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第六話 建て替える、建て替えるが、今回まだその時と場所の指定まではしていない。つまり…私がその気になれば金の受け渡しは10年20年後ということも可能だろう…ということ…!

 広間へ戻ると、空気はさらに重くなっていた。


 アーニャは女将のそばで泣いていた。マリヤは腕を組み、商人は興味深そうに眺めている。ユリアは立ったまま、誰とも話さず待っていた。


 プロコップは大きく咳払いをした。


「諸君」


 広間の視線が集まる。


「この件について、実に高貴で、穏便で、誰も血を流さず、しかも私の夕食が完全には冷えきらない解決策を持ってきた」


 ユリアが言った。


「櫛を見つけたのね」


「お嬢様。劇的な発表を奪わないでいただきたい」


「その手に持っているものを隠す努力が足りないわ」


 プロコップは手の中の銀の櫛を見た。


「これは失敬。高貴な証拠品は光りすぎる」


 マリヤが駆け寄った。


「それよ!」


 彼女は櫛を受け取ると、すぐに柄を見た。


「石が」


「欠けています」


 ユリアが言った。


「弁償してもらうわ」


 マリヤの声は硬かった。


 女将がアーニャとイリヤを見た。いつのまにかイリヤもプロコップの後ろに立っていた。アーニャは弟を見るなり、泣きながら首を横に振った。


 イリヤは前に出ようとした。


 その肩を、プロコップが押さえた。


「待て。ここは大人の汚い知恵が必要な場面だ」


 ユリアは彼を見た。


「あなたにあるの?」


「汚い知恵だけなら豊富です」


 プロコップはマリヤに向き直った。


「ブリュックナー夫人。その櫛は母君の形見と聞きました」


「ええ」


「では、金では代えがたい」


「当たり前です」


「しかし石の欠けは、職人に直させればよい。完全に元通りとはいかずとも、修理はできる」


「その費用は誰が払うの」


「そこです」


 プロコップは胸を張った。


「私が一時的に立て替えます」


 広間が少しざわめいた。


 ユリアは目を細めた。


「あなたが?」


「はい。私が」


「お金があるの?」


 プロコップは彼女を見た。


「お嬢様。人には踏み込んではならない領域があります」


「ないのね」


「少量あります」


「宿代より?」


「宿代の話は今しておりません」


 女将が腕を組んだ。


「フライケイラー様、前の分もまだ」


「女将、過去とは振り返るためでなく、乗り越えるためにある」


「払ってから乗り越えてください」


 子供たちが笑った。


 マリヤは不満そうだったが、櫛を握りしめたまま言った。


「修理費だけでは済まないわ。盗まれたのよ」


 ユリアが静かに言った。


「盗んだのはアーニャではありません」


 マリヤはイリヤを見た。


「では、その子が」


 イリヤは震えた。


 アーニャが前に出た。


「違います。私が」


「やめなさい」


 ユリアの声が飛んだ。


 アーニャは口を閉じた。


「誰かをかばう嘘は、聞こえはいいけれど、相手から後始末の機会を奪うわ。あなたは弟を守っているつもりで、弟をさらに弱くしている」


 アーニャの顔がまた歪んだ。


 プロコップが小さく言った。


「お嬢様、刃が出ています」


 ユリアは一瞬、言葉を止めた。


 広間に、鍋の煮える音だけが残った。


 ユリアはイリヤを見た。


「あなたが取ったのね」


 イリヤは泣きそうな顔で頷いた。


「母さんの薬を買いたかった」


 マリヤは眉をひそめた。


「それで人の形見を盗むの?」


 イリヤは俯いた。


「はい」


 婦人は何か言い返そうとした。だが、櫛を見て、少年を見て、言葉を飲んだ。


 プロコップはその隙に言った。


「では、こうしましょう。櫛は返った。石は欠けた。修理費は私が立て替える。少年は宿で働いて返す。姉は無罪。夫人は形見を取り戻す。女将は宿の評判を守る。私は夕食を失う。まったく、誰よりも私が損をしている」


「あなた、夕食を気にしすぎよ」


 ユリアが言った。


「人生の基礎です」


 マリヤはまだ迷っていた。


 ユリアは彼女に近づいた。


「許せとは言いません」


「え?」


「許しは、他人に強制されるものではありません。あなたの櫛は盗まれ、傷ついた。それは事実です。怒る権利はあります」


 マリヤは少し驚いた顔をした。


 ユリアは続けた。


「ただし、アーニャを盗人にするのは事実ではありません。イリヤを町の役人へ突き出せば、あなたは正しい。でも、櫛の石は戻らないし、少年の母親の咳も止まらない。あなたが欲しいのは、正しさですか。それとも櫛ですか」


