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祓い屋(物理)の日常  作者: とど
二章
24/63

episode 11 真夜中の骨董屋さん(2)


「さて、掃除も終わったので次は商品のチェックだ。たくさんあるし、この時間にしか出来ないから急がないとね」

「はい。……この時間にしか出来ないってどういうことですか?」

「まあそれはおいおい分かるよ」


 含むように笑った式神にささらは首を傾げつつも、用意されていた分厚い商品リストを手に一つ一つ商品の状態を確認し始める。


「あの……これ毎日全部の商品を見てるんですか」

「勿論、僕の自慢の子達だからね。状態が悪くなっていないかちゃんと見てあげないと」


 そうして式神の言葉に従って明らかにやばそうな商品も恐る恐る手にしてチェックしていく。以前売りつけられそうになった人形も相変わらず売れ残っているらしく、ぎょろぎょろとしたビー玉のような目が虚空を見つめているのが怖すぎる。

 一つ一つ商品を見ていくのは想像以上に時間が掛かり、「早くしないと十二時になってしまうよ」と式神に急かされる。


「十二時に何かあるんですか? というかお客さん全然来ませんけど」

「お客さんはいつも深夜にならないと来ないからね。さっきも言ったけど、十二時になると商品チェックが出来なくなるんだ。だから急いでもらわないと」


 理由は分からないが十二時までに終わらせないと行けないらしい。ささらが時計を見るとすでに時刻は十一時四十五分を指していた。あと十五分しかない。

 慌てて手を早めるもののしかし限度がある。時間は無情にも刻々と過ぎていき、そして結局全ての商品を見ることが出来ずに十二時を迎えた。


「あっ」


 ゴーンゴーン、と古めかしい大きな時計の音が店内に鳴り響く。そしてその瞬間、ささらは突如ざわりと何かの気配を感じて背筋に寒気が走った。

 いや、気配なんて曖昧なものではない。気がつけば店内のあちこちからがさごそ音が聞こえ始めていた。


「な、なに……?」


「よーしみんな! あそぼーぜ!」

「おー!」

「なにするなにする?」

「サッカーがいい!」

「ぼくもー!」


 わいわい、と突然沢山の声がささらの耳に入って来る。一体誰の声だと大いに困惑していると、不意に棚や机に陳列されていた人形達が一気に動き出して床の上に集まってきた。


「え、ええ!?」

「ほら、十二時になると皆好き勝手に動き始めるから大変になるんだよ」


 ささらがおろおろしているうちに、可愛らしい陶器の西洋人形達と南米で仕入れてきたという怖い人形達がチームを組んで床でサッカーを始めてしまう。ボールは小さな水晶玉で、そしてしっかりと別の人形が審判までしている。更に他の動物の置物は動かない商品を振り回して遊び始め、人形が蹴った水晶玉が他の商品に当たって棚から落ち掛ける。


「ちょ、ちょっと皆危ないから動いたら……」

「いつもは皆それなりに大人しいんだけどね、怒る人が居ないとすぐにこれだ」

「月見さ……式神さんの言うことは聞かないんですか!?」

「僕が口出ししか出来ないことを分かってるから駄目なんだ。それよりもささら嬢、君がこの子達に言うことを聞かせればいい」

「私が?」

「彼らに自分の方が上だということを教えれば大人しくなる」

「そ、そう言われても」


 ささらがどうしたものかと悩んでいると、どこからかがしゃんと何かが割れる音と共に「あーあ」「いっけないんだー」とけらけら笑う声が聞こえ、思わず血の気が引いた。確実に今何かが壊れた。


「み、みんな動いたら駄目――」

「次はドッチボールしたい!」

「次は負けねえぞ、ボールでお前の顔粉々にしてやるからな!」

「だから大人しく……」


 ささらの声は全く届いていない。あーだこーだと騒ぐ人形達に頭を痛めて項垂れていると、ふと彼女の足下に何かが近づいてきた。

 最初は人形かと思ったが違う。沢山の足を細かく動かし今にもささらの足に登って来そうになっていたものをしっかりと直視した瞬間、彼女は思わず全力で悲鳴を上げた。


「ぎゃああああ蜘蛛おおおっ!?」


 ささらの足下に居たのは、全長二十センチはありそうな巨大蜘蛛だった。小さな蜘蛛でもいつも茶々に頼っているささらだが、しかし此処に彼女は居ない上、式神は何も出来ない。

 それを瞬時に察知した彼女は、無意識のうちにまだ片付けて居なかったモップを振り上げ、そしてそれを渾身の力を込めて振り下ろしていた。

 直後、ささらの足に登り掛けていた巨大蜘蛛は跡形もなく弾け飛んだ。欠片一つ残さずに塵となった蜘蛛にささらが我に返ってぽかんと口を開けていると、傍に浮いていた式神が「いやあ実際に見るのは始めてだけどすごいねえ」とその小さな手を合わせて拍手をした。


