episode 13 初恋の人(2)
「探し人が見つかりました」
「本当!? テツ君が見つかったの!?」
電話口の向こう側から聞こえてきた声は心底嬉しそうで、聞いている側も釣られて嬉しくなってしまいそうなそんな声だった。
「ささらさん、本当にありがとう!」
「……いえ」
だが受話器を耳に当てているささらはというと、本人も自覚してはいなかったが上手く笑おうとして失敗した、そんな表情を浮かべていたのだった。
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事務所のインターホンが鳴る。その瞬間、彼女は無意識のうちに息を詰めていた。
「よお、ささら。来てやったぞ」
「……来て下さってありがとうございます。柊さん」
ささらが柊の家を訪れた翌日、彼女に呼ばれた柊は早くから事務所にやって来た。柊がささらを呼びつけたり迎えに来ることは珍しくはないが、こうして彼女の方から事務所に来て欲しいと頼むことは非常に稀である。
一体何の用なのかと柊が事務所の中に視線をやると、そこにはいつも事務所にいる茶々の他にも見たことのない二人の女性がソファに腰掛けていた。
「なんだ? 嬢ちゃんの他にも新しい助手でも雇ったのか?」
「いえ、そうじゃなくて」
「テツ君……? 本当に、テツ君なの!?」
柊が首を傾げたところでソファに座っていた白い髪の女が勢いよく立ち上がった。見た目の儚さとは裏腹に大きな声を張り上げた彼女は、慌てた様子で長い髪を手櫛で整えると、うろうろと視線を落ち着かなく動かしながら柊の目の前までやって来る。
「テツ君!」
「何だいきなり……ささら、彼女は?」
「依頼人の吹雪さん。柊さんを探していたみたいで……」
「吹雪?」
柊は名前を繰り返しながら目の前の女性をじっと見る。見られているのが恥ずかしいのか透き通るような白い顔を赤らめた吹雪を見て、ソファに座っていたもう一人の女性――桔梗が楽しげににやにやと笑った。
「ま、私の好みではないわね」と小さく呟いた桔梗を茶々がスパンと叩く。
「覚えてない? 昔一緒に遊んだでしょ?」
「吹雪……昔……あ」
その瞬間、柊の目が大きく見開かれた。
「お前……あの時の!」
「思い出した?」
「昔雪山で……命の恩人の」
「命の恩人?」
「俺がガキの頃にスキー場でコースから外れて遭難しかけたことがあったんだよ。そんでその時、こいつ……吹雪が助けてくれたんだ」
柊は頷くと改めて吹雪をまじまじと観察する。その日本人離れした髪と目の色、そして吹雪という名前はまさしく過去に助けられた女のものだった。もう二十年ほど経っているので見た目はぐっと大人にはなっているが、間違いない。
「それから帰るまで何日か遊んでたよな。あの時は本当に助かった、改めて礼を言う」
「そんなのいいの、私もテツ君と遊ぶの楽しかったから」
「……それにしても、前に会った時は少し年上に見えたんだが違ったんだな」
「あ、それは……」
「?」
吹雪が言葉を濁すと柊は不思議そうに首を傾げる。彼の記憶では二十年前の吹雪は中学生くらいに見えていたのだ。しかし現在の彼女は見た目二十前後、多く見積もっても決して柊と同じ三十歳には見えない。出会った当初と殆ど顔が変わらなかった為にすぐに思い出すことが出来たのだ。
もしかしてただ童顔なだけだろうかと柊が内心失礼なことを考えていると、吹雪はもごもごと口を開いたり閉じたりを繰り返した後、意を決したような表情で柊を見上げた。
「じ、実は私……雪女なの! 人間じゃないのよ!」
「雪女?」
「そ、そう!」
「……ははあ、成程な。人間とは成長具合が違うと」
柊は納得したように手を打った。それだけだ。驚く素振りも疑う素振りも見せなかった彼に、吹雪は意表を突かれてぽかんと口を開けた。
「え……あの、雪女なんだけど」
「それは分かった。確かに珍しい髪の毛だなとは思ってたし、雪山なのに妙に薄着だなとは思ってた。納得だ」
「疑うとか怖がるとか、しないの」
「生憎妖怪だとか幽霊だとかこの手のことには慣れてるんでな、そこまで驚きはしない。それとも驚かせたくて言ったのか?」
「ち、違うけど……よかった」
吹雪の肩の力が抜ける。ほっと息を吐いた彼女は嬉しそうで、彼女を見守っていた桔梗も見直したとばかりに柊に視線を送っていた。
「へえ、案外懐広いのね」
「……今更だがそっちも依頼人か? 俺は見たことないが」
「私は吹雪の付き添い。ちなみに今はこんななりだけど九尾の狐よ?」
「この部屋の人外率が半数を超えてるんだが」
割と人間に正体をばらすことに抵抗がない(だからこそ男に逃げられたり逆に利用されたりするのだが)桔梗がさらりと自己紹介すると、柊が少し遠い目で事務所内の全員を見回した。確かに最近は霊感も強まって霊を見ることも増えたが、それでも妖怪三人と同じ部屋に居合わせることなど普通はない。
ちなみに時折口裂け女まで訪れているが勿論柊は会ったことはない。
「吹雪、せっかく再会したんだから、その人にこの辺りを案内してもらったら?」
「え?」
「色々と積もる話もあるでしょうに。ね?」
桔梗の提案に吹雪は窺うように柊に視線を送った。
「テツ君は……どう?」
