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祓い屋(物理)の日常  作者: とど
三章
37/63

episode 15 大人への一歩


「茶々ー、私これからバイト行ってくるねー」


 今年も無事に新年を迎え、お祝いムードから日常へと戻りつつあったある日のこと。ささらがバイトに行こうと茶々に声を掛けると、彼女は洗面台の鏡の前で二つの簪を手して難しい顔で悩んでいるところだった。


「どうしたの?」

「今夜の妖怪新年会にどちらを付けていこうかと思いまして……」


 茶々は髪に二つの簪を交互に当てて首を傾げる。デザインの違いはあるものの、どちらも彼女によく似合っているように見える。

 しかしその一方の簪に見覚えがないことに気付いたささらは、「あ」と思いついたように小さく声を上げた。


「それって今年届いたもの?」

「ええ、そうですよ」

「昔は怪しんで付けなかったのに今はもうお気に入りだね」

「……物に罪はありませんから」


 茶々には、毎年一月一日に贈り物が届く。約十年ほど前から毎年途切れることなく届けられるそれは、簪であったりネックレスであったり、はたまた割烹着であったりと様々だ。しかし徐々に金額が上がっている気がする。


「本当に、どなたからなのでしょうかね」

「茶々に片思いしてる妖怪とかじゃないの?」

「ふふ、そんな方が現れれば嬉しいんですけどね」


 結局今年貰った簪に決めたらしい茶々が表情を綻ばせる。これらの贈り物が誰からの物か、実は未だに分かっていないのだ。匂いも宅配業者のものしか付いておらず追うこともできず、当然名乗り出る者も居ない。茶々も当初は訝しんでいたものの、今では嬉しそうに贈り物を身につけている。


「今日の新年会で探してみたら? もしかしたら本人がいるかも」

「十年以上名乗り出ない方ですからねえ、見つかるとは思いませんが」


 そうは言いながらも、茶々はいつも以上に身だしなみを整えるのに余念が無い。かわいいなあ、とささらはそんな茶々を見ながら、不意に鏡に映った自分の姿を見てふわふわしていた気分が急降下した。


 少し毛先の痛んだ肩までの黒髪、一目見た人にはもれなく引かれる赤い目、化粧っ気の無い顔。手前にいる茶々のきらきら具合と比較してしまったささらは大きくため息を吐きながらそそくさと鏡の前を離れた。


 どこからどう見ても美人だの綺麗だの言われる顔ではないことはささらも分かっている。しかしそれでももう少し大人っぽくならないだろうか。二十歳になったというのにいつまでも子供っぽい顔立ちで依頼人にもしょっちゅう舐められている。

 問題はそれだけではない。むしろささらが一番気にしているのはそのことではなく――。



「ささら嬢? ぼうっとしてどうしたんだい」

「はっ」


 月見の声にささらは我に返った。


 顔を上げると、そこは骨董屋の店内である。そういえばバイトに来ていたんだと思い出したささらは、握りしめていた商品のイヤリングを慌てて陳列台に戻す。此処の商品は長く持っていると何が起こるか分からない。


 以前もう骨董屋でバイトはしないと心に決めていたささらだったが、結局高いバイト代にほいほい釣られてしまっていた。それに今回は昼間でなおかつ月見も一緒にいる為、以前のような恐ろしいことにはならないだろう思ったのだ。なお、ガラス窓の向こう側に貼り付いた二体の日本人形が目から上を覗かせているのは見なかったこととする。


「すみませんバイト中に考えごとを」

「いや、何か悩みでもあるのかな。よかったら相談くらい乗るよ」

「悩みってほどでは……」

「ふむ」


 ささらが言い淀んでいると、月見は手入れをしていた人形を置いておもむろにささらに近付いて右目のモノクルに手をやった。


「恋の悩みかな」

「ふあっ!?」

「いやあ、若いっていいねえ」


 ド直球に言い当てられて思わず傍にあった棚にぶつかる。軽く揺れただけで商品が落ちなかったのは幸いだ。どれだけ弁償させられるか考えるだけでも恐ろしい。

 ……そう、言い当てられたのだ。確かにささらは依頼人に舐められることも気にはしているがそれはいずれ時間が解決してくれる。しかし時間が解決しないことだってあるのだ。例えば、決して縮まることのない年齢差だとか。


