金属鎧から始まり無能で終われ
俺は初めて着る金属鎧の重みに慣れようと、肩や腿を動かす。
重さは問題ないな。普段担いでいるバックの方が重い。問題は、動かせる範囲だな。
背中の中心を起点に肩を回そうとすると、鎧の胸当てが胸に当たって少し苦しい。腿や足首は八分目以上、持ちあがらない。
「慣れないうちは、鎧が動きを邪魔して重いから、転びやすいわ。気をつけなさいよ」
隣で俺と同じように、鎖帷子の上から鋼色の鎧を着こんだリシェルが、俺の肩を叩いた。甲高い音が響いたが、衝撃は驚くほど少ない。
「ああ、気を付ける。それより、リシェルは大丈夫なのか?」
俺は辺りを見渡す。ジョウゲンとポンタは、もう最前列にいるから、姿が見えない、他の兵士達は立つだけで精いっぱい何だろう、俺たちの会話にそば耳を立てている奴はいないようだ。
念には念を入れて、俺はリシェルとの距離を詰めて、囁いた。
「こっち陣営で戦って、大丈夫か? 帰ったら、なんか言われるんじゃないか?」
「大丈夫よ。こっちで、カールのお守をするって、向こうも知ってるわ。特別、相手を害そうとしなかったら、お咎めなんてあってないようなものよ」
あー、つまり、あることはあるのか。どんな咎を受けるのか分からないが、俺の所為でか。この借りは返さないとな。
「じゃあ、無事にラネージュにつけたら、お守の礼に何か奢るから、気張って守ってくれよ」
「まかせなさい。カールは大船に乗った気持ちで、わたしに頼ればいいのよ。戦争童貞なんだから、お姉さんに任せなさい。優しく大人にしてやるわ」
「童貞ちゃうわっ! この前の聖女巡礼や勇者試験で、大人数同士の戦いは経験してるんだ」
俺が顔を真っ赤にして叫ぶと、リシェルが急に鋭い顔つきに変わった。
鋭い視線に射すくめられた俺の体が、強張った。
「戦争とあの手の抗争は別物よ。濃密な死と殺意に満たされた空気は、戦場でしか嗅げないわ。普段は平気で殺し合いができる男が、戦場に立ったら恐怖で我を失うなんて、よくある話よ。だから、絶対、自分の経験を過信しないこと」
リシェルの張りつめた雰囲気に、俺の喉が鳴った。
「分かった。油断も過信もしない、俺は戦争が初めてだ。リシェルの言うことを聞く」
「そんなに緊張しない。大丈夫よ。わたしがいるんだから、カールは大船に乗った気持ちでいればいいの」
リシェルの表情が緩んだ。目を細めて笑うリシェルの手が、俺の背中を何度も叩く。硬くなった肉を柔らかくするように何度も叩かれた。
て、ちょっと、叩きすぎじゃありませんかね? さっきからどんどん、叩く力が強くなってきて、息が苦しい。
「だあっ! 叩きすぎだ。俺の背中になんか恨みでもあるのか?」
俺はリシェルの手を振り払い、飛んで距離をとった。鎧が重いせいで、思ったより距離は稼げなかったが、リシェルの手の有効圏内からは逃れられた。
「それだけ元気があれば、大丈夫ね。それじゃ、前に行きましょ。わたしたちは、最前列なんだから」
リシェルが放り投げた剣を両手で受け取った。すでに最前列に歩き始めたリシェルを追いかけながら、剣を腰の金具に紐で結びつける。
ボロボロの鎧を着こんだ兵士が組む隊列の間をすり抜け、前に進む。通り過ぎる瞬間、横目で確認する兵士の顔はどれも頬の骨が浮き出ていて、目の下が窪み、飢餓と疲労が色濃く表れていた。
「これは、俺やリシェルが最前列に並ばなきゃいけないのも、納得だな」
俺は小声でリシェルに話しかけた。リシェルも小声で答えた。
