妄想から始まりKIMONOで終われ
目の前に大樹がある。辺りは草原で、大樹の後ろ、少し離れた所には森。
また、この夢か。
俺は夢の中でため息を吐く。この夢にはウンザリしていた。
この二ヶ月、ずっと同じ様な夢を見続けているんだ。飽きて当然だ。それがあんまりにも情けない妄想の類なら、なおさらだった。
「キィェェェェェイィィッ」
視界の端から、白髪頭の爺さんが奇声を上げて大樹へ向かって突撃する。手に持った突撃槍をフラフラと揺らしながら、のたくった様に走る様は記憶通りだ。
爺さんは寄りかかる様に大樹へ突撃槍を突き立てる。先端が爪の先ぐらい大樹へ突き刺さった。
気狂い騎士。
毎日、毎日飽きもせず、村外れの大樹に突撃槍を突き立てる。そんな爺さんを見て、村の皆がつけた字だ。
子供の頃は何で皆、爺ちゃんを笑うんだ、と思ったが、今見るとこれは酷い。
全身を汗だくにして、唾や涙やらをまき散らせながら、走る姿はどう見てまともじゃない。安っぽいすり切れた服もあいまって、狂人と言われれば、そうなんだと納得できる風貌だった。
両親がやめさせようと頭を悩ませていた理由がよくわかる。
「キィィィェェェェ、ゴッホ、ゴホ」
再度、大樹へ突撃を賭けようとした爺さんが、胸に手を当てて苦渋で顔を歪める。
歳なんだから無理するなよ。
と言うか、そろそろ目を覚ませ俺。また見たいのか? あんな痛々しい妄想を!
俺は何とか目を覚まそうと、頬を抓ったり、瞼を何度も開閉させるが、夢からは逃げられなかった。ちなみにこの場から走り去った事もあったが、疲れるだけで、いくら走っても景色は変わらない。
流石は夢。いらんとこだけ理不尽だ。
「じーちゃーん」
「しーにーぞーこなーい!」
男の子と女の子の声が聞こえた。
ああ、来たかぁ。
もはや諦観の念で、肩を落とす。
弱々しく声のした方を振り返ると、鼻の垂れたクソガキが一匹と美少女がいた。闇夜の様な黒髪はつややかで、黒曜石が埋め込まれた瞳は爛々と輝いていた。しなやかな四肢は歳相応のほっそりとしたものだが、その肉を包む肌は処女雪の様に淡いミルク色で、薄らと中の赤みが透けている。
なれない詩人的な比喩を使いたくなる位綺麗な女の子だ。歳は俺より二歳上と言う設定だから、十歳だ。
肝心の顔? そんなのこの時の俺の好みど真ん中に決まってる。
「ん、おお、来たか二人とも。相変わらず、仲がええの」
爺さんが、クソガキと美少女がつないでる手を見て笑う。
クソガキは顔を真っ赤にしてうつむくが、美少女は逆に胸をそらした。
「ええ、そうよ。だってカールはわたくし様のものだからね」
「ふぇ、え、えっと……う、ん」
「むー、声が小さいっ!」
「う、うんっ! 僕も大好きだよ」
「えへへ、よくできました」
ちゅー
何があったかは言いたくない。
ああああああああああ、殺せ、俺を殺せぇぇぇぇぇ。
あんまりな妄想に、俺はのたうち回った。
えー、気づいてらっしゃる方もいると思いますが、顔を真っ赤にした猿みたいなクソガキは、わたくし、カール・マッケントニーであります。八歳の頃の自分です。
爺さんはわたくしの祖父。村では気狂い騎士と呼ばれていたちょっと困った爺ちゃんです。
そして最期になりますが、この将来、王族に見初められてもおかしくない美少女は…………俺の妄想です、はい。
笑わば笑え。美少女幼馴染が何の理由もないのに俺にゾッコン? そんな嬉し恥ずかしイベントなんてなかったよ、畜生。
確かに爺さんが生きてる間、爺さんの昼飯の運搬は俺の仕事だった。だが、しかし、こんな美少女と一緒だった事はない!
つまりこの美少女は、俺のあふれ出る欲望が形となった妄想なんだ!
あー、死にてー。綺麗な姉ちゃんに裸で迫られる夢ならまだ笑えるけどさー。なによ、これ?
超絶美少女が、クソガキに、ゾッコン?
