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128組の勇者達  作者: AAA
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追跡と交渉と信頼



 星明りが照らす森の中、グリンの追跡を続けている。

 グリンが残したであろう痕跡、足跡や折れた枝、乱れた草の並び、かすかな手がかりを頼りに走り続けていた。常人なら見つけることが困難な痕跡を、夜間、それも走りながら行う。神業としか言い様のない追跡を牽引するのはコーズだ。

 勇者になると夜目も効く様になるのか、その足取りはしっかりと安定している。

 俺とリシェルの手を牽くヒルデルカの動きにも、危なげはない。

 それどころか二人とも、リシェルを交えて話をするだけの余裕があった。 


「うん、大体は理解した」


「なるほどね。あんたの事情は分かったよ」


 リシェルから、これまでの経緯を聞いたコーズとヒルデルカが揃って頷く。

 どうやら納得してもらえたようだ。助かる。

 ここで仲間割れは洒落にならないし、二人とリシェルの対立なんて御免だ。

 リシェルもヒルデルカも俺の仲間だ。無駄に争って欲しくない。

 コーズ? コーズはどうでもいいんじゃないですかぁ? 今もレティシア様に背負って、胸が背中に、手が太ももとを触って役得してるし。


「事情が分かってもらえて嬉しいわ」


 ん、なんだ?

 リシェルの顔に安堵が見えない。寧ろ、いままでより警戒を強めた様にみえる。


「それで、わたし達をどうするの?」


 コーズとヒルデルカの顔が、苦渋で歪む。

 ああ、二人も分かっているのか。

 リシェルが魔族とばれた以上、俺もリシェルも無事ではすまない。

 魔族は敵だ。しかも、今回は聖女様を誘拐された。結果的にだが、俺とリシェルはその手伝いをさせられたんだ。どう言い訳しても、穏当な処置にはならないだろう。

 まあ、それはもう仕方ない。少なくとも俺はヒルデルカに相談するという選択肢がありながら、放棄したんだ。何されても文句はない。

 だけど、せめてリシェルだけは、助けられないだろうか? こいつは我侭で、空気を読まなくて、いつもいつも余計な事を言っては俺達を困らせて……あれ、助けないほうがいいんじゃなか?

 いやいや、脱線するな。

 色々とあるがともかく、たった二人で敵である俺達のところに来て、この事態を防ごうと頑張ってたんだ。見逃してやれないのか?