「きっとこの辺りの霊力やら呪力やらを吸い取って妖怪化しかけてたんだろうね、君の霊力の籠もった一撃であっという間に消滅だ」

「え、今霊力込めてました!?」

「あれを無意識に、か。本当にささら嬢は興味深いね」


 道理で、とささらは頷く。普通の蜘蛛だったらむしろ残った死骸の破片が飛び散って酷いことになっていただろうということを考えると、まだましだったのかもしれない。

 とにかく蜘蛛が居なくなってほっとしていると、気がつけば店内がやけに静まりかえっていることに気付く。どうしたのだろうかとささらが人形達の方に目を向けると、彼らは一様にびくっと体を揺らしてがたがた震え始めた。


「こ、殺さないで……」

「え?」


 唐突にそう言った人形達は身を寄せ合い、心底怯えたように(とは言っても表情に変わりはないが)ささらを窺っている。今の彼女の霊力に恐れをなしたのだろう、次は自分たちだと言わんばかりに命乞いをしてくる。


「あ、暴れたのは悪かった。だからどうか……」

「こ、殺さないよ! 大丈夫!」

「本当に……?」

「本当だって! ……だから、皆元の場所に戻ろうね」


 ささらがそう言った瞬間、まるで蜘蛛の子を蹴散らすように人形達が動き出す。そして十秒も経たないうちに、店内はほぼ日付を超える前の状態にまで元通りになった。

 ……一部、何かが壊れた破片が落ちていることを除けば。


「壊れた商品の分、報酬から天引きしておくから」

「私の所為ですか!?」

「商品の管理も仕事だって最初に言っただろう。管理不行き届きだよ」

「そういう意味の管理なら言ってくださいよ!」

「その為に報酬も多くしてあっただろう?」


 それを言われるとささらも何も言えない。確かに半日しか仕事が無いのにいくらなんでも報酬が良すぎると思ったのだ。

 壊れたのが出来るだけ安い物でありますように、とささらは祈りながら、周囲から恐怖の眼差しで見られつつ壊れた商品の片付けを始めた。




   □ □ □ □ □ □ □




「邪魔をする……ん? 今日は店主はおらんのか」


 そうして店内が落ち着きを取り戻した頃、ようやく一人目の客が来店した。

 古めかしい和装に頭には大きな笠、そこから微かに見えたのは鋭い嘴だ。更に言えば彼の背後からは微かに黒い翼が見え隠れしている。

 明らかに人間ではない――来客は、烏天狗だった。


「い、いらっしゃいませ。店主は今日は居なくて、代理です」

「へえ、そうかい。……あんた、もしかして噂の祓い屋か?」

「え? は、はい。噂は分かりませんけど祓い屋やってます」

「ふうん、聞いてた感じとは随分違うな。幽霊妖怪目に付くやつは全部消し去ってる悪人って言ってたが」

「そ、そんな噂あるんですか!?」


 ささらは知らなかったが、元々尾鰭の付いていた噂が先日の偽物の件で余計に真実味を帯びて伝わってしまっていたのである。つくづく迷惑な怪異だった。


「まあ月見が頼んだ代理なら信用出来る。少し見させてもらうぞ」

「はい、どうぞ」


 烏天狗は軽く笠を上げるとニヒルな笑みを浮かべて店の奥へと入っていった。

 この店の客は人間だけではないのか。流石によく分からない店だな、とささらは妙な感心の仕方をしながら烏天狗を見ていた。

 ……が、これがまだ序の口に過ぎないと知るのはすぐのことだった・


「いらっしゃいま――ひいっ!?」

「あら、見たことがない店員さんね」

「月見の代理だそうだ。久しいな、ろくろ」

「烏の旦那もお久しぶりで」


 次に来店したのは、肩から頭が異様に離れた――もっとはっきり言えば首が普通ではあり得ないほど伸びている女性、ろくろ首の妖怪だった。

 この店の客層どうなってるんだ、と傍にいる式神に詰問し掛けたささらは、必死にそれを堪えて引きつった営業スマイルを見せた。

 結局二人の客は、それぞれ刀と大量のネックレス(呪われた物を含む)を買って満足げに帰って行った。


 何事もなく無事に接客出来たことに安心していると、二時を過ぎた頃には今までが何だったのかと思うほどに様々な客が店を訪れた。

 幽霊の女性を筆頭に、河童、一つ目の鬼、そもそも正体が分からない全身影絵のような人型の何か、果ては妙に神々しい羽衣を纏った女性がひっそりとやってきて、思わずささらは卒倒しかけた。人間が恋しい。


「……ふあああ」


 しかし慣れるものである。だんだん緊張が解けて来ると時間も相まって眠気が酷くなってくる。客が居なくなった所でささらが大きな欠伸をしていると、釣られたのか式神も隣で大きな口を開けて欠伸をした。


