EP 12
大陸五大企業『ゴルド商会』との専属契約と、金貨10万枚の決断
英一とマミユ、そしてラウスの三人は、完成したコンバットアーマー一式を荷車に積み、スタラントの商業区の中心へと向かった。
目的地は、周囲の建物とは一線を画す、磨き上げられた白亜の洋館。
大陸の流通と経済を牛耳る五大企業の一つ、『ゴルド商会』のスタラント支店だ。
「いよいよですわね、英一さん」
マミユがごくりと唾を飲み込む。
「ああ。俺たちの技術の本当の価値を、一番高く買える連中に売りつけるぞ」
英一は一切の気負いなく、堂々と商会の重厚なガラス扉を開け放った。
「いらっしゃいませ。どのようなご用件でしょうか、にゃ?」
受付の奥から現れたのは、完璧に着こなされた高級な制服と、ふわふわの白い猫耳、そしてしなやかな尻尾を持つ女性だった。
その可憐な容姿とは裏腹に、立ち居振る舞いには一切の隙がない。ゴルド商会スタラント支店長・ナーコだ。
「わたくしたち、全く新しい概念の防具を開発しましたの。ゴルド商会様に、この防具の独占販売契約をご提案に参りましたわ」
英一という「最強の後ろ盾」を持つマミユの言葉には、かつて借金取りに怯えていた少女の面影は微塵もなかった。一人の誇り高き工房主として、堂々と切り出す。
「……なるほど。では、そのお品を拝見いたしましょうかにゃ」
応接室に通され、ラウスがテーブルの上に漆黒のコンバットアーマーを恭しく並べた。
ナーコは猫のようにしなやかな指先で、ドワーフ鋼のプレートを叩き、レッドオーガの革のなめし具合を確かめる。
最初は余裕の営業スマイルを浮かべていたナーコだったが、アーマーの内部構造――「硬い層」と「柔らかい層」が織りなす衝撃分散の仕組み――に気づいた瞬間、その細められた瞳がカッと見開かれた。
「こ、これは……にゃんと……!」
彼女の冷静な仮面が剥がれ落ちる。
「外側のドワーフ鋼で魔法や斬撃を弾き、内側の革と特殊樹脂の層で打撃のエネルギーを完全に殺し切る……!? いえ、それだけじゃありませんにゃ。各パーツが独立して動きを阻害しない、この人間工学に基づいた完璧なフォルム……!」
ナーコは震える手でアーマーを撫でた。
「……信じられませんにゃ。我がゴルド商会が抱える国属の錬金術師たちでさえ、これほど合理的で完璧な防具は生み出せていません。これは、戦争の歴史を変える代物ですにゃ……!」
大陸五大企業のエリートの度肝を抜く。
異世界の魔法技術と、英一の現代ミリタリー知識が融合した「知識チート」の完全なる勝利だった。
「素晴らしいお品ですにゃ! 是非とも、我がゴルド商会と独占販売契約を結ばせていただきます!」
ナーコは身を乗り出し、興奮を隠しきれない様子で叫んだ。
「このコンバットアーマー一式、金貨80枚で買い取らせていただきます。そして、年間に1000着、私共だけに卸していただきたいにゃ」
「さらに、ゴルド商会との専属契約金と技術登録料として、即金で金貨2万枚をお支払いしますにゃ!」
「き、金貨2万枚!? 総額で10万枚!?」
マミユが思わず声を上ずらせる。ラウスも顔面蒼白で震えていた。
だが、英一は冷徹なスナイパーの眼差しで、ナーコの提示した契約書を睨み据えた。
「――待て」
英一の低く鋭い声が、応接室の空気をピシャリと凍りつかせる。
「買い取り価格と契約金に不満はない。だが、『専属契約』の条項は少し書き換えてもらう」
「……と、仰いますと?」
ナーコが警戒したように耳をピクリと動かす。
「俺たちはゴルド商会の『下請け』になるつもりはない。対等な『ビジネスパートナー』だ。このアーマーの技術権利は完全に俺たち『マミユの工房』に帰属する。お前たちはあくまで『販売代理店』として、独占的に売る権利を得るだけだ」
英一の、現代の「特許」や「知的財産権」の概念を根底に置いた強気な交渉。
一介の職人が大商会に条件を突きつけるなど前代未聞だったが、アーマーの圧倒的な価値を知ってしまったナーコに、拒否権などあるはずがなかった。
「……降参ですにゃ。わかりました。その条件で、契約書を書き直しましょう」
ナーコは苦笑しながらも、英一の底知れない器の大きさと知略に、深い敬意の眼差しを向けた。
かくして、辺境の小さな工房は、異世界最大の企業と「総額10万金貨(約10億円)」という天文学的な契約を、完全な主導権を握った状態で締結したのだ。
◇
ゴルド商会からずっしりと重い「金貨2万枚(前金)」の入った魔法鞄を受け取り、スタラントの喧騒の中に戻った三人。
「や、やりましたわ! 英一さん! これで私たち、大金持ちですわ!」
マミユが歓喜の声を上げる。
だが、英一の表情は引き締まっていた。
「喜ぶのは早いぞ、マミユ、ラウス。大金を手に入れたってことは、それだけの責任を背負ったってことだ」
英一の言葉に、ラウスがハッと我に返る。
「そういや……契約は『年間1000着』の納品だったな。おいおい、マジかよ……俺たち三人だけで、どうやってそんな数を作るんだ?」
「技術と資金は手に入れた。だが、生産力と、アーマーの核になる『レッドオーガのなめし革』の供給量が圧倒的に足りない」
英一は冷静に現状のボトルネックを分析する。
「レッドオーガはCランクの凶悪な魔物ですわ。普通に討伐依頼を出しても、月に数体集まれば良い方ですのよ……」
マミユが青ざめる。
だが、英一は不敵に笑った。
「なら、俺たちから狩りに行く手間を省けばいい。『魔物の素材』を裏で大量に牛耳ってる奴らが、この街にいるだろ?」
その言葉に、マミユとラウスは息を呑んだ。
「まさか……英一。あいつのところに乗り込む気か?」
ラウスが冷や汗を流しながら尋ねる。
「ああ。かつてマミユを借金で苦しめた悪徳ギルド……『ゼニゲコギルド』の親玉だ」
圧倒的な資金力とゴルド商会という「最強の後ろ盾(虎の威)」を手に入れた英一たち。
次なる標的は、因縁の悪徳商人。毒を以て毒を制す、痛快な逆襲の幕が上がろうとしていた。
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