episode 11 真夜中の骨董屋さん(1)
「やあささら嬢」
「あれ、月見さん。どうしたんですか?」
とある日のこと、事務所のインターホンが鳴り扉を開けると、そこに居たのは骨董屋を営んでいる月見だった。
相変わらずの年齢不詳に見える彼はにこにこ笑みを浮かべながら「これ、つまらないものだけど」と紙袋を差し出して来る。
「近くのケーキ屋で可愛いクッキーが売ってたからつい買ってしまってね。よかったら食べてくれ」
「ありがとうございます! どうぞ中へ」
彼がこの事務所に来るのは初めてだ。クッキーの紙袋を受け取りながら何かあったのだろうかと首を傾げたささらは、茶菓子を持って来た茶々が隣に座るのを待ってから話を切り出した。
「それで、今日はどのような……」
「少し君に頼みがあって」
「頼み?」
「実は少しの間店を空けることになってね。いつもは代理を頼んでいるんだが、その人も予定があって来られないんだ。だからその間、具体的に言うと明後日の夕方六時から朝の六時までの間店を頼みたいんだけど……」
「店番? というか、あの店ってそんな時間もやってたんですか?」
「一週間に一度だけ夜も営業しているんだ。その時間にしか来られない人も居るからね」
ちなみに報酬はこれくらい、と月見が提示した額に「こんなにいいんですか!?」とささらは思わずソファから立ち上がった。
「まあ丸半日だし商品も多いからこのくらいはね」
「是非!」
「ささら様! 詳しい話も聞いてないのに金額で即決しないでください!」
「ご、ごめんつい……」
「まったく、相手が月見様ですからまだいいですが、初対面の人には絶対にやったら駄目ですからね! どんな要求ふっかけられるか分からないんですから! ささら様返事は!?」
「はい!」
「相変わらず仲がいいねえ」
茶々に説教される姿に月見がくすくすと小さく笑う。ささらは思わず恥ずかしさで小さくなりながら「それで、どんなことをすればいいんですか」と月見に向き直った。
「大まかに言うと商品の管理とお客さんの対応、あとは店内の掃除くらいかな。詳しいことは来たときに分かるようにしておくから」
「掃除とお客さんの対応は大丈夫そうですけど……商品の管理、ですか」
一応クビにはなったもののレンタルショップでレジをやっていたので客の対応ぐらいは何とかなるだろう。掃除は言うまでも無い。ただ……ささらは今更ながらあの店の商品ラインナップを思い出して黙った。
とにかく商品が多く、そして一部の物は月見の趣味が爆発してかなり個性的な――はっきり言って不気味で怖い――ものである。まして、ささらが店番をするのは夕方から早朝まで。夜の店内であの人形達と過ごすこと考えた彼女は、先ほどまで金に目が眩んで即答しそうだったのを撤回するようにソファに座り直した。
「怖い……でもお金が」
「夜働くのはやっぱり怖いかい? 一応人形の皆はいるから寂しくはないと思うけど」
「ひぇ……やっぱ止め……いやでもお金本当にないし……」
何せバイトをクビになってからまだ新しいバイトが見つかっていない。死活問題である。
ささらはしばらくうんうん唸っていたものの、最終的に顔を上げて「……頑張ります」と今にも息の根が止まりそうな顔で言った。正直な所夜の学校よりも怖いが背に腹は代えられない。
「ありがとう、助かるよ」
「ささら様頑張って下さいね」
「え? 茶々も来てくれるんじゃないの?」
「あれ、言いませんでした? 明後日の夜は妖怪会議があるのでいませんって」
「妖怪会議」
ささらは思わず言葉を繰り返した。なんだそれは。
「まあそういうことで、ささら嬢、よろしく頼むよ」
「……はい」
