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祓い屋(物理)の日常  作者: とど
三章
35/63

episode 14 私は誰?(3)


「つまり、娘さんが突然何かに連れて行かれたんですね?」

「ぐす……はい、そうです」


 突然事務所へと飛び込んできた男――羽斬の元の持ち主であった彼は、今にも泣きそうになりながらひたすら「助けてくれ」と訴えた。

 いきなり現れた男にささらは勿論茶々も困惑していたが、そのまま放置する訳にも行かずソファに座らせて話を聞くことになった。


 非常に焦っており中々に支離滅裂な説明だったが、要約すると「娘が浚われたから助けて欲しい」ということだった。

 つい数時間前まで五歳の娘と一緒だったという男。しかし少し目を離した隙に繋いでいた手が離れ、何者かによって何処かへ連れ去られたのだという。


「あの、それでしたら警察に連絡した方が」

「娘を連れて行ったのはよく分からない黒い塊で、人間じゃなかったんです! 慌てて追いかけたんですがすぐに距離を離されてしまって少ししか見えませんでしたけど……黒く蠢いてた何かが娘を捕まえて運んで行ってしまったんです……ぐす」

「黒い塊……ですか」

「お願いします! この前のようにどうか娘を助けて下さいっ!」


 茶々は頭を下げる男を見ながら少し考えるように口元に手をやる。娘を連れ去ったのは人間の形をしておらず、そしてこの男にも見えたということは霊体でもないだろう。となると恐らくは何かしらの妖怪か怪異である可能性が見えてくる。


 悪霊に限らず害を成す人外から依頼人を守るのは祓い屋の仕事である。が、茶々は困ったようにちらりとささらに視線をやった。今の状態のささらに仕事をさせる訳にはいかない。


「申し訳ありませんが、今立て込んでおりまして……」

「そんな……頼みますお願いですから助けて下さい!」

「他の方に依頼するというはどうでしょうか?」

「嫌です! 前の時だって此処に来るまでに何人も霊能力者にお願いしたのにぼったくられただけで何も変わらなかったんです! その所為でお金が無くなって家宝にまで手を出してようやく霊を祓ってもらえたっていうのに、もう他の所なんて信用できません!」


 涙目で捲し立てた男がささらに縋るように肩を掴んで揺らす。突然のことにささらは目を白黒させてされるがままになっていたが、見かねた柊によってその手を外される。後で手の跡が残っていそうだ。


「お願いします! ……今頃娘はどうなっているか、想像するのも恐ろしいんです。今にも殺されているかもしれないと思うと……」

「……分かりました」

「ささら様!?」


 突然頷いたささらに茶々がぎょっとする。男がはっと顔を上げるが、しかしそれよりも早くささらの手を掴んだ茶々は、一度台所まで彼女を引っ張り込んで他の人間に聞こえないように小声で叫んだ。


