素顔に触れて
二人でキッチンに立ち、完成した料理をテーブルに並べ、ようやく夜ご飯の時間がやってきた。
「いただきまーす。……ん!!おいしい!!おねーさんのからあげめっちゃおいしい!」
「…よかったわ」
彼の言葉に安堵しながら、私も唐揚げを口に運んだ。
……我ながら上手くできたわね。それに、いつもよりご飯も美味しく感じるわ。これはやっぱりあれかしら?誰かと食卓を囲むと美味しく感じる、みたいな。
それとも──────
「おねーさんの作るご飯はなんでもおいしいね」
目の前にいる彼が、美味しそうに食べているから…?
「……まだ二種類しか食べていないでしょう。…褒めるのは、早いと思うわ…」
「そうかなー?だってほんとに全部おいしいよ。この先もずっと食べたいって思うもん。へへっ」
そう話しながら美味しそうに唐揚げを頬張る彼を見ていると、調べて出てきた彼とは別人に思えてしまう。
…でも、同一人物なのよね。やっぱり不思議だわ。
「…ん?おねーさん、どーしたの?おれの顔なんか付いてる?」
「いえ。そういうわけじゃないわ。…ただ、その…実は今日、あなたのことを調べたの。知っておいた方がいいと思って」
決して悪いことをしたわけではないけれど、彼に内緒で彼のことを勝手に調べてしまった後ろめたさが今になって押し寄せてきた。
「……モデルのおれ見てくれたの?」
「……えぇ」
「へへっ、そっか。なんかうれしい」
そう言いながら彼が照れくさそうに笑う。
「…嫌だとは思わないの?勝手に色々調べられて」
「えーそんなこと思わないよ。だってこれからしばらく一緒に暮らす人のこと知っておきたいって思うのは普通だと思うし」
その言葉を聞いて、押し寄せた後ろめたさがどこかへ消えていく。
「あなたがそう言ってくれてよかったわ」
「それに…おねーさんがおれのこと知りたいって思ってくれて嬉しいよ」
子供みたいにあどけなく笑ったかと思っていたら
「あっでもあれがちゃんとおれだって認識できる?全然違うでしょ。…モデルの時のおれって」
彼が苦み混じりで笑いながら私に問いかけた。
「…えぇ。全然違っていて驚いたけれど……。…もったいないって思ったわ」
「もったいない?」
ぽかんとしたような顔をして、彼が少し首を傾げる。
本当に、もったいないわ。
「えぇ。だって、普段のあなたも素敵でしょう。その姿を見たいって思う人もいると思うもの」
今みたいなちょっとした可愛らしい雰囲気だって、見せてもいいと思うのに。
「おねーさん……」
「あ…ごめんなさい。口を出しすぎたわね」
「ううん。…ありがとう。おねーさんがそう言ってくれてうれしい」
その言葉と共に向けられた笑顔は、とても優しくて、余計なことを言ってしまったとざわついていた心が落ち着いていった。
すると、彼が何かを懐かしむように話し始めた。
「…最初の頃は普段のおれが出そうになって大変だったな〜」
「あら、そうだったの?」
「うん。だからおれクールでいるために発明したんだ」
「発明…?」
モデルと発明、聞いた事のない組み合わせに疑問符が浮かんでくる。
「そう!…ずばり!あんまり喋らないこと!!」
腰に手を当て得意げに話す彼。そんな姿は、子供みたいで可愛らしいけれど
「それが、発明……?」
あまりピンとはこなくて聞き返してしまった。
「うん!最初はさ、クールってどうすればいいんだろうって思ってて…スタッフの人とかと喋れなかっただったんだけど……それが逆によかったみたいで。いつの間にかクールでミステリアスでかっこいい!って言われたんだ。それで、あっ!これだ!ってなって。……厳密には発明じゃないけど、おれの中では発明ってことにしてる。……そのほうがなんか、かっこいいし」
そうはにかみながら話す彼。「へへっ」と言いながら頬をかく姿は、発明のおかげで知られることはないのだろう。そう考えると……やっぱり、もったいない。
「それに、喋るとおれが出ちゃうからさ。スタッフの人とかと仲良くなれないのは…ちょっと、あれだけど…現場とかで極力喋らないようにって自分で決めたから。今は……うん。おれが出ることはないかな」
「そう、なのね……」
頭の中に浮かんできた彼が、とても寂しそうに周りを見ていた。そんな姿を想像してしまい胸が締め付けられて、なんとも言えなくなってしまった。
そんな私に、彼の視線が向く。
「でも…今は、おねーさんがいるし」
「……!!」
嬉しそうに目を細めて笑った彼に、真っ直ぐ見つめられ、胸の辺りが少しだけ騒がしくなった。
「おれさ、マネージャーといる時でもあんまりおれを出さないようにしてるっていうか…ほら、仕事だし。礼儀?とかは大事かなって思って。……あ、おれ…おねーさんに失礼だったりしてる?」
「いえ。そんなことないわ。私は平気よ。……それに、今は……ここがあなたの家なんだから、リラックスできているなら、よかったわ……」
自分で言っていて恥ずかしくなってしまい、少しだけ逸らした視線は
「おねーさん……。へへっ、ありがとう。おねーさん」
とても嬉しそうな笑い声によって、彼へと引き寄せられる。クールとは真逆のあどけない笑顔。何度か見たその笑顔は、昨日よりも明るいものに見えた。
