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祓い屋(物理)の日常  作者: とど
三章
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episode 18 呼び戻された魂(1)

「草薙さん、失礼します」

「ああ」


 某日の夕方、警察署の会議室に一人の女――浦原がノックと共に入ってきた。室内には既にもう一人五十代くらいの厳つい男――彼女の直属の上司である草薙がおり、彼は何枚かの資料を手に浦原を対面の席へ座るように促した。


「お話とは何でしょうか」

「実はな、組対から応援要請が入った」

「組対がうちに?」

刑事課うちに、というよりも正確にはお前に、だな」


 組対――組織犯罪対策課からの応援要請、しかも浦原を名指しとは一体どういうことなのか。彼女が軽く首を傾げていると、草薙は手にしていた資料を彼女の前に突き出した。


幸礼会こうれいかい?」


 そこに書かれたいたのは、聞いたことのない名前だった。


「最近この辺りで急速に大きくなって来ている宗教組織らしい。……なんでも、徳を積めば死者と対話することが出来ると密かに噂になっているとか」

「死者と対話……ですか」

「ああ。それにどうにも金の流れも怪しいらしい。組対の捜査では、まだ証拠は掴めていないが薬を使って幻覚を見せている可能性があるんだと」

「はあ……それで、どうしてその件を私に?」

「……」

「草薙さん?」

「万が一、本当に死んだ人間と対話している可能性を考慮して念のために、だそうだ」

「え?」

「俺はこの手の怪しい話などこれっぽっちも信じちゃいないが、お前はそっちらへんの事件も回されることが多いだろう」


 草薙が胡乱な表情を浮かべながらそう言って腕を組む。

 確かに浦原は通常の事件とは別に心霊関係の事件を受け持つこともある。それはひとえに、霊能力者として密かに警察に協力することもある鬼怒田家、その娘であるささらと交流があることが理由に上げられる。


「組対の連中もそっち方面の知識は無いからな。無いとは思うが念のためその宗教の実態を調査し、犯罪に繋がる有力な情報があればそれを得る、ということだ」

「とは言いましても、私も特に詳しい訳ではありませんよ?」

「そこはお前の知り合いに頼んでどうにかしろ」

「……了解しました」


 まあともかく仕事である。浦原に拒否権はない。ささらの事務所を尋ねる算段を立てながら返事をした浦原は立ち上がると草薙に一礼をして踵を返した。が、ふと思い出したかのように再度上司を振り返る。


「そういえば草薙さん、昇進おめでとうございます」

「……ああ、知っていたのか」

「ええ、小耳に挟んで。これでようやくあなたが現場に顔を出さなくなると思うと清々します」

「なんだと?」

「草薙さんは中で指示を出している方が性に合っていると言っているんです。手柄を焦って誤認逮捕なんてしないで済みますしね」

「いつまでその話引きずってるんだ」


 前に起こった遊園地の事件が頭を過ぎり、草薙は苦虫を噛みつぶしたような表情を浮かべた。しかしすぐに気を取り直してその顔を真剣なものにすると、彼は椅子から立ち上がって浦原の正面に立った。


「浦原、今まで助かった。後は俺に任せておけ。やっと上に行けるんだ、あいつを嵌めた上の人間を必ず引きずり出して罪を認めさせてやる」

「草薙さん……」

「今日はこのまま帰るだろう。俺の分まであいつによろしく頼む」

「了解しました」


 綺麗な敬礼を見せた浦原は、今度こそ会議室を出た。

 今日の仕事はもう終わっている。というよりも無理矢理終わらせた。数年前から、この日だけはどんなに忙しくても必ず時間を確保するようにしているのだ。


 警察署を出た浦原はいつも自宅へ向かう方向とは逆方向へと車を走らせる。途中で花屋に寄ってから最終的に辿り着いたのは、物悲しい雰囲気と静寂に包まれた墓地だった。

 彼女は花を持って墓と墓の間を淀みない足取りで進む。そしてとある墓の前に来たところでぴたりと足を止め、そこに刻まれた名字を目でなぞる。


水城みずき先輩」


 数年前、新人だった浦原の教育係だった警察官。朗らかな性格で市民にも好かれ、しかし指導は厳しくしっかりとしていた自慢の先輩だった。彼女に警察官としての心得を刻み込んだ、尊敬する先輩だった。


