4話 ちょっとした疑念
心なしか、青年は少し明るくなったような気がした。
口数もだいぶ増えたし、気持ちが顔に出るようになりほんの僅かだが表情が豊かになった。
セレストが来ると目を少し見開き、気まずい時は眉間にしわを寄せ、楽しい時は声が軽く弾む。
傍から見たらすごく小さな変化ではあったが、やっとセレストは彼の人となりが分かり始めていた。
「そういえば今更ですけど、あなたのことなんて呼べばいいんですか?」
「……好きにしていい。
本名なんて分からないし、むしろお前が僕に名前をつけてくれると嬉しい」
「えっ、そう言われるとなんか緊張するなぁ。
うーん…………あ、『X』なんてどうですか?」
「え……」
「あははは! 冗談ですよ!
そんな安直な名前つけるわけないじゃないですか!
少し時間をください、ちゃんと考えてきますから」
「…………はぁ」
このように彼はあまりにも真面目過ぎて、普通なら笑い飛ばすような冗談でさえ本気にしてしまっていた。
もちろんセレストはすぐに冗談だと告白するし、騙そうなんて微塵にも思っていない。
だがこれくらいのことをしないと、青年は笑うことができないような気がしていた。
あの日以降抜き打ちで笑顔を見せてもらったが、一向に進歩する気配がない。
笑うというのはこんなに難しいことだなんて、セレストは知らなかった。
だから何かを一人で背負い込んでいる彼の気持ちが少しでも和らげればと、少し躍起になっていた。
例え、彼が胸の内を明かそうとしなくとも。
ふと、テントの中に目線が行った。
中にはセレストがこっそりと家から持ち出して彼に渡した衣服やお菓子、そして青年が作った保存食がある。
それらは乱雑に置かれていて、思わず整理整頓したくなるくらいだった。
セレストは我慢できず、青年に了承を得てからものを綺麗に片付け始めた。
食べ物は左隅に、ゴミは1つにまとめ、衣服は畳んで右端に置いた。
そんな時、床に白いものが落ちているのが目に入った。
ゴミかと思い拾い上げると、それは紙の束だった。
しかも、軍学校の入学関連資料だ。
(ん? あの人、学校卒業してるはずだよな?
山から下りてこの資料を手に入れたんだろうけど、何でこんなのを持ってるんだ?)
色々と考えてみたが、全く見当がつかなかった。
もう一度入り直すのは制度上無理だし、そもそも現役軍人が入学するなんて聞いたことがない。
すると突然、少し離れたところから青年が声を掛けてきた。
「昼ごはん、食べるか?」
「へっ!? あ、はい! 是非!」
セレストは反射的に資料を青年の衣服の下に隠した。
何となく、触れてはいけないような気がしたからだ。
多分セレストが軍学校に入ると聞いて、興味本位で手に入れたのだろう。
セレストは必死にそう自分に言い聞かせた。
幸い青年は資料を見られたことに気づいていないようだったので、とりあえず知らないふりをすることにした。
そして素知らぬ顔のまま、鍋を温めている火の前に近づきしゃがみこんだ。
今日青年が作っているのは、鹿の干し肉を使った雑炊だ。
セレストが母親からおにぎりを渡されていたので、それをそのまま鍋に入れたのだ。
青年は久々に米を食べるようで、丁寧かつ念入りに煮込んでいた。
その間、セレストは自分の身の上話をしていた。
家族や友達、そして和傘職人の仕事のことまで。
ある日青年が興味を持って質問して以来、セレストは自分から話すようになっていたのだ。
彼が軍学校に進学するという話を聞いて、青年は色々気になったのだろう。
青年はとても興味深そうに、ずっと耳を傾けていた。
「いつも父の手伝いをしているのか?」
「うーん、そう言われればそうですね。
と言っても竹の乾燥とか材料の準備とか、子供でもできる範囲ですけど。
でも親父からの頼みごとはしょっちゅうですね」
「傘を作るのは楽しい?」
「はい、もっちろん!
むしろ天職なんじゃないかって思ってます!
軍学校を卒業したら俺、親父の仕事を引き継ぐって決めてるんで!」
「そう、それはよかった」
そう言うと青年は、器に完成した雑炊を入れた。
そして薬味として採れたての山菜を乗せて、目を輝かせているセレストに差し出す。
「うわぁ、美味そう!
頂きます!」
セレストは器を持ち、かき込むように頬張り始めた。
青年はそれを見ると、笑わないまま自分の器にもご飯を盛った。
そして薬味を一切入れずに、冷ましながらゆっくりと口に運ぶ。
「……鮭か? これ?」
「あ、多分そうです!
俺、鮭大好きなんで、多分お袋がおにぎりに入れてくれたんだと思います!
おかわりお願いします!」
「……あぁ」
青年は一旦自分の器を置いて、空になったセレストの食器に雑炊と薬味を乗せた。
やがて、鍋の中は空となった。
セレストのお腹は膨れ上がり、心も体も満足だった。
彼はいつものように地面に寝そべり、木漏れ日を眺めた。
米を食べたせいか、今日はとても眠い。
いつも満腹になるまで食べているというのに、ここまで眠くなることはなかった。
最初は我慢しようと思ったが、とうとう瞼が鉛のように重くなりセレストはうとうとし始めた。
そんな中、昼ごはんの片付けをしている青年が優しく声をかけた。
「眠っていいよ」
セレストはその言葉にあやされるように、そのまま夢の中へと入ってしまった。
残されたのは、手を止めた青年ただ一人。
彼は顔に影を落として、どこか遠くを見つめ始めた。




