夕暮れから始まり報復で終われ
無数の炎の塊が、空を舞った。魔法が使える兵士たちの総攻撃だ。青い空に、赤色の筋が無数に描かれ、火の粉が輝き、緑の草原が夕暮れのように赤く染まった。
残り少ない体力を使いながらも、この初撃だけは派手にしなくてはいけない。
この攻撃がしょぼいと、こちらの戦力の低さが露呈する。こっちに戦う力がないと分かったら、この場を見逃されても、ラネージュを速攻で攻められて不利になる。
ジョウゲンの交渉は、俺達が十分戦力である条件で有効な言外の取り決めだからだ。
空を赤色へ変えた炎の群れは天高く上り、右から左に大きく曲がって、魔族の軍の左方遠くの地平線に消えた。
「よし、逃げるぞ」
ジャックが声を上げて、転身した。
俺や他の兵士たちも、魔族に背を向けて逃げ出そうとする。俺たちの華麗な逃走に、事前に知っていても驚いたんだろう、魔族たちは棒立ちで俺たちを眺めていた。
ん、何だ。あの土煙は?
魔族の背後に土煙が立ち上っていた。逃げ出そうとしていた俺は、状況を見極めるために、その場にとどまる。
「魔族のものじゃないわよ。騎乗できる馬なんて持ってないもの。大体、ここで約定を違える理由なんてないでしょ」
同じように足を止めていたリシェルが、俺が変な予想をしないように釘を刺す。
一瞬、魔族の騎兵による奇襲が頭をよぎったが、リシェルの言う通りだ。魔族の軍に、軍馬は見当たらなかった。
それに、あんな風に遠くから土埃で目立たせてどうする? あれじゃ奇襲にならない。
目立っていいなら、前方にいる魔族が駆けたらいい。馬みたいな速さで動けるんだ。わざわざ馬に乗る意味は少ない。
「じゃあ、あれは何なんだ?」
魔族の軍も背後から迫る土埃に気付いたんだろう、隊列に乱れが生じていた。
土埃は徐々に大きくなり、馬の嘶きや、蹄が大地を穿つ音が聞こえる距離になると、土埃の中から馬とそれに乗った人影の一群が現れた。
数名で構成された騎兵は、全員、手に槍を持ち、赤と緑のラインが入った皮鎧を着込んでいた。
「我らぁぁぁ、人間が魔族に屈するなどぉぉおぉおぉぉぉ、あってはならぬぅぅぅっ。信徒諸君、これは聖戦であるっ! 武器を失えば手で、手を切り落とされれば足で、足を切り落とされれば口で、身体を切り刻まれれば魂で殺せ。魔族を一人残らず殺せ。奴らは聖神様にたてつく、背信者にて、人を堕落に誘う異信徒なるぞ! 躊躇うなっ。ひるむなっ。恐れるなッ。我ら、信徒には聖神様の加護あるぞ!」
長々しい演説と共に魔族へ襲い掛かろんとする騎兵の中に、俺は見たことある顔を見つけた。
砦にいた信徒のメイガス様だ。どうやら、砦を出た後、草原に身を潜ませて、奇襲のタイミングを探っていたらしい。
なんて余計なことを! と言うかなんで馬がいるんだよ! どっから調達してきたんだ、おい?
「不味いわね。ちょっとシャレにならない状況よ」
深刻な顔をしたリシェルが、頬を伝う汗をぬぐった。顔が青ざめているが、それを冷やかせない。多分、俺も同じくらい真っ青になっている。
八百長戦争しに来たら、背後から奇襲を受けた魔族が、この後どういう反応をするのか。考えただけで、絶望的な気分になる。
兵士達も突然の事態に混乱していたのだろう、ポカンとした顔で立ち止っていた。
「お前ら、足を止めるな。走れ、走れッ。距離を取り、散開して逃げろ」
ジャックの怒鳴り声で正気に戻った兵士たちが、三、四人でグループを作って四方へ散った。
こんな時でも、最小単位を守ろうとする練度の高さが、ジャックの言った一騎当千が誇張でない、と感じた。一人でも多く、ラネージュへ帰還できれば、必ず戦力になるだろう。
魔族の軍、後方から金属の撃ちあう音や、悲鳴、怒号が聞こえてきた。
メイガス様たちが魔族の軍と接敵したんだ。状況は、メイガス様たちが有利そうだ。
魔族と言え、さすがに奇襲を受けてすぐには応戦できないようだ。力が奪われる光が、魔族の軍の中から点滅している。
魔族の軍後方から横っ面を舐めるように襲った一軍は、勢いを落とさず、こちらに向かってきた。手に掲げる槍には魔族の腕や首が刺さり、拷問のつもりなんだろうか、縄で手や首をからめとられた魔族が引きずられていた。
引きずられる魔族が大勢を立て直そうと、縄を握れば腕を槍で刺された。馬を止めようと足を踏ん張れば、槍の石突で足を払われた。
あまりの非道に、俺は眉を顰める。ラネージュにいる紋章持ちの強化に使うつもりなのかもしれないが、醜すぎた。
いくら相手を殺した紋章持ちにしか力が手に入らないからって、もう少し丁重に扱ってもいいだろう!