どんだけイージーにモテたいんだよ、俺。
俺がどん底まで落ち込んでいると、遠くから何か聞こえてきた。
「……か…………かー…………カール、カール」
俺を呼ぶ声だ。そういえば肩に圧迫感がある。誰かに揺すられているんだろう。
どうやら、ようやく、目が覚めるみたいだ。
そう思うと、急速に目の前の景色が嘘くさくなってくる。先ほどまで感じてた風も、草と土の感触も、全て作り物めいてきた。爺さんや八歳の俺、そして美少女も、人形の様にチープに変わる。
ふぅ、これで今日の地獄は終わりだな。
不意に美少女の首が曲がった。それは操り人形の首と同様に、首から上だけが音もなく回る。
「またね」
耳元を美少女の声が擽る。
冗談じゃない。こういう、恥ずかしすぎる夢はもうごめんだ。
「ばいばい」
俺はもう二度と会いたくない。そんな気持ちを込めて言った。
気づけば、目の間にリシェルのピンク色の瞳があった。
「起きたわね。そろそろわたし達の番よ」
「ああ、分かった」
起き上がると、目の前に未完成の外壁が姿を現す。木製の外壁正面は出来上がり、外壁の反対側、街の中から槍を持った兵士が俺達を睨み付けている。
だが、左右に首を振ると、大きな槌で木の板を地面に叩き混んでいる工兵の姿があった。
「戦況が芳しくないのかしらね?」
リシェルが街を出る人達を指す。
街から出る人達は、背や台車に家具や服を大量載せている。下は母親に抱きかかえられた赤子から、上は台車の上で寝たきりになった老人まで、ありとあらゆる世代が街から出てくる。どの顔も一様に暗い。
当然だ。自分達の街を捨てて、逃げなくてはいけないんだ。
近くの街までの数日間、盗賊や動物、魔物に襲われるかもしれない。
次の街に逃げても、仕事が手に入るとは限らない。寧ろ、仕事が手に入る方が珍しい。余程の腕があっても、新参者に厳しいのが世の常だ。
更に、もしこのラネージュに帰ってこれたとして、その時、街が存在しているかどうかすら怪しい。荒れた畑。朽ちた家屋。そして、大量の死者。元通りになんてなるわけがない。
「と言うより、万が一の備えだろう。ここラネージュの北にある砦まで、魔族が来てるんだ」
街に入ろうと順番待ちしている奴らを見据える。
どいつもこいつも皮鎧や金属鎧を身に着け、腰には剣をさしている。服や鎧の隙間から除く肌には、無数の切り傷の痕が見える。顔は言わなくてもわかるだろうが、皆さん非常に好戦的な顔つきだ。特に目がギラギラしていて、飢えた獣を思い出させる。
傭兵やフリーの紋章持ちだろう。戦争の匂いを嗅ぎつけて、やって来たんだ。
普段ならこれだけの人数、絶対、街に入れないだろう。ちょっとした諍いで、街が崩壊しかねない。
「ふぅん、でもコーズとかヒルデルカ位使えそうな奴はいないわね。こんな有象無象で大丈夫なの?」
間髪入れず、暴言を吐いたリシェルの脳天を叩く。
この馬鹿っ! 誰かに聞かれたらどうするんだよ。世の中には言っちゃいけない事実があるんだ。
辺りを見渡すが、どうやら誰も聞いていなかった様だ。
俺は、ほぅっと胸をなで下ろした。
「痛いじゃないの」
「誰かに聞かれたら、どうするんだ。下手したら喧嘩だぞ」
「あら、いいじゃない。その時は叩きのめしてあげるわ」
「それで不審者として、門前払いされるのか。嫌だぞ俺は」
俺が冷めた目でリシェルを睨み付ける。リシェルは罰が悪そうに、明後日の方向を見る。
「あ、カール。衛兵が呼んでるわよ」
リシェルが自分の手荷物を持って、そそくさと門へ向かう。
逃げたな。後で説教だ。
リシェルに人としての常識を仕込もうと、これで何度目になるか分からない決意を胸に、俺もリシェルの後を追った。
門前で声を嗄らしていた衛兵が俺達に気づいて、近づいてくる。
「えー、君がカール・マッケントニーでいいのかな?」
「はい」
俺は懐から合札を取り出し、衛兵に渡す。衛兵は手首に吊るした合札の束から一つ札を摘まみ、俺から受け取った札と合わせる。
合札は一つの絵札を二つに割ったもので、時折、光神教や商人が順番待ちで使う事がある。
誰か知らないが、軍に光神教か商人ギルドの関係者がいるんだろう。もしかしら、この衛兵達が光神教から派遣された兵なのかもしれないな。
「はい、いいよ。えー、中身は豚肉だね。軍発注の」
「そうです。ちょっと路銀が心もとなくなってしまって」
俺は肉を覆う布をめくり、中身を見せる。
「それで、そっちの銀髪の子は?」
「こいつの護衛よ」
衛兵が目を丸くした。
そうだよな。十四、五歳の女の子。しかも見た目だけは可愛い奴が、俺の護衛なんて信じられないよな。
逆じゃないの? と言いたそうな衛兵に、俺は頷いて見せる。
「まぁ、いいか。それじゃ、ちょっとごめんよ」
衛兵は手に持った槍を、肉の中に突き刺した。二度、三度突き刺して、中に人がいない事を確認する。
