技名とネーミングセンスと威力
グリンの姿が完全にテントの中へ消えた。
それまで息を殺して草陰にへばり付いていた俺達は、一歩後退する。作戦会議だ。
このまま突っ込んで、逃げられたり、聖女様を人質にとられたら、もう対抗する手段がない。ここで確実に聖女様を取り戻さなくちゃならない。
最初に口火を切ったのはヒルデルカだった。
「さて、どうすかね。見張りは入り口に二人と、左右に一人、テントの裏側にも居るだろうから、少なくとも五人」
「聖女様が心配だ。このまま突撃しよう」
コーズがいつの間にか呼び出した宝剣を片手に、テントを指差す。忙しなく体を揺すっていて、今にも飛び出してきそうな様子だ。
焦りすぎだな。魔族はこっちに気付いていないんだ。ここはしっかり作戦を立てる方が正解だ。
皆、そう思ってるだろう。
「いや……まぁ、それしかないんだけんどね。もうちょっと言い方があるんじゃない?」
リシェルが大きく肩を落とした。
やっぱり、コーズの話は呆れる位、考えなしなのか。だから、リシェルも呆れながら、賛成して……て、賛成っ!
何で賛成してるんだ。ここは作戦を立てるところだろう。
て、あれ、何でヒルデルカも頷いてるんですか?
ここはみんなで、コーズの考えなしっぷりと叱るところでは?
俺の混乱に気付いてないのか、三人はそれぞれの獲物を手にする。このまま、すぐにでも飛び出しそうだ。
こいつら全員、疲れとグリンに追いついた事で、ハイになってるんじゃないか。止めないと、猪みたいに突っ込むぞ。
「いや、待て、待て、待て、待ってくれ。せめて二手分かれて、陽動とかじゃないのか? 正面からなんて、無謀にも程があるぞ」
「この男と同意見とは気に食わないが、聖女様のお体がかかっている。もっと慎重にやってもらいたい」
コーズが、そうかな、と首を捻り、リシェルとヒルデルカが困ったように唇をすぼめた。
あれ、何か俺、変な事言ったか。と言うか、レティシア様と同意見なのが、非常に不安だ。
「ヒルデルカ。わたしじゃ角が立つから」
「あー、カール、レティシア様、二人の意見はもっともなんだけどね。今回は、そう言う悠長な手を使ってられないんだよ」
悠長? 言われる程、手の込んだ事をしたいわけじゃない。せめて、逃げ道を塞ぐ位の保険が欲しいだけだ。
「相手に気付かれないように裏手と正面から挟撃するだけでも、逃げられる心配が減るんだ。少しは作戦を練った方がいいんじゃないか?」
「ここにあたいらが居る事に、相手は気付いてるんだよ。これから裏手に行こうとしても、気配で察知されるさね」
「馬鹿な。この暗闇の中、そう簡単に気付かれるものか」
俺もレティシア様の意見に賛成だ。テントの周りは少し開けた場所になっているが、松明や焚き火はやっていない。見張りの魔族達の姿は、薄っすらと浮かび上がる程度にしか見えない。
向こうがこっちに気付けるとは思えない。
大体、気付いていたら、なんらかの反応があるもんじゃないか?
「あたいらは聖女様を追いかける為に、急いでここまで来たんだよ。隠密行動なんてやってないんだ。枝の折れる音、草の擦れる音、獣の不自然な遠吠え、これだけ五月蝿くしていて気付けないのは間抜けかアホだけさね」
確かに移動速度だけを重視したから、かなり五月蝿くしていた。
うん、ヒルデルカの言う通り、気付いてなければ、耳が聞こえないのか、寝ていたのか。よっぽどの馬鹿でなくちゃ、気付いてるな。
「その上で、気づいてないように振舞ってるのは、罠、と言うより、時間稼ぎだろうさ」
そこまで言われて、合点いった。
「俺達がここに居る事に気付いている事を隠して、俺達に無意味な作戦会議をさせる為」
「そして、その作戦準備中に、テントの中では私達に対する備えと逃亡準備を進めるわけか」
レティシア様も分かったようだ。
「そう言う事さね。あっちにはグリンが居るからね、こっちの構成はばれているし、時間をかけるわけにもいかない。つまり、突撃しかないんだよ」
流石、戦闘系。こういう時の頭の回転は一つ、二つ、飛びぬけている。
「あー、成る程ね!」
そんな俺の感動を、コーズがぶち壊してくれた。
「いや、お前、分かってて突撃、言ったんじゃないのか?」
「いや、なんとなく、時間をかけたらまずい気がしたんだ」
勘かよっ!
それで正解を引ける辺り、こいつの頭の中はどうなってるんだ?
「ま、そんな事、どうでも良いじゃないか。今は聖女様だよ」
「ああ」
釈然としないが、コーズの言う通りだ。
汗で濡れた剣の柄を袖で拭き、手首と剣をヒモで結んだ。これで、汗や血で滑って、剣がすっぽ抜ける心配はない。
「先頭はあたいとリシェル、コーズは一歩後ろで、あの溜め技を準備していておくれ」
ヒルデルカが全体の指揮を執る。
「溜め技? どの技の事かな?」
「あの鎧の魔族から逃げる時に撃った奴だよ」
「ハイパーシャイニングコーズスラッシュの事だね」
相変わらずのネーミングセンスだな。責任の一端が俺にある所為か、胸がちょっと痛くなる。
「??? 皆どうかした? 何か微妙な顔してるよ」
「コ、コーズ、その技名は」
胸を押さえる俺に、コーズが無邪気な笑みを向けてくる。
胸が、胸が、痛い。
「ハイパーシャイニングコーズスラッシュの事?
