ダンジョン 1
水の落ちるような音が聞こえた。
次に激しい頭痛と身体中の痛みを感じた。
唇を嚙みながら目を開けると、ぼやけた視界に誰かが映った。
私は何度か瞬きを繰り返す。やがて視界がクリアになって、誰かの正体がニノさんだと分かった。
(……えっと、何が、あったんだっけ?)
どうやら私は彼女の膝で寝ているようだ。少し申し訳ない気がするけれど、なんだか身体が重いので、その状態のまま周囲を見る。
ここは、洞窟だろうか?
天井から微かに光が射しこんでいる。多分、穴か何か空いているのだろう。
ニノさんの姿、周囲にある壁、どちらもはっきり見える。
壁の合間に一か所だけ道があった。とても薄暗いけれど、その道にも何か明かりがあるようで、かなり先まで続いていることが分かる。
「……寝てる、のかな?」
私は再びニノさんを見て、身体を起こした。
壁に背を預けた彼女は、目を閉じたままピクリとも動かない。
(……綺麗な顔)
どうやら私は寝ぼけているようで、呑気な感想が浮かんだ。
しばらく彼女の寝顔を見つめて、なんとなく、視線を下に向けた。
そこで、気が付いた。
彼女が着ている黒い服が、とても荒れていた。
特に右脇腹の辺り。
何か刃物で引き裂かれたような跡があり、その周辺が紅く染まっている。
「……っ!?」
彼女の胸に耳をくっつけて息を止める。
しばらくして……ドクンと、生存を知らせる音がした。
「……良かった」
私は安堵して、後ろ向きに尻餅をついた。
「……今、どういう状況なのかな?」
声に出して考える。
私はニノさんと一緒に施設の外へ出て、それから──
「……」
思い出した途端、激しい嘔吐感に襲われた。
「……シズさん、カイさん」
名前を知る相手が、目の前で息絶えた。
多分、あの七色の狼が元凶だ。私には具体的な脅威度合いが分からない。でもニノさんが即座に逃亡を選択したことから、それ相応の化け物だと分かる。
(……落ち着いて、落ち着いて)
自分に言い聞かせて、深呼吸を繰り返す。
夢だと思いたいけれど、きっとこれは現実だ。
なら過去に怯えても仕方がない。いつも以上に目先のことを考えなければ、きっと生き残れない。
「……ニノさんが、守ってくれたんだよね」
紅く染まった脇腹を見て、呟いた。
きっと彼女は、私を抱えたまま狭い洞窟を移動して、ここまで辿り着いただろう。
「……治せる、かな?」
私は自分の手を見て、イメージした。
シズさんの精神を回復させた時と同じように、今度はニノさんの生命を回復させられるような効果をイメージして、自分に付与する。
「回復の手」
私の言葉に呼応して右手が光る。
それからステータス画面を見ると、ログに成功したような記述があった。
「えっと、精神が43減って、残りが144だから、あと3回は使えるのかな?」
この辺りの仕組みは謎だけど、傷を治す手段があるのは心強い。
私はニノさんと光る右手を交互に見て、そっと彼女の脇腹に触れた。
「……これで、いいのかな?」
右手の光が消えた。
反応が無いから効果が分からないけれど、ひとまず信じることにする。
「……これから、どうしようかな」
分からない。
多分、ニノさんが目を覚ますのを待つことが最善だ。
私は彼女の隣に座って、目を閉じた。
ぽたり、ぽたり。
定期的に水が落ちる音がする。
それ以外には、微かな呼吸音しか聞こえない。
とても静かで不気味な場所。私は何度も深呼吸を繰り返しながら、彼女が起きるのを待った。
──足音がした。
ビクリと身体が震えた。
私はこの空間に繋がる一本の道に目を向ける。
──また、足音がした。
気のせいではない。
何かが、こちらに向かってきている。
(……助けが、来たのかな?)
有り得ないと思いながらも、期待を胸に薄暗闇を見つめる。
やがて、影が見えた。
それはヒトの形をしていた。
大きさも大人と同じくらいだ。
それは荷物を持っていなかった。
それどころか、服も着ていなかった。
筋骨隆々で真っ赤な身体。やっと見えた顔は明らかにヒトのそれではなくて、頭部には二本の鋭い角が生えていた。
(……なに、あれ)
私は咄嗟に両手で口を塞いだ。
一言で表現するなら、鬼だ。昔話なんかに出てくる鬼のイメージそのものだった。
それは周囲を見ながらゆっくりと移動している。
その首が動く度、ドクン、ドクンと心臓の鼓動が早くなる。
(……お願い、こっちに来ないで!)
心の中で祈る。
あんなの、私一人でどうにかできるわけがない。
──目が、合った。
それはニヤリと口角を上げて、次の瞬間、走り始めた。






