episode 12 人が消える旅館(2)
「ところでなんでいつも第一声が妹なんですか」
「先輩の妹だろ。鬼怒田じゃ先輩と被るし名前呼ぶほど親しくねえし」
「そう言われれば確かにそうなんですけど……」
おもわぬ所で鳴宮と遭遇したささらは、困惑したがとりあえず毎回のことであるが妹呼びを修正する所から始めた。鳴宮の妹でもなければ、そもそも名前でも何でも無い“妹”なんて敬称で呼ばれるのは正直好ましくない。
「……まあいい。そんで祓い屋、お前なんてこんな所に来てるんだよ。旅行か? ただの旅行だよな? まさか仕事で来てるとか言うなよ?」
「仕事ですけど」
「ふっざけんなよ……なんだ此処曰く付きかなんかか? よりにもよってなんで今日此処に来るんだよ」
疲れた顔をしていた鳴宮が更に疲れたように大きくため息を吐いてぶつぶつ言い始める。そんな彼を不思議そうに見ていた茶々は、周りに聞こえないように小声で「この方どなたでしたっけ?」とささらに尋ねた。そう言えばささらは何度か鳴宮に会っているが、茶々は最初の依頼の時にしか顔を合わせていない。
「めぐ兄さんの後輩の人。前に依頼に来てて」
「ああ、幽霊に首絞められてた方ですか」
「どんな覚え方してるの?」
なるほど、と頷く茶々にささらは思わず口元を引きつらせた。長年生きている茶々にとって依頼人の一人なんてその程度の印象なのだろうが他に覚え方はないのか。
ささらと茶々がこそこそ話し合っていると、ぶつぶつ文句を言っていた鳴宮が茶々を見て訝しげに眉を寄せた。
「というかなんだよそのタヌキは」
「助手ですよ」
「あの子供だけじゃなくてそんな動物まで助手なのかよ……お前のとこまともなやつ雇う余裕もないのか?」
「……ふーん? ささら様に助けられておいてそんなこと言いますか」
鳴宮の言いようにイラッと来たらしい、肩の上のタヌキの雰囲気がピリピリし始めるのを感じたささらは思わず小さく身を竦ませた。
「鳴宮さんは旅行ですか?」
「会社の慰安旅行だ。……つっても強制参加で、しかも午前中まで仕事した上でそこからバスで直行。しかも近くの廃線になったトンネルの所で紅葉見せられたのが観光扱いで、此処に一泊で明日帰る。……夕食は上司の接待同然だし、どこが慰安だホントにいい加減にしろ」
「お、お疲れ様です……」
俺を休ませてくれ、と心底嘆くように呟く鳴宮は相変わらずのようである。ちなみに今日は土曜日である。午前中仕事からの強制旅行、帰ったらまた月曜日という恐ろしいラインナップである。ささらが同情の目で彼を見ていると、不意にささら達の方へ宿泊客らしき男の一人が声を掛けながら近付いてきた。
「先輩? 知り合いでも居たんですか……って、藁人形ちゃんじゃん!」
「は?」
驚いたように素っ頓狂な言葉を口走った男は鳴宮の後輩らしい。憔悴した鳴宮とは裏腹に元気そうな彼はずんずんこちらへ歩み寄って来ると楽しげな表情でささらをまじまじと見て来る。
しかし藁人形ちゃんとは一体何のことだ。まったく意味が分からない。
「あの、何ですか藁人形ちゃんって」
「こんな所で会うなんて偶然だなあ。なになに? この辺なんかオカルト的な噂があったりするの?」
「いやだから藁人形って」
「っていうか先輩めちゃくちゃ疲れてますね。体もひょろひょろだし、もっと体力付けましょうよ」
「お前みたいな体力馬鹿と一緒にするな。他のやつを見ろ、お前の元気過ぎる方がよっぽど異常だ」
「藁人形……」
「元気ならそっちの方がいいじゃないですか。先輩死にそうですよ? というかそれこそ今にも祟り殺されそうな人みたいな。ねえ藁人形ちゃんもそう思わない?」
「え? ああ確かに鳴宮さんは幽霊に憑かれやすいみたいですけど……」
「ふざけんな、俺はもう二度とあんなよく分からんものには関わらないからな!」
呻くように叫んだ鳴宮にささらはなんとも言えない表情を浮かべた。本人の自覚は無かろうと彼は既に幽霊と同棲しているので今更だ。
