変局 3
回復して!
極度の緊張により上擦った声が反響する。その直後、微かに右眼が発熱した。
(……正解、なのかな?)
不安に思いながらシズさんの背中を見つめる。
彼女は私に顔を向けると、大きな声で言った。
「今の何!? どういうことですか!?」
「……えっと、何か変化とか無いですか!?」
シズさんは目を細め、虚空を見つめた。
多分、自分のステータス画面を見ているのだろう。
「何も変わってません!」
「そんなっ」
「システムの応答は!?」
切羽詰まった声。
私はハッとして心の中で問いかけた。
──ログを読み上げます。
──スキルの発動に成功。精神を5消費しました。
──効果の付与に失敗。精神を34消費しました。
「失敗みたいです!」
「理由は!?」
──不明。
「分からない、って……」
「スキルの方は!? 条件とか無いの!?」
「あっ、えっと、イメージと、それから──」
「何!? 黙らないで!」
──成功率及び消費精神は、特殊、イメージ、対象の特殊耐性に依存。
「……多分、シズさんの特殊耐性が高いからです」
「なら盾とか自分とか色々ッ、ああもう、時間が無い!」
この間にも甲高い音が鳴り続け、世界は白と黒の明滅を続けている。
その現象を生み出す二頭の巨大な狼は、まるでシズさんの限界が近いことを悟ったかのように攻撃を加速させる。
「やだまだ死ねない、早く! 急いで!」
全く余裕の無い言葉。
最初に感じた大人っぽさなんて微塵も残っていない。
「あと十秒も持たない! ねぇ何か無いの!? ねぇってば!?」
彼女の恐怖が伝染する。
迫り来る死の予感が正常な判断力を奪う。
この状況で明確なイメージなんてできるわけない。
だけど、やるしかない。
無理なら死ぬ。いやだ。死にたくない。やるしかない。
(……イメージ、イメージ、イメージッ!)
何も浮かばない。
私は頭を抱える。
自分の手が見えた。
その瞬間、全身がビリっと痺れた。
「……回復の手」
考えるよりも早く呟いていた。
直後に右眼が発熱して、両手が光に包まれる。
私はシズさんに向かって手を伸ばした。
彼女もまた、私に向かって手を伸ばした。
何が起きているのかは分からない。
ただ、予感がした。きっと彼女もそれを感じ取った。
そして世界がスローになった。
向かってくるシズさんと、その背後。私達を切り裂くような角度で振り下ろされる巨大な前脚と、鋭い爪がハッキリ見える。
恐らく私達の方が一瞬だけ早い。
しかし、それで大丈夫なのだろうか?
私が彼女に触れた後、きっと瞬きする間も無く鋭い爪が振り下ろされる。
その刹那にも満たない時間の中で──違う、こんなの考えても仕方がない!
「シズさん!」
私の叫び声は、直後に鳴り響いた音に掻き消された。それは、ガラスが割れたような音だった。
(……間に合わなかった?)
全身に強い衝撃を感じたことは覚えている。
それから世界がグラグラと揺れ、直ぐに何も感じられなくなった。
痛みは無い。音も無い。視界は真っ暗。
それでも意識だけがハッキリしている。
(……何が、起きたの?)
きっと時間にすれば一瞬。
しかし永遠にも感じられるような間の後、声がした。
「──失礼、先程は取り乱しました」
目を向ける。
視界が徐々に明るくなり、やがて笑みを浮かべたシズさんが現れた。
「……成功、ですか?」
「大成功です。これでさらに二分は耐えられます」
「……二分、だけ、ですか?」
「そんな顔をする必要はありません。胸を張ってください」
シズさんは落ち着いた声で言うと、どこかに目を向けた。
同じ場所を見て目を細める。やがて私の目には、複数の人影が映った。
ーーー 現在公開可能な情報 ---
【精神】が減少した場合、心が不安定になる。
概ね100を下回ると余裕を失い始め、50を下回ると明確な変化が現れる。1桁は発狂寸前の状態であり、0になると生存本能により気絶することが多い。
ハルの初期ステータスとして精神が1桁だったのはそういうこと。彼女の場合、発狂寸前の状態が当たり前となっている。このため【特殊耐性】の基礎値が異常に高い。
彼女の場合、精神の値が増えることで体調が良くなり普通の感性に近付く。逆に精神が減少する程、本来の彼女に戻る。
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