3話 辛い時こそ笑おう
不思議な青年に出会ってから、セレストは頻繁に森へ足を運ぶようになった。
青年との約束があるので、彼はいつも傘の材料取りや散歩を言い訳に家を出ていた。
連日で森に行くこと自体珍しくないので、セレストの家族は不審がることはなかった。
むしろ、いつものように熊には気をつけてとだけ言って、笑顔で見送ってくれた。
セレストが森に入る度、青年はいつもの場所で野営をしていた。
どうやら本当に帰る場所がないようで、野生動物を狩り近くの川の水を使いながら生活しているようだった。
だが野営自体は初めてではないらしく、すごく手慣れていて知識も豊富だった。
セレストがあれこれ質問しても、律儀に答えを返してくれるほど。
「このテント、木と葉っぱだけで作ってるんですか?」
「……あぁ」
「へぇ、凄いですね!
あ、でも雨漏りとか酷くないですか?」
「雨ざらしになるより……マシだ…………」
「うーん、そうかも知れませんが……
そうだ! 俺の傘、今度持ってきますんでよかったら使ってくださいよ!」
「……いい、のか?」
「もちろん!
俺んち、和傘職人の家なんで腐るほどありますよ!
しかも一生使えるってお客さんからお墨付きもらってます!」
「……そうか」
そうやってセレストの話に付き合った後、青年は毎回仕留めた野生動物の処理をし始める。
この翌日セレストが傘を持ってくると、青年はお礼だけ言ってテントの中に置いてしまった。
どんなものか確かめるために1回傘を開くのかとセレストは予想していたが、そんな素振りは一切ない。
余計なお世話だったかと落ち込んだ次の日、テントの横で傘が干されていた。
夜に雨が降っていたので、おそらく使ったのだろう。
しかし青年はいつも通りに静かで淡々としており、傘について何も言わなかった。
セレストは思わず彼の不器用さに笑みを浮かべてしまった。
その日を皮切りに、セレストはよく青年に色々プレゼントし始めた。
箪笥の奥にしまっていた洋服に、山では手に入らないお菓子。
ある時は、本を貸してあげたこともあった。
青年は受け取っても簡単なお礼しか言わなかったが、後日には使った形跡がちゃんとあった。
そして青年は見返りがてら、セレストに野営の知識をよく伝授してくれた。
彼からは話すことはほとんどなく、セレストが一方的に質問し続けているような感じではあるが。
だが青年が口にする言葉は徐々に増えていき、1ヶ月経った頃には小さな声でボソボソと話すようになっていた。
「あ! 今日は鹿が取れたんですね!」
「ああ……刀で仕留めたから、少し骨が折れた……」
「えっ、銃とか弓とか使わなかったんですか!?」
「持ってないから、こうするしかなかった……
弓と槍は作れなくもないけど、手間暇がかかるから刀を使ったほうが早い……
でもおかげで、しばらく食べ物に困らないと思う」
「確かに! どうやって保存するんですか?」
「今日食べない分は……干し肉にする。
内臓は下処理すれば、今日中に食べられる……
それでも量は多いか……食べてみるか?」
「えっ、いいんですか!? やったー!」
セレストがはしゃぎまわる中、青年は山菜と一緒に内蔵を鍋に入れて煮込み始めた。
初めて食べた鹿の味は、思ったよりもあっさりしていて美味しかった。
セレストは何度もおかわりをねだったが、青年は嫌な顔を一切せず盛ってくれた。
その日はお昼を食べすぎてしまったせいで、セレストは夕飯を食べることができなかった。
それでも、青年が笑うことはなかった。
目の下のくまも相変わらず濃く、顔も疲れきっている。
いつも明るく話しかけるセレストとは姿が同じでも真反対だった。
どうしてそんなに彼が消耗しているのか、セレストは気になって仕方なかった。
試しに生活リズムを聞いてみたが、早めに寝て早めに起きるという健康的な日々を過ごしているようだった。
それにいつも栄養バランスはある程度気遣っているようで、食べ物の問題ではなさそう。
となると彼の過去以外に原因が思いつかなかった。
セレストは試しに、戦場のことを聞いてみることにした。
「そういえば俺、来年軍学校に通おうかなって考えてるんです」
「……どうして?」
「お金には困っていないんですけど、親孝行ってやつですかね。
軍事大国であるチュテレール国民として、立派になった俺を家族に見せたくて」
「…………そう」
「あなたは軍人ですよね?
軍学校ってどんな雰囲気なんですか?」
「…………」
青年は口を固く閉じてしまった。
答えに困っているだけかと思いきや、しばらくすると彼は刀の手入れを始めてしまった。
答える気はない、そう言いたげだった。
とても空気が重苦しくて、セレストは顔をしかめてしまった。
あまりもの気まずさに、セレストは我慢の限界を迎えてしまった。
そして小さくため息を漏らした後、ずっと胸の奥にしまっていた言葉を紡ぎだした。
「はぁ……余計なお世話かもですけど、少しくらい笑ってもいいんじゃないですか?」
「……?」
青年は首を傾げた。
そんな無機質な反応が、かえってセレストの火に油を注いだ。
セレストは青年の顔面に迫り、じっと彼の目を覗き込んだ。
対して青年は情けない顔をしながら、きょとんとセレストを見つめた。
「俺は怒られたときとか、辛い時こそ笑うようにしてるんです。
そうすると悩んでいたことが小さく見えて、心がすっきりするんです。
ずっとあれこれ悩んでいると、なんかどんよりとするだけなんで」
「……」
「試しに笑ってみてくださいよ」
「…………」
青年はどうすればいいのかわからない様子で、目線が泳いでいた。
しかしそれでもセレストはずっと彼の顔を覗き見続ける。
何が何でも譲るまいと、意固地になりながら。
やがてセレストの圧に負けたのか、青年は彼と目を合わせた。
そして不器用に口角を上げて、精一杯に笑おうとした。
――引きつっている。
笑っているというより、ドン引きしているような顔だ。
変なふうに口が釣り上がり、目が一切笑っていない。
誰がどう見ても、笑顔とは程遠かった。
「及第点ですね」
セレストは不満を漏らしながらも、これ以上は無理だろうと自分に言い聞かせた。
青年はいつの間にか、いつもの無表情な顔に戻っている。
やはり普通に笑えるようになるのは、まだ先のようだ。
「かなり酷い出来でしたが、今日は許します。
いつか抜き打ちテストしますから、練習してくださいね」
「……努力する」
その後青年はセレストのご機嫌を取るために、うさぎ肉の串焼きを振る舞った。