 今でも忘れられない。彼が、今日と同じ日に首を吊って自殺していたあの時のことを。




「……死者と話すなんて、本当に出来るのかな」


 もしそんなことが出来たとしたら、自分は彼に何を言うだろうか。




   □ □ □ □ □ □ □




「たーぬちゃん!」

「そう何度も同じ手はくいませんよ!」


 翌日。相変わらずの勢いで祓い屋ささらの事務所を訪れた浦原が茶々に向かって突撃すると、彼女は普段のおっとりした雰囲気をかなぐり捨てて即座に天井近くの神棚によじ登って避難した。


「たぬちゃーん、下りておいでー」

「浦原様が大人しくなれば下ります!」

「茶々、そこ神棚なんだけど……」

「神様よりも今はわたくしの毛並みを守ることの方が大事です!」


 茶々が神棚の上から威嚇するも浦原には可愛らしく見えるだけだ。お互い膠着状態に陥っている二人を交互に眺めてため息をついたささらは、ひとまず浦原にソファに座るように促してから自身も彼女の前に腰掛けた。……と、同時に茶々がささらの肩へと降って来た。


「お、おも……えっと、それで美守さん、今日はどのような……?」

「ああうん、実はちょっと聞きたいことがあってね」

「聞きたいことですか。私で分かることならいいんですけど」

「得意分野だから。それで……ささらちゃん達は、霊と会話することってできるの?」

「霊と会話? 結構してるような……」

「以前の小学校の事件の時も、浦原様も教師の霊と話していたと思いますけど」

「あ、いやそうじゃなくて。特定の幽霊を呼び出して、っていう話なんだけど」

「特定の? それは、つまり個人を指定して幽霊を呼べるかってことですか?」

「そうそうそれ」

「交霊術ってことですね」


 浦原がうんうんと頷くと、ささらは何とも言えない表情を浮かべてちらりと茶々の方に視線をやった。


「私は除霊特化なのでそういうことは苦手なんですけど……茶々は?」

「わたくしもそのようなことはやったことがありませんね。かがり様なら出来たでしょうが」

「そうなの……。その、交霊術? っていうのは難しいものってこと?」

「ただ霊を呼ぶだけならそこまでは。浦原様は、こっくりさんってご存じですか?」

「昔なんか流行ってたっけ」

「あれも交霊の一種ですね。とはいえ実際に霊を呼び出せる人間は少ないですし、ましてや個人を指定するなんて素人には到底不可能です。ただ、それなりに力のある霊能力者なら出来る方もいらっしゃるかと」

「……出来る人もいるのね」

「美守さん?」

「実は、ちょっとある宗教団体の捜査をしなくちゃいけなくなったの。なんでも、死んだ人間を呼び出して話すことができるっていう……」

「え? それってもしかして、幸礼会のことですか?」

「え?」


 あえて名前は出さなかったというのにあっさりと当てられて、浦原は一瞬呆けた。自分が知らなかっただけで、実はこの辺りでは結構メジャーな宗教なのだろうかと考えていると、それを察したささらが「ちょうど少し前に依頼で聞いたんです」と口を開いた。


「娘がその宗教にどっぷり嵌まっててどうにかして欲しいって。その時に幸礼会について少し話を聞いて」


 幸礼会――つまり交霊会である。直球過ぎるネーミングだと最初に聞いた時に茶々が呆れていた。

 ちなみに依頼人は和泉谷の母親の知り合いだった。以前小学生の行方不明事件を解決した所為か、和泉谷の母親はささらのことを探偵か何でも屋のように勘違いしているらしく、『幽霊とかパチモンで金稼ぎしてるようなやつなんてこてんぱんにして来ておくれ!』と依頼主よりもヒートアップしながら頼んできたのである。実際のところそのパチモンを相手にする仕事のささらは苦笑しかできなかった。

