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祓い屋(物理)の日常  作者: とど
三章
50/63

episode 19 執念の清算(2)


「柊さん……私、姉さんのこと本当に好きだったんです」


 徐々に呪詛の力が強くなり、小康状態が続いていた体が再び悲鳴を上げ始める。ささらは柊の手を弱々しく握りしめながら、必死に声を絞り出した。


「ああ」

「確かに嫌になることだってあったけど、でも、嘘じゃないんです」

「分かってる」

「好きだったんです……だからあの日、姉さんと最後に話したあの時を、ずっと後悔してました」


 ささらは懺悔するように胸のお守りに手を伸ばす。微かに温かさを感じるこのお守りは、柊に拾われた後にささらを探しにやってきた茶々から渡されたものだ。当初は茶々に対しても怯えてろくに会話も出来なかったが、かがりからのお守りを渡されるとささらは泣き崩れてしまった。

 かがりはいつもささらのことを守ってくれていた。そして、死んでなお守ろうとしてくれている。それを知って感じたのは少しの嬉しさと、そして大嫌いと言ってしまった大きな後悔だった。


「ささら。結局、この呪詛はどいつの仕業だ」

「……古町さん。姉さんの生前の恋人だった人、だと思います」


 ささらが目を閉じると、脳裏にひょろりと痩せた男の顔が浮かび上がる。幸礼会の仕事が終わって数日後、バイト帰りに見えたあの男。殆ど記憶に残っていなかったというのに、彼の顔を見た瞬間にはっきりと全てを思い出した。

 彼が呪詛を使っているという確証はない。だが、確信はある。


「呪詛を通じて、聞こえてくるんです。……恨みとか、憎しみとか、悲しみとか……あの人の叫びが、聞こえてくるんです。姉さんとあの人は、本当に仲が良かったから」

「だが、それでお前を害していい理由にはならない」

「でも古町さんは、まだずっと、私が姉さんを殺したと思ってます。だから、きっと何を言っても、私が違うって言っても駄目だと思います」

「……」


 ささらがいくら否定したって、きっと理解してもらえない。この体を蝕む呪詛がそう訴えかけてくる。


 不意に、ささらの手を握っていた柊がその手を離した。


「柊、さん……?」

「俺はお前の望む言葉なんて言わねえぞ。『お前が姉さんを殺す訳が無い』なんて何の根拠も無い台詞なんて言わねえ。実際、客観的に見てお前が疑われるのも分かるからな」


 突き放すような柊の言葉に、ささらは息が出来なくなった。ささらを見下ろす柊の目は酷く冷静で、何の感情も浮かんでいないように見える。

 じわじわと、胸に絶望が広がっていく。


「だが、お前自身はそれを分かってる」

「……」

「自分が犯人じゃねえって、お前だけが絶対に確証を持って言える。そうだろ?」

「柊さん」

「だったら黙ってんじゃねえよ。ちゃんとお前自身でそれを主張しろ。他の誰が信じなくったって、諦めて口を閉ざさずに言い続けろ。今のお前は、ちゃんとそう伝えられる“声”があんだろ」


