EP 19
商会の強欲と『特許』の閃き〜新たなビジネスの概念〜
工房「マミユの工房」――いや、今や「最強の兵器工房」へと変貌を遂げたその場所は、かつてないほどの熱気に包まれていた。
長屋の作業員たちが基礎となる革と鋼の加工を行い、ラウスが厳しい目で品質をチェックする。そして、英一、マミユ、メルセスの三人の天才がアーマーの核となる衝撃吸収層を組み上げる。
分業による完璧な生産ラインが稼働し、ゴルド商会との契約からわずか数週間で、第一ロットであるコンバットアーマー100着が完成した。
三人は山のように積まれた完成品を『ラビット・グランドマスター』の荷台に乗せ、意気揚々とゴルド商会スタラント支店へと向かった。
「お待ちしておりましたにゃ、皆様」
支店長のナーコは、いつもの完璧な笑顔で一行を迎えると、早速納品されたアーマーの検品を始めた。彼女は無作為に数着を手に取ると、縫製、プレートの強度、革のなめし具合まで、専門家顔負けの鋭い目でチェックしていく。
やがて、ナーコは満足げに頷いた。
「素晴らしい出来栄えですにゃ。全てこちらの要求した規格通りの、完璧な品です。では、こちらが今回の100着分、金貨8000枚のお支払いですにゃ」
ナーコがカウンターにずっしりと重そうな巨大な革袋を置く。
「ありがとうございますわ……!」
マミユが震える手で受け取り、魔法ポーチへと収納する。
順調な取引。誰もが安堵した、その時だった。
「さて、この件は良しとしまして……マミユ様。新たなるビジネスのお話をしませんかにゃ?」
「え? 新たな、ですって?」
ナーコの視線が、窓の外に停めてある『ラビット・グランドマスター』に向けられた。
「ええ。皆様がお乗りになっている、あの素晴らしい魔導車。……あれを、我がゴルド商会で『量産』してみませんか?」
「グランドマスターを、ですって……!?」
マミユの背筋に、冷たいものが走った。
「もちろん、生産に必要な人員や設備、莫大な資金は全て我が商会がご用意いたします。皆様には、その素晴らしい『技術』を私共にご提供いただくだけで結構ですにゃ」
ナーコは甘い声で囁く。
「お待ちになって!」
メルセスが、エメラルドグリーンの瞳を細めて前に出た。
「あの機体は、わたくしとマミユ、そして英一さんの知識が詰まった最高傑作。その設計図を、商会に丸投げしろと仰るの? 技術者として、自分たちの魂を安売りする気はなくてよ」
「安売りだなんてとんでもない。相応の『技術提供料』は一括でお支払いいたしますにゃ。……金貨1万枚で、いかがですか?」
「金貨1万枚……!?」
マミユが息を呑む。だが、その目は笑っていなかった。
一度技術を渡してしまえば、あとはゴルド商会がいくらでも量産し、莫大な利益を独占する。1万枚という額は確かに大金だが、長期的に見れば完全に「買いたたかれている」のだ。
だが、相手は大陸五大企業。真っ向から断れば、今後の素材供給や取引に悪影響が出るかもしれない。
マミユが返答に窮した、その瞬間だった。
「――技術は『売らない』。だが、『貸す』ことはできる」
英一が、冷徹なスナイパーの眼差しでナーコを見据えながら割って入った。
「貸す……ですかにゃ?」
ナーコが怪訝そうに耳をピクリと動かす。
「ああ。俺のいた世界では『特許』っていう仕組みがあってな。俺たちが新しく生み出した技術の権利は、俺たちに帰属する。お前たちがその技術を使ってラビット号を生産・販売したいなら、売れた台数に応じて決められた『使用料』を支払い続けるんだ」
その言葉に、ナーコの細められた瞳がカッと見開かれた。
「な、なんと……! 技術そのものを権利として登録し、他者に使わせることで継続的に利益を得る……!?」
異世界には存在しなかった、「知的財産権」という現代ビジネスの概念。
商会が一括で技術を買い取るという常識を根底から覆す、あまりにも画期的で、英一たちにとって圧倒的に有利な提案だった。
「なるほど! ただ渡すんじゃなくて、使うたびにお金が入ってくる仕組み! それは素晴らしいですわ!」
メルセスが歓喜の声を上げる。マミユの顔にも希望の光が戻った。
「……降参ですにゃ」
ナーコは深くため息をつくと、心底感心したように笑った。
「英一様、貴方の頭の中には、魔導技術だけでなく、商売の常識すら覆す恐ろしい知識が詰まっているようですにゃ。……いいでしょう。その『ライセンス契約』、前向きに検討させていただきます」
「話が早くて助かる」
「ただし」
ナーコは表情を引き締め、ビジネスのプロとしての顔に戻った。
「そのような前代未聞の権利を主張するには、大陸の商業ギルド本部にて、正式な『技術登録』を行う必要がありますにゃ。口約束だけでは、他の商会や貴族が勝手に模倣した際に守り切れませんから」
「商業ギルドの本部……それは、どこにあるんですの?」
マミユが尋ねる。
「大陸の中央都市、『ユミルス』ですにゃ」
中央都市ユミルス。大陸の経済と流通の中心地。
そこで正式な特許を認めさせれば、英一たちの工房はゴルド商会すらも対等に扱う「最強の技術企業」として君臨することになる。
「決まりだな。次の目的地は、中央都市ユミルスだ」
英一の決断に、マミユとメルセス、そしてラウスが力強く頷く。
圧倒的な武力と生産力を手に入れた「神眼のエイイチ」が、ついに異世界の経済ルールそのものを書き換えにいく。
次なる舞台、黄金の都ユミルスでの痛快な逆転劇の幕が上がろうとしていた。




