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祓い屋(物理)の日常  作者: とど
二章
32/63

episode 13 初恋の人(4)


 一目惚れだった。


 轟々と叩き付けるように降り注ぐ雪の中、吹雪は青い顔で蹲っているその少年を見つけた。がたがたと震えながら必死に吹雪の手を掴み、「ありがとう」と言葉少なに安心しきったように笑った少年を見て、彼女は自分が溶けてしまうのではないかと心配になるほど体温が上がったような気がした。

 一目惚れに理由も理屈もない。気が付けば好きになっていて、それが吹雪にとっては初恋だった。

 彼――轍也と名乗った少年はそれから二週間ほど吹雪と一緒に過ごした。一緒に雪遊びをしたり、彼が持ってきた宿題を教えたり、好きな男の子と過ごしたその日々は彼女にとってはきっと今までで一番幸せな時間だった。


 けれども別れはあっという間にやってくる。彼と離れるのが嫌で嫌で泣いていると、そんな彼女を見かねた親戚のお姉さんが励ますように言った。


 「そんなに好きなら"約束"をしておけばいい」と。


 大人になったらお嫁さんにしてと、そう約束を取り付けて縛れば良い。妖怪――雪女相手に裏切りなど許されないのだから。

 彼女はそれに素直に従った。それで大好きなテツ君と将来一緒にいられるのならと喜々として帰ろうとしていた彼にその言葉を告げたのだ。

 しかし、彼は頷いてはくれなかった。


「んー……その時になったら考えるな!」

「え」


 何の悪気もない顔であっさり躱された吹雪は困惑した。仲はよかったのだ、きっと少なからず……よくある子供の約束くらい軽く頷いてくれると思っていたのに。

 それでも何とか頷いてもらおうと必死になったが、結経うやむやのまま彼は帰って行ってしまった。


 少年と離れ離れになった吹雪はしばらく塞ぎ込んだが、それでも彼女は諦めなかった。帰ってしまったのなら、こちらから会いに行けばいい。何も難しいことはないのだ。

 しかしそう上手くも行かない。子供の雪女は山から降りれない掟があった。気温の変化に体が耐えられず、また霊力をコントロール出来ずに不本意に他人を凍らせることなどあっては困るからだ。

 けれども吹雪はまだ諦めない。スキーをしに里にやって来た他の妖怪に頼んで少年のことを調べてもらうことにしたのだ。吹雪が大人になって彼に会いに行けるまで、ずっとずっと彼のことを調べて成長を遠くから見守ってきた。

 吹雪はずっと一途に彼を想ってきた。彼が高校生になって彼女が出来ても、就職して仕事先で女性と親しくなっても、甲斐甲斐しく祓い屋の女の子の世話を焼いていても、吹雪の気持ちが揺らぐことはなかった。

 一途さならば誰にも負けないと自負していた。殺さずに見逃した男に執着して、最終的に結婚して子供まで残したあの昔話の雪女よりも、ずっと。


 彼女自身は気付いていなかったが、この時にはもう、初恋の淡い気持ちは姿を消しどうしようない程の執着へと形を変えてしまっていた。




 吹雪が大人になり山を降りられるようになった頃、彼がまだ結婚していなかったことに彼女は心底安堵した。間に合ったのだ。

 これで彼に会いに行ける。今度こそ自分の想いに頷いてもらえる。自身が妖怪だということだってきっと大した障害にはならないはずだ。なにしろあの祓い屋の助手だってタヌキの妖怪だ。その彼女とごく普通に接していると既に調べがついているのだから。


 彼女はまず下準備に、山の外に出られるようになってから知り合った桔梗に協力を頼んで祓い屋に取り次いでもらい、人捜しの依頼をした。

 見合いなんて嘘だ。そう言えば優しい彼は気に掛けてくれるだろうと思ったから。

 人探しなんて嘘だ。最初から彼が私の想い人なのだと彼と親しいささらに印象を付けて牽制したかっただけだ。彼を手に入れられるのならば手段なんて選ばない。


「一目見たその時から、テツ君のことが――」




 なのに。



「……テツ君」


 吹雪は眠っている柊の枕元に立った。部屋の温度は止まることを知らずどんどんと下がって行き、そして氷点下を迎えたところで酷く寒そうに呻いていた柊の目が薄らと開かれる。


