死の感触
脇腹に強い衝撃を受けた。
私はボールみたいに地面を転がって、何度か回転したところで停止した。
多分、蹴られた。
痛い。もう起き上がれないくらいに、痛い。
不思議と恐怖は無い。
身体の震えも止まっている。
なぜ?
考えて、答えは直ぐに出た。
心が、折れた。
だって唯一の活路が閉ざされた。
もう何も考えられない。考えたくない。
目を閉じようとしたら、何かが乱暴に私を転がした。
仰向けになる。ぼんやり目を開けていると、たのしそうな鬼の顔が目に入った。
鬼は手に何か持っていた。
剣、だろうか? よく分からない。
鬼はそれを両手で握り締め、真っ直ぐに突き出した。
「……ッ!?」
太腿を貫かれ、私は悲鳴をあげた。
それを聞いた鬼が満足そうな笑い声を出して、グリグリと、傷口を抉る。
(……ニノさんの、剣だ)
頭は、意外と冷静だった。
しかし身体は言うことを聞かない。
口からは自分の声とは思えない悲鳴ばかりが出る。
腹部から下は、どんどん感覚が薄くなり、終わりが近付いていることが分かる。
(……なんで、こんなことになったんだっけ)
やがて思考が現実逃避を始める。
(……これが、私の最期なの?)
眠気を感じた。
このまま目を閉じたら、きっと楽になれる。
──ふざけるな。
怒りの感情が芽生えた。
昔からそうだ。いつも力の強い者が、私を玩具にする。
壊れても構わない。代わりはいくらでも用意できる。
そんな風に、自己満足の為だけに、私に苦しい想いをさせる。
不公平だと思っていた。
どうして? ずっと考えていた。
答えはいつも同じ。
私が、私として生まれたからだ。
私達の選べる未来なんて、生まれた瞬間から決まっている。
でも、これは無い。
まだ楽しいこと、何も経験してない。
ステータスが見えた。
非日常が始まって……正直、これからだと思っていた。
それがどうして、こんなことになるのだろう。
一体だれが、どんな権利を持って、私に苦痛を強いるのだろう。
どうして私だけに苦痛を強いるのだろう。それは悪いことのはずだ。ならば報いを受けるべきだ。私だけが苦しいなんて絶対におかしい。そんな不平等は許されない。
「……ふざ、けるな」
悲鳴以外の声が出た。
鬼は少しだけ不思議そうな顔をして、動きを止めた。
私は理不尽に苦痛を強いる化け物に睨む。
そして、微かに残った力を振り絞って言った。
「……おまえも、くるしめ」
右眼が発熱する。
紫色の光が世界を支配する。
眩しい。瞬きをする。
その一瞬で、世界が変わった。
「……ぁは」
鬼が、悲鳴をあげた。
腹部と右の太腿が裂け、そこから赤黒い液体が噴き出た。
「……きれい」
うっとりと、呟いた。
苦しむ鬼の姿を見ていたら、どんどん身体が熱くなった。
私は何かに導かれるようにして目線を動かす。
そして、太腿に突き刺さった剣を見た。
「……今度は、私の番だよ」
身体を起こす。
剣を両手で握り締め、一気に引き抜いた。
すると蛇口を捻ったように血が溢れ出て、足元に小さな池を作った。
構わない。
私は全ての苦痛を無視して立ち上がる。
鬼は困惑した様子で私を見ていた。
その腹と脚からは今もまだ血が流れている。
私は一歩、近寄った。
鬼は同じ分だけ後退った。
「……にげないでよ」
呟くとまた右眼が熱くなる。
鬼は驚いた様子で視線を下に向けて、なんだか変な動きをした。
「……ぁは、動けない、のかな?」
私は嗤って、鬼の首に剣先を向ける。
そして、料理を斬るみたいな感覚で、そっと力を込めた。
多分、切れ味が良いのだろう。
真っ黒な剣は、豆腐を斬るような手応えで鬼の首を貫通した。
低い声が大気を揺らす。
ずっと笑っていた顔が苦悶に歪む。
「……たのしい」
それを見て私は、無意識にその言葉を口にしていた。
「……ぁ、れ」
達成感からだろうか。
急にふらついた。私は倒れないように、剣を握る手に力を込めた。
しかし、それは支えにならなかった。
「……いたい」
みっつ、物が落ちる音がした。
ひとつは私。もうひとつは鬼の身体。そして、鬼の首。
ちょうど、目の前に鬼の顔があった。
困惑と恐怖、そして苦痛を混ぜたような表情をしている。
「……しん、でる?」
問いかける。
もちろん、返事は無い。
今にも動き出しそうな恐ろしい顔。
しかし首から下を失ったそれは、いつまでも動かない。