メイガス様たちは勢いを緩めず、大きく右に舵を取った。もう一回、反転して攻撃するつもりだろう。
どうする? これを止めなきゃ、まずい。人間と魔族の関係が悪化するの当然だし、俺たちが魔族に捕まったら仕返しに何されるか分かったもんじゃない。
「この戦、我々の勝利だ! ラネージュへ凱旋するぞ!」
俺の心配をあざ笑うかのように、メイガス様たちは俺たちの右側を通って、背後、ラネージュの方へ逃げていった。止める間もない。鮮やかな一撃離脱だ。
何だったんだ、あれは? あの一撃で終わり? 何が目的でこんな暴挙を? たった数人の魔族を殺す代わりに、俺たちを見殺しにしたのか?
俺が目を丸くしていると、突然腕を引っ張られた。ジョウゲンが俺の腕を引っ張って、リシェルとポンタの後ろに連れてきた。
「カール殿、こっちに避難するでござるよ」
「避難? まだ魔族は混乱しているぞ、今の内に逃げたほうがいいんじゃないか?」
「そんな暇はないわ。戦略級兵器の登場よ」
リシェルが前方を顎でしゃくる。
混乱した魔族の軍の中から一人、派手な鎧を着た兵が現れた。肩当が横に出っ張っていて、黒地に金色の縁取りが施されていた。肘当て、胸当てには遠目からでも分かる巨大な宝石が埋め込まれいた。
かなり金のかかっている鎧だ。一介の兵士どころか、小国の国王だって手に出来ないだろう。そんな鎧に身を包む相手に、俺は一人だけ心当たりがあった。
「まさか、あれは、魔王 ラコントルファソンなのか?」
「ええ、そうよ。魔王の力でわたし達を全滅させるつもりなんでしょ。でかいのが来るわ」
「でかいのって、あんな遠距離からどうやって? コーズの必殺技でもこの距離なら、範囲外だぞ? それに大体、そんなもの撃てるのか? 撃ったら、お前……というか、無差別攻撃になるぞ」
俺が疑問を投げかけるが、リシェルは答える間も、勿体ないとばかりに、剣を抜いた。リシェルが剣に力を溜めはじめた。
「全力で盾を作って防ぐわ。ポンタ、サポートお願い」
「……分かった。力、増幅、手伝う」
コーズの必殺技に似ているが違う。コーズは剣の周りに力が溢れていたけど、リシェルの場合は、力が剣に染み込んでいく感じだ。恐らく、剣の強化に力を使っている。
この上なく真剣なリシェルの様子に、俺は先ほどのリシェルの言葉が真実だと分かった。
少なくとも、リシェルには確信するだけの根拠がある。そうでなくちゃ、誰がこの状況で、剣が壊れるくらい大量の力を使おうとするか。
「カール殿、どうやらあそこから剣を振るうようでござる」
ジョウゲンが、リシェルとポンタの肩越しに魔王の姿を指さした。魔王は黒色の剣を水平にし、横に薙ぐ構えだ。
一体なにをする気だ?
答はすぐ分かった。
魔王が剣を横に薙ぐ。
穏やかな風が凪がれる草原に、黒い線が現れた。
俺がその黒い線が何なのか見極めようと目を凝らした瞬間、石材をハンマーで殴ったような音が響き、暴風を俺を襲った。俺は思わず目をつぶってしまった。
「ぐうぅぅぅ」
リシェルのうめき声に、俺が目を開け、瞠目した。
黒い巨大な半円上の力がリシェルの剣にぶつかって、暴れていた。黒い半円は、魔王を中心とし、戦場全てを覆いつくそうと拡大していた。
リシェルが、黒の力の勢いに押されて、少しづつ後ろに押されていた。
「ジョウゲン、支えるぞ!」
「承知でござる」
押されるリシェルの背中を、俺とジョウゲンが支えるが、後退は止まらない。ジリジリと後ろに下がる。
歯を食いしばって耐えていると、不意に圧が消えた。
「何とか、防いだわ」
リシェルの言う通り、黒い力は跡形もなく消えていた。
「そして、第二陣が来たわね。逃げるわよ!」
第二陣? 同じ技がもう一発来るのか。
俺は魔王の様子を確かめようと、視線を上げて固まった。
俺たちが黒い力に耐えている間を使い、体制を立て直した魔族の軍が、先ほどのメイガス様たちを超える速さで、俺たちに襲い掛かって来ていた。




