EP 15
魔改造戦車『ラビット・グランドマスター』爆誕〜天才魔工技師の執着〜
巨大な岩山をくり抜いて作られた城門をくぐると、そこは外界とは全く異なる熱気と喧騒に包まれた別世界だった。
大工房国家ヴォルヘイム。
広大な地下空洞には石造りの工房が規則正しく立ち並び、天井を走る鉱石ランタンの柔らかな光の下で、絶え間ない鎚音と炉の熱気がうねりを上げている。まさに「モノづくり」のためだけに存在する職人たちの都だ。
そんな武骨な街を、パステルピンクの魔導馬車を押しながら歩く英一たちの姿は、嫌でも人目を惹いた。
道行く屈強なドワーフたちが一人、また一人と足を止め、その獲物を見定めるような熱烈な視線を車体へと向けてくる。
「おい、見ろよあの車体……。月光樹の一枚板を、あんな滑らかに曲げやがって……」
「サスペンションの構造が異常だぞ! あの反発力、どうなってやがる!?」
ドワーフたちがじりじりと馬車を取り囲み始めたその時、エルフの魔工技師・メルセスが、自分の宝物を守る猫のように両手を広げて立ちふさがった。
「しっ! しっ! この娘はわたくしが最初に目をつけて、可愛がることになったんですから! あなたたちはあっちへ行ってなさい!」
「なんだよメルセス! 良いじゃねぇか、ちょっと中身を見せろよ!」
「そうだそうだ、ケチ!」
同族顔負けの執着心を見せるエルフの姿に、英一は呆れ半分、感心半分でため息をついた。
マミユもまた、同業者としての対抗心を燃やしながらメルセスを睨みつけている。
なんとかドワーフたちの包囲網を抜け、一行はメルセスの工房へとたどり着いた。
そこは、エルフらしい洗練された美しさと、最新鋭のドワーフ製重機が融合した、異常なまでに整えられた空間だった。
「さあ! 思う存分、可愛がってあげますわよ~!」
メルセスが目を輝かせて魔導馬車に駆け寄ろうとするのを、マミユが両手を広げてブロックした。
「お待ちくださいまし! このラビット号のことは、生みの親であるアタシが一番よく知っておりますの! 場所さえお借りできれば、修理なんてチョチョイのチョイですわ!」
「あら、一人占めは良くありませんわよ? 一緒にやりましょう? その代わり、ここの機材は好きなだけ使って構いませんから」
メルセスが微笑みながら指差した先には、見たこともないような精密工具の数々が並んでいた。
「ま、まぁっ……! あれはドワーフ王国の王立工房にしかないと言われている、最新型の魔力研磨機……!? こちらはエーテル流量を測定する水晶検知器……!?」
マミユの瞳が、途端に技術者としての強烈な輝きを取り戻す。
「わ、分かりましたわ! やりましょう、一緒に! 最高の修理をしてあげますわよ!」
二人の天才魔工技師が意気投合し、キャッキャと専門用語を交わし始めた。
その様子を眺めながら、英一は工房の作業台に広げられた羊皮紙を引き寄せ、木炭でスラスラと図面を描き始めた。
「なあ。どうせ根本から修理するなら、この異世界の悪路に耐えられるよう、俺の知識で足回りを完全に設計し直したいんだが」
英一の言葉に、マミユとメルセスがピタリと動きを止めて振り返った。
彼が描いていたのは、前輪のタイヤと、後輪の代わりに装着された強靭な無限軌道を持つ、異形かつ合理的な車両――現代ミリタリーにおける『M3ハーフトラック』の構造図だった。
それを見たメルセスのエメラルドグリーンの瞳が、限界まで見開かれた。
「あらあらあらあら……! なんてこと! 面白すぎますわ、この構造! 前輪で操舵し、後部の軌道帯で大地を掴む……! これなら泥濘だろうと荒野だろうと、どんな悪路でも走破できますわ!」
「でしょ~! 英一さんの頭の中には、アタシたちじゃ想像もつかない世界が広がっているんですのよ!」
マミユが自分のことのように得意げに胸を張る。
「各転輪に独立懸架のサスペンションを噛ませて、振動を完全に吸収する。動力はメルセスが最適化した魔力伝達パイプを使って、トルクを後部の履帯に全振りするんだ」
英一が現代の戦車工学の基礎を語るたび、メルセスの顔が歓喜に上気していく。
「もう……これは、ただの修理じゃ済みませんわね」
メルセスはローブの袖をぐいっとまくり上げた。
その顔は優雅なエルフのそれではなく、未知の技術に心を奪われた狂信的なエンジニアの顔だった。
「この娘を……徹底的に、可愛がってあげますわ」
そこからの数日間は、まさに嵐のようだった。
英一が現代兵器のサスペンションと装甲傾斜の理論を指導し、マミユが炉でドワーフ鋼を叩き出して車体と履帯を組み上げる。そしてメルセスが、エルフの魔法論理を駆使して新たな動力機関と魔力兵装を設計・搭載していく。
ラウスはそんな三人のために買い出しに走り、時折その無茶苦茶な設計に「そんなもん、実戦じゃ使い物にならねえぞ!」と前衛としての貴重なツッコミを入れる役回りに徹していた。
そして、ついにその「魔物」は完成した。
パステルピンクの堅牢な傾斜装甲、兎の顔を模した愛らしいフロントグリル。
だが、その下部には悪路を粉砕するゴツい無限軌道が備わり、車体の上部には、メルセスが魔改造を施した物々しい旋回式の連装魔導カノンが鎮座している。
可愛らしさと凶悪さが奇跡的なバランスで融合した、異世界唯一無二の魔導戦車。
『ラビット・グランドマスター』の誕生である。
「素晴らしいですわ……完璧なフォルム……」
「この魔力循環の滑らかさ……芸術品ですわね……」
完成した車体を撫でながら、マミユとメルセスが恍惚とした表情でうっとりとしている。
「なあ、英一。俺たち、何しにヴォルヘイムに来たんだっけか……?」
「さあ……? なんか、すごい戦車を作りに来たような気がする」
二人の狂気に引き気味のラウスと英一が顔を見合わせた瞬間、マミユがハッと我に返った。
「違いますわよ! ドワーフ鋼! 私たち、コンバットアーマーの材料を大量に買い付けに来たんだったのでしたわ!」
「完全に忘れてたぜ……」
本来の目的を思い出し、冷や汗をかく三人。
メルセスは首をかしげながら、興味深そうに尋ねた。
「ドワーフ鋼が大量に必要? 一体何のためにですの?」
「実は、英一さんの知識を元に開発した最強の防具を、ゴルド商会に年間1000着納品する契約を結んでしまいまして……」
マミユが魔法ポーチからコンバットアーマーを取り出して見せると、メルセスは再び技術者としての目をギラつかせた。
彼女は英一という「底なしの知識の泉」に完全に魅了されていた。この少年のそばにいれば、退屈なエルフの寿命など一瞬で消え去るほどの知的興奮が味わえるに違いない。
「……なるほど。事情は分かりましたわ。それほどの量となると、普通の問屋では無理ね。わたくしの知り合いの、ドワーフ商のガルドフという男を紹介します。彼ならきっと力になってくれるはずですわ」
メルセスは楽しげに微笑んだ。
彼女という最強の技術サポートを得た英一たちは、大量のドワーフ鋼を確保するため、新たな取引へと向かうのだった。
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