その時のささらの顔色は、正面にいる月見の髪に負けず劣らず真っ白だった。
□ □ □ □ □ □ □
店番当日の夕方、茶々と同時に家を出てとぼとぼ歩いていたささらは、裏路地に入って遠目に見えてくる建物を見て大きくため息を吐いた。
毎度ながら骨董屋はいつ見ても奇妙だ。赤い屋根にピンクの壁、扉などはビスケットで作られていそうな見た目の可愛らしいものだというのに、その両側にどんと鎮座しているのは等身大の日本人形である。
「……あれ」
夕日が入らない暗い路地ということも相まって余計に怖い。しかしそんなことを考えながらも足を進めると、骨董屋の入り口付近に見覚えのある顔を見つけた。
「和泉谷君?」
「うわあっ!?」
後ろから声を掛けると、その小さな体が思い切り飛び跳ねた。
「な、なななんだよささら! 脅かすな!」
「ごめん。でもこんな所で何やってるの? もう暗くなるから帰った方がいいよ」
「子供扱いすんな!」
恐る恐る、とびくびくしながら振り返った少年はささらの顔を見るやいなや怯えが怒りに変わったように怒鳴り始めた。
「でも、もしここに茶々が居たら同じこと言うと思うなあ。『浩君はいい子ですから早く家に帰りましょうね』って」
「それは……っていうかささらお前一人かよ、茶々姉ちゃんは?」
「茶々は用事」
「……なら、いいけどさ」
「ん?」
いつもならば「なんで茶々姉ちゃん居ねえんだよ!」とでも言いそうなのだが、今日はどうやら居ない方が都合が良いらしい。
ささらが頭に疑問符を浮かべていると、和泉谷はむすっとした表情である場所――骨董屋の扉を指さした。
「あそこ、見えるか?」
「扉? あ、なんか綺麗な青い石が落ちてるね」
「パワーストーンってやつなんだって。昼間にクラスの馬鹿が女子に意地悪しようとしてそいつの宝物をあそこに投げたんだ。だけどあの人形あるし、怪しい店だし……誰もあれを取りに行けなくて結局他のやつらは帰ったんだよ」
「……なるほど。で、和泉谷君は取って上げようとしたんだね?」
「だって、噂じゃあここの店のやつ、珍しいものはなんでも手に入れるとかなんとか……だからあれも勝手に拾われたら困るだろ」
月見も小学生の買うようなパワーストーンにまで興味を示すかは疑問である。
「さっさと取って帰ろうと思ったけど……」
そう言って和泉谷はちらりと等身大の日本人形二体を見てすぐに目を逸らした。
「くそ……ささらでよかった。茶々姉ちゃんにこんなびびってる所なんて見せられねえし」
「和泉谷君ホントに茶々のこと好きだよね」
小学校の事件の時も手の怪異と何度も出会ったが、あの時は傍に茶々が居たから強がっていたのかもしれない。
しかしながら、和泉谷は善意であの石を取ろうと怯えと戦いながら一人此処で粘っていた訳である。普段自分には辛辣なのにいい子なんだな、とささらは微笑ましく思いながら、人形にびびって中々足が踏み出せない和泉谷の代わりに骨董屋の入り口へと向かった。
「え、ささら」
少年の驚いたような声を背に落ちていた青い石を取ると、ささらは踵を返してそれを和泉谷の手の中へ落とす。
ささらだってあの人形が怖くない訳ではないのだが、流石に何度も骨董屋を訪れていれば慣れる。
「さ、ささらの癖に中々やるじゃねえか……でも俺だってもう少し掛かったら取れたんだからな!」
「うんうん、和泉谷君が勇敢なのは分かってるよ。頑張って取ろうとしてたのに取っちゃって悪いけど、でも早く帰らないと本当に暗くなるよ。早く帰って持ち主の子に渡してあげて」
「……チッ、分かったよ」
和泉谷は少し不貞腐れたような表情をしながら石を握りしめると「お前もさっさと帰らねえとその人形に呪われても知らないからな!」と叫んで走り去った。……嫌な言葉を残さないで欲しい。