「……ふ、ふぶき……?」

「ねえ、どうして? どうして私じゃ駄目だったの」


 二十年越しの告白は拒絶された。恩人であるのは確かだが、恋愛感情はないときっぱり言われた。

 それだけじゃない。それだけならまだ吹雪は立ち直れた。これから好きになってもらえばいいと前向きで居られた。

 彼女が一番傷ついたのは、彼と共に遊んだあの時間も、そしてお嫁さんにして欲しいと約束を持ちかけたあの時のことでさえ、ろくに彼の記憶に残っていなかったことだった。吹雪にとっては忘れがたい大切な思い出さえ、彼にとっては大したことのないものでしかなかった。


「……許せない」


 ささらには彼をこのまま連れて行くと言った。共に里へ帰って、それでずっと一緒に暮らすのだと。けれど吹雪のことなどまるでどうでもいいとばかりに忘れていた彼のことを思うと――二十年間想っていた分、それだけ裏切られたという思いが強くなった。愛情が、そっくりそのまま怒りと憎しみに変わっていくのが分かった。


「ふぶ、き」

「許せないよ、やっぱり」


 部屋の中が、家具が、体が、全てが凍り付いていく。我を忘れた吹雪によって横になったまま動けなくなった柊に、彼女はゆっくり彼の顔に手を当てた。


「――氷の中で、ずっと私だけを見つめていて」


 吹雪が息を吸い込む。そしてその凍え切った息を柊に向かって吹きかけようとする。




「柊さんっ!!」


 その瞬間、吹雪は体に衝撃を感じると同時に一瞬のうちに凍り付いた壁に叩き付けられていた。


「さ……」

「しゃべらないで下さい! 喉まで凍りかけてるんですよ!」


 吹雪と柊だけの氷の世界に乱入していた侵入者――ささらは凍り付いていた扉を蹴破ると今にも柊を凍らせようとしていた吹雪を突き飛ばして柊に駆け寄った。

 意識が朦朧としている柊を必死に暖めようとささらが抱きしめる。そしてそれを見た吹雪は、怒りで更に纏う冷気を強くした。


「テツ君に、触るなああああっ!!」

「!」


 部屋の中で吹雪を巻き起こしながら彼女はささらに飛びかかる。思い切り息を吸い込んだ彼女はそれを勢いよくささらに向かって吹きかけた。

 ささらの眼前に圧倒的な冷気が迫る。しかし彼女は吹雪を睨み付けるように目を細めると、一つ、ぐっと空気を殴るように右手の拳を前に突き出したのだ。


 刹那、ささらに迫って居た冷気は殴り飛ばされたかのように霧散し、部屋の温度が僅かに上昇した。


「な」

「雪だろうと冷気だろうと……結局は自然現象じゃなくてあなたが霊力で作り出しているものです。霊力勝負なら……それなら――私の方が、強いっ!」

「っ」


 再びささらが目の前を殴るように右腕を突き出すと、部屋中に荒れ狂っていた雪がどんどん溶けていった。じわじわと、今まで無我夢中で力を使っていた吹雪に疲れが出始め、冷気は更に弱くなっていく。

