変局 1
シズさんは足を止めた後、スマホのような薄い板を使って、多分、どこかに連絡した。
音が聞こえないから何を言っているのか分からないけれど、叫んでいることは分かる。
その様子をぼんやり見ていると、連絡を終えた様子のシズさんが私を見た。
それから私に向かって手を伸ばし、何か言った。瞬間、その手から不思議な光が現れ、私を包み込んだ。
「聞こえますか?」
「……はい。えっと、あの、何を?」
「回復魔法です。気になるでしょうが後にしてください。いくつか聞きたいことがあります」
魔法!? と驚きながらも、シズさんの切羽詰まった様子を見て頷いた。
「あなた、どうして平気なのですか?」
「……平気? ああ、耳のことなら、痛かったですけど」
「その話ではありません。私が言いたいのは、要するに……」
シズさんは少し怖い表情で私を見て言う。
「この状況に対して、恐怖を感じないのですか?」
「……そう、ですね」
私自身も何度か疑問に思ったこと。
それは、他人の目から見ても異常なことだったようだ。
「理由は分からないですけど……全然、平気です。逆に怖いくらい」
「……なるほど」
シズさんは溜息を吐いて、
「あなた、今どんな称号を設定しているのですか?」
「称号ですか?」
──現在設定されている称号名は【透明な心】です。
「透明な心?」
脳に直接語り掛けるような声。
久々に聞こえた声を反射的に復唱すると、シズさんは少し緊張した様子で言う。
「やはり、ユニーク級……効果を教えて頂けますか?」
──称号【透明な心】は、精神負荷による影響を完全に無効化します。
私がシステムの声をそのまま伝えると、シズさんは目を丸くした後、失笑した。
「あなたは、過去に拷問でも受けたのですか?」
「ええっと……」
「いえ、失礼しました。無理に答えなくて結構です。どうせなので聞きますが、その右眼はスキルですか?」
「……右眼、ですか?」
私がきょとんとしていると、彼女は手鏡を取り出して私に見せた。
「……なに、これ」
鏡に映る私の右眼は、とても不気味な模様をしていた。
瞳の色は紫で、中央にある瞳孔は点のように小さい。そして瞳孔に向かって渦を描くような白い線があった。
ある予感がして、私は左目を塞ぐ。
「……見えてる」
見えないことが当たり前だった。
ずっと、普通になりたいと願っていた。
この特殊な模様は、とても普通とは呼べない。それでも、ずっと空洞だった右眼を取り戻せたことは、私にとって大きな出来事のはずだ。
だけど、何も感じない。
あー、見えるなー、としか思えない。
(……称号のせい、なのかな?)
──称号を変更しますか?
(……うん、そうだね。えっとなんだっけ? ワールドイズマイン? アレにしよ)
──成功。称号を【独り言の女王】に変更しました。
どうやら称号が変わったらしい。本当にゲームみたいだ。
これでどんな変化があるのか分からないけれど……やっぱり凄いネーミングだ。
多分、口に出して言うのは無理。恥ずかしい。
でも初めて友達から貰った名前だ。あのやりとりで友達になったというのは実感が持てないけれど、それでも少しだけ、嬉しいと思える。
(……あれ、今、嬉しいって)
その違和感に気が付いた瞬間、震えが始まった。
続けて一日振りの──あるいは数年振りの感情が芽生え、暴れ始めた。
(……なに、これ)
ふんわりとした理解はできる。幸せな気持ちと不安な気持ち。それを何倍にも大きくしたような感情が、身が震わせている。
怖いと思った。
原因は、先ほど称号を変更したこと以外に考えられない。
あんなの心の中で思っただけだ。
それがこんな、スイッチを切り替えたみたいに──怖い。
「あなた、どうして急に……まさか称号を変えたの? 馬鹿、今すぐ戻して──」
シズさんは途中で言葉を切ると、目を見開いた。
「とにかく守れよクソシステム! 結界Ⅰ!」
彼女が謎の言葉を叫び、周囲から風の音が消えた。
私が突然の出来事に困惑していると、今度はギィィィというガラスを引き裂くような音が鳴り響いて、私は思わず耳を塞いだ。
「ああクソっ! ふざけんなっ、どっから現れやがった!?」
最初、誰の言葉か分からなかった。
消去法でシズさんだと理解したけれど、その驚きは直ぐに上書きされた。
頭上の星明りが消えている。
その代わり、バチバチと白い光が輝いている。
その光に照らされて見え隠れするのは、赤黒い世界。
やがて歯のようなモノが見えた直後、再び世界が明るくなった。
「……」
言葉が出なかった。
私の目に映ったのは、巨大な黒い狼。
それも、一頭だけではない。
二頭の狼が隣同士に並んで立ち、私とシズさんを睨み付けていた。
ーーー 現在公開可能な情報 (シズ) ---
名称【?】
年齢【?】
種族【人間】
性別【女性】
称号1【治癒者・上級】
称号2【現実主義者・上級】
等級【2】
成長【41/99】
生命【198K】
精神【286】
物理【330】
物理耐性【389】
特殊【476】
特殊耐性【424】
スキル【なし】
魔法【回復Ⅰ】【結界Ⅰ】
ーーー 魔法について ---
・その効果をイメージできる【詠唱】をした後【魔法名】を口にすることで発動することが多い。
・魔法名は術者が自由に設定できる。
・効果は【特殊】に依存することが多い。
・発動する度に【精神】を消耗することが多い。






