episode 12 人が消える旅館(1)
「やっと……着いた」
「長かったですね……」
紅葉シーズン真っ盛りのある日、ささらは祓い屋の依頼でとある山奥の旅館の前に来ていた。小学校の件で警察から依頼を受けてから、その噂が広まったのか「公的機関が依頼するのなら腕は確かだろう」ということで祓い屋の方の依頼が少しずつ増えて来たのだ。バイトはクビになったが、おかげで結果的に収入は微妙にプラスになっているのは幸いである。
「ここが、依頼人の言う旅館かー」
「何というか……良く言えば、風情がありますね」
「良く言えば、ね」
そうして今回も依頼を受けてここまでやってきたのだが、目の前にあるのはかなり年期の入った……壁も屋根も所々剥がれ掛けている所のある、おんぼろの旅館だった。ここに来るまでもローカル電車に長い時間揺られ、そして最寄り駅は既に廃線になっていた為かなり歩く羽目になってしまった。
「見る分には紅葉とマッチしてていいんじゃない?」
「ささら様、わたくし達は見るだけじゃなくて泊まるのですが」
「……まあそうだけど」
電話で旅館と聞いてちょっと喜んでいたささらだったが、祓い屋に依頼するのだからそれ相応の建物であると最初から気付いておけばよかったのだ。
持ち運びの犬用ケージの中からため息が聞こえてくる。今日茶々はいつもの少女姿では
なく本来のタヌキだ。というのも旅館の方ができれば一人で来てくれと頼んできたからである。
しかしそう言われると何かしらの思惑があると勘ぐってしまう。特にささらは少し前に一度怪異によって姿を消しており、見知らぬ土地で一人では心配だと言って茶々が着いてきたのだ。ささらとしても茶々が居る方が心強いし、一応ペットはOKだと先方に聞いていた。
ちなみにペット扱いされた茶々がタヌキの顔でもよく分かるほど非常に渋い表情をしながらケージへと入って行ったのは余談である。
「ご、ごめんくださーい……」
いつまでも玄関に立っている訳にもいかず、ささらは恐る恐る戸を開けて声を掛けた。旅館の中は外観とは違い適度に整えられてはいるが、それでも若干古めかしい雰囲気が漂っている。
ささらが辺りを見回していると、廊下の奥から小さな足音が聞こえてきた。
「お待たせして申し訳ありません」
そして現れたのは着物姿の三十代ほどに見える女性だった。髪を綺麗に纏めたいかにも旅館の女将と言わんばかりの彼女は、ささらを見ると丁寧な所作で頭を下げた。
「ご予約のお客様ですか?」
「あ、いえ、依頼で来た祓い屋の者なんですが……」
「え……あなたが」
「す、すみません。そう見えないかもしれませんが私がそうなんです」
女性が少し驚いたように目を瞠った為、ささらはつい謝りながら頭を下げた。
時々依頼してきたというのに貫禄の欠片もないささらを見て追い返す依頼人もいるので少し不安になっていたが、女性はすぐに我に返ると「失礼いたしました、どうぞお上がり下さい」とささらを旅館の中へと促した。
「動物も大丈夫と聞きましたけど……」
「はい、他のお客様のご迷惑にならなければ構いません。ですが……そちら、もしかしてタヌキでしょうか?」
「はい、助手で」
「タヌキが助手……?」
「あ、いや、なんというか……こう、警察犬的なニュアンスで」
「あ、ああなるほど……祓い屋となると変わった動物も役に立つものなんですか」
女性がまじまじとケージの中の茶々を見る。しかし茶々は物言いたげな表情でくるりと体を反転させてケージの奥へと隠れてしまった。どうやら犬扱いされたのが不服だったらしい。文句を言うようにケージからカリカリと引っ掻くような音が聞こえてくる。
「どうぞこちらへ」
ぎしぎしと音を立てる廊下を歩いて案内された部屋は広い和室で、部屋に入ってすぐ正面の窓から紅葉がとても綺麗に見えた。室内はそれなりに年期が入っているが、それはそれで趣があるという言葉が似合う空間になっている。
ささらが女性と向き合ってテーブルに着くと、まず彼女は改めてささらに向かって頭を下げた。
「申し遅れました。私はこの旅館、紅葉の女将、白木と申します。このような場所までご足労頂きましてありがとうございます」
「祓い屋の鬼怒田ささらです。それで、こっちは助手の茶々」
「よろしくお願いします。えっと、茶々君もお願いね」
「……ぐるるぅ」
「あの、茶々は女の子です」
「え? すみません!」
茶々が唸りながら前足でばしばしケージを叩く。それを見て慌てて謝った白木はまじまじと茶々を見ながら「まるで言葉が分かるみたいですね」と感心したように呟いた。
「わざわざお一人でというお願いにも答えていただきましてありがとうございます。お恥ずかしい話ですが何分人手が足りず、旅館もこのような状況ですので何人もお招きする余裕もなく……」
「あ、そういうことだったんですか……えっと、それで依頼内容は」
怪しいと勘ぐっていたことの理由が分かり少しほっとしたささらが話を促す。すると途端に白木は表情を強張らせると、息を詰めてしばらく黙り込んだ後ややあってから重い口を開いた。
「この旅館は――人が消えるのです」
この辺りの地域は、昔から紅葉の名所として密かに知られていた。当時は最寄り駅まで鉄道が通っており、観光シーズンになると観光客も多く訪れていたという。この旅館も当時はもっと綺麗で、従業員も沢山おり活気があった。