 力に押されて吹雪がよろめくと、柊に寄り添っていたささらが立ち上がる。そして彼女の前まで来ると、今度は右手を突き出すのではなく思い切り振り上げた。


 頬が叩かれる音と共に、吹雪が床に崩れ落ちる。そして同時に吹雪が操っていた冷気は完全に収まり部屋の中は元の室温へと戻った。


「はあ……はあ……」


 ささらが肩で大きく息をしながら膝に手を置く。吹雪を叩いたその手は凍傷寸前で真っ赤に腫れ上がり、靴下を履く余裕の無かった素足はすでに感覚もない。

 今にも倒れてしまいそうな彼女は、しかし足を踏ん張って立ったまま、吹雪から柊を守るように両手を広げた。


「まだ、やりますか」

「……うるさい、私の邪魔をしないで! 私は、テツ君を」

「邪魔するに決まってます! 柊さんは絶対にあなたに渡さないし殺させない!」

「黙れ! テツ君は私のものよ! ずっと、ずっと好きだった! だから何が何でも、殺してでも手に入れてやる!」


 吹雪が再び立ち上がる。そして残る力の全てを使い果たすように絶対零度の冷気の塊をささらに向かって吐き出した。

 触れずとも凍り付く冷気の塊。吹雪がそれを吐き出すと同時に、ささらも両手に霊力を込めてそれを迎え撃った。


 霊力と霊力がぶつかり合う。その中でささらは、己を奮い立たせるように思い切り叫んだ。


「柊さんは私の大切な、大切な人です! だから何が何でも――命を懸けても、守る!」


 柊の存在はささらにとって、とても大切なものだった。

 絶望に打ちひしがれていたささらを拾ってくれた。誰も信じられなかったささらを見守ってくれた。自分の存在を認めてくれた、大切な恩人だ。


 けれどそれだけじゃないと、ついほんの少し前に気が付いた。吹雪の初恋の相手が柊だと知った時の何とも言い難い衝撃と苦い思い、彼女と柊が話している時のもやもやとした不快な感情、そして吹雪が柊を連れて行くと言った瞬間に抱いた、絶対に駄目だという強い気持ち。

 柊の気持ちが伴っていないからとか、そんな真っ当な理由だけではなかった。彼がどんな気持ちだろうが、誰であろうが彼を取られたくないという思いがささらの体を支配して、全力で此処までやって来た。

 ささらが気付いていないだけで、ずっと前からこの気持ちはあったのだろう。茶々はきっとそんなささらの気持ち察して気を遣ってくれていた。本人さえ自覚の無かった初恋をずっとささらを見て来た彼女だけは気付いていた。


 あの巨大な蛇から柊を守ったその時から、ささらは柊の為ならば命を懸けられるほどに、彼を想ってる。


「柊さんを傷つけるものは、全部ぶっ壊してやる!」


 ささらが叫んだその時、彼女に霊力に押された吹雪がとうとう吹っ飛んだ。全身でささらの霊力を浴びれば悪霊でなくてもただでは済まない。ごろごろと転がるように壁にぶつかった吹雪は、酷く悔しそうにささらを睨みながらも、起き上がることが出来なかった。


「……吹雪さん、ひとつ聞きたいことがあります。どうして私の所へ来たんですか」

「……」

「柊さんを連れて行くなんて、わざわざ私に言いに来なければ私は気付かなかった。そのまま柊さんを連れ去ることだって出来たはずなのに、どうして」

「……のよ」

「え?」

「思い知らせたかったのよ、私がどれだけテツ君を想っているのか、ぽっと出のあなたよりもずっとずっと前から彼だけを想い続けて来たのかを、知らしめてやりたかった!」


 ぎり、と奥歯を噛みしめてささらを射殺さんばかりに睨んだ吹雪は、今度はその激情の目をようやく起き上がった柊へと向ける。


「吹雪……」

「テツ君、あなたにも。二度と覚えてないなんて、忘れたなんて言わせたくなかった。私との時間の全てを刻みつけてやりたかった。ただ振られただけの女になるなんてごめんよ。……どんな手を使ってでも、殺してでも、私という存在を心に刻みつけたかった……!」


 吹雪の目からぼろぼろと涙が溢れる。溶けてしまいそうなほどの熱量を持った涙が絶えることなく落ちていく。


「心がいらないなんて嘘に決まってる! 欲しいに決まってるじゃない! それでも、それ以上に、テツ君が欲しかった……一生忘れられないように、逆恨みして殺すような酷い女としてでも記憶に残りたかった!」


 泣きながら、吹雪はそれでも柊を睨み続けた。感情の全てをぶつけるように、叫び続けた。



「絶対に、忘れさせてあげないから……!」













   □ □ □ □ □ □ □




「ささら様、お薬此処に置いておきますね」

「ありがとう……」


 枕元に薬と水を置く茶々に擦れた声で礼を言いながら、ささらは大きくため息を吐いた。

 吹雪と対峙した、翌日である。夜中に薄着で家を飛び出して柊の元まで全力で自転車を漕ぎ、そして豪雪地帯もびっくりな吹雪や冷気に晒されたささらは本日見事に風邪を引いて寝込んでしまっていた。昨晩の啖呵が嘘のような弱り具合である。