 大きく目を見開いたささらを見下ろして、笑うように柊の目に感情が宿った。


「他のやつらが何を言ってきたってふてぶてしく前を向いてりゃいい。お前が正しいと思うことを叩き付けてやればいい。――いい加減、自分に自信を持ってみろ」


 あの時とは違う。今のささらには反論出来る声がある。だから、後はその声を上げる自信を持てばいい。


 ささらは柊の言葉を理解して布団の上で震える手を強く握り込んだ。言えるだろうか。あの時も届かずに諦めてしまった言葉を、今度こそ恐れずに口に出せるだろうか。


「……それでも不安なら」


 考え込んでいたささらの手が掴まれたかと思うと、そのまま勢いよく引っ張られ、上半身が起こされた。

 至近距離で目が合った。


「お前が一人で立てるまで、俺が引っ張り上げて支えてやる。お前が伝えられるまで、隣に立っていてやる。俺が居るんだ、怖いもん無しだろ」


 にやり、と柊が自信満々に笑った。そんな彼をささらは唖然としたままただただ見上げ続ける。





「……っふ、」


 そして沈黙の数秒の後、思わずと噴き出した。


「……そうですね、柊さんよりも怖いものなんてないですからね」

「ああ? 喧嘩売ってんのかお前」

「だからそういうところが、ですって」


 体が痛いのに笑えてくる。涙が出てくるのに口元が緩む。ささらは重たい腕を持ち上げて涙を拭うと、小さくしゃくり上げながら柊を呼んだ。


「柊さん、少し行きたい場所が……行かなければならない場所が出来たんです。連れて行ってくれませんか?」

「は、好きにしろ。何処へなりとも連れてってやるよ」


 ささらが恐る恐ると両手を斜め上に伸ばすと、柊がくるりと背を向けてささらを背負った。


「場所は分かるのか」

「はい。……呪詛を辿るのは、得意なので」


 呪詛を辿るのは、鬼怒田家に引き取られてから一番最初にできたことだった。生まれてからずっと人や霊の悪意ばかりを見つめて来たからこそ、複雑に絡み合う呪詛の糸もくっきりと見えてしまう。

 茶々達はもう彼を見つけてしまっただろうか。急がなければならない。


 柊が立ち上がって歩き出すと、頭が揺れて途端にめまいが酷くなった。それを堪えながら自室を出て事務所の方へと向かうと、効果が無くなって薄汚れた札を剥がしていた月見と千紗が二人を振り返った。


「ささら、あんた何してるのよ。大人しく寝てなさい」

「ごめん、千紗さん。……行かなきゃ、いけないんです」

「でも」

「千紗、行かせてあげないか」

「あなたまで」

「ささら嬢、君の体については先ほど行った通りだ。それに、対象との距離が近付けば近付くほど呪詛は強くなる。それでも行くのかい」

「はい」

「そうか……」


 月見は千紗を宥めるとささらをじっと見つめてから道を空けるように一歩下がる。しかし千紗はそんな夫に不満げな表情を浮かべ、そしてきっ、と睨むようにささらの――彼女を背負う柊の前に立つと、おもむろにどこからか取り出した包丁を二人に向けた。


「お、おい」

「必ず無事に戻って来ると約束しなさい。さもないと……」


 ひゅん、といつの間にか左手にあった大きな鋏がくるりと回り、ジャキジャキと物騒な音を立ててささら達に迫る。


「わ、分かりました! 約束します!」

「分かればいいのよ。……都市伝説との約束よ、破ったら承知しないから」


 ふん、と鼻を鳴らした千紗がゆっくりと両手の刃物を下ろす。それを見てささらと柊が緊張が切れたように肩を下ろしている中、月見だけは「ささら嬢のことが心配なんだね、やっぱり千紗は優しいなあ」と暢気に笑っていた。心配されたのは嬉しいがもう少し穏便にやってほしい。


「待て」


 そうして月見夫妻に見送られて事務所の扉から出ようとしたその時、静かな低い声がささらを呼び止めた。今までこの場所に無かったその声に反応して重たい頭を向けると、そこには和服姿の男がその暗い赤目をささらに向けていた。


