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祓い屋(物理)の日常  作者: とど
三章
36/63

episode 14 私は誰?(4)


「っぁ、」


 目の前の凄惨な光景を目に焼き付けてしまったささらは、込み上げてくる吐き気に口を押さえて体を折り曲げた。

 僅かに口から漏れた声に足の欠片に群がっていた蜘蛛達が反応するようにささら達を振り返る。その瞬間、ささらは突如自分の体が宙に浮く感覚を覚えた。


「引くぞ!」


 あっという間にささらを肩の上に担いだ柊が声を上げると、すぐさま彼は茶々と共にキッチンの外へと引き返して扉を閉めた。扉の向こう側でかさかさと嫌な音が聞こえてくる気がしたが、あえて聞かないように大きく足音を立てて扉から離れた。


「ささら、大丈夫か」

「……」


 柊の肩から下ろされてもささらは先ほどのショックから立ち直れず、座り込んだまま俯いていた。そんな彼女を見て柊と茶々は顔を見合わせ、少し悩むようにしてからちらりと玄関に視線をやった。


「一度戻った方がいいか?」

「ささら様のことを考えるとそちらの方が……」

「だ、駄目!」

「ささら様?」


 はっとしたように慌ててささらが顔を上げる。その声は震えて体もかたかたと揺れているが、ささらは必死に一人で立ち上がって大きく首を横に振った。


「さっきの……本物の、人の足なんだよね……?」

「ええ、そうだと思います」

「ここの蜘蛛は人を食べる……ってことは、かぐやちゃんはきっと、食べられる為に連れてこられたんだよね?」

「……まあ、恐らくそういうことになりますね」

「なら、急がないと。少しでも早く見つけないと……あの子も」


 ささらの頭の中に、依頼人に見せて貰ったかぐやの顔写真が過ぎる。ぬいぐるみに抱きついて笑っていたあの子が、あの恐ろしい蜘蛛達に襲われて食べられていたら。想像だってしたくない。


「……お前の言いたいことは分かった。ならさっさと行くぞ、また腰を抜かすんじゃねえよっ、と」

「うわっ!?」


 不意に、柊がしゃべりながら傍にあった壁に古びた包丁を突き立てた。そこには暗がりに紛れて動いていた蜘蛛が縫い止められており、それが動きを止めると柊は難なく壁に刺さった包丁を引き抜いた。


「柊様、いつの間にそんな包丁」

「さっきキッチンに入った時。若干錆びてるがまあ使えるだろ」

「……手癖悪い」


 今のささらに記憶があれば「またか」と呟いただろう。


「まあ武器はあればあっただけ良いでしょう。さて、どこから探しましょうか」

「さっきみたいにかぐやちゃんの匂いで分からないの?」

「これだけ血やら埃が酷いと期待はできませんね……」

「なら虱潰しだ。行くぞ」


 先頭を気配に鋭い茶々、その後ろをささらが歩き、殿を柊が警戒しながら進む。一階はキッチンの他にも部屋がいくつかあり、まずは玄関ホールから繋がる大きな扉を開けてみることにした。


「……ここは、リビングのようですね」


 茶々が慎重に扉を開くと、そこは埃まみれになった広いリビングがあった。一歩足を踏み入れるだけで容易に足跡が出来てしまうほど埃が降り積もり、まともに呼吸をするのも難しい。ささらは袖を鼻と口に当てて室内に入ったが、どうやら此処は埃は酷いものの血痕などは見当たらないようで僅かにほっとした。


「居なさそうだな」

「じゃあ次に――ぎゃあああっ!?」 


 ある程度室内を見回したが人の気配はなく、次の部屋へ向かうべく引き返そうとしたその時だった。

 ささらが後ろを振り返った瞬間、突如目の前に上から糸を垂らした蜘蛛が降りてきたのだ。全長五センチほどのそれと十センチもない距離で見つめ合うと、次の瞬間蜘蛛がいきなり口を大きく開けて彼女に向かって飛びかかってきたのだ。


