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128組の勇者達  作者: AAA
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化け物から始まり死で終われ

 魔王と名乗った男、ラコントルファソンから吹きだした黒い力は、陣の中を暴風のように暴れまわった。荒れ狂う力が視界を隠し、空を飛ぶ力の風切り音が耳を塞ぐ。

 殺さる。

 理屈じゃない。圧倒的な力が、心を屈服させる。

 とっさに左腕を顔の前に掲げたが、この力を前にどれだけの意味を持つのか疑問だ。

 目をつぶって、次に来るであろう衝撃、痛み、苦しみ……そして死に備える。抗うなんて考えられない。

 今まで勇者、魔族、それ以上の化け物の力を見てきた。だけど、それとは全く別物だ。

 言うならば、今までは巨大な鉄塊を見せつけ、その大きさを誇られていただけだった。

 だから、形で、色で、純度で、と別方向から勝ちを見つけることができた。

 しかし、魔王ラコントルファソンが放つ力は、刃であり鎧であり盾だった。殺すことだけに特化した力は洗練されていて、他の価値観を持ち込むことを許さない。

 化け物だ。聖女様を救った時に戦ったあいつも化け物だけど、こいつはそれとは別種の化け物だ。


「さあ、始めようか」


 ラコントルファソンの声に、全身が強張る。

 始める。

 何を?

 勘弁してくれ。こんな奴と戦うなんて、出来るかっ!


「そんなに怖がらなくてもいいよ。使者なんだろう、さあ話し合おう」


 殺し合うじゃないのか?

 恐る恐る瞼を開けると、辺りを駆け巡っていた黒い力は消え去り、代わりに陣の中央に黒いテーブルと椅子があった。

 テーブルは横長の長方形の一枚板で脚がない。時折、風に吹かれたように揺らめていた。

 椅子も似たような感じだ。座るところと背もたれはあるが、二つを繋ぐ部品や地につける脚はない。

 二つともラコントルファソンが、その力で持って作り出したんだろう。闇夜の海を彷彿とさせる黒色だ。


「大丈夫、君達を害するつもりはないよ」


 躊躇する俺達に、ラコントルファソンが微笑みかける。人畜無害そうに見える。

 だからって、力で作った椅子に座って大丈夫か? 触った瞬間、コーズの技みたいに消滅させられるんじゃないか?


「これは、丁寧にありがとうございます」


 二の足踏む俺をしり目に、リシェルが席に着いた。


「大丈夫なのか?」


「大丈夫よ。と言うか、殺す気ならさっき殺されてるわ。こんな手の込んだことする必要ないじゃない」


 確かに視界を塞いだ時、攻撃されていたら抵抗できず殺されていた。捕まえるにしても同様だ。

 話を聞いてから殺すなり、捕まえるにしても、こんな怪しい、見え透いた罠は使わないだろう。

 同じ結論に達したのか、ジョウゲンとポンタが恐る恐る席に着く。俺もそれにならった。


「それで、君達の話は何なんだい?」


「単刀直入に言えば、砦への攻撃を中止して頂きたいでござる」


 ジョウゲンは行き成り本題に切り込んだ。

 小手先の技で様子を見る気はないのか。それとも、魔王を名乗る男を前に、それだけの余裕がないのか。

 ここで口を出せない俺達は、黙ってジョウゲンの交渉を見守るしかない。


「それは出来ない」


 ラコントルファソンの答えが分かってたんだろう。拒否されたジョウゲンに動揺は見られなかった。


「で、ござろうな。ならば、拙者らは無血開城を望むでござる」


 ラコントルファソンは自身の顎を撫でてていた手を止め、わずかに開いた両の瞳でジョウゲンを見つめる。


「ほう、それはまた……いいのかい? あの砦を獲られると言うことは、ラネージュの首に刃を突き立てられたも同然だよ」


「その代わり無傷の兵が残るでござる。そちらの今の兵力で、ラネージュと砦にいる兵、双方を相手取るのは難しいのでござろう?」


 なるほど、こういう言外の含みの持たせ方は、やっぱり上手いな。

 ジョウゲンは、砦をくれてやるから、それ以上進行するな、と要求している。実際、砦を手に入れるために一戦やらかしたら、ラネージュへの進行はかなり遅れるはずだ。兵の休息、壊れた砦の修復、補給の確保、やらなきゃいけない事は山ほどある。それを全てやり切るには、時間がない。