「羽斬」

「主人、俺を持って行け」


 そう言って男――羽斬は手にしていた短刀をささらに差し出してくる。


「これでも短刀だ、守り刀にだってなれる。呪詛も……気休め程度にはましになるだろう」

「羽斬……」

「分かったんならさっさと持て、ポンコツ主人」


 少し不機嫌そうに押しつけられた短刀をささらが受け取ると、羽斬はすぐに姿を消した。柊の背中でその手にしっかりと羽斬を抱えた彼女は、今度こそ事務所の外に出る。


 柊の車の後部座席に乗せられたささらは、どくどくと体を流れる血液に毒が混じったような苦しさを覚えながら、それでも小さく笑った。


「柊さん」

「何だ」

「いつの間にか……私のこと大事に思ってくれる人が、こんなにも居たんですね」

「……ばーか。今頃気付いたのか」




   □ □ □ □ □ □ □




「……は、あ……」


 荒れ果てた暗い廃屋。本来人が来るはずのないその場所に、ある一人の痩せた男が蹲っていた。

 男――古町飛鳥はぐらぐらと頭を揺らし、ただひたすらに憎い相手への恨みを募らせている。


 呪詛の代償は大量の己の血と、後は……気力のようなものだ。どれだけ相手を恨んでいるか。その強い憎悪によって、生きながらにして怨霊のように相手を祟るのだ。無論、呪詛が大きければ大きい程、返された時の代償も大きい。

 ずっと憎くてたまらない相手のことを考え続けるというのは想像以上に苦しい。しかしそれでも、飛鳥はやるしかなかった。ただ刃物で刺し殺すのでは足りない。苦しませて苦しませて、彼女がかがりにしたこと後悔させてからでないと死なせない。


「……かがり」


 脳裏に数年前に殺された婚約者の姿が頭を過ぎる。

 いつか、彼女が居なくなる日が来るとは分かっていた。それでも、飛鳥は結局それを受け入れることができなかった。




 飛鳥とかがりは、中学校時代の同級生だった。同じクラスだったが仲良くなったのは他クラスで部活が一緒だっためぐるの方が先で、彼に紹介される形で彼女に出会ったのが最初だった。

 何度も会う内に惹かれて、しどろもどろになりながら告白をして、卒業式の日にやっとの思いで恋人になった。高校は違って中々会えない時もあったが、それでも時間を作っては会いに行き順調に交際を重ねていった。

 大学を卒業して就職し、落ち着いた頃にプロポーズをした。


「……ごめんね、飛鳥君」


 しかし、それは酷く寂しそうな顔をしたかがりに断られてしまった。


「なんで……俺に不満があるなら言ってくれ。早いって言うんなら待つし、お金のことなら」

「違うの、そうじゃない。飛鳥君は何も悪くない」


 かがりの表情がどんどん泣きそうなものへと変わっていく。そして、彼女は飛鳥の思いもよらない言葉を口にしたのだ。


 自分はもうすぐ死ぬから、と。


 病気か何かかと思えば違う、ただの勘だった。しかし彼女の勘が良すぎるのは何年も一緒に居れば飛鳥も分かっていたことで、彼女の家柄もあって疑いようが無かった。だが自分の死期までなんとなくとはいえ察していたと知って、飛鳥がどれだけ苦い思いになったことか。


「どうしてもっと早く言わなかったんだ……そんな苦しいこと、一人で抱え込んで」

「飛鳥君に言うと、きっと私以上に苦しんじゃうから。それに……飛鳥君と居る時間は、嫌なことを何も考えたくなかった。ただ、幸せで居たかったから」

「……あとどれくらいか、分かるのか」

「まだそんなに細かくは分からない。けど……数年以内は確実だと思う。飛鳥君、今までありがとう。お互いいい思い出のまま、別れよう」


 顔を見せないように俯いたままそう言ったかがりに、飛鳥はそのまま彼女を抱きしめた。そして、最後まで一緒にいると告げた。一人になんてしないと、強く強く抱きしめた。


 どちらが流したか分からない涙が、いくつも落ちた。



 かがりの死期について、彼女は飛鳥以外の誰にも言うことはなかった。気に病んでしまうからとめぐるにも、そして……彼女の妹であるささらにも絶対に言わなかった。

 鬼怒田ささら。全く血の繋がらない年の離れた妹を、かがりは大層大事にしていた。飛鳥も何度も何度も話を聞いて、そして直接対面したこともある。大人しそうな、一目を気にしたおどおどとした子で、あまり会話はせず姉の後ろに隠れるようにひっそりとしていた。

