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祓い屋(物理)の日常  作者: とど
二章
31/63

episode 13 初恋の人(3)


「茶々、このチョコパフェいけるわよ」

「ちょっと頂戴。あとこっちのパンケーキも生地がふっくらしてて……あ」

「どうしたのよ?」

「あの二人居ない!」

「何ですって!?」


 食後のデザートに夢中になっていた桔梗と茶々が慌てて立ち上がるが、尾行していたはずの二人が座っていた席はいつの間にか別の家族が座っている。


「なんでもっと早く気付かないのよ!?」

「桔梗だって食い意地張ってて監視するの忘れたくせに!」

「『ささら様に食べさせて上げたい』ってばっかり言ってたあんたには言われたくないわよ!」

「っとにかく追いかけるわよ! 会計よろしく!」

「あ、これ待ちなさい! もしや最初っから奢らせるつもりだったわねあんた!?」




   □ □ □ □ □ □ □




「あのお店、美味しかったね」

「ああ、悪くなかったな」


 一方、尾行者の存在など露程気付いていない二人はレストランを出ると再び町中をのんびりと歩いていた。にこにこと心底楽しそうにしている吹雪は昼食がやたらと気に入ったのか「またテツ君と一緒に行きたいな」と呟いている。


「そんなに気に入ったのか」

「あんまり外食とかしたことなかったから。テツ君、ごちそうさまでした」

「ああ。……だが、あんな少なくてよかったのか? お前は命の恩人だし、別に遠慮しなくてももっと食ってよかったが」

「え? 別に遠慮した訳じゃ……普通に、むしろいつもよりも多かったくらいだよ」

「そうなのか」


 その時柊の頭の中に過ぎったのはテーブルに沢山の料理を並べて一人ぱくぱくと美味しそうに頬に詰め込んでいく女の姿だったが、そういえば彼女の食べる量は一般的な女性のものとはかけ離れていたことを今更思い出した。

