知らない視線
次の日。私はお昼休みの時間に彼のことを調べていた。
昨日の夜、彼のお願いを聞いて一緒にベッドに入った私たち。彼は言っていた通り、私を抱き枕にすることなくすぐに眠りについた。安らかな寝顔を見て私はほっと胸を撫で下ろし、眠りにつこうとした。その瞬間、彼の腕が私の方へ伸びてきて、あっという間に抱きつかれてしまう。目の前の彼はすやすやと寝息をたてており、この状況に気づく様子はない。寝返りをうつこともできなくなった私は、落ち着かないまま眠れるまで目を閉じ続けた。気づけば朝になっていて、目の前にいるはずの彼の姿はなかった。リビングのテーブルには
『おねーさんおはよう。直接言えなくてごめん。でも、夜はこの家に帰ってくるから。また一緒に寝よう』
そう書かれたメモが残されていた。モデルの仕事をしているのだから…と思ったところで、彼のそういった部分を私は知らないことを思い出した。そして、今。仕事の休憩時間に彼のことを調べ驚いた。インタビューや雑誌の表紙を飾っている彼は、クールでミステリアス。ファンの人達の反応も、かっこいいで溢れていた。ふわふわとした柔らかい雰囲気も、あどけない顔で無邪気に笑う姿もどこにもない。何より、そんな姿を想像することすら難しいと思うほどかけ離れていた。本当に一人では眠れないなんて私におねだりしてきた人と同じなのかしら……。私の知る無邪気な笑顔と、華やかな世界で活躍する彼を頭の中で比べていくうちに、その温度差に思考が追いつかなくなる。
「へぇ。木乃恵って芸能人に興味あったんだ」
後ろから聞きなれた声が聞こえたかと思うと、私の隣に同期の久坂 祐吾が座った。
「……勝手に覗き込むのはどうかと思うけど」
そう言いながら彼を睨むと、悪気はなかったという顔をされる。
全く…同期だからって何でも許されるわけじゃいの分かってるのかしら。と、呆れまじりのため息が出そうになる。けれど
「見えたんだって。それより、そいつ好きなの?あー、推しってやつ?」
彼を見ていたことを聞かれ、そんなため息も消えていく。
「…違うわよ。たまたま、視界に入っただけよ」
誤魔化すようについた嘘は自分でも恥ずかしくなるほど下手なものだった。気づかれていないことを祈りながら久坂の様子を伺うと
「ふーん………」
何かを考ている様子だった。
…気づかれてないわよね?と、気になったけれど
「それより、最近行けてなかったし飲みに行こうぜ。木乃恵、残業続いてただろ」
久坂のその言葉を聞いて、一人安堵する。
言われてみればそうね。昨日も一昨日も残業だったわ。
「そうね、久しぶりに─────」
と、そこまで言いかけて彼のことが頭に浮かんできた。ご飯、用意しないとよね。何時に帰ってくるのかしら。そこまで考えて、あることに気がつく。バタバタしていて忘れていたけれど…連絡先の交換……してないわ………。一緒に暮らすなら真っ先にするべきことなのに…。
「なんだよ、スマホとにらめっこして。お、もしかして彼氏でもできたか?」
「そんなわけないでしょ。ちょっと、予定とかを考えてただけよ。……それよりも今の発言は無神経よ久坂。他の人には言ってないわよね?」
「言わないって。…お前以外には」
「それならいいけど。……飲みのことだけど、今日はやめておくわ。また今度にしましょう」
そう言いながらデスクへ戻る支度をして
「そろそろ仕事に戻らないと。それじゃ」
私はその場を後にした。
「おう。またな」
「ホントに彼氏じゃないんだよな」
先ほどまでスマホとにらめっこをしていたとは思えないほど凛とした背中を見ながら、一人そんなことを考えていた。つーか、お前以外にあんなこと言うわけないだろ。ったく、人の気を一切考えてないのはどっちだよ。そんな悪態をどれだけつこうと彼女には届かない。それでも、鈍感なお前を好きになったのは俺だ。届くまで、諦めるつもり無いからな。




