episode 13 初恋の人(1)
「あら、相変わらず殺風景で面白みのない部屋だこと」
「す、すみません。これ以上お金掛けられなくて……」
「うるっさいわね! あんたみたいに派手だったら良いなんて酷いセンスしてないのよ!」
「あーもう、いつもながらきゃんきゃん騒がしいタヌキねえ。……しょうがないから次に来る時は何か目を引くインテリアでも持ってきてあげるわよ」
扉を開けて早々、事務所に現れた桔梗は相変わらずの偉そうな態度でふんぞり返っていた。
今日は事前に茶々に聞かされていた桔梗の依頼を受ける日である。毎度のことながら早速口喧嘩を始める狐と狸に「仲良いなあ」とささらは聞こえないように小さく呟く。
「桔梗さん、中へどうぞ。人探しの依頼と聞いてますけど……」
「ええ。と言っても、依頼主は私じゃなくてこっちよ」
「え?」
桔梗が事務所の中に足を踏み入れると、これまで気付かなかった彼女の背に隠されていた人影が現れる。
「――はじめまして」
その人は、まるで雪のような女性だった。
真っ白な雪が降り積もったかのような白く長い髪、そして色素の薄い水色の瞳とこれまた透き通るような白い肌。すらりとした華奢な体、そして柔らかく微笑むその表情は、雪のようにすぐに溶けてしまいそうな儚げなものだった。
華やかな桔梗とはまた違うタイプの美女だ。
「は、はじめまして。祓い屋のささらと申します……」
「助手の茶々です」
「私は吹雪。雪女よ」
「雪女……や、やっぱり人間じゃないんですね……」
以前の千紗の例もあり、桔梗が連れてきたということでただの人間ではないだろうなとは思っていたささらだったが、こうもほいほい人外を目にしていると感覚が麻痺しそうだ。
ともかく二人を事務所の中へ案内する。季節は冬ということもあって室内は暖房が効いて……は、いない。いや、正確に言うと全くない訳ではないのだが、光熱費の節約を考えて我慢出来なくなるまでは基本的に付けていない。
しかしむしろ今回はそれで正解だったようだ。「あまり暖かくないので助かります」と微笑んだ吹雪は、雪女ということもあって暑さには弱いのだろう。
全員がソファに腰を下ろした所で、ささらは早速依頼について切り出した。
「それで、依頼ですが……」
「実は、どうしても探して欲しい人がいるの」
「探して欲しい人……あの、それは妖怪か怪異か何かで?」
「いいえ。歴とした、人間の男性よ」
吹雪は持っていたポシェットを漁ると、そこから一枚の写真を取り出してささらに見せた。
色あせたように見えるその写真には一人の少年が映っている。年齢は和泉谷と同じか少し下くらいだろうか。背景は一面銀世界で、にっと笑った少年がカメラ目線でピースサインをしている。
「この人……私の初恋の人を、探して欲しいの」
□ □ □ □ □ □ □
吹雪が彼と出会ったのは、おおよそ二十年程前だという。
雪女である吹雪が暮らしていたのは雪の深い山奥で、人間に紛れ込むようにスキー場を経営して生計を立てていた。そして二十年程前に、彼女はスキー場にやってきた一組の家族と親しくなり、年末年始の一週間ほどの間彼らの子供と一緒に遊んでいたのだという。
「それがこの子だったの。名前はテツ君」
「テツ君って……あの、名字とかは」
「随分昔のことだから、テツ君って名前しか覚えてないの」
「ええ……?」
ささらは酷く困ったように眉を下げた。情報が少なすぎる。あるのは二十年前の写真とテツ、という名前だけ。例えばこれが妖怪だったとしたら茶々の情報網で引っかかるかもしれないが、実際のところただの人間である。探しようがない。
「一応、昔聞いた時はこの県に住んでるって聞いたことがあるわ」
「県単位ですか……」
それも昔の話だ。現在もまだ同じ場所に住んでいるかなんて分からない。
「ねえ、あなたどうして二十年も経ってからその子のこと探そうとしてるの? 好きだったんならもっと早く探せばよかったのに」