 茶々と柊が反応するも遅かった。彼らが手を伸ばすよりもずっと早く――ささらは悲鳴を上げながら襲いかかって来た蜘蛛を力強く叩き落としていたのだ。


「あ」


 叩き落とした本人が我に返った時には蜘蛛は床に思い切り叩き付けられており、まもなくじゅわっと蒸発するように消えた。

 後に残ったのはぽかんと口を開くささらと、驚愕の表情を浮かべた茶々達だけだった。


「え……え? 消えた……?」

「ささら、お前今の」

「霊力使いましたね? 霊力で消し去りましたね!?」

「霊力……?」

「ああもう咄嗟でも何でもいいんです。普段よりかは少ないですけど確実に力が戻り始めているようですね」


 茶々が胸を撫で下ろす。普段の圧倒的な霊力ではないが、これで最低限の護身術はできた。ささらが反射的に手を上げる所は記憶を無くしても変わらなかったようで今は感謝である。


「……そういえば、素手で叩いちゃった」


 ささらは蜘蛛に触れた時の感触を思い出して思わず背筋に寒気を感じながら、何度も何度も上着で右手を拭った。




   □ □ □ □ □ □ □




 一階の他の部屋もかぐやを探しに回ってみたものの、収穫はなかった。

 ある部屋は血が固まった絨毯の上に食べかすのように指が転がり、またある部屋は蜘蛛の巣だらけ、そして風呂場に至ってはささらは入る前に追い出された。中がどうなっていたのか彼女には分からなかったが、茶々と柊の顔色から中を確認する度胸は無かった。


 一階を終えると次は二階だ。この建物は二階建てなので此処に居なければおかしいのだが――。


「……居ませんね」

「うん……」


 三つある部屋を全て確認してもかぐやの姿はまるで見当たらなかった。道中見つけたり襲ってきた蜘蛛は退治しているが、人間はといえば……部分的なものしか見つからない。


「早くしないといけないのに……」


 もしかしたらもう、なんて最悪な状況を頭から振り払う。しかし他に探していない場所などあるだろうか。


「ちょっと待て」

「柊さん?」


 手詰まりになってささらが焦っていると、おもむろに柊が傍の壁に近付いて軽くノックしてみせる。


「外から見た構造的に、此処にも部屋があるはずだ」

「本当ですか!?」

「ああ。だが、問題は入り口だな。一体何処から……」


 壁を調べ始める柊に習って、ささら達も近くに抜け道はないかと探し出す。こんな怪しい屋敷だ、何処に隠し扉があってもおかしくない。

 ささらも壁を叩いてみるが音の違いなど全然分からない。首を傾げながら少しずつ場所を変えて続けること数分、それは突然のことだった。


「は」


 壁を叩こうとした手が空振る。まったく手応えなく手が空を切り、ささらは思わず前屈みにバランスを崩した。

 目の前の壁が押し出されるように回転する。そしてその勢いのまま前に転ぶと、あっという間に目の前が真っ暗になった。


 慌てて起き上がったささらが背後を振り返ると暗くて見にくいがそこは壁だった。触れてもまったく動かず、どうやら自分は一人だけ壁の向こう側に来てしまったのだと理解した。


「茶々! 柊さん!」


 此処が入り口だと壁を叩きながら二人の名前を呼ぶが二人がやって来る気配はない。それどころか物音もまったくせず、耳鳴りがしそうな嫌な静寂だけが耳に残る。


「茶々!」

「――ムダダ。コチラノ音ハ外ニ届カナイ」

「……え?」


 静寂の中に、ケケケッ、と空気を含んだ小さな笑い声が聞こえる。

 壁から手を離したささらが振り返る。真っ暗な空間に徐々に慣れてきた目が、少しずつ部屋の中の物を映し出すようになる。


「――っ!」


 部屋はそこまで広くはなかった。いや、錯覚かもしれない。何しろ部屋の中央には、目算で全長一メートルはありそうな巨大な蜘蛛が八本の手足を忙しなく動かしながら存在していたのだから。

 それを見た瞬間、ささらは恐怖で全身が動かなくなった。黄色と紫の手足はそれぞれ自由に動き、傍にある蜘蛛の巣に掛かっていた人間の手足を容易く引き千切ると、それを大きな口に運ぶ。しゃくり、しゃくりと噛みしめるように、見せつけるように咀嚼する大蜘蛛は、まるで人間のようににたりと笑みを作った。


