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祓い屋(物理)の日常  作者: とど
二章
28/63

閑話 茶々の日常


 タヌキの妖怪、茶々の一日は目覚ましの音から始まる。


 クッションが敷き詰められた籠の中で丸まっていた彼女は、目覚ましの音が鳴るとほぼ同時にぱっと目を覚ます。そして前足後ろ足を伸ばして伸びをすると、ぴょんと跳ねて籠の中から出る。

 そうして丸々とした前足を合わせると、途端にぽん、と音を立てて彼女の姿は変貌した。ふさふさの大きな尻尾や頭の上の丸い耳は無くなり、背は伸びて二足歩行になる。そして着物と割烹着を身につけ、大きな三つ編みを結っているいつもの茶々へと姿を変えた。


 ちなみに難なく変身しているように見えるが、こうして人型を取れるようになるまでに百年も掛かっている。そして今も寝ぼけてたまに失敗することもあり、うっかりタヌキの耳と尻尾を残して変身した姿を見たささらは「美守さんだけには見られないようにね」と思わず忠告せざるを得なかった。


 そうして無事に人型に変身した後は洗濯と朝食作りだ。ささっと慣れた手つきで洗濯機を操作してから卵焼きを作っていると、匂いに釣られたのか茶々が起こす前にささらが台所へとやって来た。


「おはよ、茶々」

「おはようございます。今日は確か依頼が入ってましたよね」

「うん、柊さんの紹介で……」


 まだ眠いのか途中で大きな欠伸が出る。そんなささらに小さく笑った茶々は「テレビでも見て目を覚ましておいて下さい」と彼女をソファに座らせた。




   □ □ □ □ □ □ □




「おら、さっさと行くぞ」

「行きますから襟を引っ張るのは……茶々、行ってきます!」

「はい、行ってらっしゃいませ」


 早く起きた所為で結局柊が来る前に二度寝を決め込んだささらは、眠たげな目を擦りながらずるずると柊に連れて行かれた。

 二人を乗せた車が見えなくなるまで見送ると、茶々は事務所の掃除をする為に家の中へ戻った。


 料理、洗濯、掃除。妖怪である茶々も、こうして人間の生活をするのが随分と板に付いてきたものだ。

 元々は山の中で普通のタヌキと一緒に暮らしていたのだから料理なんて出来なかった。着る服もないから洗濯などする必要もなかった。しかし今はこうして人間に紛れて暮らし、当然のように彼らと同じように生きている。

 元々現代に近づくにつれて人型をとって暮らすこともあったが、ここまでしっかり人間の振りをして生き始めたきっかけはささら……いや、彼女の姉のかがりにあった。





 

 茶々が初めてささらに出会ったのは、今から十数年前のことだった。


「茶々、この子がささら! 私の妹になったの!」


 人間の友人であったかがりに連れられてやってきたのは、赤い目とその身に纏う莫大な霊力がとても印象的だった黒髪の少女だった。

 四、五歳くらいだろうか。元気がよく物怖じしないかがりとは裏腹に、彼女の後ろに隠れるようにして茶々を窺っているささらは随分と大人しそうな子供だった。


「わたくしは茶々と申します。あなたがささら様ですね、お話はかがり様から伺っていますよ」

「さ、ささら……です」

「可愛いでしょ? ちょっと人見知りなんだけどね」


 今以上に引っ込み思案だった当時のささらは、それを心配した姉によって知り合いを増やすべく彼女の友人や知人に引き合わされていたが、ささら自身は結局そこまで親しくなれた人は少なかった。茶々はその数少ない一人だったが、それでも慣れるのに結構な時間が掛かったものだ。


 かがりはまるで母親のようにささらのことを心配していた。だからこそあの時、事件が起こる数日前に「ささらをお願い」と茶々に妹とお守りを託したのだ。

 かがりの勘はよく当たっていた。だからこそ――自分の死期も、嫌というほど正確に当ててしまっていた。茶々がそれに気付いた時には、もう手遅れだった。


 そうして彼女に託され……紆余曲折を経て茶々はささらと一緒に暮らすことになった。茶々の家事もささらの祓い屋も、初めは何もかも上手くいかなかった。だが、最近になってようやく安定して暮らせるようになり、そしてやっと依頼も増えて来た。

 ここまで長かった。何百年も生きているというのに、茶々にとってはこの数年間はとても長く、そして逆にあっという間にも思えた。


「昔を懐かしむなんて、わたくしも年を取ったものですね……」


 と、いけないいけない。茶々はまだ数百年しか生きていない若者である。どこぞの九尾のようにまだ年増ではないのだと思いぶんぶん頭を振ると、茶々は考え事をしているうちにいつの間にか掛け終えていた掃除機を片付けて出かける準備を始めた。




   □ □ □ □ □ □ □




「桔梗、千紗」

「あ、茶々遅かったわね」

「もう会合始まってるよ」


 茶々の昼間の仕事は主に情報収集である。見た目の関係上あまり真っ昼間から外を歩いていると補導される危険性もあり、妖怪だけが知る特殊なルートを通って会合場所までやってきた。

