EP 6
九尾の女将と故郷の味覚、そして次なる『最強』の構想
理不尽な借金取りを叩き出し、金貨300枚という莫大な手元資金を残した英一とマミユ。
身も心も軽くなった二人は、ささやかな祝賀会を開くため、スタラント一番の品揃えを誇る「リリアンズ・ストア」を訪れていた。
「ふふん、お金はいーっぱいありますからね! 今夜は腕によりをかけて、最高に美味しい物を作りますわよ!」
マミユは英一の手を引きながら、意気揚々と店に入る。
英一は、店の前に立った瞬間から、ある不思議な感覚に包まれていた。
「……何か、懐かしい香りがする所だな」
様々なスパイスや干し肉の匂いに混じって、彼の魂に刻まれた「出汁」や「醤油」のような香りが微かに漂ってくるのだ。
「いらっしゃいませ。あら、マミユちゃん。随分と景気が良さそうなお顔ですわね」
店の奥から現れたのは、九本の艶やかな尾をゆらし、優雅な微笑みを浮かべた絶世の美女――九尾族の女将、リリアンだった。
「ごきげんよう、リリアンさん! えへへ、ちょっと良いことがありまして。今夜のご馳走の材料を買いに来ましたの」
「そうねぇ……」
リリアンはにっこりと微笑むと、意味ありげに英一へ一瞥をくれ、店の棚から一つの壺を取り出した。
蓋が開けられると、むわりと独特の発酵した香りが広がる。
「こ、これって……味噌じゃないか!」
英一は、思わず声を上げた。異世界に来て、まさか故郷の調味料と再会するとは思わなかったからだ。
「あら……? そちらのお方、これが分かるのかしら。これは『ミーソ』という発酵させた豆の塩漬けよ」
「ああ……。ほかほかの、白いご飯によく合うんだよな」
懐かしさのあまり、英一がつい呟いた瞬間、リリアンの目の色が変わった。彼女の頭上に表示されていたマーカーが、鮮やかな青色へと変化するのを、英一ははっきりと視認した。
「まぁっ! 貴方、『お米』を知っているの!? なんてこと! アタシが隠している極東の穀物、『お米』も特別に売ってあげるわ!」
二人が食文化談義で盛り上がり始める中、話に置いていかれたマミユが、むっと頬を膨らませて二人の間に割って入った。
「あのぉ……。お話は盛り上がっているようですけど、お代を払うのはアタシなんですけども……?」
その可愛らしい嫉妬に、リリアンはくすくすと笑い、英一も苦笑して頭を掻いた。
◇
その日の夜、マミユの工房のキッチンには、二人の和やかな人影があった。
「火加減は……沸騰したら弱火にして……」
英一は異世界の薪かまどを器用に使いこなし、鍋で米を炊いていた。隣では、マミユがリリアンから買った醤油を塗りながら、新鮮な川魚を香ばしく焼き上げている。
やがて、食卓にはほかほかの白米、豆腐とネギの具沢山な味噌汁、そしてこんがりと焼かれた魚が並んだ。
「「いただきます」」
マミユは、おそるおそる味噌汁を一口すする。その瞬間、彼女の青い瞳が驚きで見開かれた。
「おいしぃ~! なんて深くて優しいお味ですの! この『トーフ』という白いのも、ふわふわで……とっても美味しいですわ!」
「だろ? この焼き魚も旨いよ。醤油の香りが最高だ」
「はいですわ! お醤油って、お魚にこんなに合うんですのね!」
異世界で、当たり前のように和食を囲んでいる。
現実世界では孤独に画面と向き合っていた自分が、今はこうして信頼できるパートナーと共に、温かい食卓で笑い合っている。
マミユの頭上の青いマーカーが、暖炉の火のように優しく輝いていた。
この異世界で生きていくための「本当の居場所」を手に入れたのだと、英一は確かな充足感を感じていた。
「……美味しかった。英一さんのおかげで、本当に最高の夜ですわ」
食後の薬草茶を飲みながら、マミユがふぅ、と満足げな息を吐く。
「でも、これからどうしましょう? 借金は返せましたけど、アタシたちの技術なら、もっと凄いことができますわよね?」
その言葉に、英一はニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
彼は、自分が着ているゴツゴツとしたタクティカルベスト――防弾チョッキの表面をコンコンと叩く。
「次は、こいつだ」
「英一さんの、その防具ですの?」
「ああ。俺のいた世界の技術で作られた『コンバットアーマー』だ。セラミックと鋼鉄、そして強靭な繊維を組み合わせて、あらゆる衝撃を無効化する」
英一の頭脳に、再び工業高校の知識とFPSのミリタリー知識が交錯する。
「俺の持つ『現代の概念』と、お前の持つ『ドワーフの鍛冶技術』。そして異世界の素材を組み合わせれば……絶対に貫かれない、異世界最強の防具を量産できる」
「最強の……防具……!」
マミユの瞳に、職人としての強烈な好奇心と野心が燃え上がった。
剣で常識を覆した彼らが、次は「最強の盾」で異世界の市場を支配する。
「神眼のエイイチ」による無双のモノづくりは、まだ始まったばかりだった。
読んでいただきありがとうございます。
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