「餌ガ勝手ニ来ルトハ有リ難イ」

「……しゃ、べった」

「長生キシテイレバ当然ダ。コウシテ何百年モ人間ヲ貪ッテイレバ知性モ得ル」


 見たくないのに視線が動く。どんどんと明瞭になっていく視界の中には、今食べられた人間の他にもいくつもの人間が蜘蛛の巣に捕らえられている。だが彼らは……見るからに、もう人間としての尊厳を失っていた。ただの、餌にされていた。


「うっ、あ」


 ささらは耐えきれずに胃の中のものを床にぶちまけた。中身が無くなるまで吐き続けると、その匂いを不愉快に感じたらしい大蜘蛛が、不機嫌そうに一本の手足を床に叩き付けた。


「折角ノ食事ガ不味クナッタラドウシテクレル。コレカラ御馳走ダトイウノニ」

「御馳走……」


 喉を胃酸で焼きながらささらが何とか顔を上げた。大蜘蛛は体を動かすと自分の背後にあった蜘蛛の巣に捕らえられている人間を見る。


「かぐや、ちゃん!」

「コヤツハマダ目ヲ覚マサヌカラ食ベラレヌ。起キテカラ泣キ叫ブトコロヲ食ウノガ一番ノ美味ダカラナ」


 かぐやはまだ、五体満足だった。気絶しているのか手足を糸で拘束されながらぐったりしており、ささらは無事だったことに僅かに安堵しながらもいつ食べられてしまうかと恐怖で震えていた。


 ……いや違う。今ささらがするべきことは彼女が食べられるのを怯えて待つことではない。一刻も早くこの蜘蛛を倒してかぐやを救い出すことだ。


 頭では分かっている。分かっていても、ささらの手は満足に動かない。今まで見た凄惨な光景よりもずっと目の前の物体が恐ろしい。祓い屋の自分はいつもこんなものと戦って来たのかと実感してももう遅い。今戦わなければならないのは他ならぬ、このささらだ。


「シカシ待ツノモ飽キタ。先ニオ前デモ食ベテオクカ」


 大蜘蛛がかぐやから離れ、八本の足を使ってささらに近付く。

 戦わなければ。そう必死に言い聞かせてがたがた震える手で羽斬を取り出そうとするのに、震えた指先はウエストポーチのジッパーですら上手く掴むことが出来ない。


 近付いて来る。沢山の毛に覆われた紫色の足が、目の前にやってくる。



「「触るな!」」

「ナ、」 


 蜘蛛の足しか見えなかったささらの視界に、突如として錆びた包丁が割り込んできた。


「おらぁっ!」


 包丁――それを持つ柊が力尽くで蜘蛛の足を叩き切る。それと同時に大蜘蛛の顔面には燃えた札が叩き付けられ、密閉された空間の中に大蜘蛛の濁った悲鳴が響き渡った。


「茶々、柊さん!」

「ったく、何だよあの隠し扉。忍者屋敷かっつーの」

「急に居なくなったのでびっくりしたんですからね。焦りすぎて壁壊しそうになりましたから。……娘さんは、無事ですか」


 茶々がちらりと部屋の奥に目をやり、安堵するように息を吐く。そして両手に沢山の札を構えた彼女は、殺気を放つように大蜘蛛を睨み付けて狙いを定めた。


「狸ノ分際デ、邪魔ヲスルナ」

「蜘蛛の分際で、ささら様に手を出そうなんて馬鹿げていますね」


 茶々が札を、柊が包丁を構える。ささらもようやく震えの止まった手でポーチを開け、羽斬を取り出した。力に呑まれるかもしれないとは聞いたが、いつでも抜けるようにしておかなければ。


「覚悟しなさい」


 茶々が飛びかかって札を投げる。それらは空気抵抗などものともせず真っ直ぐ進み、大蜘蛛の体に貼り付き――。


「ケケケケ」

「!?」


 刹那、三人の体は一瞬にして身動きが取れなくなった。両手首、両足首に巻き付いた白い色が、まるで三人をマリオネットのように空中に釣り上げたのだ。


「蜘蛛の糸が……」

「オ前ラハ三人ダガ、私ハ百ダ」


 ささら達の目の前に小さな蜘蛛がいくつも天井から振ってくる。そしてよく見れば、大蜘蛛に当たったはずの札も、その直前に別の蜘蛛に当たって燃え尽きており大蜘蛛には一枚も当たっていない。

