緊急任務 2
その後、私は初めて施設を出た。
外は暗かった。何やら平原のような場所に出たことは分かるけれど、丁寧に観察する余裕は皆無だった。
「噓ッ、噓ッ、噓ッ、噓ォォ!?」
少し先に見えた細い木の位置が僅か数秒で遥か後方に変わる。
耳は風邪を切る音に支配され、あまりの風圧でまともに前を見ることができない。
「ハル、気を付けないと舌を噛むわよ」
移動手段は、ニノさん。
私は彼女に背負われ、物凄い速度で移動している。
(……こんなに速いの!?)
時速百キロ以上で走れる話は事前に知っていた。しかし話を聞くのと実際に体験するのとでは驚きが段違いだ。
(……もうっ、無理っ)
私は彼女の首に腕を、腰の辺りに脚を回して全力でしがみついている。どうにか二分は耐えられたけれど、そろそろ限界だ。
振り落とされたら怪我で済むのだろうか?
そんなことを考え始めた頃、ニノさんが急ブレーキをかけた。
「──ッ!?」
全く予想していなかった動き。
慣性に従って吹き飛びそうになった私は、しかしニノさんに脚を掴まれたことで救われた。
何が起きたのだろう?
考える間もなく誰かに鼻と口を塞がれた。
「んんっ!?」
「静かに」
驚いて声を出す。
犯人はニノさんだった。
「敵を目視で確認。何匹か音に敏感な個体が居るから、大きな声を出さないでね」
私は無言で頷いて、いくらか心拍数が上がるのを感じながら前方に目を向けた。
見えるのは暗闇だけ。
しかし、何か不気味な音が聞こえる。
ドドドドという地鳴りのような音。
私は目を細めて、より遠くを注視する。
不意に右眼が熱を発した。
思わず眼を閉じる。そして熱が引いた後で眼を開くと、それが見えた。
「……なんですか、あれ」
「あら、もう視えたの? 素晴らしいわね」
ニノさんは世間話でもするような声色で言った。彼女からは余裕が感じられる。しかし私は、危機的な状況にしか思えなかった。
白、黒、赤。
三色の獣が、どんどん近付いている。
外見は狼に近いだろうか。
しかし普通の狼とは違う。遠目でも分かるような鋭い牙があり、体毛はまるで棘が生えているかのように細く鋭い。
小さな個体もいれば、明らかに二メートルを超える巨大な個体もいる。
そんな化け物が、十や二十では足りない数の群れを成し、猛スピードで迫っている。
「ハル、これから言うことをよく聞いて」
ニノさんの声。
私は息を止めて、彼女に目を向けた。
「三十秒後、私はアレに突撃するわよ」
「……大丈夫、なんですか?」
「ええ、もちろん。むしろ心配なのはハルの方よ」
彼女は後方に目を向けた。
その視線を追い掛けると、一人の女性が此方に走ってくる姿が見えた。
「彼女が守ってくれると思うけれど、もしもの時はスキルでも何でも使って、とにかく自分が生き残ることを考えなさい」
「……スキルって、どうやって使えば?」
いろいろな疑問を封印して、目先のことに集中する。ニノさんは私の質問に眼を伏せると、とても真剣な様子で言った。
「我が眼の許に命ずる! などと言って求める効果を叫べば良いのではないかしら?」
……本気なのか冗談なのか分からないよ。
「さて、時間ね」
ニノさんは腰に手を当てて、一振りの剣を鞘から引き抜いた。
六十センチ程の剣。
彼女とは真逆の黒い刀身を持ち、空から降り注ぐ微かな光を反射して妖しく光っている。
「色々と怖いことを言ったけれど、安心しなさい。言ってしまえばチュートリアルよ。私の戦闘を見て、少しでも多くを学ぶ。それが今宵ハルがすべきことよ」
「……分かりました」
頷くと、彼女は口角を上げて言う。
「盟友を送り出す言葉として、今のは不合格ね。次の機会までに良い台詞を考えておくように」
そして一瞬だけ身を低くすると、ドンッという轟音を残し、宣言通りに化け物の群れへ突撃した。