 まぁ、これは兵が万全の状態での話で、現状の飢えきった兵達じゃ、鎧袖一触。文字通り、袖が触れただけで、吹き飛ばされてしまう。


「今すぐはね。だけど、拠点があればそれだけ軍を持ってこれる。ああ、なるほどね。時間稼ぎがしたいんだね」


 ラコントルファソンは白々しく手を叩く。正に、今、気付きましたという様子だ。


「その通りでござる。冬の到来まで、後二か月ちょっと。援軍がそれまでに来れるでござるか?」


「この提案を跳ね除ければ、砦で籠城する君達と戦うことになる。その場合、手に入れた砦は半壊、こちらも疲弊していて、ラネージュに手を出せない。そういう狙いか」


「理解が早くて助かるでござる」


 ラコントルファソンは口元を手で隠して俯く。受けるか受けないか、どちらが得か計算しているんだろう。

 ジョウゲンは顔色一つ変えずに待つ。本当なら受けてもらえるように、言葉を尽くしたいんだろうが耐えている。

 長い沈黙の後、ラコントルファソンはゆっくりと頷いた。


「……うん、いいよ。こっちも冬が来る前に一段落したいんだ。簡単に砦が手に入るなら、それに越したことはない」


 辺りの空気が少しだけ和らいだ。ジョウゲンの頬も僅かならが緩んでいる。


「それにしても、ずいぶん簡単に頷いたな」


 俺は隣に座るリシェルに囁く。


「ラコントルファソン様は穏健派だからね。この戦争の終わらせ方を考えてでしょう」


「つまり、聖域を獲って交渉する気はない、てことか?」


「恐らく」


 なるほど、魔族側は、いつでも聖域に攻め込める状況が欲しかったのかか。聖域を獲られるかもしれない、と言う状況なら、光神教からも譲歩を引き出しやすい。聖域を獲ったら、戦争しかないからな。