「どういうおつもりですか! 今のささら様は記憶が無いんですよ!?」

「それはそうだけど……」

「もし万が一のことがあったらどうするんです。そもそも霊力もいつもの半分も無いんですよ、正体不明のものを相手にするなんて危険過ぎます!」

「分かってる。……分かってるけどさ、あの人あんなに助けてって言ってて、娘さんも突然連れて行かれてどうなってるかも分からないのにこのまま帰れなんて言えないよ」

「ですがささら様に何かあればわたくしは」

「過保護なタヌキだ。黙ってやらせればいいだろう」

「無責任なこと言わないで下さい!」


 ゆらり、と台所まで着いてきた羽斬が腕を組みながら軽々しい口調で口を挟む。それに茶々が噛みつくと、彼は面倒臭そうな顔をしてささらに視線を移した。


「主人の言うことも聞けぬ助手を持つと大変だな」

「え、あの……いや」

「その主人の体を乗っ取ったり感情を暴走させて廃人にさせようとするあなたにだけは言われたくありません!」

「俺はただ使い手が望むがままに斬り捨てているだけだ。だからお前が力を望むのならば協力してやろう。俺としても、前の家の娘が殺されるのは多少は気分が悪い」

「……さっき使ったら力に呑まれるとか言ってませんでしたか」

「死ぬよりましだろう? ま、最悪暴走したら殴るでもして気絶させればいい。その攻撃を避けないでいるくらいはしてやるよ」

「それで余計に記憶が飛んだらどうするんです……」


 茶々が疲れたようにため息を吐く。過保護だの何だの言われようが茶々はささらが大切であるし、見知らぬ人間がどんな目に遭おうが何とも思わない訳ではないがささらを優先する。それが、彼女の姉であった友人との約束でもあるからだ。


「あのね茶々、確かに今までの記憶はないけど……私は"祓い屋"だから。正直怖いし不安だけど、でも依頼を受けるよ」

「ささら様」

「茶々には色々教えてもらったり頼ったりしちゃうと思うけど、手伝ってくれないかな」


 けれどもささらの意思だって、茶々が守るものの一つだ。

 記憶が無くとも祓い屋であろうとする姿は、忘れてしまった記憶を無意識に呼び起こしているのかもしれない。茶々の知るささらならば、今回の依頼を断ることなど絶対になかったはずだ。力があるということもそうだが、どんなに怯えようが泣き喚こうが結局ささらは逃げることはしないのだ。もし記憶を取り戻した後に今回の依頼を断ったことを思い出せばきっと酷く後悔するのは目に見えている。

 結局のところ、茶々は頷くしか選択肢が無いのだ。


「……分かりました。全力でサポートさせて頂きます」

「ありがとう、茶々」

「ただし! ぜっったいに無茶をなさらないと約束して下さい! 羽斬、あなたも何があろうとささら様をお守りなさい!」

「お前の言うことを聞く筋合いはない。俺はただ、主人の望むように使われるだけだからな」


 羽斬は軽く肩を竦めると「有事の際は抜け、どうにでもしてやる」とささらに言い残してその姿を消した。


 ささらは台所を出て依頼人と柊が残る部屋へと戻る。会話が聞こえていたのか、縋るように期待するようにささらを見つめる男の前に立つ。


「祓い屋ささら、あなたの依頼を承ります」




   □ □ □ □ □ □ □




「えっとそれで……何からやればいい?」


 びしっと決めたつもりだったささらだが、祓い屋の仕事を詳しく理解している訳もなく、初っ端から助けを求めるように茶々に視線を送った。

 依頼を受け、ささら達が今居るのは依頼人の娘――かぐやというらしい――が居なくなった現場である。辺りを見回しても特に変わった場所もないごく普通の道で、若干寂れた駄菓子屋が近くにあるだけだ。


「まずはかぐやさんが何処へ連れて行かれたのかを調べましょう」

「調べるって言っても……聞き込みとか、防犯カメラを調べるとか?」


 とはいえ周囲にろくに人通りもなく、そしてカメラが付いている場所もなさそうだ。どうすればいいんだろうとささらが悩んでいると、茶々は「ご安心下さい」と笑って鞄からハンカチを取り出した。


「先ほど依頼人からかぐやさんの持ち物をお借りしておきましたから。あとはわたくしがこうして」

「……え?」


 その瞬間、ぽん、と音を立ててささらの目の前から茶々が消えた。そして代わりに足下に現れたのは、ふかふかの茶色い毛を全身に纏ったまん丸な耳を持ったタヌキだった。

 ささらの思考が止まる。口を開けたまま固まったささらをタヌキ――茶々は不思議そうな目で見ていたが、ふと思い出したかのようにその肉球を合わせて手を打った。


「ああ、そういえば伝えておりませんでしたね。わたくしはタヌキの妖怪です」

「妖怪……」

「いつ見ても訳が分からんな。体の質量とかどうなってんだ」


 心配だからと着いてきた柊がまじまじと茶々を見ながら呟く。彼が妖怪やら人外を見たのは茶々が初めて――正確に言うと吹雪の方が早いが知らなかった為省く――で、最初はマジックの類いではないかと疑ったものだ。事故物件の幽霊は信じても妖怪まで存在しているなんて思いもしなかった。