「ん? ああ、あの雪山で暮らしてるんならこの辺のことなんて全然分からんか。別にいいぞ。職業柄この辺りのことは詳しいからな」
「テツ君ありがとう!」
「……俺もいい年なんだが、テツ君ってどうにかならんのか?」
「私の中でテツ君はテツ君だから!」
「……まあいいか」
笑顔で押し通す吹雪に柊があっさりと折れた。それに嬉しそうな顔をした吹雪は早速とばかりに柊の腕を掴んで事務所の入り口へと引っ張った。
「それじゃあ……ささらさん本当にありがとう!」
「あ、いえ」
「報酬は帰って来てから頂きますので」
「何よ茶々、せっかく良い雰囲気なんだからお金の話なんて今しなくても」
「……うるさいわね」
「あ、おいささら。約束忘れるなよ」
「え? ……約束?」
「家賃に決まってんだろうが。お前昨日は結局ろくに手伝いもせずにぼけっと帰りやがって。少し待ってやるっていうのは無しだ」
「ええ!? だ、だって昨日は色々混乱してて……」
「とにかく近いうちにまた取り立てに来るからな、耳を揃えて用意しておけよ」
そう言い残した柊が吹雪と共に事務所を出て行く。扉が閉められて三人が取り残されると、一瞬妙な沈黙の後に大きなため息が聞こえてきた。
「あーもう、あんたがお金の話とかするからあの男も雰囲気ぶち壊して借金催促に来るヤクザみたいになってたじゃないの!」
「柊様は元々ヤクザのような人よ」
「ちゃ、茶々……言い方」
「え、それって吹雪大丈夫なの? 変な男に惚れた?」
「柊様自体はいい人。けど……けど……」
茶々が何か言いたげにささらをじっと見続ける。そのじっとりとした視線にささらがたじろぐと、茶々はおもむろに立ち上がってささらの目の前へとやって来て、怒るように腰に両手を当てた。
「そもそも、お金の話はささら様の専売特許ですよ! ささら様が一人萎れてるからわたくしが代わりに言っただけです! いつものがめついささら様はどうしましたか!」
「がめついって……い、いやだって、あの雰囲気でそんなこと言うのも」
「ほら見なさい茶々。あんたの方がおかしいのよ」
「雰囲気なんてぶち壊せばいいんです!」
ふん、と不機嫌そうに鼻を鳴らした茶々に、桔梗は訳が分からないというように肩を竦める。そしてソファから立ち上がると、「まあ子狸のことはいいとして」と仕切り直すように軽く手を叩いた。
「あの二人が気になるから私は後を付けるけどあんた達は?」
「わ、私は……これからバイトがあるので」
「ふうん。じゃあ茶々、あんたは来るわよね? 昔っから自分の恋愛には疎いのに人の恋路に首突っ込むの大好きだったでしょう?」
「別にあの二人に興味なんて……」
「行ってきたら?」
「……ささら様?」
「あ、いや、私は家出るし茶々一人になるから、せっかくだったら桔梗さんと一緒に行ったらどうなのかなって……」
ささらと目が合わない。どこか言い訳のように少々早口でそう言ったささらを見た茶々は、それを断ろうと口を開く。桔梗と会うのは珍しくないし、第一柊と吹雪のデートなんて見たいとは思わない。
「……」
しかし茶々はそれを口にする前に言葉を止めた。そして真剣な眼差しでささらを見つめた彼女は、今し方言おうとした言葉を全て忘れることにして「分かりました」と頷いた。
「ささら様がそう言うのなら桔梗に着いて行きましょう」
「……茶々、あんたホントにその従順さをこっちにも向けて欲しいんだけど」
「誰があんたに従順になるって? ……とにかく! ささら様、あの二人のことはわたくしがしっっっかり監視いたしますのでご安心を!」
「え、監視って」
「ささら様の為ですから! ほら桔梗、さっさと行くわよ!」
「え? ええ……ってちょっと!?」
言い終えると茶々はすぐに桔梗を引きずる勢いで事務所を出て行く。その勢いに「いってらっしゃい」も言えずに見送ってしまったささらは、心中様々な感情が渦巻く中でそれらを必死に冷静さで押さえつけながらバイトに行く準備を始めた。
「……喜べ、ないなあ」
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「あーいたいた」
数分後、無事に柊と吹雪の後ろ姿を見つけた桔梗達は、人混みに紛れながらこっそりと二人の後を付けていた。
「へえ、結構楽しそうじゃない。吹雪笑ってる」
「……」
「あの柊って男の方の態度も悪くないし、満更でもないんじゃない?」
「……」
「何か言いなさいよ」
「何か!」
「なに怒ってんのよあんた」
終始むすっとして黙り込んでいる茶々を振り返って桔梗が訝しげに首を傾げる。今日の茶々は一段と変である。一体何なのかと茶々と吹雪達を交互に観察していると、やがて彼女は「ん? もしかして」と小さく笑った。
「茶々、あの男のこと好きだったりして」
「違うわよ呪い掛けられたいの」
凍えるほどの絶対零度の声色に、揶揄う気満々だった桔梗は一瞬たじろいだ。何をそんなに怒っているのかが本当に分からない。
「意味わかんないわよあんた……あ、ほらあの店の中入った。お昼ご飯かしらね。私達もついでに食べるわよ」
「……分かった」
柊と吹雪がレストランに入るのを遠目で確認し、桔梗はかろうじて返事を返した茶々を連れて二人に続いて店へと向かった。
「……ささら様」
絞り出したようなその声は、酷くか細いものだった。




