EP 20
黄金の都ユミルスと、完璧すぎる人狼執事
数日の旅を経て、英一たちの乗る『ラビット・グランドマスター』の前に、ついにその威容が姿を現した。
天を突くほどの白亜の塔、宙に浮かぶ庭園、そして眼下に広がる無限とも思える家々の灯り。大陸の経済と流通の心臓部たる中央都市、ユミルスだ。
「す、すげえ……。これが、帝都ユミルス……」
ラウスやマミユがその圧倒的なスケールに息を呑む中、英一は冷静にハンドルを切り、目的の場所へと車を走らせた。
向かった先は、商業ギルドの本部機能を併せ持つ『ゼニゲコギルド』の中央本部。
金ピカのカエルの巨大な像が頂上に鎮座する、悪趣味なまでに豪華絢爛な建物だった。
大理石の床が磨き上げられた煌びやかな内部へ足を踏み入れると、背後からぬるりとした静かな声がかけられた。
「――わたくしが、ここの総支配人を務めておりますが。お話なら、伺いましょうか」
振り返ると、高級そうな黒いスーツを完璧に着こなした長身の男が立っていた。
その肌は微かに鱗に覆われ、瞳は爬虫類のように縦に細く、時折、舌先が蛇のようにチロリと覗く。
大蛇皮獣人の、オロチだった。
「わたくしたちの独自の技術を、商業ギルドに正式に『登録』したいんですの」
純金で作られた悪趣味な応接室に通されると、マミユが『特許』の構想を説明した。
「なんと……。技術そのものを権利として登録し、他者に使わせることで、継続的に利益を得る……。面白い考え方ですな」
オロチの細い瞳が、強欲な光を帯びて光る。
「ですが、帝国法や他の大商会との調整も必要になる。より良い交渉結果を確実に得るためには……手数料として、金貨8000枚ほどいただきましょうか」
それは、手続きを盾に取ったあまりにも露骨な賄賂の要求だった。
「なっ! 金を取るのかよ!」
ラウスが怒りで身を乗り出そうとするのを、英一が片手で制した。
(なるほど。田舎から出てきた世間知らずの職人だと思って、足元を見てきたか)
本来なら怒るべき場面だが、英一の口角は微かに上がっていた。
FPSにおいて、敵が自分から「撃たれるべき隙」を晒してくれることほど都合の良いことはない。この蛇を完全に社会的に抹殺し、二度と逆らえない「駒」にするための、これは最高の撒き餌だ。
「……いいだろう。くれてやるよ」
英一は魔法ポーチから、金貨8000枚が入ったずっしりと重い革袋をテーブルに放り投げた。
「えっ!? え、英一さん!?」
「ほう。話の分かるお方で助かります」
驚くマミユをよそに、オロチはねっとりと笑い、金貨の袋を引き寄せた。
「これで『技術登録』の手続きは進めてもらう。……行くぞ、マミユ」
英一はオロチに背を向け、悠然と応接室を後にした。
◇
ゼニゲコギルドの悪趣味な建物から出ると、マミユが涙目で英一にすがりついた。
「え、英一さん! どうしてあんな大金を! あの蛇男、絶対にアタシたちを騙してますわ!」
「分かってるさ。あいつは金を巻き上げるだけ巻き上げて、登録は引き延ばす気だ。だが、あれは『投資』だ」
「投資、ですか?」
「ああ。あいつを合法的に、かつ徹底的に叩き潰すための『証拠金』さ。俺たちは最強の技術と武力を持っているが、この大都市の法律や裏のルールには疎い。だから……」
英一は、煌びやかな大通りを見渡した。
「俺たちの代わりに法と経済を操り、あいつの首を真綿で絞め上げる『最強の代行者』を雇う」
一行が向かったのは、静かで洗練された空間が広がる人材ギルドだった。
「とにかく、すんごく頼りになる、最高の執事さんを探してるんです!」
マミユが受付嬢に尋ねると、彼女はおずおずとラウンジの一角を指さした。
「とても……優秀過ぎる方が、あちらの席に……」
視線の先には、一人の男が完璧な姿勢で椅子に腰かけ、静かにお茶を飲んでいた。
銀の混じった黒髪、一切の隙がない執事服。その佇まいだけで、彼が只者ではないことが分かる。
足音に気づいた男はゆっくりとティーカップを置くと、影のように静かに立ち上がった。そして、銀色の鋭い瞳でまっすぐに英一たちを見つめる。
「――わたくしに、何かご用ですかな?」
声はどこまでも丁寧で、しかし鋼のように冷たい響きを持っていた。
彼こそが、完璧な執事にして最強の戦闘力を秘めた人狼族――セブリックだった。
「わたくしの名はセブリック。以後、お見知りおきを」
流れるような所作で懐から名刺を取り出し、手渡してくる。
(なっ……!? この紙切れ一枚から、密かに香る闘気の塊……! 間違いねえ、こいつ、とんでもなく強ぇぇぞ……!)
歴戦の前衛であるラウスが、冷や汗を流して身構えた。
「まあ、執事と税理士の資格を両方お持ちですの? 素晴らしい経歴ですわね」
メルセスが感心していると、セブリックは鋭い視線を英一へ向けた。
「ほう。貴方がたは、何を商いになさって?」
「俺たちは、世界の常識を覆す兵器工房だ」
英一がコンバットアーマーの一部を見せ、『特許』の構想を簡潔に語る。
「何と! 『技術登録』! 実に面白い発想ですな」
セブリックの銀色の瞳が、初めて強い興味の光を宿した。
「だが、先ほどゼニゲコギルドのオロチという男に、手数料として金貨8000枚を不当に巻き上げられた。俺の目的は、あいつを法と暴力の双方で完全に屈服させ、その金を取り戻すことだ」
英一の傲慢なまでの自信と、底知れない器の大きさを前に、セブリックの口角が吊り上がった。
「……よろしい。貴方がたの『執事』となりましょう」
即答だった。
退屈を嫌う最強の人狼にとって、英一という主人は最高のエンターテインメントに他ならなかった。
「では、参りましょうか」
「え? ど、どこへですの?」
マミユが戸惑うと、セブリックは氷のように冷たい、しかしどこか楽しげな笑みを浮かべた。
「決まっているでしょう。ゼニゲコギルドへ、ですよ」
「わたくしは、そのような明白な詐欺行為を黙って見過ごせるほど、紳士では無いのでね」
圧倒的な知略と武力を兼ね備えた、最強の執事が仲間に加わった。
大都市ユミルスを舞台にした、悪徳商人への華麗なる逆襲劇が今、幕を開けようとしていた。




