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128組の勇者達  作者: AAA
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プロローグ

 薄暗い小屋の中、俺が手を挙げると布で仕切られた外から上半身裸の男が入ってきた。男の手には縄が握られ、その先は豚の白い足につながれていた。

 この先で受ける事が分かるんだろう、男が縄を引く度に豚はヒャンヒャンと哀れな声を上げる。豚は男の手から逃れようとその短い四肢をつっぱらせるが、その抵抗は弱々しい。

 まぁ、この二日間水しかあげてないんだ。元気があったら、その方が怖いわ。

 俺が後ろに目くばせすると、小屋の隅にいた小柄な男が頷いた。小屋はちょうど豚の背位の高さの衝立で二分されいて、俺はその衝立に背を向けた状態で立っている。

 小柄な男は手に持った袋を衝立の反対側、丁度、俺の背後辺りに袋を置き封を開けた。

 豚がぴたりと抵抗をやめる。先ほどまで哀れに鳴いていた鼻をうごめかし、何かを探すように辺りを徘徊する。

 豚は俺の方を向くと、一瞬体を止めてから、猛スピードで突撃してきた。

 げ、まだまだ元気じゃないか!

 俺が慌てて横に跳ぶ。

 豚は勢い変えず、衝立に衝突する。ずんぐりとした首を天に向け、何とか衝立を乗り越えようとしていた。

 小柄な男が持っていた袋の中身は、豚の餌だ。二日間、断食させられたいた豚にとっては、是が非でも食べたいものだろう。

 豚は衝立に首を引っかけ、宙に浮いた前足が乱暴に暴れている。

 うん、実に処理しやすい状態だ。


「聖神様の恵みに感謝を」


 俺がつぶやくと、上半身裸の男と小柄な男が目をつむり黙祷もくとうをささげる。俺は手に持った斧を天高く掲げて、豚の頭を分断した。

 豚は悲鳴を上げる間もなく首を吹き飛ばされる。あたりに血が跳び、足元の桶に生暖かい紅が滴り落ちる。

 小柄な男と上半身裸の男が、それぞれ豚の頭と体を抱えて小屋か出ていく。入れ替わりで、今度は桶を持った男が入ってきた。次の豚の為に掃除をする奴だ。

 男の後ろを覗き見ると、十数頭の豚がピンク色の鼻を蠢かせて、自分の番を待っていた。

 まだまだ先は長そうだ。

 その後も両手で数えきれ位、斧を振った。日が一番高くなってきた頃、鐘四つが鳴り響き、俺は豚の屠殺とさつから解放された。

 俺は小屋の外へ出ると、大きく背を伸ばす。吹き付ける風が身を焼くが、太陽の月にしては存外温く、ここがラルネより北にある事を、嫌でも実感させられる。


「はい、カール。食事よ」


 突如、俺の目の前に串焼きが現れた。ハーブを表面に張り付かせ、全面薄茶色に焼かれたそれを受け取る。


「サンキュー、リシェル」


 串焼きの向うから、銀髪の美少女が姿を現す。ゆっくらとした唇は紅を付けていないのにリンゴの様に赤く、特徴的な桃色の瞳は官能的な輝きで男を惑わしそう……と言えば、どれだけいい女なんだろうと思うが、性格はお姫様気質で、我儘かつ空気を読まない。ぶっちゃけこの女を嫁にする奴は馬鹿と無謀と蛮勇を併せ持った奴しか思いつかない。

 その事を、この二か月。こいつと一緒に北を目指した旅でよく分かった。


「なんか失礼な事、考えてない?」


「いえいえ、別に何も考えておりませんよ」


「本当?」


「本当、本当、だから、首に回した手を放して頂けませんか?」 


 俺の首に触れているリシェルの指を引き剥がそうとするが、石像のようにビクともしなかった。そのほっそりとした指からは想像できないが、魔族であるリシェルの身体能力は俺を凌駕する。

 うん、リシェルがちょっと力を入れたら、俺の首吹っ飛ぶね。さっきの豚みたいに。

 暫く、目を細めて俺を疑っていたリシェルだが、首から指を離す。


「ま、いいわ。それで、どうだった?」


「やっぱり駄目だった。力は全部、左手に吸い取られる」


 俺は力なく首を横に振った。右手の甲を掲げて見せるが、そこに掘られた紋章は何の力も宿っていない。

 荷物持ちの俺が精肉屋の手伝いをしていたのは、小銭稼ぎの為じゃない。俺の持つ紋章に力を吸い取らせられないか実験していたんだ。

 諸般の事情で、俺は人間としての命をすべて紋章の力として吸い出し、魔族になってしまった。何とか人間に戻ろうと、大量の力を紋章に吸収させようとしていた。

 紋章から出ていったんだから、紋章から入れればいい、と言う理屈だったんだが、全然上手くいかない。


「となると、殺した相手の性質の問題でもなさそうね」


「ああ、そうみたいだ」


 当ての一つが潰れた俺は、肩をがっくり落とす。

 これまで、山賊を返り討ちにしたり、魔物を狩ったりしたが、力は全て魔族の力を持つ左腕に吸収されてしまった。殺した相手が悪だからか? と今度は善に属する家畜の屠殺を手伝ったんだが、効果はなかった。