 

「くっそ、なんだこれ硬い」


 柊が無理矢理動いて何とか糸の拘束から逃れようとするが、手足を縛る糸はまるで緩む気配も切れる気配もなく、何とか包丁を当てても全く切れそうにない。

 危機的状況にささらも羽斬を抜こうとするが、右手どころか鞘にまで糸が掛かっていてどうにも出来ない状態だ。


「ひ、やだ……っ!」


 先ほど振ってきた小さな蜘蛛が糸を伝ってささらの顔の近くへやって来る。必死に首を振って振り落とすが、その度に別の蜘蛛が近付き、顔だけでなく手足にも這い回る。

 全身に悪寒が走る。霊力で振り払おうとしても、パニックになっている所為か先ほどのようにならない。


「オ前ガ一番ヨク叫ビソウダ」

「ささら様に近付くな!」


 茶々が手足が千切れそうな勢いで抵抗する。しかし彼女の手が千切れるよりも早く大蜘蛛がささらの目の前までやってくる。恐怖に彩られたささらの表情を見て、喜ぶように声を上げたそれは大きな口を開く。


 食われる。





 バチィィィッ!!


「ギャアアアアアッ!」




 ――その、直前。大蜘蛛とささらの間にまるで雷が落ちたかのように青白い光と轟音が起こった。

 焦げた匂いが鼻を掠めると同時に大蜘蛛が飛び退くように離れて床にのたうち回る。


「え?」


 驚くのはそれだけではない。不意に体が宙に放り出されたかと思えば、四肢を締め上げていた蜘蛛の糸が溶けるように消えていた。


「さ、ささら様?」

「何が何だか……」


 今起こっている全ての状況が飲み込めない。床にへたり込んだささらの目の前には、未だに青白く光が漂っており、そして何故だか胸元が妙に温かい。思わずそこに手を当てると服以外の感触が伝わって来る。


「あ」


 ささらがそれ――服の下で熱を放っていたそれを取り出すと、それは朱色の布地で作られたお守りだった。温かい熱は手を伝って体に広がり、そして全身に行き渡ったところでゆっくりと熱を失う。それと同時に、目の前の光も消え失せた。