「そういえば桔梗に聞いたんですけど、吹雪様いつの間にか帰って行かれたようですよ?」

「……そっか」

「結局あの時途中で見失ってあの二人がどうなったのか分かりませんし……気になって仕方ありません!」

「あー、うん、そうだね」

「ささら様! どうしてそんなに落ち着いていられるんですか! 柊様が奪われてしまったらどうするんです!」


 ささらが曖昧に相づちを打っていると、痺れを切らしたように茶々が詰め寄って来た。

 茶々には昨晩のことを話していない。そしてこれからも話すつもりはなかった。彼女に対して思うところは勿論あるし、今後また同じようなことがあれば許す気もない。しかしわざわざ第三者に伝えて彼女を糾弾したいというのはまた違うのだ。

 怒ったようにささらに言い募っていた茶々は、しかしささらがげほげほと咳をすると「すみません、今は回復が優先でしたね」と慌てて謝った。

 

「それではわたくしは少し買い物に……あ、誰か来ましたね」


 茶々が立ち上がった所でインターホンの音が微かに聞こえてきた。すぐにぱたぱたと出て行く茶々を目だけで見送ったささらは薬を飲もうと上半身を起こして、熱でふらつく体が倒れないように気を付けながら薬を口に含んで水を飲んだ。


「ささら様、柊様がいらっしゃいましたよ!」


 遠くから聞こえてきた茶々の声にささらは思わず咽せた。


「げほっがほっ!」

「ささら、邪魔する……っておい大丈夫か」

「だいっじょ、げほっ……」

「ささら様! しっかりしてください!」


 部屋に入ってきた二人は盛大にむせているささらを見て一瞬動きを止めた。すぐに駆け寄って来た茶々がささらの背を擦り、数分したところでようやくささらは落ち着くことが出来た。


「ごめん、もう大丈夫」

「もう、心配掛けないでくださいよ? さて、わたくしは買い物に行きますので柊様、ささら様のことをよろしくお願いします」

「ああ、分かった」

「え、茶々、ちょっと」

「できるだけすぐに戻りますから安静になさって下さいね」


 いきなり柊と二人で取り残されると知ったささらが焦るが、茶々は心なしか楽しげに笑ってさっさと出て行ってしまう。

 ぱたん、と無情にも扉が閉まり二人になると途端に何とも言えない沈黙が部屋の中を支配する。昨日の今日で一体何から切り出せばいいのやらとささらが視線を泳がせていると、先に柊の方から口を開いた。


「風邪、引いてたんだな。……悪い」

「べ、別に柊さんの所為じゃないですし! たまたま今日風邪引いただけですって!」

「んな偶然あるか。……まあとにかく、今日来たのは吹雪の件で話があったからだ。今日の朝、あいつの両親がうちに来てな。娘が迷惑を掛けたと謝って来た」

「そう、ですか……」

「あいつの両親は俺と吹雪が結婚するのは元々反対だったらしい。妖怪と人間なんて生き方も価値観も違う、お互いにとって不幸になるだけだって。……俺、お前と関わって妖怪やら幽霊やらを見るのが珍しくなくなって、ちょっと感覚が麻痺してたのかもしれねえ。助手の嬢ちゃんのようなほとんど人間に近い感性のやつも居れば、勿論逆で妖怪らしいやつだっているはずで、吹雪のこと、雪女のことなんて全然知らないのにあっさり受け入れちまったのが余計にあいつの歯止めを効かなくさせたんじゃないかって思ったんだ」

「……」

「吹雪の両親に忠告された。妖怪と不用意に"約束"はするなと。今回は未遂だったが、あの時あいつの言葉に頷いていればきっと最初から問答無用で連れ去られていただろうって」