 そしてそんな妹をかがりは酷く心配していた。自分はそのうち居なくなる。だから、その時に妹を守ってくれる人が、味方が少しでも多く居て欲しい。姉というよりもまるで母親のように心配して、自分の友人達にもいつか来る日の為に妹を気に掛けてほしいと彼女を連れ回して会わせていた。




 だが、そんな大切にしていた妹に、よりにもよって彼女は殺された。


 あの日、かがりを迎えに行こうと歩いていたその時、ちょうどかがりとささらが言い争う――いや、ささらが一方的にかがりに怒鳴っていた場面を目撃した。


「姉さんなんて大っ嫌い!!」


 そう叫んで、妹が走り去るのを愕然として見ていたかがりに、飛鳥はすぐさま駆け寄った。


「かがり……大丈夫か」

「飛鳥君。……ごめん、やっぱり今日の食事、無しにしてもいいかな」


 かがりはそれだけ言って、飛鳥の言葉を聞くこともなく早足で帰ってしまう。彼女の頬を流れる涙に唖然としているうちにかがりは姿を消し、そして我に返った飛鳥は慌てて彼女を追いかけた。


「……っかがり!」


 そうして飛鳥が鬼怒田の家へ向かった。逸る気持ちで何度もインターホンを押してしまうと、出てきたのはかがりではなく彼女の義理の兄であるかなめだった。


「かなめさん」

「ああ、飛鳥君。かがりのことなんだけど、何かあったか知ってるか? 帰ってすぐ一人にしてって部屋に籠もってしまったんだ」

「実は……妹さん、ささらちゃんと口論になってたみたいで」

「ささらと? ……そうか。あの子も難しい時期だからね、こういうこともあるだろう。お互い頭が冷えれば冷静になるだろうしすぐに仲直り出来るよ。だから今は、少しそっとしておいた方がいい」

「そう、ですかね」

「ささらのことだ。きっとすぐに我に返って、今頃どうやって謝ろうかと考えてる頃だよ。だからきっと明日には元通りだ」


 かなめに宥められて、飛鳥も冷静さを取り戻していく。確かに焦っていたのかもしれない。かがりがいつ死ぬか分からないから、ちょっとしたことでも過敏になっていただけだと、その時はそう思った。


「すみません、かがりをよろしくお願いします。……あ、それと」

「?」

「かなめさん……いや、お義兄さん。俺、かがりにプロポーズしたんです。だから、今度改めてご挨拶に伺います」

「プロポーズ……そうか、おめでとう」

「ありがとうございます」


 そんな会話をして、飛鳥はそのまま家に帰った。……それが、間違いだった。あの時引き下がらずに無理にでもかがりに会って傍に居て上げられたら、未来は変わっていたのに。





「かがりが、殺された……」


 最初に聞いた時は、本当に信じられなかった。そんなはずはないとすぐさま鬼怒田家へと向かうとそこには人だかりが出来ていて、その中でささらが警察官に連れられてパトカーの中へ入るのが見えた。

 まさか、と思った。あんなにもかがりが大事にしていたささらが彼女を殺すはずがないと最初は思った。


 だが、どんどん状況が分かってくる。彼女が殺されていたのはささらの部屋で、そして凶器には彼女の指紋がついていた。かなめも意識不明で、本当にどうしてあの時帰ってしまったのかと後悔ばかりが募る。

 そして極めつけは、あの記者の男だった。


「あんた、被害者の恋人だったんだろう。真実を知りたくないか」


 そう言った記者の男は、川名と名乗った。フリーのジャーナリストで、主に警察や政治家の不正を暴い白日の下に晒す為に記事を書いていると言った。


「今回の事件、結局強盗殺人事件になるんだと」

「強盗……?」

「外部から侵入していた人間が長女を殺し、長男を意識不明に追い込んだ。犯人は殺してしまったことに動揺したのか何も取らずに逃げた……というのが警察の発表になるらしいな。気になるんなら夕方のニュースでも見てみろ。その通りになってるからな」

