから」
「ああ、悪い。さっき包丁奪おうとして揉み合ってた時に咄嗟に袖の中の札を拝借した」
「……まあ、今回は仕方ないですよね」
茶々の着物の袖口にはいつも何枚かの札がすぐに取り出せるように忍ばせてある。それを知っていためぐるは、突き飛ばされる直前にさりげなく彼女の着物の袖に手を入れて札を奪っていたのだ。
「ところで茶々、今回の電話の霊、病院でも噂になっててな。何でも悩みを抱えてるやつを狙って掛かってくるんだそうだ」
「……」
「で、結局お前は何に悩んでたんだ? ……無理矢理吐かせるつもりはないが、あんまり一人で抱え込むな。俺じゃなくてもささらや桔梗さん、だったか? 誰でもいいから、相談出来るならした方がいい」
「……大したことではありませんよ。本当に、些細なことです」
茶々は降参したようにそう言うと、めぐるの手の中から飛び降りて人型に戻った。その表情は、タヌキの姿ではきっと分かりにくいであろう複雑なものだった。
「ただ……少し寂しくなっただけです」
「寂しい?」
「めぐる様は、ささら様と柊様のことをご存じですか?」
「……その言い方をするってことはもしや」
「ええ、ご想像の通りです」
茶々が頷くと、めぐるは「マジかよ」と小さく呟いた。以前鎌を掛けたこともあったし妹が彼を相当慕っているのも知っていたが、実際にそうなると何よりも驚きが勝る。
「ほんの少し前までささら様はまだ小さな子供だったのに、いつの間にか成長してわたくしの手から離れていって……また、すぐに置いて行かれるのだと思うと寂しくなったんです」
「……茶々」
「めぐる様。ささら様の体調はどうですか?」
「え? ああ、入院当初こそ衰弱していたが、もう元通りと言っていい。あいつは元々回復が早いからな」
「……元気になっても。たとえ見た目はそう見えても、ささら様の体の中にはずっとあの呪詛の片割れが残っています」
現代の医療で完治と診断されても、ささらの体の中の呪詛が消えることはない。そしてその影響は間違いなく後々まで続き、彼女の体を確実に蝕んでいく。
「わたくしの見立てでは少なく見積もって十年、寿命が削られたと思います」
「十年……」
めぐるが大きく目を見開く。
十年なんて、長すぎる。本来それだけ長く生きれるはずだった時間が、もう既にささらの中から奪われているのだ。そして、それは飛鳥もまた同じだろう。それだけ、命懸けの呪詛だったのだ。
「それに、考えたくはありませんがささら様が祓い屋である以上、寿命よりも早く死ぬ可能性だっていくらでも考えられます。……人間はすぐに死んでしまいます。わたくしは……置いて行かれるのか、怖い。もう何度も、何人もに置いて行かれているのに、今でも怖いんです。ささら様に、めぐる様に置いて行かれるのが」
「……」
「こんな話をして申し訳ありません、困りますよね。割り切れないわたくしがいけないんです。生きる時間の違いに耐えられないのなら人間と関わらなければいいのに、それも出来ない中途半端なわたくしが駄目なんです」
「でも、俺は……」
「めぐる様?」
「俺は、お前が人間と関わってくれてよかったと思ってる。ささらだってそうだ。茶々が居てくれて嬉しいって、居てくれないと困るって、聞かなくてもそう言うに決まってる」
茶々が居なければ、めぐるもささらも、人生が大きく変わっていただろう。
「茶々、人間と……俺達と関わってくれてありがとう。きっとそのうち寂しい思いもさせてしまうだろうけど、どうか今は俺達と一緒に居てくれないか」
「……」
「茶々?」
「いえ……めぐる様も、すっかり大人になられたんだな、と思いまして」
茶々は微かに浮かんでいた涙を拭うと「少し感傷的になっていたようです。いけませんね、こんなことではまた悪霊に付け入る隙を与えてしまいます」と小さく笑った。
「そうおっしゃられなくても、わたくしはこれからも此処にいますよ。置いて行かれるのは寂しいですけど、それ以上に少しずつ成長していく姿を見ていくのも好きなんですよ。めぐる様も、最初に会った時はあんなにも小さかったのに、いつの間にか男前になられましたね」
「!」
「ふふ、褒めるとすぐに照れる所はあんまり変わっていないようですね。……わたくしも、めぐる様が居てよかったって思っています。ですから、無力だとか蚊帳の外だとかご自分を責めないで下さい。わたくしもささら様と同じで、めぐる様のことを頼りにしてますから」
優しく微笑んだ茶々に、めぐるは微かに顔を赤くして視線を逸らした。そして腕時計を見て「そろそろ仕事行かないと」とわざとらしく口に出した彼は、そそくさと彼女から逃げるように事務所を飛び出した。
「はああああああ……」
車に乗り込んだめぐるはハンドルに額を押しつけると、肺の中の空気を残らず吐き出すように長いため息を吐いた。
「……これだから、諦め切れねえんだよなあ」