 ささらの必死に食い溜めている姿はいつ見てもハムスターを彷彿とさせる。


「あいつマジで頬袋とかありそうだな……」


 食事シーンを思い出して思わず柊が独り言を呟く。――そんな彼の傍らにいた白い彼女はその言葉を耳にした瞬間、顔から表情が完全に抜け落ちた。


「……テツ君、早く次行こ! 何処を案内してくれるのか楽しみだなー」

「おい、そんなに引っ張るな」


 しかし一瞬にして表情を取り戻した吹雪は、冷たい手で柊の腕を掴んでにこにこ微笑みながら彼を引っ張っていった。




 そうして様々な場所を巡った後、気がつけば夕日が沈みそうになると吹雪は少し疲れたように肩を落として「楽しかったー!」と子供の様に無邪気に笑った。


「あんまり山から降りることなんてないから珍しいものばっかりですごく面白かった」

「ならよかった。こっちもガイドのしがいがあったな」

「テツ君って物知りだね。昔は冬休みの宿題とか私が教えて上げたのに」

「そんなことあったか?」

「あったよ! もう、ちゃんと思い出して」

「とは言ってもな、もう二十年前のことだぞ。今にも凍えそうになってた時に吹雪に助けられたのは流石によく覚えてるが、それ以上は曖昧だ」

「……そっかあ」

「俺も随分年食ったしなあ」

「テツ君すごく変わったよね。昔はすごく可愛かったけど、今はかっこいいよ」

「あー……、それはどうも」

「本気にしてない?」

「生憎この顔とは長い付き合いなもんでな。さんざんヤクザ顔だのなんだの言われてるし俺も正直そう思う」

「私にとってはかっこいいの!」


 むっとした顔で吹雪が柊を見上げる。しかし彼はあえて彼女から逃げるように視線を逸らし、少々困ったように頬を掻いた。


「……ところで話は変わるが」

「話の逸らし方雑だよ」

「どうして急にこっちに来たんだ? ……というか、なんで俺のことを探してたんだ。わざわざささらにまで頼んで、何か用があったんだろ?」

「……」


 柊が問いかけたその時、吹雪の足が止まった。腕を掴まれていた為一緒に止まることになった柊は、自分を見上げる彼女を見て訝しげに眉を顰めた。

 雪深い山奥からわざわざ都市まで足を運び、そして探し人専門でもないささらを捕まえて柊の捜索を依頼した。

 ただの観光ならばそうまでして自分を探す必要などないだろうと彼が疑問をぶつけると、吹雪は柊の腕を掴む手に僅かに力を込めた。


「……ねえ、昔テツ君が帰る時に私が何を言ったか、覚えてる?」

「? いや、覚えてないが」

「そうだよね。テツ君にとってはそれほど印象に残ることでもなかったんだよね」

「……悪い」

「ううん、いいの。私があの時言ったのはね、『テツ君が大人になったら、私をお嫁さんにして』ってお願いしたの。ちなみにテツ君がなんて答えたかは」

「覚えてない……が、想像はつく」

「……そっか。あのね、実は私親戚からお見合いしろって言われてるの。でも嫌で……私、どうしても初恋の人が忘れられなくて」

「……」

「それでね、ここまで会いに来たってわけ。……ねえ、テツ君」


 初恋の人が誰かなんて柊は尋ねない。そこまで鈍くはない。

 吹雪は柊の前に立つと、その白い頬を僅かに染めて気恥ずかしそうに微笑んだ。


「二十年前からずっと……ううん、一目見たその時から、テツ君のことが好きでした――」


 


   □ □ □ □ □ □ □




「ささら様、申し訳ありません……わたくしが不甲斐ないばかりに」


 夕方、がっくりと肩を落とした茶々が事務所に帰ってきた。話を聞けばどうやら途中で二人を見失ったらしい。

 タヌキの姿であったなら耳が大きく垂れていただろう。あまりにも落ち込んでいる様子の茶々に、ささらは「別にそんなのいいから」と軽く肩を叩いた。


「本当に申し訳ありません、わたくしがパンケーキに夢中になっていたばかりに!」

「パンケーキ」

「桔梗がパフェを勧めて来た所為で!」

「パフェ……パンケーキ、パフェ……」


 その瞬間、ささらのお腹が盛大に音を立てて茶々に抗議を始めた。




「……さむ」


 その日の深夜。暖房など付けている訳もないささらの部屋は大層気温が下がり、あまりの寒さに彼女は目を覚ました。

 布団を被り直して再度寝ようとしたものの全く寝付けない。どんどん体温が逃げていくような感覚に陥ったささらは、とにかく目を閉じてぼうっと今日――正確に言うと昨日だが――の出来事でも振り返っていようと思考に耽った。


 ……しかし、ぱっと思いついただけでも良いことなど一つもなかったな、と思わず苦笑する。今日のバイトは失敗ばかりしてしまった。店長からも「不注意が過ぎるのではないか」と怒られ、いつもよりも早く帰らされた。


「……」


 失敗が多かった原因など分かり切っている。分かってはいるが……ささら自身がどうこう出来るような問題ではない。


 考えれば考えるほど嫌な気持ちにしかならず、ささらは結局寝るのを諦めて掛け布団を引きずるようにしてキッチンへと向かった。何か温かい物でも飲んで温まろうと思ったのだ。

 ずりずりと布団と共に移動する。こんな姿を茶々に見られたら「お行儀が悪いですよ!」と怒られそうだ。

 冷たい床をつま先立ちになりながら進み自室の扉を開ける。そして茶々を起こさないように静かに廊下を歩いていると、ごうごうと窓の外から強い風の音が聞こえて来た。


「……ん?」


 ささらはその音に違和感を覚えて耳を澄ませる。風の音に混じるように、がりがりと何かを引っ掻くような音が断続的に聞こえてくるのだ。最初は気のせいかと思ったそれは、少し立てば空耳などではなくはっきりと耳に入ってくるようになった。


 ガリガリ、ガリガリ……


 音はどんどん大きくなる。そして事務所の扉の傍を横切ろうとしたその時、ささらはその引っ掻き音がちょうど扉の向こう側から聞こえているのに気付いた。

 向こう側――つまり、扉の外側を何かが引っ掻いていたのだ。


「動物……?」


 野良猫か何かがいるのだろうかと考えるが、それにしては音が大きいし、鳴き声は一切聞こえてこない。段々と扉ががたがたと揺れるほどの勢いになって来たそれに、ささらは怯えながらも恐る恐る扉に近付いて行った。