 マリヤは櫛を見た。


 しばらくして、疲れたように息を吐いた。


「櫛よ」


「では、修理を」


「分かったわ」


 女将が深く頭を下げた。


「申し訳ありません。二度とこのようなことは」


「二度目があったら、今度は役人を呼びます」


 マリヤはそう言った。声はまだ硬かったが、最初ほど尖ってはいなかった。


 イリヤは震える声で言った。


「ごめんなさい」


 マリヤは彼を見た。


「謝る相手は私だけではないでしょう」


 イリヤは姉の方を向いた。


「姉ちゃん、ごめん」


 アーニャは泣きながら弟を抱きしめた。


 広間の空気が少し緩んだ。客たちは、つまらなそうな、しかしどこか安心したような顔で食事へ戻っていく。人は他人の不幸を見たがるが、最後まで血が出ると食欲をなくす。


 ユリアは席へ戻った。


 プロコップは冷めたスープを見て、深く嘆息した。


「見ろ。これが正義の犠牲だ」


「温め直してもらえば」


「一度冷めたスープと、失われた名誉は完全には戻りません」


「あなたの名誉は、今は厩で草を食べているわ」


「お嬢様、馬まで使って私を刺すのはおやめください」


 ユリアは彼を見た。


「本当に修理費を払うの」


 プロコップはスープを混ぜながら、急に真面目な顔をした。


「払うとは言いましたが、いつ払うとは言っていません」


「最低ね」


「交渉術です」


「でも払うのね」


「……払いますとも」


「なぜ」


 プロコップは匙を置いた。


「なぜとは?」


「あなたは損が嫌いでしょう」


「嫌いです。損など、この世から追放すべき悪徳です」


「ではなぜ」


 プロコップは広間の向こうを見た。


 アーニャとイリヤが女将に叱られている。女将の声は厳しいが、手は二人の肩から離れていない。子供たちは入口で小声で何か話していた。こちらを見て、くすくす笑っている。


「子供の泣き顔は、後味が悪い」


 彼は言った。


「それだけ?」


「それ以上の理由を求めるのは高望みです」


「善意ではないの」


「違います。私は善人ではない。そこまで安く見られては困る」


「善人は安いの?」


「高い善人はたいてい偽者です」


 ユリアは少しだけ口を閉ざした。


 プロコップは慌てたように匙を取った。


「それに、将来あの子供が私の銅像を建てる予定です。投資ですな」


「どんな銅像?」


「馬上の私です。片手に剣、もう片手に金貨」


「馬車を引く《名誉》の隣に立っている方が正確では?」


「お嬢様まで子供と同じことを言う」


 その時、入口の子供たちが声をそろえた。


「逃げ足卿、ありがとー!」


 プロコップは椅子から立ち上がった。


「誰が逃げ足卿だ! 礼を言うなら正式な名で言え! プロコップ・フォン・フライケイラー、由緒ある――」


 子供たちは笑いながら逃げた。


 プロコップは追いかけようとして、すぐにやめた。


「まったく。子供というものは、恩義を知らん」


「追わないの」


「高貴な者は、無益な追跡をしません」


「逃げられたのね」


「違う。彼らに勝利を譲ったのです。教育です」


 ユリアは窓の外を見た。


 町には夜が降りていた。窓硝子に、広間の灯りが映っている。その灯りの中で、プロコップは冷めたスープを不満そうに食べていた。


 卑怯者。

 嘘つき。

 虚栄心の塊。

 金に汚い男。


 それは間違いない。


 だが、彼は少女を盗人にしなかった。少年を役人に突き出さなかった。金がないくせに修理費を払うと言った。しかも、それを善意とは認めなかった。


 ユリアは、自分の杯に映る灯りを見た。


 人間は、分類すると扱いやすい。

 だが、分類しきれない者ほど、時々目に残る。


 プロコップが言った。


「お嬢様」


「何」


「その目はやめていただきたい」


「どんな目」


「解体前の職人の目だ。私はまだ生きております」


「安心して。今夜はしないわ」


「今夜は」


 彼は匙を握りしめた。


「旅の護衛兼御者とは、かくも危険な職業だったか」


 ユリアは少しだけ、ほんの少しだけ笑った。


 プロコップはそれを見て、妙な顔をした。


「お嬢様、今、笑いましたか」


「錯覚よ」


「錯覚ならよかった。もし笑われたとなると、私は明日から調子に乗るところでした」


「もう乗っているわ」


「では、これ以上は危険ですな」


 外では、宿場町の夜が静かに深くなっていった。


 厩の方から、子供たちの笑い声がまだ聞こえていた。プロコップはそれを聞かないふりをしていたが、スープの皿の横に残していたパンを、いつのまにか懐へしまっていた。


 ユリアはそれを見た。


 何も言わなかった。

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