 手に入れた力を紋章に吸収させるのは無理そうだ。


「そうなると、後の当ては例の?」


「勇者試験で仲間だった僧侶のポンタだ。あいつなら、何か知ってると思う」


 俺は脳裏に、でっぷりとしたオークの豚面を思い出す。好みの分かれる奴だが、回復魔法の腕は勇者試験にいた奴らの中でもピカ一だった。

 あれで、オークじゃなけばなぁ。


「そいつ、そんなに知識量があるの? 回復魔法系なら、光神教に聞いた方が良かったんじゃない?」


「光神教は聞いた瞬間、殺される。魔に墜ちた背信者め! てな。そんな所に、魔族を人間に戻す方法があるとは思えない」


 うん、レティシア様なら躊躇わず斬首するだろう。


「あー、確かに」


 俺が無理無理と首を振ると、リシェルもあっさり納得した。恐らく、同じ人を思い浮かべたんだろうな。


「それにポンタは、未開の出身だ。俺達の知らない事を知っていてもおかしくない」


 この世界の外、南にある内海を挟んだ反対側にある未開と呼ばれる土地。そこには俺達とは違う、一種独特な世界があるらしい。

 多くの商人が人や香辛料、珍しい動物、食べ物を求めて、海を渡っている。


「未開? 確か、全身泥を塗りたくった奴らが、草や獣の生皮を張り付けてるんだっけ?」


「らしいな。実際向うに行った事はないが、何人か奴隷と話した感じ、農民より純朴で近視眼的だったな」


 未開から連れてきた奴隷には何人かあった事がある。みんな肌が黒く、嘘を吐くとか騙されるとか考えた事もなさそうな感じだった。


「奴隷? あー、そっか、人間はあいつ等を奴隷としてこっちに連れてきてるんだっけ。それが勇者?」


 リシェルが柳眉をゆがめる。

 当然の疑問だ。誰でも受ける事が出来た勇者試験でも、奴隷まで許可されたわけではない。そして未開の住民は、奴隷としてしかこっちには来られない。


「ポンタは自分を自分で買い取ったらしい。元々持っていた回復魔法のお蔭でな」


「へー、向うにも紋章ってあるのね」


「昔、俺達のご先祖様が持って行った奴がな」


「なるほどね。それはそれとして、そろそろ食べたら、それ? 冷めてるわよ」


 リシェルの言う通り、先ほどまで熱かった串焼きの串が、今では体温と同じ程度になっていた。

 誰の所為だよ! と突っ込みたいが、我慢だ。今、突っ込んでも、そんなの喋りながら食べないカールが悪いんじゃない、と言い負かされるだけだ。

 これは逃亡ではない。適応だ。

 俺は温くなった串焼きにかぶりつく。塩の効いた豚肉は冷めて十分美味しく、あっさりと胃の中に入っていった。


「兄ちゃん、終わったよ」


 小屋から上半身裸の男が顔を出す。


「あ、はい。今行きます……リシェル、預けてた背負いバックを返してくれ」


 リシェルから背負いバックを受け取った俺は、木製のバックを分解し組み立てなおす。荷物持ち用の背負いバックは、組み替える事で小型のリアカーにもなるのだ。リアカーにすると、機動力を削がれるが代わりに積載量が三倍増になる。

 俺と男がリアカーに肉を載せる。山の様に盛られた肉は、大体大人十人分位の重さになる。リアカーの車輪が微かに悲鳴を上げた。乗った肉が崩れないように、布と縄で固定する。

 男は肉山を見ながら、心配そうに言う。


「ほんとに行くんかい? この先は本当に危ないよ」


 ああ、いい人だな。荷物持ちの心配をしてくれるなんて。とは言え、行かないわけにもいかない。


「これも仕事だからね」


 俺は肩をすくめて笑う。


「そうかい……そうだね。仕事じゃしゃーないね。気を付けるんだよ。最近、難民が増えてる。戦況は悪そうだ。おら達も何時、ここまで魔族が来るか戦々恐々してんだ」


 顔を真っ青にした男がブルっと身を震わせる。


「そうね。ここは前線と目と鼻の先だし、どこか当てがあるなら逃げた方がいいわよ」


「リシェル!」


 この魔族、いきなり横から口出して、なんて事言ってんだ。そう言う意味のない忠告は嫌味にしかならんぞ。


「ハハハ、おら達みたいな貧乏人が街の外に出たら、すぐに殺されちまうよ。ここで魔族が来ないように祈るしかないさ」


「すみません。こいつ、歯に衣着せない奴で」


 俺はリシェルの頭を押さえて、何度も頭を下げる。幸い男は笑って許してくれたが、ふざけんじゃねぇ若造が! と怒声が拳と一緒に来てもおかしくない。


「いいよ、いいよ。そうはっきり言ってくれると、こっちも腹を据えられるってもんだ。しっかり、連合軍の支援をしてやらないとな。頼んだよ、荷物持ちの兄ちゃん」


「はい」


 男が肉山を叩きながら遠くに視線を向ける。

 俺も同じ方向を見る。

 方角は北、広々と広がる草原。今は見えないが、その先には街、ラネージュがある。魔族と人間の戦争の最前線だ。

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