「そうね。私が敵の将で、敵の最前列がこんなボロボロの兵士なら、約束を反故して全滅させたくなるわ」
「だな。最前列を少しでも見栄えをよくするために、無事な鎧を着て最前列に立ってくれ、て言われた時は、何で? と思ったけど、これなら納得だ」
「他もジョウゲンに、勇者 ポンタ、砦の責任者 ジャックと比較的無事な兵士数人。こっちが出せる最高のカードを切ってるけど、それでようやく薄いメッキが張れた感じかしら」
「メッキか、ちょっと傷つけられたら地金が出る辺り、言い得て妙だな」
数列に並んで長方形の陣形を作る兵士達の列は、それほど長くない。リシェルと話しているうちに、人の列が切れて、視界が開けた。
「遅かったでござるな。何か問題でもあったでござるか?」
最前列左端にているジョウゲンが、声をかけてきた。ジョウゲンも鎖帷子と金属鎧を着こんでいるが、大きさがあっていないのか、丈が余って動きづらそうだ。
「初めて着る鎧に手間取っただけだ。それより、改めてみると凄いな」
正面に陣を構える魔族の軍は、既に陣を作り終わっていた。ここら見えるのは、先頭の三角形に隊列を組んだ全身金属鎧の槍兵と、その後方、左右に陣取ったこちらも全身金属鎧に身を包んだ魔族の姿だ。
「……カール、魔法、撃つ。後ろ右側に逃げる」
右隣に立つ腰のみ一丁のオーク、ポンタが右手に見える砦の後方を指した。
「左、川、北、流れる。魔族、捕まる。絶対、右」
「ああ、分かってる。左、西側は川があって、その先には魔族に占拠された町があるんだろう。絶対、西には逃げない」
ポンタは満足そうに頷いた。
また一段と、過保護になったなぁ。まぁ、今度魔族に捕まったら、何をされるか、と心配なんだろう。俺は、数少ない、ポンタのことを色々知ってる仲間だ。簡単に死なれちゃ、目覚めも悪いだろう。
「さて、時間だ」
ジャックが俺達の前に出た。左腕と片足を失った戦いでも来ていたものなのだろう、ジャックの鎧には傷が縦横無尽に走り、血で黒く染まった服が鎧の隙間から姿を現していた。
「これは敗戦だ。俺達は魔法を一発、川に向かってはなったら、そのままラネージュまで逃げる。砦は奴らに奪われ、俺達は無能の烙印を押されるだろう」
兵士達の間から、ざわめきが消えた。ジャックは視線を魔族から離さない。俺たちに背を向けたジャックが、どんな顔で語っているのか分からないが、その声はどこか誇らしげだった。
「だが、俺は知っている。残り少ない食糧を分かち合った強さを! あらゆる不平を言い訳にしない潔さを! 命尽きるまで守らんとした鋼の意思を! お前たちは一騎当千の兵だ」
背後から静かに上る熱気が、俺を背中を前々と押し出そうとする。踏ん張ってなかったら、たたらをふみそうだ。
「再度、言う。これは敗戦である。
だが、お前たちは、何も恥じる必要ない。
胸を張れ。
俺を恨め。
ここにいる五十八の英雄が惨めな敗戦を味わうのは、この無能な指揮官のせいだ。
お前たちが恥じる必要も、悔やむ必要もない。
それでも、お前たちを嘲る声があるならば、見せてやれ。お前たちの強さを。狡猾さを。我慢強さを。
この敗戦の汚名は、ラネージュでの再戦で、灌げ」
ジャックが、振り返った。厳しい表情を緩め、戦友たちに笑いかけた。
「だから、生きろ。下らない敗戦で死なないでくれ。俺からお前たちに出す最後の命令だ」
「「「「「オウッ!」」」」」
背後から怒号が降り注いだ。どこにそんな気力があったのか、兵士達は張りのある声で、地平線の先まで聞こえそうな声量で、ジャックの命令を承った。