 茶々がその場に着くと、すぐにそれに気付いた桔梗と千紗が近付いてくる。彼女たちの他にも見慣れた妖怪から初めて見る妖怪まで様々な者達が居て、それぞれ口々に何かを話している。


 ここでは各々の妖怪が持ち寄った情報を交換し合っている。新しくやってきた妖怪の情報や怪異の噂、危険な場所や人間(ここにささらの情報が入るのは茶々としては遺憾である)の情報、はたまた人間に紛れて暮らしている者にとっては重要な、スーパーの特売情報まで様々なジャンルの情報が手に入る。


「それであの妖怪、人間に四股して逆に呪われたらしいぞ」

「最近は人間も呪い方なんてすぐに調べられるからな。因果応報だ」


 ……ちなみに一応会合という名を冠しているものの、その実体はと言えば人間の主婦達による井戸端会議と大差ない。が、一見何の役に立たない情報でも覚えておいて損はない。思わぬところで祓い屋の仕事に関係してくることだってあるのだから。

 ちなみに彼女が今一番欲しい情報は特売情報である。特に卵が安い店は是非とも知っておきたい。


「相変わらず所帯じみたタヌキねえ」

「うるさい! 相変わらずろくでもない男に貢いで無駄遣いしてるやつには言われたくないわよ!」

「何ですって? 今度の彼は本当にいい人なんだから!」

「まあまあ二人とも、節約は勿論大切だし、恋するのもいいじゃない。まあ私は旦那様に良い物を食べさせるのに妥協したくないから特売品は選ばないけど」

「く……この、一人だけ勝ち組な感じ」

「なんか腹立たしくなってきたわね……」


 既に決まった相手がおり、そして良い物を食べさせてあげられる。茶々と桔梗の地雷を同時に踏み抜いた千紗は、それに気付いていないらしくにこにこと今日の夕飯の献立を考えている。


「わたくしだって本当はささら様に高くても品質の良いものを食べさせて上げたい……」

「誠実ないい男が欲しい……」

「あんたそれを言う時点でやっぱり今の男やばいんじゃないの……?」

「う、うるさい……まだ、まだ大丈夫……」


 茶々と桔梗はお互い目を合わせると、はああああ、と心底深いため息を吐いた。




   □ □ □ □ □ □ □




 心に少々傷を負いながらも会合を終えた茶々は一度家に戻ってから頃合いを見て買い物へと出かけた。

 情報収集の結果見事に半額の卵をゲットしてほくほくした顔をした茶々は、早速家に帰って夕飯を作りささらの帰りを待った。今日の献立は親子丼だ。


「た、だたいまぁ……」

「お帰りなさいませ、ささら様」


 そしてちょうど夕飯が出来上がった頃にタイミングよく疲れた声が玄関から聞こえてきた。そのまま床に座り込んだささらを支えて立ち上がらせてソファに座らせると、茶々はてきぱきと動いて配膳を始めた。


「お疲れ様でした。今日は親子丼ですよ」

「親子丼!? やったー!」


 茶々がそう言った瞬間がばりと顔を上げた現金なささらに思わず笑みが零れる。


「今日は柊様とご一緒でしたから、お昼はしっかり食べていると思いますけど入ります?」

「勿論! 結構食いだめしてきたけど茶々のご飯は別腹だから」


 柊との仕事の日は正直“当たり”の日である。必要経費として彼に奢ってもらっているので夕食を食べ終えても「もう食べちゃった……」と酷く切ない声を聞かなくても済む。


「今日の仕事はどうでした?」

「それが聞いてよ茶々。柊さんの知り合いの持ちビル、もう色々取り憑きすぎて崩壊寸前で……」


 嬉しそうにご飯を噛みしめて話し始めるささらに、茶々はにこにこ微笑みながら話を聞いた。

 ささらがこうして笑顔を見せると茶々はその度にほっとする。一時期笑顔を失っていたあの時を思い、そしてこうして再び明るい表情を取り戻してくれたことに安堵した。

 ついこの前酷く気に食わないジャーナリストに会った時のように、ささらが辛そうな表情をしているのはもう見たくない。


「それで、柊さんがね……」


 あの時、ささらを救ってくれたのは柊だ。だからこそささらは誰よりも柊に心を許し、信頼しているように見える。茶々も、そしてめぐるのことも勿論信頼してくれているだろう。しかし、一番はきっと彼なのだ。

 自分ではないことが悔しいような、しかしささらがそう思える人を見つけたことが嬉しいような……どうにも複雑な気持ちになる。


 茶々にとってささらはもう家族、いや我が子同然なのだから。


「ささら様、そういえば桔梗が今度ささら様に依頼したことがあるって言ってましたよ」

「依頼?」

「はい、なんでも人捜しとか」

「私祓い屋なんだけどな……でも素敵な男性を探して、とかだったら無理だよ?」

「その時はわたくしが説教しておきますので」



 この日常が出来るだけ長く続いて欲しいと、茶々は願っている。


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