和泉谷がちゃんと路地から出て行ったのを確認すると、ささらは一つ呼吸をしてから骨董屋の扉へと向かった。和泉谷の呪い云々の発言の所為で人形の隣を通ることに妙に緊張しながら、預かっていた鍵で扉を開ける。
そこは勿論いつもの骨董屋の店内だ、いや、いつもとは違いささらを出迎えてくれる穏やかな月見の姿もなければ、照明が完全に落とされている為暗がりに色々な商品が見えて余計に恐ろしい。ささらは身を縮こませながら足下に気をつけて店内を歩くと、レジの傍にある照明のスイッチを見つけてほっとしたようにそれに触れた。
「ささら嬢、よく来てくれたね」
「え?」
店の中が明るくなった瞬間、ささらの目の前に月見が居た。
「月見さん、でも小さい……あれ?」
文字通り目の前に彼は居た。半透明の、全長十センチほどの月見がふわりと浮きながら微笑みを浮かべていたのだ。
「僕は式だ」
「式神ですか……?」
「そう。君に店の仕事をレクチャーする為に本体が置いていったんだ。僕自身に実体はないから説明やアドバイスしか出来ないけどね」
「月見さんこんなことも出来るんだ……」
ささらはまじまじと小さな月見を観察する。実際の彼よりも少しデフォルメされている可愛らしい月見は「早速やることを教えようか」とふわりと店内を飛んだ。
「まずはこの前言った通り店内の掃除から頼むよ」
「分かりました」
これは大丈夫だ、とささらは大きく頷く。店の奥にあるロッカーの中に掃除道具は揃っており、商品が多すぎて通路が狭い中をぶつけないように気を付けながらモップを掛けていく。
時折小さな人形達と目が合ったり、ささらでも見たら分かるほどに呪われているネックレスを見つけてしまったりして、その度に手を止めてしまうのは難点である。
「これ売り物にして大丈夫なんですか!?」
「ああ、扱いをしっかりすればただの綺麗なネックレスだからね。売る人もちゃんと管理できる人を選んでるから大丈夫だよ。勿論その後の取り扱いは自己責任になるけどね」
僕の自慢のコレクションを買い求めるんだからそれくらいのリスクは背負って貰わないとね、と小さな月見はモノクル越しに目を細めた。
「ささら嬢どうだい、買わな」
「買いません」
当然ささらは食い気味に断った。
そうしてモップ掛けが終わると次は窓拭きだ。窓は少ないのでこれはすんなり終わるだろうと早速取り掛かろうとしたささらは、手始めに入り口のすぐ傍にある窓を拭こうと近づいた。
ちょうど窓越しに店の入り口近くが見える。来た時よりも随分と暗くなった外を何気なく見ると、ささらは思わず「ひいあっ!?」と声を裏返して叫び、すぐさま窓の傍から後ずさった。
「どうかしたのかい?」
「に、日本人形が……」
正面を向いているはずの日本人形達が、いつの間にか体ごとささらの方を見ていた。誰かがいたずらで動かしたのか、それとも。
「ああ、彼女達は君が物珍しいんだろうね」
「ど、どうすれば」
「手でも振ってあげたらどうかな」
そんなことでいいのかと疑いながらも、ささらは意を決して窓に近づいてじい、と自分を見つめる二対の漆黒の目にびびりながら控えめに手を振ってみた。
するとすぐに、二体の等身大人形が突如勝手に動き出した。同時に右手を上げたかと思えば、人形とは思えない滑らかな動きでぶんぶんとささらに向かって大きく手を降り始めたのだ。
人形なのだから勿論表情は変わらない。だというのに何故か妙に嬉しそうに見えた。
「……なんか、ちょっと可愛く見えて来た……?」
「そりゃああの子達は可愛いからね」
思わず首を傾げて呟いたささらに、式神はふふん、と自慢げに胸を張った。