「約束? 未遂?」


 何の話だろうかとささらが首を傾げると柊が過去に吹雪が持ちかけてきた約束を説明し始めた。


「……確かに、人ではないものとの約束は口約束でも危険です。軽い気持ちでしてしまうと取り返しのつかないことになることもある」

「ああ、よく覚えておく」

「未遂ってことは、その時柊さんはそのお嫁さんにしてっていうお願いを断ったんですか」

「ああ。あれから少しあの時のことを思い出したんだが、確か『その時になったら考える』って言った気がする。将来設計は慎重にしないと後で後悔するからってな」

「は? なんですかそれ……? 小学生の柊さんがそんなこと言ったんですか?」

「親によく言われてたんだよ。うち親や親戚大体不動産業で、小さい時から『軽い気持ちで判子なんて押したら人生棒に振る』って言われたり、実際よそで欠陥住宅とか掴まされた客とかがうちに相談に来てたりしてたんだ。『やっぱり一軒家じゃなくてマンションのままのがよかった!』とかな。そういう大人達見てきて子供心にも、人生適当に決めたらやばいな、と」

「……柊さんがしっかり者でホントに良かったです」


 ささらは過去の柊と、そして彼の両親達に心から感謝したくなった。


「……それで、だ。ささら」

「はい?」

「そうやって簡単に人生棒に振って命投げ出そうとしてるやつが目の前にいるんだよなあ?」

「何を、っていたたたた!?」


 油断しているささらの頭を不意打ちで柊の大きな手が掴みかかる。ぎりぎりと締め上げられて痛いのに「あ、これ久しぶりだな」なんてうっかり頭の片隅で暢気なことを考えてしまった。

 しばらくしてようやく手が外されたものの、ささらを睨む柊は非常に不機嫌そうだ。


「病人に何するんですか!?」

「うるせえ、何が命を懸けてでも守るだ! 自分の命軽く見てんじゃねえよ!」

「軽くは見てませんよ! でも私が柊さんが大切なんです! 柊さんが危ない目に遭ってたら命だって懸けます!」


 自分の決意を否定されて思わずささらもがらがらの声で強く反論する。……言ってから、昨晩の切迫した状況ならいざ知らず、今面と向かって本人に言うのはものすごく気恥ずかしいことなのではないかと思考が追いついた。


「……ささら」

「はい」

「重い」


 きっぱりと言われて一瞬にして血の気が引いた。

 確かに、冷静に考えなくても赤の他人に命を懸けられるなど重いに決まっている。引かれただろう、距離を置かれるかも、とささらが気を落としていると俯いた彼女の黒い頭を見ていた柊は、分かりやすく大きくため息を吐いた。


「お前の命なんてくそ重てえもん俺に背負わせようとするんじゃねえ」

「え?」

「だから……死にそうになるような危険なことはするんじゃねえって言ってんだよ、馬鹿」

「……保証はしかねます」

「ったく、可愛くねえやつだな。そこは素直に頷いとけよ」

「勿論わざわざ死にに行くつもりはないですけど……柊さんに何かあれば絶対に飛んで行きますし」

「……あーもう分かった分かった、俺が危ねえ目に遭わなきゃいいんだろ。ただし、他の状況で勝手に命懸けるようなことがあったら怒鳴り込みに行くからな、約束しろよ」

「今までの話の流れで約束って怖いんですけど」

「返事は?」

「……はい」


 ようやく渋々頷いたささらを見て柊が立ち上がる。風邪を引いているとは思わずに押しかけてしまったが長居するのはよくないだろう。

 「さっさと治せよ」とだけ言い残してさっさと事務所を後にした柊は、外に出た途端に強い北風に晒されて思わず身震いがした。

 ……昨晩の冷たさはこんなものではなかった。もっと寒々とした、何もかもが凍てつくような空間だった。


 彼女の表情が、泣きながら睨み付ける顔が忘れられない。……いや、忘れない方がいいのだろう。気持ちには答えられなかったが、それが吹雪に出来る最大限の譲歩であり、あの二週間の記憶を忘れてしまった柊の罪滅ぼしだ。


「……それにしても」


 車に乗り込む前に、柊は一度事務所を振り返った。


「ガキだガキだと思ってたのにいっちょ前になりやがって」


 柊を守ると、全力で告げたささらの背中を思い出す。自分が大切だと、心の底から本気で叫んだ彼女の声が頭を過ぎり、柊ははあ、と白い息を吐き出した。



「ったく……俺もいい加減、腹括って向き合わねえといけねえかね……」


 今まで目を逸らし続けていた、自分の気持ちと。




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