緊急任務 裏
ニノが4等級の黒狼と戦闘を開始した頃、ゲートに残ったカイは思考を巡らせていた。
(……敵の本命はどこだ?)
現在、明らかになっている事実はひとつ。
モンスターが群れを為して向かって来ているということだけ。
先日の事件との関連性。あるいは人為的に起きた可能性。どちらも予測であり証拠は無い。故に最悪を考慮して動いている。
遠視隊の第一報によれば、出現したモンスターの等級は3まで。これを問題なく処理できるのは、ニノとカイの二人だけ。
もちろん集団で向かうことによるメリットはあるけれど、負傷者が出るデメリットの方が大きい。故にニノを単独で向かわせた。
容疑者のハルと監視役のシズを向かわせたのは、そのついでだ。
(……敵の目的がニノだった場合、どうする?)
組織全体の傾向として、緊急時は少数精鋭を向かわせることが多い。イタズラに犠牲者を増やさないためだ。
仮に敵が存在し、モンスターを現世に送ることが目的だった場合、最大の障害はニノとなる。
(……夜に仕掛ける理由が無い。つまり敵はニノのことを知らない。ならば裏切者が出た可能性は低い。あるいは、そう思わせるために、あえて夜に事件を起こしている?)
『こちらシズ! 聞こえますか!?』
耳につけた通信機が震え、カイは思考を中断した。
「こちらカイ。何があった?」
『4等級の黒狼が出現! 現在ニノが交戦中! 私はハルを連れて戦線より離脱中!』
(……4等級だと!?)
カイは内心で叫ぶ。
しかし表面上は平静を装い応答を続けた。
「報告感謝する。ハルの様子は?」
『奇妙な動きは無し! 黒狼の咆哮で聴覚に被害! 現在、私が脇に抱えて移動中!』
「了解した。戦闘地点の座標を送れるか?」
『可能! 直ぐに送る!』
その応答があった直後、カイの持つ端末にデータが届いた。
(……事前に準備していたのか? あるいは彼女が黒幕で、現状はプラン通りということか?)
カイは慎重な男である。それは、数ヶ月の付き合いがあるシズすらも疑って考えることからも感じられる。
「座標を確認した。一旦移動を止め、次の命令があるまでその場で待機しろ」
『了解するが至急援軍を求む! ニノの損失は組織にとって痛過ぎます!』
「了解した。1分以内に結論を出す」
カイは目を閉じ、無数の選択肢を脳裏に思い浮かべた。普通の人間なら、一通りの確認をするだけで数分はかかる。しかし等級と共に引き上げられた彼の処理能力は、僅か数秒で検討を完了した。
「……出るしかないか」
カイは軽く息を吐き、隣に立つ男に目を向けた。
「サトリ、俺の声は聞こえていたか?」
「ああ、騒がしくて耳を塞ぎそうになった」
サトリには他者の心を読み取るスキルがある。だからカイは、自分の考えが伝わっているか、という意味で問いかけた。
サトリが頷いたのを見て、カイは直ぐに行動を開始する。
「任せた」
「任された」
カイは信頼できる仲間の返事を聞き、数人に声をかけてシズから送られた座標を目指した。
* * *
「はぁ、疲れた」
戦闘を終えたニノは、巨大な死体の上に座り溜息を吐くと、静かになった周囲を見た。
「……お犬さんばかり。敵には犬を使役するスキルでもあるのかしら?」
無惨にも首を落とされた夥しい数の骸。その全てが狼系モンスターであり例外は無い。
「……狼の森で何かあったのかしら? でも遠征組が出たばかりだし、異変が有れば何かしら報告があるはずよね」
頬に人差し指を当て考える。
スキルにより等級3相当になったニノの脳は思い浮かべたアイデアについて一瞬で答えを出す。しかしアイデア自体は生み出さない。
「調査に行きたいけれど、それだと朝までに帰れないわよね。……はぁ、忌々しい」
ニノはアルビノという遺伝子疾患を患っている。極端に色素が薄い体質であり、それこそフィクションに登場する吸血鬼のように陽光が毒となる。
彼女にステータスが見えたのは8歳の頃。通常は遅くとも2年で等級が上がる中、夜にしか活動できない彼女は6年の時を要した。
念願の昇級。人間離れした耐性を得ることで太陽を克服できると信じたニノに突き付けられたのは月夜ノ蝶というスキル。世界は彼女に陽の下で活動することを許さなかった。
「……遠征組より先、前線で異常があったなら等級4程度で済むわけがない。そもそも、このデカブツどこから現れたのかしら?」
戦闘中、ニノは一度だけ驚いた。
それは今椅子にしている黒狼を見た瞬間である。無論、相手の等級に驚いたわけではない。直前まで気付けなかったことに驚いた。
「……嫌な予感がするわね」
ニノは立ち上がり、端末を見た。
戦闘終了直後から周囲の情報を保存していた端末は、ちょうどその処理を終えたことを示す文字列を映した。
それを確認した刹那、ニノは疾走した。
スキルと称号による補正を受けたニノの全速力は時速300キロに迫る。彼女の白くて細い脚は、しかし新幹線と同等の速度を生み出すのだ。
人間どころか生物の域を超越した脚力と、高速移動することで受ける風圧。そして、それらが全く問題にならない程の耐久力。
ステータスが与える恩恵は極大である。
しかし、そんな彼女でも手に余るような出来事が──既に始まっていたのだった。