「……や、った」
私は脱力して、仰向けになった。
「……ぁは、はは、あはは──ゲホッ、ッ、ガッ」
最初に笑い声、次に血が出た。
「……なお、さないと」
薄れゆく意識の中で、イメージする。
いつもの自分。出血する機会なんてほとんどない日常の世界。
普通の幸せが欲しいと願いながら、生きているのか死んでいるのか分からない日々を生きていた自分の姿を思い浮かべる。
顔の前に手を掲げる。
私はイメージした状態に戻れと願って、呟いた。
「……元通りに、して」
右眼が熱を発した。
そして右手が紫色の光に包まれた。
「……これで、いいのかな?」
その手で、もう何も感じなくなった腹部に触れる。
「……そうだ、生命」
私はステータス画面を開いて、文字通り、命を意味すると教わった項目を見た。
──38
「……ケーが、消えてる?」
呟いた直後、その数字が変化を始めた。
──124
──523
──1K
──3K
「……ぁはは、ギリギリ、じゃんか」
0になると死ぬ。
確か、元々の値は200K以上──つまり、20万以上あった命が、2桁しか残っていなかった。実感は無いけれど、本当にギリギリだったと感じられる。
「……」
目を閉じて、浅い呼吸を繰り返した。
数字を見ると確実に回復しているはずなのに、どんどん苦しくなる。
それはきっと、痛覚やら何やらが正常に戻っているからだ。
私は唇を嚙み、その苦痛に耐えた。
「……おわ、った、のかな?」
どれくらい時間が経っただろう。
生命の値が263Kとなってから、変わらなくなった。
なんとなく身体を起こす。
普通に力が入って、痛みもなく、身体が動いた。
自分の身体を見る。
お腹から下が真っ赤で、足元には血の池がある。
だけど、痛みは無い。
血で染まったズボンを摑んで、傷口を見る。
そこには、傷跡すら残っていなかった。
「……」
言葉が出ない。
ひょっとしたら、まだ夢を見ているのではないかと思ってしまう。
しかし、夢ではないと確信できる物体がある。
首と胴が離れた鬼の姿。私が命を奪ったヒト型の怪物。
「……たのしい」
自分の口から、自分が出したとは思えない言葉が出た。
私は足元に落ちている剣を握り締め、返り血で少し赤くなった剣を見る。
「……わらってる」
透き通るような黒。
それはまるで鏡のように、私の姿を映していた。
「……わらってる」
もう一度、呟いた。
急に両目が熱くなって、涙が零れ出た。
「……うれしい」
これまで私は奪われるだけだった。
理不尽な力の前で何もできなかった。
だけど今日、この瞬間、奪ったのは私の方だ。
もっと強くなりたい。
もう二度と、奪われたくない。
「……強くなれ」
特に何か考えていたわけではない。
ただ、そう呟いた後、右眼が熱くなった。
「……強くなれ」
私はその意味を考えず、ひたすら、その言葉を繰り返した。
時折激しい嘔吐感に襲われながらも、何度も、何度も、何度も──
──
名称【深山小春】
年齢【26歳】
種族【人間】
性別【女性】
称号【独り言の女王】
等級【1】
成長【54/99】
生命【263K】
精神【678】
物理【449】
物理耐性【515】
特殊【453】
特殊耐性【869】
スキル【創造主の右眼】
魔法【】
ログ(最新10件)
・スキル【創造主の右眼】による【強化】付与に成功。精神を67消費。全ての基礎値が向上。
・称号【独り言の女王】の効果により精神を67回復。
・称号【独り言の女王】の効果により精神を67回復。
・スキル【創造主の右眼】による【強化】付与に失敗。精神を134消費。
・称号【独り言の女王】の効果により精神を67回復。
・称号【独り言の女王】の効果により精神を67回復。
・称号【独り言の女王】の効果により精神を67回復。
・称号【独り言の女王】の効果により精神を67回復。
・スキル【創造主の右眼】による【強化】付与に失敗。精神を134消費。
・称号【独り言の女王】の効果により精神を67回復。
補足。
ハルの50メートル走のタイムは9秒前半≒5.5m/s
現在の物理が449。
物理100で1.0m/sだから、4.5 + 5.5 = 10.0m/s(概算値)
スタートの反応時間など考慮すると、
この時点でハルは50メートル走を5秒後半くらいで走れる。
総評。まだ人間。






