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『FPS世界1位の引きこもり、異世界で赤マーカーを撃ち抜く』   作者: 月神世一


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第一章 FPSの引きこもり勇者

神眼のFPSプレイヤー、異世界の森に降り立つ

PCモニターの光だけが、薄暗い六畳間の闇を照らしている。

ヘッドセットを装着した多田野(ただの) 英一(えいいち)、18歳の耳に響くのは、リアルな銃声と、勝利を告げる壮大なファンファーレだ。

『GG! やっぱエイイチは神だわ!』

『今のクイックショット、人間業じゃねえだろ……』

画面には「VICTORY」の文字が踊る。

全世界に数千万のプレイヤーを抱える3D・FPSゲーム「ガンオブデストロイ」。この世界で、英一は世界ランキング1位に君臨する「神眼のエイイチ」だった。

しかし、ヘッドセットを外せば、そこにあるのはどうしようもない現実だ。

「……またゲームばっかりやって。あの子の将来、どうなるのかしらねぇ」

「高校まで出してやった恩も忘れて。ただ飯食らいの金食い虫が……」

リビングから聞こえる両親の嘆き節。

現実世界での英一は、工業高校を卒業して就職した自動車工場をたった一日でバックレた、ただの引きこもりニートだ。

虚しさを振り払うように、英一は音を殺して部屋を出ると、リビングにある父親の財布から一万円札を一枚抜き取り、深夜のコンビニへと向かった。

目的の電子マネーを購入し、横断歩道で信号待ちをしていると、足元に一匹の三毛猫が頭をすり寄せてきた。

「……おい、危ないぞ」

柄にもなくそう口にした瞬間、甲高いブレーキ音が響いた。

信号を無視した大型トラックが、猛スピードで猫のいる場所へ突っ込んでくる。

理屈じゃなかった。ゲームで鍛え抜かれた反射神経が、現実で初めて、正しく機能した。

ドンッ、という鈍い衝撃。

宙を舞う視界の中で、英一はトラックを躱した猫が、路地裏へ駆けていくのを見た。

(ああ、俺……死ぬのか。ただの俺の人生、こんなもんか……)

それが、多田野英一の18年の人生の、あっけない最後の記憶だった。

◇

「あ~、起きましたか? 多田野 英一さん」

次に目を開けた時、英一は真っ白で何もない空間に浮かんでいた。

目の前には、この世の者とは思えないほど美しい、女神が呆れた顔でこちらを見下ろしている。

「ここは審判の場。私はルチアナ。まあ、神様って言った方が分かりやすいかしら?」

死んだという事実を受け入れ、不思議と悲しみのない英一に、女神ルチアナは半透明のパネルを指でなぞりながら言った。

「うーん、貴方は本当に惜しいんですよねぇ。工業高校で取った資格、見ましたけど? 自動車整備士、二種電工、溶接にボイラー技士って、何その有望株。その才能がありながら引きこもりニートとか、判断力終わってません?」

痛いところを突かれた英一が黙り込むと、ルチアナはフッと口角を上げた。

「まあ、いいです。私の大好きな猫ちゃんを助けるために、そのしょうもない人生を投げ打った心意気は評価してあげましょう。特別に、異世界『アナステシア』へ行く機会を与えます」

「それって……よくある異世界転生ってやつか?」

「ええ。スキルは、貴方が愛してやまなかったFPSの能力を、そのまま使えるようにしてあげます。大サービスですよ」

ルチアナがウインクすると、英一の胸が淡く光った。

ゲームの能力が、現実になる。

「では、多田野 英一さん。良い異世界転生を! 今度はちゃんと生きなさいよね!」

女神の悪戯っぽい笑顔を最後に、英一の意識は眩い光の奔流に飲み込まれた。

◇

意識が浮上する。

最初に感じたのは、むせ返るような土と腐葉土の匂い。そして、肌を撫でる生暖かい風だった。

「……ん……」

英一がゆっくりと身を起こすと、視界にはどこまでも続く巨大な樹々の森が広がっていた。

「どこだ、ここ……?」

立ち上がろうとして、英一は自分の身体の違和感に気づいた。

着ているのはTシャツとスウェットではない。迷彩柄のバトルスーツに、分厚いタクティカルベスト。頭にはフリッツヘルメット。

それは、彼が「ガンオブデストロイ」で何千時間も着込んできた、お気に入りのアバター装備そのものだった。

現実ではない。異世界「アナステシア」に降り立ったのだと、脳が完全に理解した。

その、直後。

――ピコンッ。

視界の右上に、半透明のミニマップがポップアップした。

さらに、マップの北東方向、約200メートルの位置に、赤い菱形のマーカーが複数、チカチカと点滅を始めている。

「敵(ホスタイル)マーカー……! 赤いってことは、敵対的NPCか」

見知らぬ異世界の森。突然現れた敵の反応。

並の人間であれば、恐怖に足がすくむ状況だろう。

だが、英一の喉の奥からは、低い笑い声が漏れた。

引きこもりニートだった現実では決して味わえない、血が沸騰するような極限のヒリつき。

今の彼は、部屋の隅で親の顔色をうかがっていた無力な少年ではない。

全世界数千万人の頂点に立つ、絶対的捕食者(トップランカー)だ。

「……確かめずにはいられねえよな」

FPSの「神眼」と呼ばれた男は、一切の足音を殺し、木々の影へと滑り込むように前進を開始した。

新たな人生は、血と硝煙の匂いと共に、今、静かに幕を開けた。

読んでいただきありがとうございます。

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