と、宿泊の手続きが終わったのか固まっていた人たちがぞろぞろと動き出す。それを見た鳴宮も渋々重たい腰を上げて立ち上がり、最後にと厳しい目でささらに向き合った。
「とにかく、今日はどうあっても此処に泊まるが……俺は疲れてるんだ、絶対に悪霊だとか怪奇現象だとか訳の分からないものに巻き込むなよ。なんかお前がいると滅茶苦茶嫌な予感がする、俺に関わるな」
「はあ……」
いつも以上に――といっても数回しか会ったことはないが――刺々しい雰囲気の鳴宮に、ささらはこれは相当きてるな、と思った。若干言われた言葉に傷つかないこともないが、こんな仕事をしているとよく言われることなのであまり気にしないことにした。
「は?」
が、茶々は違ったらしい。ささらの肩の上でいつになく低い声を出した彼女は、次の瞬間勢いよく跳躍し鳴宮の顔面に飛びかかっていた。
「ぐあっ」
「ちょ、茶々!?」
「うわ、先輩大丈夫ですか」
倒れはしなかったものの大きく後ろに仰け反った鳴宮は痛みに呻くように顔を押さえる。しかし茶々はそんな鳴宮に対しふん、と大きく鼻を鳴らすと器用に顔から肩に移動し、耳元で低く唸った。
「……あんまりささら様のことを蔑むようでしたら――呪ってやりますからね?」
「ひ、」
鳴宮にだけ聞こえるように囁かれたその言葉と、そしてタヌキがしゃべったという事実に直面して鳴宮の顔色が悪化したのは言うまでも無い。
「……ところで結局、藁人形ちゃんってなんだったの」
□ □ □ □ □ □ □
一悶着あったものの、ともかくささらと茶々は旅館の調査を開始した。
二手に分かれ、ささらは旅館の主要な部屋を、そして茶々は床下など人が入りにくい場所などを中心に怪しい場所や物、霊が居ないかを確認して回った。
そして日付が変わる少し前、二人は露天風呂の女湯で待ち合わせて情報共有を行うことにした。
「あー……こんな大きなお風呂初めてかも」
「わたくしも久しぶりです」
全体的に建物が古く従業員も少ないので埃っぽい所も多い。特に狭い場所を重点的に回っていた茶々は毛並みが埃まみれになってしまい、他に誰も露天風呂に居ないことを確認するとすぐさま人型を取って体を洗い始めた。タヌキの姿では自力で洗うのが困難な上、風呂に浸かったら底が深くて溺れてしまう。ちなみに茶々は泳げない。
「茶々、お疲れ様」
「本当ですよ、もう蜘蛛とか色々居て本当に気持ち悪かったんですから! 女将さんには性別間違えられるし、そもそも犬扱いされるし、あの男はささら様に対して態度悪いし……」
「ごめんってば。それで何か見つけた?」
「……いえ」
体を洗い終えた茶々がささらの隣で湯に浸かり始める。難しそうな表情を浮かべた彼女は普段は三つ編みにしている長い髪を弄りながら「ささら様の方はどうでした?」と聞き返して来た。
「こっちも収穫なし。……不思議なくらいに」
「そう、なんですよね。何かしら自我がはっきりしている霊でも居れば話を聞こうと思ったのですが、そもそも悪霊はおろか浮遊霊も少ないんですよね」
「うん。それに……なんていうか、人が何人も居なくなるなんて曰く付きの場所なのに、そういう雰囲気が一切無いんだよね」
実際、ささらの経験上何かしらの怪奇現象が起こった場所や事故があった場所は独特の空気がある。病院、墓地、廃墟、事故物件など、霊など見えない普通の人間であっても何かしら雰囲気を感じ取るようなものだ。
「建物は古いけど淀んだ空気は殆どない。失踪事件とか何も知らないととてもそんなことが起こった場所だとは思わないよね」
「わたくしも同じ印象です。可能性としてはまだ探していない場所に手がかりがある、時間が経って痕跡が消えた、もしくは」
「?」
「この旅館が大本の原因ではない、と言ったところでしょうか」
「此処で人が行方不明になるのに?」
「何か別の物に引きずられている可能性もあります。此処には失踪者の霊も怨念も……遺体も見つかってませんから」