 と、状況の改善をつらつらと考えていると、不意にヒルデルカに手を牽かれる。


「ストップ。そっちじゃないわこっちよ」


 リシェルが進行方向と反対側を指差して立ち止まっていた。その為、リシェル、ヒルデルカ、俺の順でつないでいた手が引っ張られたんだ。


「え? こっちの草が踏み倒されていて、あそこには折れた枝が見えるよ」


 コーズが森の奥を指差すが、真っ暗で何も見えない。

 他の奴が言うならはったりかと疑うが、コーズが見えるというんだ。本当に見えているんだろう。

 とんでもないな。


「あれは偽装よ。訓練でよくやった手よ。その証拠に、折れた枝の近くに破片が散らばってるわ。踏まれた折れたなら、破片はもっと当りに散らばるはずよ」


 て、リシェルも見えてるのか。


「本当か? 騙そうとしているのではないだろうな」


 今まで黙っていたレティシア様が敵意をむき出しにした声で問う。どうやら、怪我の治療は終わったみたいだ。

 しかし、困ったな。一番厄介な人が出てきたぞ。


「信じられない?」


「当たり前だ! 貴様ら魔族の言う事なぞ、信じられるかッ! お前とあの魔族グリンがグルになって、こちらを巻こうとしている方がまだ説得力がある!」


「だから、それをやったら、全面戦争になるでしょ? そんな事はこっちも困るんだけど」


 額に手を当てたリシェルに対して、レティシア様の顔に残忍な笑みが浮かび上がる。


「お前、この状況で我ら光神教が魔族を許すと思うのか? 此度の件はきっちり、報告させてもらう。全世界に散らばる光神教の信徒を手に回したのだ!」


 体力があれば、アーハッハッハッハッ、と笑いそうな調子だな。

 どっちが悪役か分からないが、確かにこのままじゃレティシア様の言う通りになるだろう。どうにかして、光神教の矛先を魔族からそらさなきゃまずい。


「だから、戦争回避は諦めて、少しでも有利になろうとして動いてる、と?」


「ああ、貴様は信用できん」


 憮然としたリシェルと激しい敵意を隠さないレティシア様が睨みあう。

 周囲の空気が重い。

 あ~、胃が痛い。原因の一端が俺にあると思うと、すっげえ胃が痛い。

 険悪な雰囲気の二人の間に、ヒルデルカが割って入る。

 流石、ヒルデルカ、頼りになる、年長者。


「確かにレティシア様の言葉にも一理あるさね。だけどね、それならさっき、あたい達と一緒に戦ったのはどうしてさね? あの場でリシェルが敵に寝返っていれば、この中の数人は確実に殺されてたよ」


 数人とは俺とレティシア様の事ですね。足手まといでごめんなさい。


「む!」


 思わぬ方面からの攻撃に、レティシア様の眉が険しくなった。

 さらにコーズが追い討ちをかける。


「それに、俺達が援軍に言った時の御者もリシェルです。もし妨害するなら、あそこで馬車を倒して、援軍を出せない様にしていたのではないでしょうか?」


「……すべて、こちらを欺く為かも知れん」


 レティシア様が明後日のほうを向きながら投げやりに言う。

 引っ込みがつかなくなってるのか。それとも勇者にまで攻撃されて拗ねているのか、どっちにしても難しい状況だ。

 この状況でレティシア様は何が何でも引けない。聖女様を連れ去られ、その仲間であったもの達、しかも魔族を状況証拠だけで、信じる、つまり態度を曖昧にできない。ここで態度を曖昧にしてしまえば、魔族でさえ聖女様を誘拐しても許される、と言外に答えることになってしまう。そんな事は許されない。

 どこかで妥協点を見つけないと、このままじゃ光神教全体の態度まで硬化させる事案になりかねない。


「そこまで疑われるとどうしようもないわね」


 リシェルが深々とため息を吐く。


「魔族の言う事が信用できると思うか? その上、貴様の身内が聖女様を誘拐したのだ。どこに信を置ける!」


「レティシア様、そのような水掛け論をしている場合じゃありません。今は聖女様の奪還に力を合わせないと」


 珍しくコーズが苛立った様子で、レティシアを諫める。

 レティシア様が目を真っ赤にして、コーズを睨みつけた。

 これはまずい、頭に血が上ったか? なんとか仲介しないと、だが、どんな材料がある。


「その力に疑いがあるのだ! そこの男、カールと言ったな。貴様も同罪だ。いや、人の身でありながら、魔族に組する裏切り者! 貴様の方が重罪だ」


 レティシア様の人差し指が俺を指す。

 一瞬だけレティシア様と目が合う。その瞳は怒りで真っ赤に燃えている様に見えたが、そうじゃない、その奥には海の様に深い冷静さが感じられた。

 大商人が交渉で相手に吹っかける時と同じ目だ。

 よかった。レティシア様は冷静だ。まだ、交渉できる余地がある。後は、どうやって交渉のテーブルを作るかだ。


「ちょ、ちょっと待ちな。カールのやり方が軽率だったかもしれないけどね。聖女様をお助けしたくて、手を貸したんだよ。慈悲を差し上げられないのかい?」


「無理だな。聖女様は誘拐され、仮に奪還できたとしても、全員疲れ切っていて、私はこの様だ。もう予定日までに都市ソワールへ到着する事は出来ん。此度の聖女巡礼は失敗だ。その責を負うものが必要だ」


 聖女巡礼の失敗、か。確かにこのままじゃ、日程が足りない。時間があっても、物資がないんだ。


「僕とヒルデルカが聖女様を交代でおぶって都市ソワールへ向います。疲れていても、六日あれば、いえ、必ず六日で到着してみます」


「希望論だな。勇者コーズ貴方がどれだけ優れた武勇を持っていても、最大で五十を越すであろう魔族と戦い無傷ではいられないだろう。勇者ヒルデルカどうようにだ。そんな疲れ切った体、しかも慣れぬ山を迷わず期日どおりにソワールまで移動できると思っているのか?」


