時間切れ
「その手を、はなして!!」
無我夢中で金切り声を出した。
瞬間、右眼が熱を発する。そして目の前が白く染まった。
何かが落ちる音がした。
それが自分の落ちた音だと気が付くまで数秒かかった。
「……成功、したの?」
呆けた気分で呟いて、見上げる。
鬼は、どこか驚いたような表情で自分の手を見ていた。
「……えっと、ここから、どうすれば」
無意識に声が出る。
ひとまずスキルが発動してくれた。でもまだ助かったわけではない。
「……何か、何かしないと」
混乱する頭で必死に考える。
しかしそれを待ってくれる程、目の前の鬼は優しくない。
鬼は困惑した表情のまま、再び私に向かって手を伸ばした。
「止まって!」
咄嗟に叫ぶと、また右眼が発熱して目の前が真っ白になった。
「……止まっ、たの?」
数秒後、視界が元に戻る。
鬼は、私に手を伸ばした姿勢のまま動かない。
「……たす、かった、のかな?」
──状態異常「硬直」の付与に成功しました。
システムの声。
私はハッとして、問いかける。
「それは、いつまでの続くの?」
──残り30秒弱と予想します。
「さん、じゅ……」
ぶわっと全身から汗が吹き出した。
ドクンと音が聞こえるくらいに心臓が脈を打ち、それから太鼓を連打しているかのように鼓動が早くなった。
「逃げる。無理。追い付かれる。何度も止めれば、ダメ、二体目が来るかも。私が、やるべき、ことは……」
何か探して周囲を見る。
しかし何もない。この場に存在するのは、私と、鬼と、そしてニノさんだけだ。
「ニノさんが、起きれば」
起きろと声に出しかけて、直前で止めた。
シズさんの時に失敗した理由は、精神耐性だったと記憶している。
「目覚めの手とか、どうかな?」
シズさんを回復した時と同様に、自分に効果を付与することを考えた。
ひとまずその案を試すことにして、私は立ち上がる。
そこで腹部に激痛を感じて、思わず動きを止めた。
「……息、でき、な」
胃液が逆流するような不快感があり、私はそれを吐き出すために咽た。しかし吐き出されたのは、明らかに胃液とは違うものだった。
「……これ、やばい、かも」
明確な死の予感があった。
多分、あの投擲で皮膚の内側がズタボロになっている。どうにかして治療できなければ、あの鬼を無力化できたとしても、生き残れないかもしれない。
「……まずは、ニノ、さんを」
本当は直ぐに傷を治したい。
でも、そんな余裕は無い。だって30秒しかないのだ。
私は唇を嚙み、ニノさんに手を伸ばす。
全身が重い。ほんの2、3歩で触れられる距離なのに、届く気がしない。
「……イメージ、イメージ、イメージ」
ハードルは触れるだけではない。
スキルが上手に発動するか否か、それも重要な要素だ。
「……お願い。起きて」
右眼に熱が生まれ、伸ばした右手が光に包まれる。
(……やった)
私は成功を確信して、ニノさんに触れた。
「……これで、きっと」
大丈夫。
──しかし、それから何秒か経過しても、ニノさんは目を覚まさない。
「……なんで? なんで起きないの?」
薄暗闇の中、私の声と、心臓の音だけが耳を打つ。
「……そうだ、システム」
──対象の【特殊耐性】が高いため、状態【眠り】を解除できなかった可能性があります。
「……なに、それ」
スッと、全身から力が抜けるのを感じた。
しかし世界は絶望する暇さえ与えてくれない。
背後から音が聞こえた。
私は、時間切れになったことを理解した。