「タヌキがしゃべってる……妖怪ってホントにいるんだ」

「ふふ、ささら様はわたくしだけではなく化け狐や口裂け女とも知り合いですし、この前は雪女もいらっしゃいましたよ?」

「……こわい」


 ささらが真顔で自分を抱きしめるようにした。記憶を無くす前の自分の人間、いや人外関係が想像できない。


「わたくしがこのハンカチを頼りにかぐやさんの匂いを辿って行きます。人通りも多くないですしそんなに時間も経っていないので楽に辿れると思いますよ」

「警察犬みたい」

「またそれですか! わたくしを犬扱いしないで下さい!」


 茶々は憤慨するように鼻を鳴らすと、ふんふんとハンカチの匂いを嗅いでさっさと歩き出した。どうやら以前の自分も同じ感想を持っていたらしいと思いながら、ささらは柊と共に茶々の後ろに着いて足を進める。


「……柊さん、本当に着いて来るんですか?」

「そうだって言っただろ、何度も言わせるな」

「でも、柊さんは祓うとか出来ないんですよね? やっぱり来ない方が」

「くどい」


 柊がじろりとささらを睨む。ささらがその視線に思わず震え上がって顔を背けるように俯くと、上から重たいため息が聞こえてきた。

 釣られて再度顔を上げると、柊は不機嫌ながらどこかふて腐れたような表情を浮かべていた。


「……確かに俺は少し霊感があるだけで、足手纏いになるかもしれないことは分かってる」

「なら」

「だが何もできないとは言わねえ。特に今回のは実体があるようなもんらしいし物理的に攻撃も出来そうだ。それに、お前がやばそうになったら抱えて逃げるくらいは出来る」

「そこまでしてもらわなくても……」

「うるせえ。大体お前は危なっかしいにも程があるんだよ。ぶん殴って除霊するから距離も取れねえし……他人の為に命懸けるとか言い出しやがるし」

「命?」

「……とにかく、目の前で見てねえと落ち着かないんだよ。分かれ」


 強引に会話を打ち切って柊はさっさと茶々の後を追う。そんな彼の後ろ姿を眺めながら、ささらは無意識のうちに何とも言えない感情が渦巻いているのを感じた。

 心配してくれている柊の言葉は素直に嬉しい。それなのに、結果的に彼が危険な目に遭うかもしれないと思うと一気に苦い気持ちが広がった。

 もう彼の命を脅かすようなことは起きてほしくないのに。何も覚えていないのに、その気持ちだけは異様に強く心の中に残っている。


「あの、柊さん」

「今度は何だ」


 小走りで柊と茶々の元へ近付いたささらは、胸のもやもやに無理矢理蓋をしてから気になっていたことを尋ねた。


「茶々がタヌキの妖怪ということは、柊さんも……鬼、とかですか」

「……」


 柊の足が止まった。隣を歩いていたささらが釣られて立ち止まると、その瞬間がしりと頭を掴まれ、同時に押しつぶされるほどの怒気がささらを襲った。

 茶々に怒られた所為か掴む手に力が入ることはない。だが強すぎるプレッシャーと睨みでささらは震え上がり逃げ腰になった。


「ひ、」

「ささらぁ、お前今何つった? 鬼? 鬼とか言ったよな? ……まあ嬢ちゃんを見てもしかして俺も人外なのかもと思うのは百歩譲って許す。けど何でそこで出てくるのが鬼なんだよこの野郎」

「す、すみませんすみません!」

「俺は正真正銘の人間だ、二度と忘れねえようにこの脳味噌に刻んでおけ」

「は、はいいいいぃ」


「……お二人とも、遊んでないで早く行きますよ」


 至近距離からの圧力にささらがぺこぺこ頷いていると、振り返った茶々がタヌキの顔でも分かるほどの呆れた顔で二人を促した。




   □ □ □ □ □ □ □




 狭い路地を通り雑木林を抜け、方向感覚が無くなって来た頃にようやく茶々が足を止めた。


「此処です。かぐやさんはどうやらこの建物の中に連れて行かれたようです」


 目の前にあるのは古い洋館。元は立派なものだったようだが、壁には蔦が生い茂り割れたらしい窓には木の板が乱雑に打ち付けられている。庭は荒れ放題で、ろくに管理されていない様子に柊が眉を顰めた。