「それでは、こちらの面子のために一度野戦を行う、と言うことでよろしいでござるか」


 おっと、リシェルと話している間に、ジョウゲンとラコントルファソンの交渉は条件詰めに入ったか。


「ああ良いよ。場所は、砦の近くがいいね。その方が、逃げる方向がよく分かる」


 逃げた後の奇襲対策か。当然だな。砦に入ろうと言う所で、背後から奇襲されたらたまらない。


「その通りでござるな。詳細について、こちら側も煮詰めたいでござる」


「だろうね。一度、話を持って帰って再度打ち合わせることにしよう」


「忝いでござる」


 ジョウゲンが頭を下げた。

 どうやら、今日の交渉はここまでのようだ。この調子で一日、二日と時間を稼げれば、ラネージュが砦化するまでの残り十二日、なんとかなるかもしれない。

 ラコントルファソンが笑顔で俺とリシェルを指さす。


「その代わり保証として、そこの二人はこっちで預かるよ」


「駄目、絶対拒否」


 誰よりも早く反応したのは、ポンタだった。ポンタは席を立ち、俺を引っ張る。

 ポンタは両手を広げて、ラコントルファソンから、俺をかばう。


「拙者らを信じて頂けないでござるか?」


 席から腰を浮かせたジョウゲンが、鋭い視線でラコントルファソンを射抜く。


「信じてるよ。だけど、君たちの上が信じられるかは別問題だ」


 ラコントルファソンは、穏やかな笑みを崩さない。

 まずいな。ここで交渉を決裂するわけにはいかない。

 それに……

 俺は自分の左腕を見る。何の変哲もない腕だが、この腕は魔族の力を持っている。

 リシェルは魔族だ。そして、俺が大人しくしている限り、助けてくれるだろう。


「ポンタ、ジョウゲン、やめろ。俺達は残る」


「駄目、駄目、駄目。カール、危険。ポンタちゃん、残る。カール、行く」


 ポンタがいやいやと、聞き分けのない子供のように駄々をこねる。


「駄目だね。君、勇者だろう? 勇者に暴れられたら、こっちの被害が大きすぎるよ」


 その通りだ。そして、砦の兵も勇者を人質にされたなんて看過できないだろう。


「ジョウゲン、ポンタを連れて帰れ。それが一番だろう。護衛の俺達が戻って、お前が戻らなかったら、この交渉はないものとして扱われかねない」


「そうでござるが……」


「大丈夫よ。さっきも言ったけど、殺すつもりなら殺されてるわ。それに、ここでゴネて話をややこしくしたくないでしょう?」


 暫く逡巡しゅんじゅんしていたジョウゲンだが、苦いものを飲み込むような顔で頭を下げた。


「すまないでござる」


「ジョウゲン!」


 ポンタが信じられないと言った様子で、ジョウゲンを睨み付ける。


「失礼」


 ジョウゲンは流れるような動作で椅子から落ちると、地面を滑るように這い、ポンタの背後へ回った。

 ジョウゲンの腕が蛇のように蠢き、ポンタの首に巻きつく。ポンタがジョウゲンの腕を掴む時には、すでに首絞めが決まっていた。


「うっ、ウウウウーーー」


 太い足を振り回してポンタが暴れる。しかし、ジョウゲンの腕は首から外れない。次第にポンタの動きが鈍くなり、ついにはポンタの腕から力が抜け落ちた。


「お見苦しい所を見せていしまったでござる。拙者とポンタ殿は、砦へ事の次第を伝えに行かせて頂くでござる」


 ジョウゲンはポンタを背に担ぐ。小柄なジョウゲンがオークのポンタを担いでいると、腰のみをつけた肉の塊が動いているようにしか見えない。ジョウゲンの顔も、ポンタの太やかな胸肉に埋まり、一体化している。


「ポンタ殿は軽いでござるな。まるで綿が詰まっているようでござる」


 そりゃそうだろう。そうでなかったら、あのデブというかブタ体型で飛んだり跳ねたりできるわけがない。

 ジョウゲンは軽い足取りで、陣の外へ向かう。


「カール殿、リシェル殿。どうかご無事で」


 ジョウゲンは陣を囲むリネンの前で立ち止り、苦渋に満ちた声を絞り出した。

 悪い、ジョウゲン。

 事実を話すことができれば、あそこまでジョウゲンやポンタに辛い思いをさせなくてよかった。

 だが、それはできない。

 話せば、二人は責めるだろう。もしかしたら、裏切者と罵られるかもしれない。そうなれば、二度と人として生きていけなくなる。

 万が一にもその可能性がある以上、俺は怖くて何も言えなかった。

 草を踏みしめる足音が次第に遠ざかる。耳を澄ませても聞こえなくなった頃、リシェルが口を開いた。


「で、ラコントルファソン様、何でこんな所に来られてるんですか?」


「やっぱり説明が必要だよね」


 ラコントルファソンは白髪交じりの髪をかきながら、曖昧な笑みを浮かべる。


「僕も君から話を聞きたかった。だから君と、そっちの魔族、カールでいいのかな? 君にも残ってもらったんだ」


「やっぱりそう言うことですか」


 話の繋がりが分からない。聖女様の誘拐を阻止したのは、もう二ヶ月も前だ。その情報はすでにラコントルファソンの耳にも入っているだろう。

 俺とリシェルは、主にリシェルの所為で、旅の行程が遅れた。そう、リシェルのお蔭で、本来一ヶ月で到着する道のりに、倍の時間を使ったんだ。

 リシェルのように、そう、リシェルのように真っ直ぐ目的地へ向かわず、トラブルがあれば顔を突っ込み、トラブルがなければトラブルを生み出す馬鹿でなければ、とっくの昔にこの最前線まで来ているんだ。

 つまり、聖女様誘拐阻止の成否については、すでにラコントルファソンも知っていなくてはおかしい。

 首をひねっている俺に、リシェルがヤレヤレと言いたげに肩をすくめてみせる。


「あのね、カール。わたしが過激派の計画を阻止してから二ヶ月、何の連絡も取れなかった。そうなれば、事情を知りたいと思うのは当たり前でしょう」


 ああ、そう言えば、そうだ。

 リシェルが他の奴と連絡なんて取れるわけがないし、魔王へ手紙を届けるような人間はいない。普通に連絡が取れてなかったのか。


「そうだね。過激派はサーキと連絡が取れず混乱中だ。今のうちに手早く停戦準備をしたんだけど、肝心のサーキがどうなったんか分からないんじゃあ、危なくて仕様がない。」


「停戦交渉やってる脇から、サーキ様が人間側を攻撃したら、二度と停戦なんてできなくなりますね」


 なるほど、あの事件の顛末はそれだけ重要だったのか。

 ん、ちょっと待て、それじゃあリシェルさんはそんな重要な事を連絡せずに、のんびりと遊び歩いてたんですか!