「それは……」


「流石に、無傷はないだろうね」


 そう体力はなくなり、怪我をする。そんな体で、移動するなんて無謀でしかない。だがその強行軍をやらせなきゃ、今から一週間以内に都市ソワールに着くなんて不可能だ。

 それでも、どうにかするしかない。

 聖女巡礼の成功、これ以外、レティシア様を交渉のテーブルに着かせる材料はない。


「……間に合えば、問題ありませんか?」


 出した声は自分のものとは思えないぐらい、震えていた。


「できるのか?」


 それを今から考えます。

 取りあえずは時間稼ぎだ。


「今、私達は翌日に疲れが残る速度で走っています。それも予定の行路から離れており、この遅れは一日二日ではすまないでしょう」


 そう、最大の問題は疲労だ。そして、それに伴う飲み物や食べ物の消費増大が一番影響がある。

 だが、それだけじゃない。装備品の損耗が無視できない。十分丈夫な靴を履いてきたつもりだが、この山道を強行軍、それも殆ど手入れをしないで履き続けていれば、途中で穴が開くだろう。

 どうする。


「ですが、後ろにいる援軍の力があれば可能です。かなりの強行軍となりますし、何人脱落者が出るか分かりませんが、無傷の援軍に聖女様をお渡しできれば、間に合うはずです」


 いや、むりだ。援軍に誰が居るのか知らないが、魔族の襲撃の後、殆ど休みなくこっちの援軍に来たはずだ。そんな余裕はない。

 ……魔族。そうだ、魔族なら。


「最大の問題は物資ですが、それも問題ありません。このままグリンを追っていけば、十分な補給が出来る所に到着するはずですから」


 俺は笑みを作ろうとするが、頬が引きつるだけに終わった。


「カール、それは!」


 流石、ヒルデルカ。こう言う時は物分りが良い。

 そう、そうだ。それしかない。


「そう。ここに居る五人だけで、魔族の拠点を襲撃して聖女様を取り戻せれば、何とかなる」


「話にならん。そのような事が出来るわけがなかろう。もし失敗したらどうする。ここは援軍を待ち、それから動くのが吉であろう」


「そんな時間はないわよ」


 リシェルが残念そうに首を振る。しかし、一瞬見えた口の端はつり上がっていた。


「黙れッ、魔族が!」


「そうさね。今は時間がないんだ。だから余計な口をはさまないでくれないかい?」


 レティシア様と何故かヒルデルカまでも、リシェルの攻撃に回るが、ここはそんな事をしている場合じゃない。


「二人とも待てよ。リシェルが魔族には一番詳しいんだ。話を聞こう」


 レティシア様とヒルデルカを宥めると、リシェルに先を促す。


「時間が経てば経つほど、痕跡は少なくなるし、グリンが逃走目標地点まで移動するわ。あいつが、どういうつもりか分からないけど、最初から裏切りを計算してたなら、わたしの追跡は計画に入っていたはず。何処か分からないけど、確実に聖女を連れ出せる手配をしているはずよ。その手配が人なのか、道具なのかは分からないけど、そこまで到着したら追いかけられなくなる」


「それなら、急ごなくちゃ。今は仲間内で争ってる場合じゃない。急がないと、聖女様がッ!」


 コーズが焦れた様に拳を自分の手のひらに打ちつける。何度も、何度も、打ち付けていく。

 大分、焦ってる。目の前でさらわれて、何も出来なくて、ショックだったんだろうな。


「レティシア、取引しましょう」


 リシェルがレティシア様を見据えて言う。

 どうやらレティシア様を交渉のテーブルに着かせる事は出来たみたいだ。取引の言葉を聞いても黙っている。

 これで山は一つ越したな。

 その代わり、俺の交渉材料はなくなった。後は、リシェルに託すしかない。

 頼むぞ、リシェル。せめて人と魔族の全面戦争だけは回避してくれ。


「わたしは聖女様を奪還する為に力を貸す、その代わり援軍が来るまでに聖女様を奪還できれば、この件をなかった事にしてくれない?」


「何が目的だ。魔族」


「コーズの言う事にわたしも賛同だからよ。今は、争ってる場合じゃないわ。こっちも死活問題だから。そっちは無事に聖女巡礼を終えることができ、こっちは全面戦争を回避できる。魔族を信用できなくても、利害関係の一致なら納得できないかしら?」


「取引とは信用できる相手とするものだ。魔族とするものではない」


「残念ね。これなら、カールがわたしに手を貸したのもチャラに出来るから、心苦しさも減るんだけど」


 ここで俺を出汁にするか?