「ここまで荒れる程放置するんならさっさと解体しろよな。……というか、この辺りにこんな廃墟あったか?」

「道中、嫌に回り道が多かったのが気になりますね。恐らく特定の道順で来ないと辿り着けない類いの場所ではないでしょうか」


 ぽん、と茶々が再び人型に戻る。その姿をささらがまじまじと観察していると、彼女は早速札を一枚手に取りながら今にも崩れそうな玄関へと近付く。


「ささら様、もう一度言いますけど絶対に無理をなさらないように。あまり信用したくありませんが、万が一の時は羽斬を使って下さい」

「分かった」

「では……開けます」


 酷く軋む扉を茶々が慎重に開ける。途端に埃っぽい匂いが鼻をくすぐり、くしゃみがでそうになった。

 中は明かりもなく真っ暗闇だ。持ってきたライトを付けて辺りを照らすと、そこは玄関ホールらしく広々とした何もない空間が広がっていた。


「かぐやちゃーん……」


 一応呼びかけてみるものの当然声は返って来ない。恐る恐る中へ足を踏み入れて改めて上から下までライトで照らしてみるが、精々あったのは二階への階段と埃っぽいぼろぼろの絨毯、そしてあちこちにくっついている蜘蛛の巣くらいだった。


「ひとまず、警戒しながら進みましょう」

「転ばねえように足下気を付けろよ」

「はい、分かって――ぎゃあっ!?」


 言われるがままささらが自分の足下にライトを向けたその時、がさがさと音を立てながら足下を蜘蛛が横切った。驚いて茶々に抱きつくと、彼女は「ただの蜘蛛じゃないですか」と呆れながらも何故か少し自慢げな顔で柊を見上げた。


「茶々……」

「はいはいわたくしにお任せ下さい。蜘蛛くらいぱぱっと追い払って差し上げますので」


 茶々はささらの背を軽く叩くと体を離して一番前を歩き始める。片手にライト、片手に札を持ちながら傍にあった扉に近付きゆっくりと扉を開ける。


「ここはキッチンのようで……っ!?」


 言いかけた茶々が息を呑んだ。その理由はすぐ後ろに居たささら達もすぐに理解することになる。


「……血生臭いな」


 柊が険しい表情でライトをあちこちに照らす。扉を開けた途端、鼻に付く血の匂いが一気に広がったのだ。強烈というほどではないが、それでも確実に何の匂いか分かるそれに柊が匂いの元を探すが見つからない。ただの古びたキッチンでしかなかった。

 となれば根源は別の部屋である。入ってきた扉とは反対側に壊れて半分開いた扉がある。三人は視線を躱すと、一歩一歩警戒しながらキッチンの中へと入り、奥の扉を目指した。


 がさがさ、とまた足下から音がする。それと同時に奥の扉の向こうから強い血の匂いと、しゃくしゃく、と例えるならば何かを削るような、耳障りな音が聞こえて来た。


 あと三歩、あと二歩、がさがさ、しゃくしゃく、あと一歩――。



「っ見るな!」


 その忠告は、あと一歩遅かった。


「……あ」


 強い血の匂い、ねっとりとした湿気の多い空気の中で扉の向こう側が明かりに照らされる。

 がさがさ、がさがさ。

 しゃくしゃく、むしゃむしゃ。


 暗闇に沢山の蜘蛛が蠢く。大小様々なそれらは部屋の中心にある何かに群がり、しゃくしゃくと音を立てている。


 ライトに照らされた部屋の中央、その床には沢山の蜘蛛が――千切られたように転がる一本の足に食らいついていた。


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