帰還から始まり才能で終われ
十日後、砦と魔王の交渉三回目にして、俺とリシェルは砦へ帰ってこられた。
普通の戦争と違って、八百長をやるので、調整に手間取ったようだが、話は大きな問題もなくまとまったそうだ。
むしろ、砦内の意見をまとめるほうが、大変だったらしい。特に光神教のメイガス様――砦に来た時、野菜を多くくれと注文した人だ――が、強硬なまでに魔族との徹底抗戦を訴え、ジョウゲンやジャック、更にはポンタの口添えもあって、渋々ながら納得してくれた、と聞いた。その代り今日の昼過ぎ、俺達と入れ替わりで、砦から出ていったんだけどな。
下手な暴走要因はいない方が助かる。さっさとラネージュへ戻ってくれたほうが、嬉しい。
気になるのは、八百長をやっている、と吹聴される可能性だが、それは大丈夫だろう。
ジャックに聞いたところ、ラネージュで総指揮を執る司祭様とメイガス様は別の派閥らしい。アタッカーとシーフとて言ってたな。
魔族との八百長と自分たちが、いち早く砦から逃げた状況、この二つを結びつけて、相手派閥の力を削ぐために使われる。俺でも分かるんだ。その手の暗躍が得意な、光神教の皆様なら気付いているだろう。
だから、メイガス様は今回の八百長について、話しまわったりしない。
「カール殿、そろそろ休憩は終わりでござるよ。次の修練に参ろうでござる」
地面にあおむけに倒れていた俺は、顔だけ動かしてジョウゲンを睨んだ。
畜生、なんで同じだけ動いて、あっちは息一つきれていないんだ。こっちは魔族の力まで使って、全力だったのに!
文句を言っても始まらない。ジョウゲンも善意でやってくれているんだ。
「分かった。今、起きる」
顔中から噴き出る汗を手で拭い、立ち上がった。
さて、魔族との八百長戦争前日、何で俺がこんな特訓をしているのかと言えば、ジョウゲンが律儀で生真面目で融通が利かなかったからだ。
飢えた砦に魔王出現。八百長戦争。ここまで状況が二転三転しているのに、俺がジョウゲンに求めた報酬、弟子にして技術を教えろ、を払っているんだ。
いくら明日が戦争で、八百長とは言え万が一くらいは死ぬ可能性があるからって、この強行軍はないんじゃない? とは言え、先に報酬を言いだしたのは俺で、ジョウゲンが明日に疲れを残さないと言ってる以上、断れる道理はありません。
ちなみにリシェルさんは、見て覚えたから不要、とのことです。非常に嘘くさいが、ジョウゲンも納得していて、特訓に引きずり込めなかった。
「うむ、次は拙者の奥義を伝授するでござる」
「早っ! まだ、走り込みと柔軟しかしてないのに、もう奥義かよ!」
ジョウゲンが照れたように頬を掻いた。
「しかし、拙者、奥義以外は教えられる技を、とんと持ってないでござるよ」
おい、どんな鍛え方したら奥義以外、技がなくなるんだよ? 適当に話してるんじゃないよな?
俺の疑いの眼差しに気付いたんだろう、ジョウゲンは早口で弁明した。
「拙者、殺し合いは得意でござるが、武術は苦手でござる。言い訳になるでござるが、この矮躯では、いかな術理を手にしても満足に使いこなせんでござる。拙者の技は全て無名、ただ殺すだけの技術でござるな」
ジョウゲンは自分の頭をポンと叩いた。
確かに、女と見間違えそうなくらいジョウゲンの背は低い。普通の男、例えば俺と比べたら、頭一つ分は違う。まともな武術をならっても、不利は否めない。
「それじゃ、奥義って何を教えるつもりなんだ?」
「歩行でござる。拙者が敵の間合いに入るには、少なくとも一太刀は避けなければ、無理でござる。その一太刀を出させない技が拙者の奥義”IKADUTI”でござる」
胸を張って腰に手を当てたジョウゲンが、鼻の穴を大きくしながら自信たっぷりに笑った。
「カール殿、よく見るでござるよ。これがIKADUTIでござる」
ジョウゲンが俺に近づいてきた。特に速い動きじゃなかった。普段通り歩いているようにしか見えなかった。
だが、気付いた時には懐に入られて、俺の胸をジョウゲンが軽く叩いていた。
なんだ、今の歩きは? 俺はずっとジョウゲンに集中していた。懐に入られるまで気付かないなんて、ありえないだろう。
「これがIKADUTIでござる。要領は単純、歩行でけり足で地面を蹴る一瞬前に膝の力を抜くでござる。次に地面を蹴る時、折れ曲がった膝と足首、指先で地面を水平に蹴るでござる」