この手の補給の場合はよくある事だ。俺としては肉の質が悪くなるから辞めてほしいが、そうもいかない。
昔、補給の中にまぎれた敵兵が砦をおとした事があり、それ以来の慣行だ。抵抗したら、無用な疑いを受けてしまう。
「はい、入っていいよ」
「ありがとうございます」
俺とリシェルは衛兵に頭を下げた所で、俺は一つ聞き忘れていた事を思い出した。
「あ、すみません。勇者 ポンタて知りませんか? この辺りで戦ってるって聞いたんですけど」
瞬間、衛兵の槍が宙を舞った。
「どう言うつもり? いきなり襲うなんて、酷いんじゃない?」
リシェルが手に持った剣を鞘に納める。
俺がポンタの名前を出すと同時に、衛兵が俺の喉めがけて槍を突いてきたのだ。リシェルが剣で槍を弾き上げなければ、俺の喉に穴が開いていただろう。
辺りが騒めき、刺すような視線が四方からぶつけられる。順番待ちしていた紋章持ち達が、野次馬根性丸出しで集まってくる。
なんだ? どうしてこんな事になった? ポンタの名前を出しただけだぞ。
リシェルも要領得てないようで、尻餅をついた衛兵を見下ろしていた。
「どうするの、カール?」
「どうしようも何も、襲ってきたのは向うだ。事情を聞く位しかないんじゃないか」
「やっぱりそうよね」
そうこうしていると、人混みをかき分けて他の衛兵がやって来た。彼らは、倒れている衛兵と俺達を一目見ると素早く円陣組み、俺とリシェルを囲んだ。
「貴様達! 一体、どういうつもりだ!」
正面に立つ衛兵が怒鳴る。
「いや、どういうも、俺が勇者 ポンタについて聞いたら」
俺はそこで口を噤んだ。勇者 ポンタ、その名を出した途端、衛兵達の顔色が険しくなったのだ。
「貴様、その名をどこで聞いた」
「いや聞いたもなにも、俺はポンタの元仲間で、ここに居ると聞いたから会いに来ただけなんです」
顔を真っ青に変えた衛兵達が槍を構えた。その穂先は、体の震えに合わせて小刻みに揺れていた。
あれ、俺、そんなにまずい事言ったっけ?
「そのポンタって、本当に勇者? なんか、犯罪者の仲間と言った時の様な反応じゃない」
「だな。よく見ると、皆、怯えてる感じだし」
さて、どうする? この包囲網を抜ける事は簡単だ。こっちにはリシェルがいる。勇者と互角以上に戦えるリシェルに対して、衛兵達がいくら実践慣れしていたとしても、叶うことはない。それは、衛兵の陰から覗き込んでいる紋章持ち達も同様だ。
とはいえ、包囲網を力づくで突破する事は下策だ。そんな事したら、いかにも後ろ暗い事があります。衛兵の判断は正しいです。そう、言っているようなものだ。そんな事したら、二度とこの街、ラネージュには入れない。
「リシェル、ここは穏便に切り抜けたい。ギリギリまで剣は抜くなよ」
「分かってるわ」
リシェルは掌を掲げて、何も持っていない事をアピール。
じゃあ、話し合いはどうだ?
うん、無理だ。衛兵達は唇まで真っ青にして、余裕がない。あれじゃ、冷静に話し合いなんてしてくれないだろう。
さて、困ったな。
手紙でポンタは前線に居ると言っていた。となれば、この街かこの先の砦、どちらかに居るはずだ。ポンタの性格を考えれば砦だろう。
砦まではここから約一週間かかる。この場を逃げて、砦に向かうには水と食料が心もとない。
砦にポンタがいない場合は、こっちに戻らなきゃいけない事も考えると、出来るだけ穏便に済ませたい。
頭を回すが、いくら回しても空回りしかしせず、いい案は思いつかない。
衛兵達もリシェルの腕前を聞いたのか。一定の距離を取って囲んだまま動かない。
そんな煮詰まって状況を、澄んだハスキーボイスが貫いた。
「これは、何の騒ぎでござるかっ! 誰ぞ、責任者はおらんのでござるかっ?」
ござる?
聞きなれない訛りに首を捻る俺の前で、人混みが二つに割れた。花道を作るように割れた先には、小柄な少年がいた。
黒髪をポニーテールに結び、透けそうな白い肌が美しいコントラストを作る。
服装は奇妙の一言に尽きた。上はガウンかベストの様なものの襟を胸元で左右に重ね、下は裾が妙に広いズボンを腰帯で縛っている。
確か東国の民族衣装、KIMONOだったか。
昔、服集めが趣味の好事家が、自慢そうに見せびらかしていたのを覚えている。
少年の顔立ちは中世的で、女と言われても信じてしまいそうになるが、それはない。なぜなら、東国、特にKIMONOを着る民族では、女、子供が剣をさす事は許されない。
少年の腰にさしてある剣は、彼が一人前の男だという証だ。
「再度、問うでござる。この騒ぎは何でござるかっ! 説明するでござる!」
少年が一歩、一歩、近づいてきた。その眼は険しいが、俺とリシェルだけでなく、衛兵達も睥睨している。
俺達と衛兵達。どちらに非があるのか決めかねているのだろう。
「あいつなら、話が通じるんじゃない?」
「だと、いいな」
リシェルの楽観的な願いに、俺も心の底から同意した。