しかし、ある時一人の宿泊客の姿が消えてから事態は変わった。夜のうちにいつの間にか居なくなった一人の男性を引き金にするように、それから数年に一人、と少しずつ旅館から人が消えていったのだ。観光客だけでなく、居なくなった彼らを探そうとした捜索隊の人間や従業員も同じように。
そして、誰一人として見つかることはなかった。
そうして人が消えていくと客足はどんどん減っていった。たまにオカルト好きな人間が好奇心で宿泊することもあったが、その噂もどんどん別の話題に飲み込まれ忘れ去られていく。そうして残ったのは、整備する人間も従業員も居なくなり寂れるしかなかった旅館と、そして旅館を経営していた白木の両親だけだった。
「両親は心労を患って数ヶ月前に亡くなりました。私も此処を継ぐつもりはなかったんですが、何人も居なくなっているのに原因も分からないまま取り壊すのは気味が悪くて……」
「そうだったんですか……」
「実は今日両親が生前に予約を取っていた最後のお客様が来るので、少なくともその方達が消えては困ると思いまして、それでお願いしたんです」
ささらは茶々と視線を合わせると小さく頷き合った。確かに、長期的に人が消えているということを考えると人間の仕業でない可能性が出てくる。まして捜索しても誰も見つかっていないのだ、何かしらの霊的な要因が絡んでいてもおかしくない。
「分かりました。依頼、お受けいたします」
「あ、ありがとうございます! ……よかった、もうどうしたらいいのか分からなくて」
白木ははっと顔を上げると力が抜けたように肩を落として大きく息を吐いた。今にも涙が零れそうになっている瞳を見るに、相当追い詰められていたのだろうということが窺える。
「お客様もですが、いつか私も消えてしまうじゃないかってずっと不安で……本当にありがとうございます」
「聞きたいんですが、人が居なくなり始めたのはどれくらい前からですか?」
「詳しくは分からないんですが、五十年程前からだと聞いてます」
「五十年……それから数年に一人ずつですか。かなりの人数ですけど、警察はなんと?」
「最初は真剣に探して下さっていたようなんですが、もう何十年もするとまともに探すことも……この旅館で働いていた人間も疑われたみたいですけど、ここまで続くと此処は“そういう場所”なんだと、おざなりに扱われるようになったと両親が言ってました」
「それじゃあ、居なくなった人に何か共通点はありますか?」
「いえ……男性も女性も、十代から五十代まで色々な方が居なくなっています。ただ、居なくなるのは皆旅館に泊まった夜にふらりと居なくなると……あ」
少し俯いて話していた白木がその時ふと顔を上げた。微かに部屋の外から何人かの声が聞こえ、彼女は「すみません、お客様がいらっしゃったようです」とささらに断って立ち上がった。
「それでは、私達もちょっと旅館の中を調べてみます」
「はい、厨房とお客様のお部屋以外でしたら好きに見ていただいて構いませんので、どうかよろしくお願いします」
早口でそう言って会釈した白木はすぐに部屋を出て行く。そうして足音がどんどん遠ざかって行くのを確認すると、茶々は器用に内側からケージの入り口を爪でこじ開けて外に顔を出した。
「ささら様、簡単に受けてしまいましたけど大丈夫ですか? 随分と規模が大きいもののようですが」
「うん、そうなんだけどね……このまま無理ですって帰る訳にもいかないじゃん。せっかく頼んでくれたんだから」
「……そうやってほいほい安請け合いしてるとそのうち痛い目みますからね?」
「この前の月見さんの依頼でそれは思った。……とにかく、一度旅館の中を見回ろうか」
「わたくしも行きますね」
ささらが立ち上がろうとすると、茶々は軽く跳ねてテーブルに飛び移り、そして更にそこを踏み台にしてささらの左肩によじ登る。急に片側が重くなってよろけたささらは、小さくため息をついて、何とかバランスを取りながら部屋を出た。……首にふわふわの毛が触れて痒い上、恐らく明日の肩こりは酷い。
「茶々、重い」
「女の子に何てこと言うんですか」
茶々の実年齢が過ぎって思わず突っ込みそうになったささらだったが……賢明に口を閉ざしたのだった。
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「……あれ、結構人いっぱいいるね」
「何かのツアーでしょうか」
とりあえず最初に旅館の入り口近くまでやって来た二人だったが、つい先ほどまで全く人気がなく寂れた様子だったそこは突如何十人もの人で溢れていた。
バスツアーか何かだろうかと茶々が耳元で小さく呟いたものの、訪れている客は殆どが男性客でなおかつ一様に疲れた表情を浮かべている。
どこか異様な雰囲気を醸し出すその団体客を少し離れた場所から窺っていると、不意にその中の一人がふらりと集団から抜け出して窓際に設置されている椅子にぐったりと腰掛けた。
「あ」
「ん? ……は?」
無意識にその男を目で追ったささらは彼の顔を見て思わず小さく声を上げ、そして微かに聞こえたその声に顔を上げた男もまた、ささらを見上げて目を見開いた。
「な、なんでお前が此処にいるんだ妹!?」
「それはこっちの台詞ですけど! あと何度も言いますけどささらです!」
酷く疲れた表情を浮かべたその男は、こんな辺境の旅館で出会うはずもなかった鳴宮だった。




