EP 2
初陣のクイックショットと、ドワーフの少女
英一は、FPSプレイヤー特有の足音を殺した歩法で、樹々の間を縫うように前進した。
視界の右上に浮かぶミニマップには、五つの赤い菱形マーカーが点滅している。そのすぐ中心には、チカチカと弱々しく明滅する「青いマーカー」が一つ。
(青マーカー……味方、あるいは護衛対象のNPCか)
茂みの陰に身を隠し、視線を前方に送る。
そこにいたのは、緑色の醜悪な肌を持ち、身長は優に二メートルを超える筋骨隆々の化け物たち――ファンタジーRPGでお馴染みの「ホブゴブリン」だった。
ホブゴブリンの群れは、横転した荷馬車の前で下卑た笑い声を上げている。
その視線の先には、泥だらけの革エプロンを着た、小柄な少女がへたり込んでいた。ドワーフ族特有の少し尖った耳と、恐怖に濡れた青い瞳。
「きゃあっ! 来ないでくださいましっ!」
「ギギャ、ガァァッ!」
少女が麻袋を庇うように後ずさるが、魔物たちはじりじりと包囲網を狭めていく。獲物をなぶり殺しにしようとする、残忍な捕食者の目だ。
英一は、ヘルメットの奥で冷たく目を細めた。
「……ちょうどいい的だ」
英一は、女神の言葉を思い出した。『あなたの愛したFPSの能力を、そのまま使えるようにしてあげます』と。
「来いよ……俺の相棒」
強く念じると、右手に光が集束し、一瞬にして漆黒の金属塊へと姿を変えた。
ずしりとした心地よい重み。硬質なグリップの感触。全長1.5メートルに迫る、圧倒的な存在感を放つ対物ライフル――『M82A1』。
恐怖はない。あるのは、自分がこの異世界でどこまで通用するかという、狩人としての静かな興奮だけだった。
英一は茂みから、一切の躊躇なく飛び出した。
◇
マミユは、死を覚悟した。
街まであと少しという街道で、よりにもよって知能が高く凶暴なホブゴブリンの群れに襲われるなんて。
(ああ、お父様……。アタシ、ここまでなのかしら……)
絶望に瞳を閉じかけた、その瞬間だった。
ズドォォォォォンッ!!!
森の奥から、天が裂けたかのような轟音が響き渡った。
マミユを捕らえようと手を伸ばしていたホブゴブリンの頭部が、突如として爆ぜ、血の霧となって霧散したのだ。
「グギャッ!?」
何が起きたのか理解できず、残るホブゴブリンたちが一斉に森の方を向く。
それが、彼らにとって最後の判断となった。
「……いいぜ、的が全員こっちを見てやがる」
森の陰から現れたのは、見たこともない異形の鎧を纏った男だった。
男は、その手に抱えた漆黒の『鉄の杖』を構える。スコープなど覗かない。腰だめに構えたまま、まるで手足の一部のように銃口を跳ね上げた――クイックショット。
ズドンッ! ズドンッ!
魔法の詠唱など一切ない。マナの光も生じない。
ただ雷鳴のような轟音が響くたびに、強靭な肉体を持つはずのホブゴブリンたちの頭部が、胴体が、いとも容易く爆散していく。
盾で防ごうとした個体は、分厚い木の盾ごと上半身を消し飛ばされた。
恐怖に駆られて逃げ出そうとした個体は、背中から撃ち抜かれ、地面に無残な肉塊をぶちまけた。
(何……これ……)
マミユは、その場にへたり込んだまま、ただ圧倒されていた。
わずか数十秒。あれほど絶望的だったホブゴブリンの群れは、原型を留めない肉片となって街道に散らばっていた。
硝煙の匂いが立ち込める静寂の中。
その中心に立つ男が、漆黒の武器を下ろし、ゆっくりとこちらへ近づいてくる。
マミユには、それが天から降臨した『神の遣い』にしか見えなかった。
(まさか……女神様が遣わしてくださった、アタシの……英雄様、かしら……?)
一方の英一は、目の前の少女の頭上に浮かぶマーカーを静かに見つめていた。
(青マーカー……味方。とりあえず、街への案内役にはなってくれそうだな)
英一は、少女のロマンチックな心の声など知る由もなく、ただ事実だけをぶっきらぼうに告げた。
「怪我はないか? 俺は英一。ただのスナイパーだ」
その瞬間、英一の視界の隅で、少女の頭上に浮かぶ青いマーカーが、ひときわ眩く、力強い輝きを放った。
それは、ゲームのシステムを超えた、彼女からの「絶対的な信頼」と「好意」が確定した証だった。
異世界の引きこもりニートと、夢見るドワーフの乙女の、最悪で、最高に運命的な出会いだった。
読んでいただきありがとうございます。
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