「……」


 一つ、ささらは瞬きをする。


「ナ、ンダ……今ノハ」


 のたうち回っていた大蜘蛛が起き上がる。酷く困惑しているそれに、ささらは答えることなく床から立ち上がった。


「……ごめん、早速だけど手伝って」


 その手が、自然な動作で鞘から短刀を抜いた。


 そしてほんの瞬きの時間で、吊されていた茶々と柊がばたばたと床に落ちる。


「記憶戻って早々に、刀使いの荒い主人だな」

「記憶って、ささら様の記憶が……」

「そこの二人、糸斬ってやったんだからさっさと立てよ。俺だけに働かせるんじゃねえ」


 目に暗い赤を灯したささら――羽斬が二人を振り返る。にやりと笑みを浮かべるその表情はまったく彼女らしくないもので、それを見た茶々ははっとしたように立ち上がった。


「……おい、嬢ちゃん。こいつ完全に取り憑かれるけど大丈夫なのか」

「大丈夫です……多分」

「取り憑くとは心外だな。俺は望まれて主人の力になってるだけだが――っと」


 軽口を叩いていた羽斬がふっと体を動かして短刀を振るう。それと同時に三人目掛けて飛んできた糸は容易く切り裂かれ、糸を吐き出していた蜘蛛と共に床に落ちた。


「しゃべっている暇はなさそうですね」

「ああ」


「オ前達、ヤツラヲ食イ千切レ!」


 大蜘蛛が怒りの声を上げると同時に、部屋中の蜘蛛が一斉に三人に襲い掛かって来た。


「救出は頼みました」

「しゃーねーから頼まれてやるよ!」


 目の前に降ってくる大量の蜘蛛達に、茶々は即座に床の四方に札を投げて結界を作り出す。それに触れた蜘蛛は次々と焼け爛れ、そして中に入った数匹は柊が仕留めていく。

 一方羽斬は結界から飛び出すと他の蜘蛛を蹴散らしながら大蜘蛛に近付き、振り下ろされた鋭い手を二本同時に切り裂いた。


「タヌキ、こいつに札」

「はいはい!」


 大きく口を開けて羽斬を食らおうとする大蜘蛛の頭に茶々の札が叩き付けられる。すぐにはね除けられるが、その隙を狙って羽斬は跳躍し、大蜘蛛を踏み台にして背後に回った。


「おっさん、パス」

「誰がおっさんだ!」


 そしてすぐさまかぐやを捕まえていた蜘蛛の巣を破壊すると、まるでキャッチボールのように少女を柊へと投げ渡す。蜘蛛に触れさせないようにかなり勢いがついていたものの、柊は難なくかぐやをキャッチして安全圏である茶々の結界の中へと運び込む。


「……さて、さんざん人間を解体したんだ。お前が解体されても文句言えねえよな?」


 羽斬と大蜘蛛が目を合わせる。感情など読み取れないはずのその目は、しかし酷く怯えているように映った。――今まで己が食してきた人間のように。



 断末魔などない。上げる時間すら与えられずに、大蜘蛛は手足の先から頭、胴体まで全て短い一本の短刀によってばらばらに解体された。

 一つ、軽く刃を振るとそれだけで蜘蛛の体液が綺麗に払われる。そしてゆっくりとその刀身が鞘に収まったその時、彼女の体は床に崩れ落ちた。


「……今回もありがとう、助かった」


 「いいってことよ」と、我に返ったささらの耳元で、そんな軽口が聞こえた気がした。




   □ □ □ □ □ □ □




 その後、ささら達は屋敷の蜘蛛を残らず退治した後に警察――妖怪や怪異関係の部署に伝手のある浦原に連絡を取って洋館の調査をしてもらうこととなった。

 最後にこの洋館に連れてこられたらしいかぐやだけは無事だったが、他の人間は全て死亡が確認された。その中には行方不明者として捜索されていた者も居たが、大半は欠損が激しかったり、むしろ殆ど部分的にしか残って居なかった為判別不能の遺体として処理されることになった。もっと早くこの洋館を見つけていればと後悔しても遅い。それは分かってるが、ささらの心に暗い影を落としたのは仕方が無いことだった。


 依頼人であるかぐやの父親は娘の無事に大泣きながら安堵しつつも、屋敷の惨状を知ると顔を真っ青にして娘をきつく抱きしめていた。



 その日は事情聴取をされたり洋館の調査に同行したりでくたくたになりながら家に帰ったささらだったが、翌日朝から事務所にやって来た柊とめぐるによって更に尋問のように問い詰められる事態に陥っていた。






「一応お聞きしますけど、一度寝てまた記憶を失ったとか言いませんよね?」

「大丈夫です……本当にご迷惑をお掛けしました」


 茶々に疑いの眼差しで見られながら、ささらはソファの上で正座しながら三人に向かって深々と頭を下げた。体がぎしぎしと軋むように痛い。恐らく昨日羽斬が無茶に立ち回った所為だろう。

 記憶を失っていた間のこともささらはしっかりと覚えている。彼らを知らないと言って傷付けてしまったことや、他にも沢山迷惑を掛けてしまった。本当に申し訳ない。


「まあ、とにかく無事でよかったし記憶も元通りになって何よりだ。知らない間にお前が死にそうになってたって後から聞いてどんだけ肝が冷えたか……。もう少し俺の寿命の心配もしてくれ」

「それは誠に申し訳なく……」

「ところで、ささら様の記憶が元に戻ったのは霊力が満たされたから、ということでいいんでしょうか」

「そうみたい。あの蜘蛛に食べられそうになった時、姉さんのお守りが守ってくれたみたいなんだけど……」


 ささらは首元から紐を引っ張って下げていた朱色のお守りを取り出した。今まで大事にして来たそれは、ささらを守った所為か少し破けている。後で縫って直しておかなければならない。


「この中にあった姉さんの霊力で足りなかった分を補ったみたいで」

「かがりの、か」

「ささら様程とは言わずとも、かがり様の霊力の質も素晴らしいものでしたからね」


 茶々が納得したように頷く。ささらと、そしてめぐるの姉であるかがりの霊力は平均的な霊能力者よりも優秀だった。更に札やお守り作り、結界を張る等の霊力コントロールも器用にこなしており、この小さなお守りの中に霊力を多く詰め込むことが出来たのも彼女だからこそであっただろう。