「なんで急に強盗なんて」

「そりゃあ、お得意様から頼まれちゃ警察も従わざるを得ない。知ってるか? 鬼怒田家はその特殊な家柄と力で警察が裏から協力を求めることも珍しくないんだ」


 鬼怒田家が祓い屋の家系だと、飛鳥もかがりから聞いていた。最初は勿論疑ったものだが、実際に知り合いから持ちかけられた怪奇現象を解決したり、車に轢かれそうになった時にかがりからもらったお守りが身代わりになったりして、流石に信じざるを得なくなった。


「養子の次女をかばって、もしくは世間体を気にして当主が揉み消したんだよ。揉み消したってことは……つまり揉み消さなきゃならないまずい真実があったってこった。そして真実は全て闇の中……俺は、それを認めてやる気はない」


 話すたびに、川名の目に憎しみが宿るのが分かった。


「警察の不正は全て暴く。何もかも世間に公表してやる。だからあんたにも真実を伝えに来たんだよ。あの姉殺しの妹もこのまま絶対に逃がさない」

「姉殺し……やっぱり本当に、あの子が」

「良いこと教えてやろうか。あの家の長男……意識不明でまったく目覚める様子のないんだが、不思議なことにその体に一切の外傷はないらしい」

「外傷が、無い……?」

「不思議だよなあ? それなのにまったく目覚めない。まるで……呪いに掛けられたみたいだ」

「!」

「まさかただの強盗がそんな芸当できないよなあ」


 直前に見た言い争い、殺された場所、凶器の指紋、事件の揉み消し、そして、呪われたように目覚めない義兄。


「……」


 その日家に帰ってから見たテレビのニュースでは、やはり強盗殺人で片付けられていた。それを見た飛鳥は居ても経っても居られなくなった。


 問い質そう。あの日の真実を全て、ささらを問い詰めて全部聞き出してやると決意し、翌日一睡も出来ないまま飛鳥は鬼怒田家へと走った。

 しかしその途中で、彼は何処かへ走り去るささらの姿を見つけた。ささらも一度飛鳥の方を見たというのに、止まるどころか逆に走る速度を上げて、まるで疚しいことがあって逃げているように飛鳥の目に映った。


 その瞬間、彼は激高した。


「待て!」


 ささらがかがりを殺したと、その瞬間彼は確信した。全力で追いかけるものの、しかしあと一歩の所で電車に飛び乗られでぎりぎりで彼女を逃がしてしまう。

 飛鳥は見えなくなっていく電車を射殺さんばかりに睨んだ。絶対に許さない。それだけで頭の中がいっぱいになって、他に何も考えられない。



 しかし、それからささらは一度も鬼怒田家へと戻って来なかった。何処かへ消えたまま行方が分からず、飛鳥はかがりを失って生きる気力も失いながら、ただただささらへの憎しみだけで生きた。

 探しても探しても見つからず……そして、四年の月日が経った。

 かがりの事件が忘れ去られるほどの年月が経ち、かなめが目を覚ましたと噂を耳にした頃……たまたま仕事で訪れていた町で、偶然あの女を見つけた。


 みつけた。


 咄嗟に追いかけた先ではささらが年上の男と仲睦まじく肩を並べている姿が見え、その瞬間数年前の憎悪が一瞬にして残らず蘇ったのを感じた。


「何で……かがりを殺したお前がのうのうと生きているんだ」


 かがりは死んだのに、なんでささらだけが罰も受けずに幸せになっているんだ。


「絶対に許さない……殺してやる」



 飛鳥はすぐさま彼女を殺そうとしたが、しかしぎりぎりで思い留まった。そう簡単に死なせてたまるか。かがりが平気な顔をしながらいつも内心死に怯えていたように、死ぬんだという恐怖を感じさせながら苦しんで死なせたい。