「さっきからしきりにネックレスやイヤリングを見てたからお洒落に興味を持ったのかと思ってね。だとしたら大体理由は限られてくるだろう。その中で、あとは勘だけどね」

「おっしゃる通りです……あの、ひとつ聞きたいことがあるんですけど」

「何かな」

「月見さんは年の差って、気にしますか? 例えば……十歳くらい」


 ささらは商品の置き時計を布で拭きながら、ちらりと月見を横目に窺った。月見とて柊と同じく大人の男性で、少しは参考になるだろうかと考え……たものの、そもそも彼はいくつなのだろうと以前からの疑問が頭を過ぎった。

 見るからに年齢不詳の彼は、ささらの質問に一度目を瞬かせた後に小さく笑う。


「十歳ねえ……僕は全然気にしないけど。十歳差だろうが百歳差だろうが、些細な話だろう?」

「百歳差が些細って……ちなみに、前から聞きたかったんですけど月見さんっていくつですか」

「さあ」

「さあって」

「数えてても大した意味もないから忘れてしまったなあ」

「……あの、一応確認しますけど人間ですよね?」

「人間だねえ。別に妖怪や怪異でもよかったけど」


 ふわふわと笑って答える月見に、ささらは彼に聞いても独特過ぎて何の参考にもならないなと疲れたように肩を落とす。一般人と感性が違いすぎる。

 

「……せめて、もう少し大人っぽくなれたらなあ」

「なればいいじゃない」


「え?」


 年の差はどうあっても変わらないのだからせめて見た目だけでも。そう呟いたささらの独り言に、不意に背後から声が掛かった。

 反射的に背後を振り返る。そこでささらが見たのは――視界いっぱいに広がる、大きな女の裂けた口だった。


「ぎゃああああっ!!」

「もう、さっさと慣れなさいよね」


 咄嗟に拳を振り上げるのをぎりぎりで堪えるが悲鳴は押さえられなかった。ささらの大声にむっとした表情を浮かべた彼女――千紗は、いつの間に現れたのかいつものマスクもせずにささらの背後に立っていたのだ。


「ち、千紗さん。なんでいきなり現れて」

「おや、君が店の方に来るのは珍しいね。何かあったかい」

「だって、あなたが女のバイトを雇ったって聞いたから心配で」

「やきもちか? 相変わらず千紗は可愛いなあ。心配しなくても僕は出会った時から君一筋なんだけどなあ」

「そんなこと言って、すぐ人形に可愛い可愛いって言うんだから」

「え、え?」


 ふん、と分かりやすく拗ねた千紗に月見はにこにこ微笑み、どこか愛おしそうに彼女を見る。

 そして、そんな二人に取り残されたささらは目の前の光景に大いに混乱し、二人を交互に何度も何度も見てしまう。


「あ、あの……もしかして」

「まあ、バイトがこの子なら別にいいけどね」

「千紗はささら嬢と知り合いだったんだね」

「茶々経由でね、前に桔梗を助けてもらったこともあるの」

「お二人はやっぱり」

「それで、ささら大人っぽくなりたいのよね? 私いいところ知ってるから連れてってあげるわ。あなた、この子借りてもいい?」

「ああ、もう仕事もあらかた片付いたから出かけて来るといい」

「それじゃあささら行くわよ。行ってきますね、旦那様!」

「気をつけるんだよ」


「やっぱり千紗さんの旦那さんって月見さんだったのー!?」


 ささらが絶叫する中、骨董屋の扉は閉められた。




   □ □ □ □ □ □ □




「着いたわよ……って、なんでそんなに疲れてるのよ」

「いやー……衝撃の事実に頭が追いつかなくて」


 千紗に人間の夫がいることは知っていたが、それがまさかの顔見知り、更に言えば月見だったなんて考えもしなかった。月見は浮き世離れしていて結婚という言葉から恐ろしく離れた場所に存在していそうだし、千紗も千紗でかの有名な都市伝説である。旦那がいるとは聞いても実感はなかった。


「あの、千紗さん。ここって……キャバクラでは」

「そうだけど」


 そしてささらがそんなことを考えているうちに連れて来られた場所はというと、繁華街のネオンぎらめくキャバクラの前だった。まだ夕方で開店していないらしく静かなものだが、少なくともささらが来るような場所ではない。

 しかしそんなことは意に介さずさっさと扉を開けた千紗は「ろく姉さーん」と店の中に向かって呼びかける。


「……なんだい、まだ店は開けて……って千紗かい」

「姉さん、ちょっとこの子綺麗にして上げて」


 しばらくして奥から現れたのは綺麗な和服美人だった。ささらがその女性にどこか既視感を覚えて首を傾げていると、女性の方も「どこかで見た顔だねえ」とささらをじっと見て来る。