「元に戻った経緯は分かった。……んで、根本的になんでお前はそんなに霊力とやらが減ってたんだよ」

「そうですよ! ささら様があれほど霊力を失うなんて一体何があったんですか? もしかしてわたくしの知らないうちにどこかの強い悪霊に襲撃されてたなんてことは……」

「え……えーと、それは……」


 途端に、ぎくりと分かりやすくささらの肩が跳ね上がり、目が右に左にと泳ぎ始めた。

 そしてそれを見た瞬間「あ、これ何かやましいことあるな」と三人の心の中は見事に重なった。


「ささら」

「は、はい」

「兄ちゃん怒ったりしねえから……だから、正直に言ってみな?」


 言葉とは裏腹に真顔で凄むめぐるにささらの顔が引きつる。普段穏やかなめぐるだからこそ余計に怖い。

 加えて普段から怖い柊と、叱る時は母親のように厳しい茶々である。逃げ腰にはなっているが逃げられないと悟ったささらは、「ちょっと待ってて」早口で言って自室へと駆け込み、そして足取り重く戻ってくる。


「実は、これなんだけど……」


 ささらは観念したように手に持っていたものを三人の前に突き出す。


「ん? これは」

「お守りですね」


 ささらが持って来たのは一見何の変哲もない青地の布で作られた一つのお守りだった。これが一体どうしたのかと首を傾げた茶々がそれを持ち上げてしげしげと観察する……と、途端に茶々の顔色が変わった。


「ささら様ちょっとこれ」

「……」

「なんだかこのお守りから妙に強い力を感じるんですが」

「……」

「ささら様」

「……一昨日の夜、柊さんにいつもご飯奢ってもらってるからお礼したいって話したでしょ?」

「ええ、確かそんなこと言ってたような……って、ささら様、まさか」

「姉さんのお守り見て、柊さんも結構危ない目に遭ってるし、頑張ったらもしかしたらそのうち私でも作れるかなー……なんて」


 茶々も元々苦手だった札作りを頑張って今は得意になっているし、練習がてら作ってみようかと試しに以前かがりに教わったが断念したお守り作りをしてみたのだ。


「そんな簡単に行くとは思ってなかったよ? けど今日はこれで止めようと思ってももう一個もう一個って深夜テンションで作っちゃって……」


 ささらは霊力コントロールが下手くそだ。だからこそとにかく持ち主を守れるようにとお守りにこれでもかと強力な霊力を注ぎ込み続けた。何個も何個も、朝までずっと。


「……それで、何とか奇跡的に一個作れて、朝になったからちょっと水でも飲もうかなって思ったらいつの間にか」

「廊下で倒れた、ということですね」

「霊力大量に失ってな」

「おまけに記憶喪失になってだな」


 言葉事態は冷静だが、隠しきれない怒りを感じる。それも三人全員から。

 ははは、と誤魔化すように乾いた笑いを浮かべていたささらの表情も引きつった。


「あ、あのー……そのー……」

「っささら様! あなたという人は!」

「お前は自分の限界も分からないのか!」

「俺を守ろうとして自分を危険に晒すなと言っただろうが! 何考えてんだお前は!」


 その瞬間、祓い屋ささらの事務所で三つの爆弾が同時に爆発した。


「ご、ごめんなさいー!!」

「ささら様のお馬鹿! どれだけ心配かければ気が済むんですか! わたくしがどんな気持ちで――」


 一気に三人に責められたささらが半泣きになるものの茶々はまるで手心を加えない。それどころかますますヒートアップして、説教はしばらく続いた。


 以後、ささらは茶々との取り決めで「無断で霊力の大量消費をしない」「お守りや札作りの練習をしたいときはかならず茶々を傍におくこと」「そもそも心配を掛けないこと」という三つをきつく言い渡された。特に三つ目はめぐると柊にも何度も何度もくどくどと言い聞かされることになった。





 説教を終えて仏頂面で事務所から帰る柊の手には、一つの青いお守りがあった。


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