「……確かにそうよね。私も昔の私にそう言ってやりたいわ」
茶々の問いかけに、吹雪は自嘲するように小さく口を歪めた。
「あの子が帰ってからしばらくして、ようやく好きだったんだって気付いたんだけど……私は雪女で彼は人間。どうせ結ばれることなんてないって諦めてたの。特にテツ君は私が人間じゃないなんて知らなかったから、もし知られたら怖がられるんじゃないかって、そう思って探すこともしなかった」
「でも、今探そうとしてるってことは何か心境の変化でもあったんですか?」
「……実は……お見合いすることになって」
「お見合い?」
「この子があんまりにも男っ気がないのを心配して、親戚が勝手に場を整えようとしてるみたいなのよ。人間に惚れても不幸になるだけだって、妖怪連中の中から選ぼうとしてるって。私は別に妖怪でも人間でもいい男だったら何でもいいと思うけどね」
「……だったらあんたもいい加減本当に“いい”男を見つけたらどうなの?」
「どういう意味よそれ」
「そのままですけど? 桔梗もいっそお見合いでいい人探してもらえば?」
「男のおの字も知らないような無知な子狸にはそっくりそのまま返して上げるわよ」
バチバチと火花が散る幻覚が見えてきそうな二人に、ささらは呆れてため息を吐いた。話が脱線し始めている二人は放っておくことにして、改めて吹雪に向き合う。
「えっと……話は分かりました。でも、私はただの祓い屋なので、正直私に頼むよりも興信所とかに頼んだ方がいいんじゃ……」
「そういう場所って身分が明らかじゃないと怪しまれそうで……それにこんな手がかりだけじゃ全然取り合ってくれないと思って。それで妖怪の頼みでも引き受けてくれそうな此処にしたの。……お願い、どうしても彼に会いたいの。引き受けてくれない?」
藁にも縋る、とでも言うように吹雪がささらの手を両手で握り、ソファから腰を浮かせてぐっとささらに迫る。思わずその勢いに仰け反ったが、背もたれにぶつかってそれ以上後ろに下がれない。
握られた手が段々冷たさを増していく。近づけられた顔からは凍えるような吐息がかかり、その寒さに体が震え上がった。
徐々に感覚が無くなっていく手に、ようやくささらは「あれ、これもしかして脅されてる……?」という結論に至った。
「分かった! 分かりましたから! 依頼受けます!」
「ホント? よろしくね!」
寒さに根負けしたささらが白旗を上げると、吹雪は第一印象の儚さを何処にやったのか元気よくにっこりと笑った。
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「受けたはいいけど……実際どうしたものかな」
ほぼ強制的ではあったが吹雪の依頼を受けたささらだったが、まったく進展が無さ過ぎて疲れたようにぐったりと肩を落としていた。
ささらの本業は祓い屋である。人や妖怪を脅かす悪霊や怪異相手に霊力で叩きのめすだけの、ある意味シンプルな仕事だ。勿論人捜しなど仕事の範疇外である。以前怪異関係で行方不明になった小学生を探すことはあったが、今回のケースとは全く異なっている。
まず何度も言うが情報が足りない。たとえ人捜しを生業にしている人間だったとしてもこれではとても探せないのではないだろうか。
悩んだささらはまず浦原に協力を求めることにした。現役警察官である彼女ならば顔が広く、情報も集めやすいのではないかと思ったのだ。
「流石にこれだけの情報じゃあ無理ね」
「そうですか……」
しかし浦原もちらりと写真を見ただけで首を横に振った。何かしらの事件に関わっていれば警察のデータベースにも載っているかもしれないが、現時点でこの少年を見つけるのは不可能だった。
「せめて氏名がはっきりしていれば」という浦原に、ささらはもう一度吹雪に名前を思い出せないか尋ねたものの結果は芳しくなかった。
「茶々ー、ちょっと出かけてくるね」
「はい。どちらへ行かれるんですか?」
「柊さんの所ー」