 だからこそ飛鳥はあの事件以来足を伸ばせずにいた鬼怒田家を訪れた。かなめに呪詛の教えを請い、徹底的にささらを苦しめて殺す為に。






「……ここで間違いないはずよ」

「!」


 不意に、廃屋の外から声が女の声が聞こえた。この辺りは人通りも少なく、こんな廃屋に用がある人間などいるはずもないのに。


「此処にささら様に呪詛を掛けた人間が……」

「とにかく中に入るわよ」


 その声を聞いた瞬間、飛鳥はくらくらする頭を無理矢理起こして逃げるように必死に廃屋を飛び出した。

 まだこの呪詛を止められる訳にはいかない。この後自分がどうなっても構わない、だが先にささらを祟り殺さなければならない。飛鳥の頭にあるのはそれだけだった。


「ぐ、う……」


 呪詛で失った血と、そして精神力は想像以上に体に負担を掛けていた。全身から軋む音が聞こえてくる。目眩が止まらない。足が縺れる。

 そして、堪えきれずに飛鳥は転び、ろくに整備されていないコンクリートの地面に倒れ込んだ。


「――」


 遠くから誰かの声が聞こえてくる。駄目だ、まだ追いつかれる訳にはいかない。逃げなければ。


「――大丈夫ですか!?」


 必死に体を起こそうと腕に力を込めたその時、聞こえてきたのは先ほどの女達の声ではなく、焦ったような男の声だった。

 頭上から聞こえて来た心配そうな声に、飛鳥は無意識に顔を上げた。


「……え?」


 そこにあった顔は……死んだ恋人によく似ていた。




   □ □ □ □ □ □ □




「……ん?」


 仕事を終えて倒れたというささらの事務所へ向かうべく車を走らせていためぐるは、その道中で暗い道の端に一人の男が倒れているのを目撃した。他に人気はなく、めぐるはすぐに車を止めて彼に駆け寄る。


「大丈夫ですか!?」


 もし頭を打っていたら体を動かすのはまずい。そう思って大きな声で呼びかけると、意識があったのか男の頭をゆっくりと持ち上がってめぐるを見た。


「……え?」

「飛鳥……か?」

「めぐ、る」


 自分の方を向いた顔は、めぐるの中学校時代の同級生で……死んだ双子の姉の恋人だった。


「どうしたんだよこんな所で倒れて。何処か痛い所は」

「悪い、めぐる……行かないと」


「めぐる様!」


 体の状態を確認しようとしためぐるを制して、飛鳥が無理矢理体を起こして立ち上がる。そしてそれと同時に、後方から聞き慣れた少女の声が耳に入った。

 振り返れば案の定、息を切らした茶々とそして桔梗がこちらへやって来る所だった。


「茶々? お前まで此処で何を」

「その男を捕まえて下さい! そいつが、ささら様に呪詛を掛けた犯人です!」

「な……っ!?」


 茶々の言葉を聞いためぐるが飛鳥を振り返った瞬間、彼はめぐるを突き飛ばすようにして走り出した。

 力を振り絞るように足を動かす。もう限界などとっくに越えているが、それでもこの体が朽ち果てるまでは呪詛を続けてやる。

 飛鳥がそう心を決めたその時、突如目の前に車が横切った。


「っうわ、」


 その所為で咄嗟に足が止まった。たたらを踏んでよろめいた飛鳥が尻餅をつくと、同時に目の前に勢いよく停止した車の後部座席の扉が開かれた。


「――っ」


 その瞬間、飛鳥は呼吸が止まった。





 車の中から、よろめきながら一人の女が降りてくる。ドアを手で掴んで倒れそうになる足を踏ん張り、それでも倒れ掛けるといつの間にか降りていた運転席の男に支えられ、一人で立った。


 真っ青を通り越して真っ白な顔で、女は真っ直ぐに飛鳥を見つめた。


「……お久しぶりです。古町さん」



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