 意味がないどころか、寧ろ、裏切り者に恩赦なぞ! と、火に油を注ぐ事になるぞ。


「!! 確かに良い考えだね。レティシア様、ここはこの取引を受けたほうがいいと思うさね」


 て、思わぬところが喰いついた。

 これが狙いか。

 確かに姉御肌のヒルデルカなら、世話になったり世話した俺を助ける為に、ある程度の口利きはしてくれるだろう。

 しかし、そんな裏技をよくこの場で思いつく。やっぱこの女怖いわ。


「勇者 ヒルデルカ!」


「正直、今は一人でも戦力は欲しいんだよ。その上、リシェルは魔族だ。魔族には精通してるさね。協力できるならした方が得策だよ」


「僕からも、ここは取引に応じるべきと進言します。痕跡を追って相手を追おうにも、僕では偽装と本命の区別がつかず、距離を取られる一方です。ここは彼女の力が必要です。加えて、僕はここ数日彼女の人となりを見てきました。我侭なところがありますが、その人格は野卑されるものではありません。誇りを持っています。取引は十分信用できるかと」


 よし、勇者が二人、こっちの味方になった。これでレティシア様は譲歩するしかない。

 ここで、突っぱねる正当な理由がない。これ以上ごねれば、交渉自体がご破算になる。レティシア様もそれは望んでないはずだ。

 聖女巡礼の成功と言う餌はそれだけのうま味がある。


「……今回だけだ。勇者二人の顔に免じて貴様を徴用する!」


「それはありがとう。で、さっきの条件は飲んでもらえるわけ?」


 リシェルが心の篭ってない礼と共に、条件詰めに入った。


「そのままでは無理だ」


 その反応は予想通り。


「でしょうね。それなら、細かい条件は走りながら、決めましょうか」


 リシェルが再び走り出そうとした時、未だにリシェルの手を掴んでいたヒルデルカが引き止める。


「待ちな! あんたはあたいの後ろで、コーズの前に行きな」


 成る程、真ん中において監視するわけだな。

 それ位の不便は仕様がないか。


「それから、カール。リシェルにおぶってもらいな。移動速度を上げる」


「あ、ああ」


 ヒルデルカが忌々しそうに舌打する。

 何か非常に不機嫌ですが、どうしたんでしょうか? 俺、素直に返事したよな。

 肩をすくめながら、不機嫌なヒルデルカの脇を通りすぎようとした時、聞こえるか聞こえないか位の声で囁かれた。


「リシェルが可笑しな真似をしたら、躊躇わずにりな」


「おい、ヒルッムグ」


 ヒルデルカの手に口を遮らされた。


「いいから言うとおりにしな。そうでもしなけりゃ、あんたが背信徒に認定されるよ。分かってるんだろ」


 いいね、と念を押すヒルデルカ。

 俺が何か反論しようとすると、今度は話の中心リシェルがやって来て言う。


「何考えてるか分かるから、カール、早く来て、時間がないわ。首筋にこの剣でも当てて、それでいいでしょ?」


 リシェルが自分の剣を抜くと、俺に手渡してくる。


「いいのか?」


「良いも何も、こっちはない信用を少しでも上積みしなくちゃいけないの。そうじゃなきゃ、交渉も意見も通らない。なりふり構ってられないわ」


 一度失った信頼は戻らない。同じ信頼を築くには、一回目の十倍以上の苦労が必要だ。

 昔、先輩の商人から聞いた言葉が身にしみる。


「わかった。すまない」


 俺はリシェルの剣を手に取った。

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