そして何の収穫もないまま一週間が過ぎた頃、ささらは例の写真を持って柊に会いに行くことにした。
二十年前にこの辺りに住んでいたのなら、警察よりも不動産業を営む柊の方が詳しいかもしれないと思ったのだ。彼も浦原同様顔が広い為、もしかしたら……ダメ元ではあるが少しでも情報が集まるかもしれない。
久しぶりに柊の住むアパートを訪れる。最後に来たのはあの蛇事件の時だったと思いながらインターホンを押すと、ごそごそと物音が聞こえてしばらくしてから扉が開かれた。
「ささら? どうした急に。家賃でも払いに来たのか?」
「そ、それはまだ後日ということで」
「は?」
「ひいっ、すみませんすみません! ホントに近いうちになんとかしますから!」
地獄の底から聞こえて来たような地を這う声に反射的にぺこぺこ頭を下げる。冬は何かと光熱費が嵩むので懐まで寒くなってしまう。いつも滞納しているだろうと言われればそれまでだが。
「まあとにかく上がれ。今ちょっと散らかってるけど我慢しろよ」
そう言って柊が部屋の中へ入っていく。靴を脱いで彼の背中を追うと、何やらリビングの中が大量の段ボールで埋まっていた。
「何ですかこれ」
「親が引っ越すからって実家に置いてあった荷物色々送って来たんだよ。まだ片付けが全然終わらなくてな。家賃少し待ってやるからついでに片付け手伝っていけ」
「ええ……?」
「嫌ならすぐに請求してもいいが」
「喜んでお手伝いします!」
びし、とささらが片手を上げると、柊は「コーヒーでいいな? とりあえず段ボール全部開けておいてくれ」とカッターを差し出してキッチンへと向かった。
「人使いが荒い……」
柊の姿が見えなくなったのを確認してから呟くと、ささらは渋々カッターの刃を伸ばして開けられていない段ボールに刃を入れた。中に入っているものに刃が当たらないように慎重に開き、それを何個も繰り返していく。
「あ」
段々とコーヒーの匂いが漂って来た頃、ふと開いたばかりの段ボールを覗き込んだささらは、その中に入っていたものを見て手を止めた。
「卒業アルバムだ……」
つい段ボールの中から取り出してしまったのは、小学校の卒業アルバムだった。中身が非常に気になるそれに、ささらは思わずキッチンの方を振り返る。
……まだ戻ってくる気配はない。そう判断した彼女は、好奇心のままに恐る恐る分厚い表紙を開いた。
最初にあったのはクラス写真だ。柊の通っていた小学校は一学年三クラスしかなかったようで、柊が戻ってくる前に見つけられたらいいなと素早く視線を動かす。
次のページはそれぞれの生徒個人の写真が並べられている。名簿順に並んでいるので真っ先には行を探しては見つからないとページをめくる。
「おい、砂糖は?」
「十個で」
「ふざけんな、一つだな」
「じゃあなんで聞いたんですか」
「そんなアホな答えが返って来るとは思わんだろうが」
キッチンから聞こえて来る声に返事をしながらさらにページをめくる。早川、原田、柊……見つけた。
名前をなぞっていた指を外して顔写真を見る。十二歳の柊は今の彼の面影は殆ど見られない、笑顔が似合う可愛らしい少年だった。
「……え?」
今の柊とは似ても似つかない。……それなのに、ささらはこの少年の顔を知っていた。
「コーヒー持って来たぞ……って、お前何勝手に見て――」
「柊さん!!」
「な、なんだよ」
「柊さんの名前って……何でしたっけ」
「はあ?」
コーヒーを手にリビングに戻って来た柊がささらの手にしていた卒業アルバムを奪い取ろうとする。しかし震える手でそれを握りしめたささらは、柊の手が伸びる前に必死の形相でそれを守って彼を問い詰めた。
そんなささらを訝しげに見る柊だったが、鬼気迫る表情に流石に危機感を覚えたらしい彼は素直に自分の名前を口にした。
「柊、轍也だが」
吹雪が探している少年――その彼と同じ顔をした少年の顔写真の下には、たった今柊が告げた名前が刻まれていた。