前にカールからつけてもらったスペシャルコーズスラッシュの凄い版でピカピカ光ってるからハイパーシャイニングコーズスラッシュて名前を付けたんだよ。格好いいだろう!」
くっ、俺が冗談であんな技名を言わなければっ。
胸を張るコーズを正視できなくて、俺は顔を背けた。
「……そう、だな。うん、格好いいぜ。コーズ」
「だろう!」
こうしてコーズのネーミングセンスはまた一つ段階を上げた。
何とか矯正しなくちゃいけないのは分かってるんだ。
責任が自分にもある事も分かってるんだ。
だけど、子供みたいにキラキラと目を輝かせたコーズを前に、ダサい技名だ、もっと真面目に考えろよ、なんていえるわけないだろう。
「技の名前はそれぐらいにして、レティシア様とカールは更にその後方、回復と援護を頼むよ」
脱線した話をヒルデルカが戻す。
「分かった。回復魔法は後、三、いや、四回は使える。使いどころの指示は頼むぞ」
「分かってるよ。その辺りはあたいがやる。他に適任者も居ないからね」
最前列で戦いながら、全体を見渡して指揮を執る。ヒルデルカの負担が非常に大きいが、他に適任者がいないのだ。
俺とリシェルはレティシア様から信用がない。
コーズは最強の戦力だ。無駄に指揮を執らせるよりは、何も考えず戦わせたほうが良い。
レティシア様は自分から指揮を他人にお願いする位だ。そんなに得意じゃないんだろう。
すまん、ヒルデルカ。苦労をかける。
役割分担も決まり、いざ、突撃しようと言う時に、地獄から搾り出されたような悲鳴が聞こえてきた。
「アァアァァア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァァ゛ァ゛ァァ゛アアア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!」
「聖女様!」
レティシア様が駆け出す。
「チィッ、行くよ」
俺達もレティシア様の後を追って、茂みの中から飛び出した。
突然、飛び出したにも関わらず、見張りの魔族に戸惑いはなかった。すぐに一人が剣を抜き、一人がテントの中に入る。
ヒルデルカの言う通り、気付かれていた。
突撃するタイミングも読まれていたんだろう。聖女様の悲鳴が上がったんだ。俺達が慌てて飛び出てくるのは必然。
クソ、完全に後手に回ってる。
「五人、五人、五人!」
剣を抜いた魔族が、俺達の人数を連呼する。他の箇所を見張っていた魔族が集まってきた。
こっちの人数も把握済みか。
伏兵がいない事を確信しているのだろう、裏手からも鎧の魔族がやってくる。
その数は三人。これで、相手は合計四人。
よし、これならすぐに片付けられる。
コーズ、ヒルデルカ、リシェル、三人とも鎧の魔族を数人は相手取れる実力者だ。余裕だろう。
俺の甘い予想をリシェルが打ち砕く。
「気をつけて! こいつら、直近の兵士よ。昼間に相手にした奴らとは質が違うわ」
前に出たリシェルが剣を振るう。烈風の如き、三連撃。下手に受ければ、剣ごと鎧と中身を真っ二つにしそうな剣戟が三つ。
手だれた紋章持ち、いや、勇者だって簡単には防げない連撃を、魔族は危なげなく受け止めた。
「クウッ!」
リシェルが更なる連撃を撃つより速く、横合いから割って入ってきた魔族が剣を振るう。
先ほどのリシェルと同じ、苛烈な連撃。人を縦に割れるのでは、と思われる鋭さがある。
一
二
三
リシェルが剣戟を受けるが、止まらない。三連では止まらなかった。
四
五
六
七
まだ止まらない。
リシェルが剣で受け、体術で避けるが、防ぎきれない。たまらず、後方へと逃げる。
魔族は追ってこなかった。テントを守るように肩を並べて、布陣している。
クソ、こっちが攻めるしかない事を見透かしてる。
「グヘッ」
「ヒルデルカ!」
呻き声と共にヒルデルカが吹き飛ばされた。
「だ、大丈夫だよ。ちょっと油断しただけさね」
腹を押さえながら立ち上がったヒルデルカの顔色は冴えない。
「昼間の奴とはレベルが違うさね。技の冴えが段違いだね」
ヒルデルカは血の混じった唾を吐き出し、狼の様に笑った。
「けど、力の量はたいして変わらないよ。コーズ、ぶちかましな」
ヒルデルカが横に飛ぶ。
背後でずっと力を溜めていたコーズが現われる。既に宝剣の白光は宝玉だけに収まっていた。
「範囲限定、ミニハイパァァァアァアシャイニングッコオォォォォォズ」
光が溢れ、昼間の様に明るくなる。
「スラッシュッ」
下段から振り上げられた宝剣から光の奔流が、魔族目掛けて放たれた。