「そうだよね。そもそも何人も居なくなってるのに、その人達はどこへ行ったのか全く分かってないんだよね」
はっきり言ってしまえば、行方不明になった人間が生きている可能性はほぼゼロと言っていい。和泉谷のクラスメイトが失踪した時とは違って時間が経ち過ぎているし、仮にどこかへ連れ去られていたとして、そして原因がささら達の領分であったなら恐らくもう生きていたとしても“人”ではなくなっているだろう。
風呂から上がったささら達は頭を悩ませながら微かに灯された明かりの中を進む。実際の所、現在進行形で何かしらの怪奇現象が起こっていれば対処の仕様もあるのだが、何も起こっていない、しかも痕跡もない状態から怪異の原因を探るのは非常に困難だ。ましてそれが除霊特化のささらであれば言うまでも無い。
再びタヌキに戻った茶々の尻尾を首に巻いて暖を取りながら、明日は旅館の周辺まで調査を広げてみようかと考える。
「藁人形ちゃん!」
今日はこれまでにして部屋に戻ろうとしていたその時、不意に背後から声が掛かった。認めたくはないがささらを呼んでいるらしいその声に振り返ると、そこには案の定夕方に出会った鳴宮の後輩の男が駆け寄ってくるところだった。
「あの、だから藁人形って」
「先輩を見なかったか?」
「え、鳴宮さん? 居ないんですか?」
「風呂に行くって言ってから二時間も戻って来ないから探してるんだ。もしかして寝落ちして溺れてないか心配になって風呂に行ったけど居ないし、他の人も風呂で先輩を見てないって言うんだ」
「……」
「課長はほっとけって言うけど、どっかで限界になって倒れてたらやばいなーって」
「ささら様、もしや」
囁くように告げられた茶々の言葉に、まさかと言いたくなる。
「……お風呂ってことはスマホとかも持ってない、ですよね」
「そうなんだよなー……あ、女将さんだ。すみませんちょっといいですかー?」
「どうかなさいましたか」
先の廊下を通り過ぎようとしていた白木を男が呼び止める。彼はジャージのポケットからスマホを取り出すと、軽く操作して鳴宮の映った写真を彼女に示した。
「この人その辺で見掛けませんでした?」
「え……あ、あの、この方は此処に泊まっていらっしゃって」
「そうです。さっき風呂に行くって言って出てって二時間戻ってないんですよ」
その瞬間、さっと白木の顔色が真っ青になった。かたかた震えだした彼女は大きく目を見開いたまま勢いよくささらを振り返ると縋るように彼女の両肩を強い力で掴んだ。
「祓い屋さん! また人が! お客様が!」
「お、落ち着いて下さい! すぐに探しますから!」
思い切り前後にばっさばっさと肩を揺さぶられて気持ち悪くなりそうだ。ささらは必死に半狂乱の女将を宥め、そして彼女がある程度落ち着きを取り戻した所でゆっくりと肩を掴んでいた手を下ろさせた。
「……申し訳ありません、少しばかり取り乱してしまって」
「少しばかり……いえ、とにかく鳴宮さんを探しましょう」
痛む肩に少し顔を顰めながら、ささらは鳴宮を探すべき思考を巡らせる。霊的なものに好かれる鳴宮のことだ、今回の事件に巻き込まれた可能性も高く、そうでなくても生き倒れてしまっている可能性すらある。どちらにしても早急に見つけ出さなければならない。
しかしスマホは所持していない。桔梗の時のように霊力で探そうにもそもそも彼は霊感も殆どない。仮に宿泊客を起こして人海戦術を行えば、巻き込まれて失踪者が更に増えるかもしれない。
かくなる上は。
「……すみません、鳴宮さんの荷物をなんでもいいので持ってきてもらえませんか」
「荷物? いいけど」
「すぐにお願いします! 玄関で待ってますから!」
ささらが後輩の男に頼むと、彼はすぐに頷き踵を返して部屋へと向かっていった。そしてささらは女将に会釈してすぐに玄関の方へと早足で進み、首に巻き付いていた茶々を抱き上げて向き合った。
「茶々! 警察犬お願い!」
「言いたいことは分かりますけどだから犬扱い止めて下さいっ!」