 ……強盗だろうか。扉か鍵かを怖そうとしているのかもしれない。ささらは布団を強く握りしめて扉の前まで来ると、意を決してドアスコープの小さな穴を覗き込んだ。


 ――その瞬間、薄い水色の瞳がぎょろりとささらを捉えた。


「ひ」


 驚いてそのまま尻餅を着く。ぺたんと座り込んだ床が酷く冷たく、今にも凍り付きそうなほどだった。


「ささらさん、いるんでしょう?」

「……その声は」


 涼やかな繊細な声、そして一瞬だけ見た水色の瞳。ささらはそれらで該当する人物を一人だけ見つけることが出来た。


「吹雪さん」

「そうよ」


 簡潔な答え、酷く淡々とした声色が扉の向こう側から静かに聞こえてくる。柊に会った時のような弾んだ声とは打って変わった、無異質な雪のような温度のない声。


「私……あなたに聞いてほしいことがあるの」

「聞いてほしいこと……? 何ですか? とりあえず寒いですし中へ」


 様子のおかしい所は気になるがとにかく扉越しに話すのもどうかと、ささらは鍵を外して扉を開けようとした。


「私ね」


 しかしささらがドアノブに手を掛けた瞬間、扉が一瞬にして凍り付いた。


「な、……!?」


 咄嗟に手を離すが金属のドアノブに手が貼り付いて酷く痛んだ。何とか怪我をすることなく剥がれたものの、びきびきと音を立ててどんどん氷ついていく扉を見れば、後一瞬遅かったら手が貼り付いたまま……最悪、皮膚を剥がす羽目になっていたかもしれない。


「吹雪さん……」

「私ね、テツ君に振られちゃったの」


 扉の氷がどんどん広がっていく。扉の隙間からは雪が室内に潜り込み、一気に部屋の温度が氷点下にまで下がった。


「ずうっと好きだったのに。二十年も好きだったのに……ずるい」

「ずるい……?」

「ずるいよね、ずるい……ずるいずるいずるいずるい!!」


 ガリッ、と一際大きく氷が引っ掻かれたような音が響いた。金切り声の叫びと共に、扉が凹む程に何度も何度も叩き付けられる。


「私はずっとテツ君が好きだったのに、他の誰よりもずっと一途だったのに何で!! 何で駄目なの、私が人間じゃないから? 寒さも分からないから? ――あなたが居るから?」

「……え?」

「あなたが居るから駄目なの? 私が居ない間に勝手にテツ君と仲良くなって、私と一緒に居ても他の女のこと考えてて……あなたの、所為なの?」

「吹雪さ」

「でもそんなことどうでもいいの。テツ君が他の女のものになる前に……私が連れて行くから」


 一気に吹雪の声が無機質なものに戻る。扉を叩き付ける音も無くなり、その激情はあっという間に消え去った。

 残ったのは、熱を伴わない冷え冷えとした声だけだ。


「私、これからテツ君を連れて行くわ。彼が何を考えて誰を思っているかなんて知らない。私達が暮らす里に連れて行って、一生そこで暮らすのよ」

「そんなこと……駄目です! 柊さんの気持ちも無視して」

「私のものにならない心なんて、いらない」


 ささらが息を呑むと同時に「さよなら」と言葉を残して吹雪が去って行く気配がした。それと共に、止まっていた時間が動き出すかのように徐々に扉の氷は溶け出し、部屋の中も少しずつ温度を上げていく。

 そして、愕然と扉の前に立ち尽くしていたささらは、やがて我に返るとすぐさま被っていた布団を放り出し、上着を一枚羽織ってから裸足のまま靴を履いた。


「……駄目、絶対に、止めなきゃ!」


 まだ冷たい扉を蹴破るようにして開けた彼女は、凍り付くような寒空の下をひとり掛け出した。



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