そんな姿を見て、ここにいる間は、そのままでいてほしい。そんな気持ちが湧いてきた。
彼が自然体でいられるように、できることはあるはずよね、きっと。
「……?おねーさん、どーしたの?」
「…いえ。その……な、なんでもないわ」
自分でも驚くようなことを考えていたせいか、少し上擦ったような声が出てしまい途端に恥ずかしくなった。
変ね。彼が自然体でいられるように、なんて……私がそんなこと考えるなんて。でも、あんな風に笑った顔を見せられたら……と、自分らしくないことを考えていると
「おねーさん、ご飯まだある?」
「えぇ。まだあるわよ」
「じゃあ…おかわりー!」
そう言いながら無邪気に笑った彼が、お茶碗を前に出した。
「…ふふ、私がよそうわ」
「わーい!やったぁ〜」
ほんと、子供ね。でも……彼と食べるご飯は、やっぱり美味しいわ。そんなことを考えながらご飯をよそっていると彼が話を続ける。
「あ、でもね、う〜んってなるようなことばっかりじゃないよ。最近は演技の仕事も来るようになって楽しいし。おれのクールなイメージと役がピッタリでオファーが来たってマネージャーが言ってた。だからクールも悪くないなーって」
そう話す彼の姿は、とても嬉しそうで心から楽しんでいることがよく分かる笑顔だった。
「よかったわね」
「うん!」
そんな彼に、よそったばかりのご飯を渡すと
「わーい!」
満面の笑顔を見せながら、ものの数分でご飯を平らげてしまった。
明日からは多めに炊いた方がよさそうね。あと、おかずの量も増やさないとダメね。なんてことを考えていると
「あ、でもお菓子食べられないのはつらいかなー」
「お菓子?」
先ほどの続きなのか彼がそんな話をする。
「そう。ほらクールな人ってお菓子とか食べなさそうだから」
彼の中の"クール"のイメージがなんとなく偏っている気がして少しだけ呆気にとられてしまった。
「…それで我慢しているの?」
「うん」
そう言って頷く姿は真剣そのものだったけれど
「クールな人でもお菓子は食べると思うけど……」
思わず突っ込んでしまった。
「たぶんそうなんだと思うんだけど……最初にそう思って始めたから、いまさら食べれなくて」
どうやら彼も、あまり気にしなくていいことだと気がついているらしい。それでも自分のイメージを守っている彼の真剣さに、私は心の中で拍手を送った。
「あ、でもマネージャーが持ってきてくれたりするし、気になったのは自分で買ったりしてるよ」
「ふふ。甘いものが好きなのね」
「うん!ケーキとかクッキーとかおれ大好き!!」
無邪気でかわいらしい笑顔で言われると、お菓子を置いておかないと、と思ってしまう。
私も嫌いじゃないし……少しくらいなら置いておくのもいいわよね。
「…おねーさんも、お菓子好き?」
「…えぇ。好きよ」
「そっか。……じゃあ、おねーさんにおすすめのお菓子買っておく!」
「…無理に買わなくてもいいのよ?」
「え?無理とかじゃないよ。おれに出来る恩返しと…おねーさんといっぱいおいしいもの食べたい!ってだけだよ。……いやだった?」
寂しそうな表情を浮かべたまま、彼が首を傾げる。ここで私が頷いたらきっと彼を悲しませる。そもそも、そんな選択肢すら浮かんでいないけれど、ついそんな考えがよぎってしまった。彼の表情が、どうか頷かないでと訴えかけているように見えたから。そんな顔をすぐにでも笑顔にしたくて、私は首を横に振った。
「嬉しいわ。ありがとう、冴島くん」
私がそう微笑みかけると
「おねーさん……」
彼な嬉しそうに目を細めて笑った。そこにはもう寂しさはない。そう感じとることができて、心にあたたかいものが広がっていく。
「……おねーさんって、いい人だよね。すっごく優しい」
「そう…かしら……?」
彼が私をまっすぐ見つめる。
「うん!おねーさんはすっごくいい人。あのさ……おねーさん、ほんとにありがとう。おれのこと…ここに居ていいって言ってくれて。おれ、おねーさんに会えてよかった」
無邪気だけれど、どこか大人びた笑顔。可愛らしさだけではない、彼の"クール"としての一面も混ざっているような笑顔にどうしてだか胸が騒がしくなった。
……気のせい…よね……?きっと、まだ…疲れているんだわ……。
ざわめきの正体が分からず、彼から視線を逸らした。
「……?おねーさん、どーしたの?」
「…! いえ、なんでも…ないわ。ご飯、全部食べてくれたのね」
自分でも分からないものを彼に話すわけにもいかず誤魔化してしまった。
「うん!おねーさんの作るご飯、全部おいしいから。いくらでも食べれる!」
「ふふっ。それなら良かったわ」
微笑ましい気持ちになっていると、彼の口元に視線が吸い寄せられる。
「ご飯粒、ついてるわよ」
彼の口元に手を伸ばし、ご飯粒を取る。
「ほら。ついてたわ。…ふふ」
先ほどのざわめきはどこへやら。彼についた可愛らしいものを取っただけで、頬が緩んでしまう。
そんな私を見た彼が、少しだけ目を見開いたあと
「へへっ。ありがと」
と、へにゃりと笑って見せた。そんな彼を見て、やっぱりさっきのざわめきは気のせいだったのだと自分に言い聞かせた。
こうして、彼と過ごす初めての夕食は、終わりを迎えた。