 分からん。この女が何を狙って、そんな事をしたのか全く分からん。


「だから、君からの情報を一番で手に入れるため、そして冬の間に嫌戦空気を人間側、魔族側、双方にふりまくため、僕はここにいる」


「ラコントルファソン様が前線に立たれたら、本国はもう戦争どころじゃないです。現状維持が精一杯でしょう。本国の士気は確実に落ちますね」


「そして、人間側も勇者が束になってもかなわない存在があると分かれば、戦争による利益追求は難しいと判断するだろうね」


「ちょっと待った」


 俺はリシェルとラコントルファソンの説明を止める。


「戦争で利益って、そんなのあるわけが「あるわよ」


 俺の疑問にリシェルがかぶせて否定して来た。


「前線や直接戦っている国は疲弊するわ。だけど、その国を支援する国は戦争をしたらしただけ利益になるわ。戦争で消費される武器、防具、食糧、建材、命、どれも高値で引き取ってくれるはずだから」


 ああ、そういう連中には心当たりがある。商人の中でも、あまりに特異な位置にいるせいで、俺も含めて他の商人達からは嫌厭されている。


「死の商人達か」


 リシェルとラコントルファソンが頷く。


「今はそれを国や光神教がやってるのが問題なのよね」


「そうだね。だから、なかなか停戦させづらい。大きな岩が転がると止めるのが大変なのと同じで、大きな団体同士が戦うと中々止まらないのさ」


 なるほど勉強になるな。大きな団体同士が争うと止まらないか。

 だから、でかいギルド達はややこしい契約を何度も結ぶのか。止まらない争いを回避する為に。

 あれ、これって結構、重要な話じゃね?

 何で俺に聞かせてるの?

 まさか、これがいわゆる冥土の土産と言う奴か。


「あの、今更なんですけど、俺にこんな話していいんですか? 一応敵ですよ」


 俺が恐る恐る尋ねる。


「だけど魔族だし、人間側でのリシェルの協力者なんだろう。そうでなかったら、君の前でリシェルが色々話すわけがない」


「カールは人間よりだけど、今回の停戦には賛成派でしょ。それにわたしが魔族で、魔王直属の特殊部隊一員だと知ってる。今更隠すことないわ」


 随分、のんきな話だ。

 それでも隠したほうがいいんじゃないか?

 いや、違う。俺程度になら、話しても問題ないんだ。

 俺がここでの話を誰かに話したとして、誰がそれを信じる。ポンタ、アースタ、ヒルデルカ、次点でコーズくらいだ。全員勇者だが、大勢を動かす権力はない。

 仮にあいつらが上に話しても、情報源が俺じゃあ、上の人間、国王や大司教様が動かれることはないだろう。

 だから、こんなにも無防備に話していられるんだ。

 悔しいと思うところはある。とは言え、荷物持ちが持つにはちょっと重すぎる話だ。この場に捨てておけるならその方がいいか。


「話を戻しますけど、ラコントルファソン様からの命、聖女誘拐計画の阻止は成功しました」


 リシェルは少し言いよどむ。先を話すべきか、迷っているように見えた。だが、一度深く息を吸い込み、淡々とした口調で述べる。


「その中でサーキ様及び、お付の兵は死亡しております」


「そうか、あの子は逝ったか」


 ラコントルファソンが悲しげに眼を伏せる。


「良く本を読んでいて頭のいい子だった。その頭の良さで国を豊かにすると言っていたのに、どうしてこうなったんだろうね」


 ラコントルファソンは視線を落として、寂しそうにつぶやく。誰に尋ねたのかも分からない問いに、俺もリシェルも何も言えなかった。


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