「まあいい、どうせ店を開けるまで暇つぶしでやって上げるわ」

「ありがとう。ささら、私これから新年会に行くから帰るけど、ろく姉さんに任せておけば大丈夫だから」

「え、千紗さん帰るんですか!?」

「ええ、それじゃあ」


 まったく初めての場所に知らない人間と共に取り残されると聞いてささらが焦るが、千紗はまるで気にせずにさっさと店の外へ出て行ってしまう。


「さて、ぱっと見たところ特徴的な顔立ちでもないし化粧映えはするかね。それじゃあこっちに来なさい」

「は、はい……あ、鬼怒田ささらと言います。よろしくお願いします」

「鬼怒田、ねえ。あたしはろくろ。見ての通り、妖怪さ」

「ろくろって……ああああ!」


 途端に、目の前を歩いていた女の首がにゅるりと伸びてささらを振り返った。その衝撃的な光景に、ささらの脳内に以前骨董屋にやって来たろくろ首の女性の顔が過ぎる。


「ね、ネックレスを大量買いしてた……」

「ああ、思い出した。あんた千紗の旦那の店で働いてた子かい。で、綺麗にするとは言ったが具体的にどんな感じにしたいんだい」

「……できれば、大人っぽくして頂ければ」

「おかしなこと言うねえ。人間なんて少し経てばあっという間に老けるっていうのに。じゃあまずは衣装からね。うちで働いてる子達が飽きていらないって言うのが結構あるから好きなの持って帰りな」


 店の奥の衣装部屋に辿り着くと、そこは壁一面にずらりと衣装が掛けられたラックが並んでいた。派手な色が多く、スパンコールがきらきらとちらついて少し頭が痛くなる。

 ろくろはさっそく何着か手早く衣装を持つと鏡の前に立たせたささらの体に当て始める。


「この赤なんていいと思うよ。あんたは髪と目の色がはっきりしてるから服も淡い色より派手な方が似合う」

「ひえ……あのこれ肩出てるしかなり背中見えるんですけど」

「これくらいで何言ってるんだい。大人の女になりたいんだろ、だったらどんどん色気出していかなきゃ。ほれ、こっちは……ちょっとサイズが合わないね」

「胸がすっかすか……」


 幼児体型とはいかないがささやかな自分のそれに少し落胆する。あまり気にしたことはなかったがこうまで隙間が出来るのを見せつけられると落ち込みもする。

 そうしていくつか選んで半ば無理矢理試着させられると、普段の服とのあまりの違いに恥ずかしくて蹲りたくなってしまった。が、ろくろはそんなささらにも容赦なく次々と見事な手腕で服を脱がせては着せていく。

 結局最終的に選んだのは、一番最初に手に取った赤いドレスに申し訳程度の薄いストールを羽織ったものだった。


「次はメイクだけど……あんた、普段化粧は?」

「あんまり……」


 ささらが申し訳程度に化粧をするのは依頼人の前くらいだ。バイトも接客でなければ一々化粧はしていない。化粧品代にお金を掛けられるのならば無論先に家賃を払っている。


「あんたねえ、綺麗になりたいんなら化粧ぐらいしなさい。そんなんじゃ男一人引っかけられないよ」


 すでにぐったりしている体を引きずって鏡の前の椅子に座らされる。先ほどまでずっと立っていたので、腰を下ろすと途端に疲労感が体を襲い自然と瞼が重たくなってくる。


「ああもう仕方の無い子だねえ……」


 うつらうつらと前後に動く頭を押さえつけられながら、いつの間にかささらの意識はどこかへ飛んでいた。




   □ □ □ □ □ □ □




「終わったよ、さっさと起きな!」

「あたっ」


 ぺしん、と軽く頭を叩かれた衝撃で目を覚ます。いつの間にか寝てしまっていたのか。目を擦ろうとした手を止められたささらが顔を上げると、鏡の中に見違えるような自分が映し出されていた。


「え?」

「ま、あたしが本気を出せばこんなもんね」


 いつもよりもぱっちりとした目に、血色の良さそうな頬、透き通った唇、そして毛先が緩く巻かれた髪。ささらはしばし、ぽかんと間抜けな顔で鏡を見続けた。


「大人っぽくって言われたけどね、あんたはまだこういう年相応のナチュラルメイクの方が合ってるわよ。ま、それで子供っぽいなんて文句付ける男なんてこっちからお断りした方が身のためよ」

