緊急任務 3
真っ白な光が縦横無尽に飛び回る。
その光が通った後には、まるで足跡のように首が並ぶ。
何が起きているのかは分かる。
ニノさんが剣を振り、恐ろしい獣の命を奪っている。
とても残酷な光景だ。
しかし同時に、うっとりするくらい幻想的だった。
「貴女は、あんな風になってはダメですよ」
隣から知らない声が聞こえた。
多分、ニノさんが突っ込む直前に見えた女性だ。
「……これ、夢じゃないんですよね」
質問しながら顔を向ける。
隣に立っていたのは、大人っぽい雰囲気の女性だった。長い黒髪を風になびかせ、ニノさんの方向を見つめる横顔からは、とても知的な印象を受ける。
彼女は私に目を向けると、何も言わず上を向いた。
何かあるのかと思って同じ方向を見る。そこで私は、初めて空の様子を知った。
「……綺麗」
無数の光が輝いていた。
一見すると星空だけど、それとは違うようにも思える。
例えば、月と似た巨大な星が三つある。
それらは一際強い光を放ち、三角形を描くような位置関係で宙に浮かんでいた。
「まるでゲームですよね。突然見えたステータス。モンスター。そしてこの空。若い人ほど、自分が特別な存在なのだと勘違いする傾向にあります」
違和感の無い発言だった。
私も今より十歳くらい若ければ、大騒ぎしていたかもしれない。
普通、大人になるほど物事に対する反応が鈍くなる。
過去に体験した様々な苦難が、心を鈍感にするからだ。
今の私は、とても落ち着いている。あまりにも突然の非日常に理解が追い付かないだけという可能性は否定できないけれど、例えばニノさんの隣で剣を振り回したいとは思わない……はずだ。
「──そして、これが現実なのだと忘れた人から、居なくなりました」
思わず背筋が震えるような声色だった。
息を止めて彼女に目を向けると、何の感情も読み取れない目が私を見ていた。
ゾクリとした。
私の中に、この非日常を愉しむような感性は残っていないはずなのに、やめておけと警告されているかのような感覚だった。
「私はシズ。貴女は?」
「……ハルです」
「ハルさん。どうか長く一緒に過ごせることを願っています。よろしくね」
彼女は私に向かって手を伸ばした。
握手。素直に応じて、彼女の手を握る。
(……細い指。でも、見た目より硬い感じがするかも)
少し失礼なことを考えながら、私は仕事の時と同じ笑顔を作った。
彼女もまた、私と似たような笑顔を作って応じた。
心地良いと思った。
この笑顔は、必要以上に干渉しないという意思表明だ。
* * *
──その笑顔の裏で、シズは思考を巡らせていた。
最初、等級1の新人を非常時の最前線に送るなど馬鹿げていると憤慨した。しかしハルに対する「疑い」を聞いたことで、シズは納得した。
先日発生した事件。
2等級の白狼を現世に通すという大失態については、シズも把握している。
有り得ないことだった。
そもそも「組織」は怪物を現世に通さないために存在している。
数百年前、とある山の奥底に光の門が出現した。そこを通り抜けると別の世界があり、恐ろしい怪物が跋扈していた。
当時、初めて光の門を見つけたのは、ステータスを持つ者達だった。彼らは光の門付近に防衛拠点を設立し、怪物が現実世界へ侵入しないように防衛を続けていた。
もちろん、守るだけではない。様々な疑問に関する調査も同時に行われた。
なぜ光の門が現れたのか。
なぜ怪物が存在するのか。
やがて組織は突き止めた。
怪物は、その世界の至る場所にある「迷宮」から生まれる。
迷宮の最深部には「核」と呼ばれる物が有り、これを破壊することで迷宮は機能を停止する。
従って、組織の目的はふたつ。
ひとつ、光の門──ゲートを防衛すること
ふたつ、迷宮の核──ダンジョンコアを破壊すること。
先日、等級3以上の上位者による遠征が開始された。2等級の白狼が現世に侵入する事件は、その直後に起きた。
防衛拠点には、等級2を含む数百人のステータス持ちが在籍している。そこをたかだが2等級の白狼が、誰にも気づかれずに突破した。
組織は人為的な事件だと考えた。
都合良く現れた新人を疑うのは当然だ。
そんな状況で起きたモンスターの大量発生は、組織の混乱を加速させた。しかしながら判断能力までは失われなかった。
例えば、そもそも先日の事件。
なぜ1匹だけ現世に侵入したのだろう?
恐らく、予行演習だ。
この仮説を信じるならばモンスターは陽動である可能性が高い。
故に、現状の最高戦力である「ニノ」と共に容疑者の「ハル」を前線へと向かわせた。また、ハルの保護という名目で監視役の「シズ」を送り込んだ。
(……まったく、面倒な役回りですね)
ハルに笑顔を向けながら、シズは内心で愚痴を零す。
──この間にも、状況はめまぐるしく動いている。
ハルは、まだ何も知らない。
彼女だけではない。まだ誰も事件の真相を知らない。
しかし理不尽な現実は、誰かの理解を待ちはしない。
──何か大きな音が大気を揺らした。
シズは思わず耳を塞ぎ、音が聞こえた方に目を向けた。
「……そんな、ありえない」
彼女の目に映ったのは巨大な黒い狼の姿。
それは組織のデータベースにも存在する凶悪なモンスターの一種。前線で活動する上位者達が食い止めているはずの、4等級の黒狼だった。
ーーー 現在公開可能な情報 ---
モンスターの等級について
・ヒトとモンスターは等級の定義が異なる。
・モンスターの等級は、同じ等級のヒトが戦闘した場合の「死亡率」を基準として定義される。
・等級1のヒトが各等級のモンスターと戦闘した場合の死亡率は以下の通りである
1は30%未満
2は30%以上
3は99%以上
4以上は100%
・等級2のヒトが各等級のモンスターと戦闘した場合の死亡率は以下の通りである
1は0%
2は30%未満
3は30%以上
4は99%以上
5以上は100%
・組織では、ひとつ上の等級を相手にすることを「冒険」と表現する。
・組織では、ふたつ上の等級を相手にすることを「自殺」と表現する。