「……式神も眠くなるんですね」

「もう活動限界が近いからね。ささら嬢が帰る頃に消えるように設定されているんだ」

「じゃあ……あと二時間ってところですね」


 現在は午前四時。時間を確認すると余計に眠気が増してくるような気がして、ささらはぶんぶん首を振って閉じようとしている目を無理矢理こじ開ける。


 と、その時、店の扉が勢いよく開かれた。


「あ、いらっしゃいま――ぎゃあああ!」


 扉が開かれた瞬間、入り口にいたはずの等身大日本人形二体がどたどた店の中へ入って来てささらの方へと突進して来た。先ほどはちょっと可愛いかもしれないと思った彼女も、いきなり襲いかかってくる人形には恐怖を覚えて叫ぶ。

 しかし彼女たちは実際に襲いかかってくる訳でもなく、人形とは思えない速さで――そもそも本来動かない人形に早いも遅いもないが――ささらの元へやってくると、彼女の背後に回ってがしりと硬い手でささらの腰に抱きついた。


「ひいっ、な、なに」

「……何か怯えているようだね」


 かたかた、と背中に振動が伝わってくる。式神の言う通りだとすれば恐らく震えているのだろう。しかし彼女達を見た人間が怯えるのならともかく、彼女たちが怯えるものとは一体何だというのか。


「ささら嬢、何を言っているんだ。か弱い女の子達なんだから怖い物がいっぱいあるのは当然じゃないか」

「か弱い……あ、はいそうですね……」


 分かりやすく憤慨するようにむっとした顔で両手を動かす式神に、ささらは思わず棒読みに気味に返事をする。式神でもやはり月見は月見である。


「でも本当に、一体何に怯えて」


「強盗だ! 金を出せ!!」


 その瞬間、乱暴に扉が開かれたかと思うと恫喝する声と共に包丁を持った男が店の中に飛び込んできた。


「……は?」


 ささらは一瞬男が言った言葉を理解できなかった。

 強盗。勿論意味は分かるのだが……よりにもよって、この店に強盗である。


「さっさと現金と金目の物を……」


 そこで、男の声が途切れた。

 こんな夜更けに明かりの付いた店、それも大通りから離れた路地裏の骨董屋だ。時間帯もあって客も店員も少ないだろうと推測が付く上、骨董屋なら値が張る商品も多いはずだ。

 そう考えて乗り込んだ男だったのだが、いざ骨董屋に突入して彼の目に映ったのは……少し落とされた薄暗い照明の中、見るだけで呪われそうな怪しげな商品の数々と、ぎょろぎょろとした目で不自然に首を曲げて彼を見る人形達。そして極めつけは従業員の背中から顔を出しガタガタ音を出して揺れ動く、普通の物よりも何倍も大きな日本人形だ。

 その日本人形の祟られそうな目を見た瞬間、男は手に持った包丁を床に落とした。


「ひ、ひいいいいい助けてくれ!!」


 呪い殺される! と男は情けない悲鳴を上げて転がるように店を飛び出して行った。


「……」

「いやあ、よく分からないけど勝手に逃げていってくれて良かった良かった。しかし助けてくれとは一体何のことだ?」

「さ、さあ……?」


 不思議そうに首を傾げる式神の言葉に、ささらは明言を避けて曖昧に下手な笑みを浮かべた。腰にしがみついていた日本人形達はバイブレーションが止まり抱きつく力が強くなり、そして他の人形達もまた首を不自然に曲げてささらの方を見ている。


 この店の中で犯人の心境が痛いほど分かったのは、勿論ささらだけである。




   □ □ □ □ □ □ □




「ささら嬢、助かったよ。ありがとう」

「つ、月見さん!!」


 強盗が帰ってからも珍妙な客ばかりが訪れて身体的にも精神的にも限界になっていたささらは、午前六時を過ぎて式神が消えた頃ようやく本物の月見が帰って来ると思わず泣きそうな顔で彼を出迎えた。


「仕事の方はどうだった?」

「……もう、言葉にならないくらい疲れました」

「ああ、流石に眠いだろうね。無理をさせて悪かったよ」


 そういうことじゃない、とささらに言い返す気力は残っていない。


「報酬は後日でいいかな」

「はい……帰ります」


 とにかく家に戻りたい。自宅へ帰って茶々に出迎えてもらって、ふかふかの布団でぐっすり眠りたい。いつもの日常を取り戻したい。

 たった半日で普通の人間ならばまず一生出会わないであろう者達と会いまくったおかげで、普通の日常がこんなにも恋しい。


「それじゃ……っぐは」


 覚束ない足取りで店を出ようとしたその時、ささらが扉を開けた瞬間に待ってましたとばかりにスタンバっていた日本人形が力強く彼女に抱きついてきた。あまりの勢いに倒れそうになったが必死に堪えて顔を上げると……そこには案の定、何の表情も浮かんでいない無表情の巨大人形が超至近距離でささらを覗き込んでいた。


「おやおや、この子達に随分と好かれたようだね。どうやら君に帰って欲しくないようだ」

「……帰ります……帰りますお願いですから帰してください私をこの異世界から解放してください!!」


 どんなに報酬が高くとも、もう二度とこの依頼は受けるものかと、ささらは心に誓った。


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