「あ、ありがとうございます! うわあ……」

「気に入ったみたいでよかったわ。……さて、仕上げにもう一つ」


 ろくろは鏡を見続けているささらを見て満足げに笑うと、首を伸ばして棚の一番上に置いてあった小瓶をくわえて下りてくる。鏡越しのその光景を見てしまったささらは途端に現実に戻ったように小さく悲鳴を上げ、思わず椅子から転げ落ちそうになった。

 小瓶を手に取ったろくろはそれをささらへ差し出す。その中身は赤い液体のようで、ゆらゆらと怪しげに小瓶の中で波打っている。


「これを飲めばずっと若くて綺麗なままでいられるわ」

「は? えっとこれは一体」

「人魚の生き血」

「人魚の生き血!?」

「この前通販で衝動買いしたんだけど、よく考えたらあたし達妖怪はそうそう老けないから必要ないのよね。だから上げるわ」


 ぐいっといきなさい、と小瓶の蓋を開けられて口に近づけられる。血生臭い匂いが鼻に広がり、ささらは即座に立ち上がって部屋の隅まで素早い動きで逃げた。


「け、結構です!」

「遠慮せずに飲みな。結局男は皆若い女が好きなんだからね」

「それ飲むくらいならさっさと老けた方がましです!」

「あ、こら逃げるんじゃない!」


 ろくろがささらを引き留めようとするが逃げ足だけは早いささらが部屋を抜け出す方が早い。すぐさま店の出口を目指して走り出すが、しかし背後から「待ちなさい!」と声が迫ってくる。


「ひいいい、首だけ追いかけて来る!!」


 怖い物見たさでつい振り返ってしまったささらは、小瓶をくわえたろくろの首だけが追いかけて来る恐怖映像に腰を抜かしそうになる。

 しかし何とか首に追いつかれる前に店の外へ転がり出たささらは、その瞬間正面から何かにぶつかってその動きを止めた。


「痛って、何だよ危ねえだろ……って、は?」

「ひ……柊さん……」


 妙に聞き覚えのある声に顔を上げると、そこに居たのは酷く驚いた表情を浮かべた柊だった。唖然した顔でささらを見る柊に気を取られていると、店の外へろくろの首が飛び出して来る。


「やっと追いついた!」

「は!? 首!?」

「ろくろさん外ですよ外!」

「あ、忘れてたわ」


 何も知らない人間に見つかったらどうするんだと考えていると、ろくろの首がするすると店の中へと戻って行く。そんな光景を間近で見てしまった柊は「頭痛え」と片手で額を押さえた。


「普通はこんなに人外目にする機会なんてねえだろ……」

「な、なんかすみません」

「まあそれはさておき……ささら、お前なんて格好してんだよ」


 ちらりとささらの赤いドレス姿に目をやった柊が眉を顰めると「今何月だと思ってんだ風邪引くぞ」と自身が着ていた上着をささらの肩に掛ける。


「す、すみません」

「いっちょ前にしっかり化粧までしやがって」

「……似合いませんか?」


 恐る恐る、ささらは柊を窺いながら尋ねた。先ほど鏡で見た時は自分でも随分と変わったと思ったが彼から見るとどう映るのか。

 ささらの問いかけに、柊はぴくりと肩を揺らした。そして眉間に皺を寄せた彼はしばし黙り込んでささらをじっと見つめた後、何とも言えない表情で息を吐く。


「まあ、悪くはな――」

「まったく、手間掛けさせて! ……あら?」


 そこへ、ようやく首を戻したろくろが店の外へと現れる。小瓶を手にささらに迫ろうとした彼女はしかしそこでようやく柊の存在に気が付き、彼とささらの掛けられた上着を交互に見てにんまりと頷いた。


「ああはいはいそういうことね。千紗のお願いはもう済んだからそこの男とさっさと帰んなさい」

「え、はい……ありがとうございました」


 ろくろはそれだけ言うとさっさと店の中へと帰って行く。扉が閉まり完全に彼女の姿が見えなくなると、柊は改まったようにささらの名前を呼んだ。


「ささら」

「はい?」

「俺はお前が金欠なのはよぉく分かってるし、家賃滞納してたら勿論取り立てに行く」

「え? は、はい。そうですね」

「だがな――」


 柊がささらの両肩に手を置く。そして視線を合わせるように屈むと、酷く真剣な表情で言い聞かせるように言った。

 

「本当に困窮してるんなら家賃なんていくらでも待ってやる。だから、頼むから水商売だけは止めてくれ」

「えっ」


ささらが飛び出して来た店と格好を見た柊「とうとう金に困ってここまで……」





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