ジョウゲンが解説を交えながら、目の前を左右に歩いてIKADUTIを使った。
普通に歩いているはずなのに、ある時いきなり視界から消える。まったく予見できない加速は、確実に虚を突ける。
「さあ、拙者に教えられることは、もうござらん。後は練習あるのみでござるよ」
「そりゃ、ちょっと適当すぎだろう! もうちょっとコツとか、やり方とか教えてくれよ。あれだけじゃ分からないぞ」
「う~む、と言われても、膝をカクッとしてグイッとやるだけでござるからなぁ。力の抜き具合や、力を言入れるタイミングが肝で、奥義なんでござる。こればっかりは、やって覚えるしかないでござるよ」
それでもいい方法がないか考えているんだろう、ジョウゲンは腕を組んでうんうん、唸った。
どうやら、本当に練習しかないみたいだ。じゃあ、やるしかないか。
まずは普通に歩いて……
俺は辺りをぐるぐる回り始めた。
これで、蹴り足、つまり後ろに残ってる足の方だな。その力を抜くと。
俺は右足を前に出した瞬間、左膝の力を抜いた。
「うぉぉぉぉおおおおおおおっぉぉぉ!」
結果、また割きになりました。
「力を入れるタイミングが遅いでござるな。もっと早くでござる」
ジョウゲンがのんきな声で寸評してくるが、こっちはそれどころじゃない。前後に割かれた股関節、特に内太腿が痛くて、悶えていた。
なんだこれ、膝から力を抜いたら、身体がいきなり沈み込んだぞ。
「さあ、いつまでも悶えてござらんで、立つでござる」
ジョウゲンに促されて、俺は立ち上がると、再度IKADUTIに挑戦した。
その後の結果は、まぁ、散々だった。バランスを崩して背中から倒れたり、横に倒れたり、力を抜きすぎて地面に膝蹴りをかましたり、酷い時は前に出した足の力を抜いてしまって地面と濃厚なキスをした。
空が赤くなるころには、俺の体中擦り傷と泥でボロボロになっていた。
「うむ、今日はここまででござるな。お疲れさまでござった」
「はぁ、やっと終わった」
俺はその場に倒れこんだ。膝や太腿が微かに痙攣していた。
ただ歩くだけなら三日でも四日でも歩き続けられる自信があったが、変な歩き方をやっていたので足がびっくりしたんだろう。服の上から太腿を触ると、恐ろしく固くなっていた。
「いや、しかし、カール殿は才能がないでござるな。拙者、まさかここまで出来ないとは予想外でござった」
ジョウゲンが朗らかに笑った。笑い声が俺の胸に突き刺さった。
悪かったな才能がなくて、どうせ俺は勇者試験にも落ちた三流荷物持ちだよ。
「あ、いや、悪い意味で言ったのではござらん。そんな頬を群れさせないで下され」
「じゃあ、どういう意味だよ」
「拙者も武術の才能はないでござる。それでも殺しがしたくて、どうしても殺したくて、色々努力下でござる。その到達点が、移動でござる。畢竟、拙者の殺しは自分の間合いに入って刃を振るうだけでござるよ」
あー、前々から思ってたけど、ジョウゲンっていい奴だけど、頭可笑しいわ。普通、そこまでして殺したいなんて思わないぞ。
「ん? カール殿、いきなり転がって拙者から離れて、どうしたでござるか?」
「気にしなくていいので、話の続きをどうぞ」
「そうでござるか。何が言いたいのかと言うとでござる。一つの才能がなくとも、目標に達せられるでござる。道は一つではござらん。拙者が武術でなく移動から道を見つけたように、カール殿も別の道から殺しができるようになるはずでござる」
ジョウゲンは俺の傍にしゃがみ込むと、笑顔を作った。
「だから、諦めるなでござる。カール殿もまだまだ強くなれるでござるよ」
慰められた、と気づくのに、少し時間が必要だった。
自分じゃそんなに気落ちしたつもりはなかったんだが、周りから見たらそうじゃなかったようだ。
俺だって、一度は勇者を目指したんだ。そのために、商人としては邪魔となる紋章持ちにまでなった。強さへの憧れがないわけじゃない。
だけどなぁ。まさか、慰められるくらい落ち込んでるとは思わなかった。
原因はジョウゲンの余計なひと言だけど、その程度で落ち込むくらい気にしてたんだ。気づかせてくれたジョウゲンには感謝だな。
「あり「と、言えば、次の修練で従順になると、拙者の師匠がのたまっておったでござるが、どうでござるか? ちなみに拙者は殺意が湧いたでござる」
前言撤回。
こいつに言う礼はねぇ!