 しかしながら依頼は受けた。ご近所さんとの人間関係云々もそうだが、例によってお金故である。


「それでどうにかその幸礼会に入ってその娘さんを探そうと思ってたんですけど……」

「全く伝手もないものですから、突然行っても怪しまれるだけかと思いまして」

「ナイスタイミング!」


 直後、浦原はいきなり大声を上げたかと思うと、勢いよく身を乗り出してささらの両手をがしりと握りしめた。

 その表情は、実にいい笑顔であった。



「み、美守さん……?」

「ささらちゃん。私と一緒に、潜入しよ?」




   □ □ □ □ □ □ □




 潜入したいが伝手がない。潜入は可能だが知識がない。

 見事に利害が一致し、これ幸いと協力を要請した浦原は、数日後ささら達と共に幸礼会のセミナーを通じて幸礼会本部を訪れることに成功した。


「ああー……頭痛い」

「ささら様、しっかりなさって下さい」


 セミナー中に延々と神様の素晴らしさと死者の尊さを語られてグロッキーになってしまったささらを茶々が小声で励ましながら本部の中へと足を踏み入れる。

 最近出来たばかりのの宗教だからか、建物は新しいがこじんまりとしている。が、それでいて中にいる人間の数は多いようだ。人酔いしそうで余計に気分が悪くなる。


「えーと、あなた達が新しい信者の方ね」

「はい。わたしが佐藤、彼女が鈴木、そしてそちらが高橋です」

「佐藤さん、鈴木さん、高橋さんですね。鈴木さんは具合が悪いんですか? 医務室がありますがそちらへ行きます?」

「……あー、大丈夫です。気にしないで下さい」

「そう?」


 入ってすぐに年嵩の女性に呼び止められ、心配そうに顔を覗き込んでくる彼女にささら――もとい、鈴木は乾いた笑みを浮かべながら首を横に振って浦原をちらりと見上げた。

 鬼怒田という名字は霊能力者の間では有名すぎる為元々偽名を名乗るとは決めていたが、あまりにも適当な名付けである。よくある名字と言えば確かにそうなのだが。

 ちなみに浦原が佐藤、茶々が高橋である。


「それじゃあまずは礼拝堂でお祈りをしましょう。こちらです」


 女性が先導して歩き出すのに連なって、三人も人の間を縫うようにして彼女の後を追った。

 それにしても人が多い。どこかへ向かおうとしていたり、立ち止まって数人で話し合っていたりと様々だが、共通しているのは誰もがどこか浮ついた雰囲気であるということだ。時に何もない宙を凝視している人や、一人でにこにこと微笑んでいる人もいる。


「っあ、すみません」

「いえ」


 そうして周りの人間をきょろきょろと観察しているうちに、ささらはすれ違った人と肩をぶつけてしまった。すぐに謝ってそのまま歩き出したささらだったが……数歩歩いた所で、彼女は不意に立ち止まると背後を振り返った。


「……」

「ささらちゃん? どうかしたの」

「あ、いえなんでもないです」


 立ち止まってはぐれそうになっていたささらを浦原が呼ぶと、ささらはすぐに前を向いて小走りで二人を追いかけた。



 聞き覚えのある声。そして微かに見えた横顔。

 振り返った時にはもう人混みに紛れて姿は見えず、気の所為だったのかもしれない。


「……いる訳、ないよね」





   □ □ □ □ □ □ □






 くるりと踵を返して歩き始めた小さな背中を、その男は人混みの中で見ていた。この人混みの中ではあっという間に埋もれてしまうような儚げな印象を持つその人は、彼女の背中が完全に見えなくなったのを確認してから彼も背を向けた。


「鬼怒田様、何かございましたか?」

「いいえ、何でもありません」


 立ち止まっていた彼に気付いた信者の一人が声を掛ける。それに男は薄い笑みを浮かべて首を横にゆるりと動かすと、再びゆっくりと歩き出した。






「……ささら」



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