第4章:蝕まれる境界線
「世界をどう見るかは、自分自身が決める」
過酷な現実(砂漠や戦争)の中でも、想像力と信念という「物語の力」を持つことで、人は暗闇の中に光を見出し、歩き続けることができるのだろうか……
初投稿です。よろしくお願いします。
※この作品は小説家になろう、カクヨムで同時掲載しております。
静寂は、鉄の扉を激しく叩く音によって破られた。
イライアスの観測装置が、地上の異変を無機質な警告音とともに告げる。モニターには、砂嵐を切り裂いて接近するいくつもの影が映し出されていた。それは、かつてアミラを介抱し、そして背中を見送ったはずのあのキャラバンを飲み込み、さらに膨れ上がった略奪団の群れだった。
「計算通りだ。彼らは最短ルートでここを見つけ出した。アミラ、お前の『蝶』に、迫りくる銃弾を弾き返す力はあるか?」
イライアスの声に、いつもの皮肉はなかった。彼はすでに、地下室の中央にある巨大なホログラム投射機へと駆け寄り、埃を被ったケーブルを強引に繋ぎ直していた。
「あいつらはこの街の資源を奪いに来た。そして、お前の胸で光るその『富』もな。……逃げ道は一つだ。だが、私の理論だけでは光が足りない」
地表では、鏡の街の残骸が次々と爆破され、鏡の破片が悲鳴のような音を立てて砕け散っている。イライアスはアミラの首にかかった琥珀を指差した。
「アミラ、その琥珀を投射機のスロットに入れろ。お前の『空想』を、私の『科学』で増幅し、この街全体にブロードキャスト(投射)するんだ。それが、奴らの目を眩ませる唯一の盾になる」
アミラは躊躇わなかった。大切な、祖父の温もりが宿る石。それを冷たい機械のスロットへと差し込んだ。
イライアスがメインレバーを引き下げた瞬間、琥珀がかつてないほど激しく熱を帯び、目を開けていられないほどの蜂蜜色の光が地下室を満たした。
「行け、アミラ! 投射機が焼き切れる前に!」
アミラは非常口のハッチに手をかけたが、操作パネルに張り付いたままのイライアスの腕を掴んだ。
「あなたも来て! ここはもう壊れちゃうわ!」
イライアスは、かつてないほど穏やかな、そして悲しい微笑を浮かべてアミラの手を振り払った。
「いいかい、アミラ。科学は、世界がどうなっているかを解き明かす。だが、世界をどう『見る』かを決めるのは、お前自身だ。たとえ私のデータがお前の蝶を否定しても、お前がその光で今日を生き延びるなら……それはどの真実よりも価値がある」
彼はスロットから、白熱する琥珀を強引に引き抜くと、それをアミラの手の中に押し戻した。その指先が、火傷を負うほどに熱くなっているのをアミラは見逃さなかった。
「持っていけ。これはもう、ただの石じゃない。お前の物語を書き留めるための、『記憶の心臓』だ。行きなさい、アミラ! 蝶を死なせるな!」
背後で、地上のハッチが爆破される音が響いた。イライアスはアミラを暗い非常通路へと突き飛ばし、内側から重いロックをかけた。
ハッチが閉まる直前、アミラが見たのは、鏡の迷宮全体に拡大投影された数万の黄金の蝶が、砂漠の夜空を白昼のように照らし出す光景だった。略奪団の叫び声が、美しく、暴力的なほどの光の渦に飲み込まれていく。
アミラは暗い通路を、涙を拭う暇もなく駆け抜けた。
背後で街が砂の中に沈んでいく振動を感じながら、彼女は握りしめた。イライアスの指の熱、祖父の匂い、そしてザラの震える手の感触。
地上へ這い出したアミラの前に広がっていたのは、光の粒子が雪のように降り注ぐ、消えゆく魔法の夜だった。彼女は一度も振り返らず、光の羽ばたきが導く西の果てへと、魂の限りを尽くして走り出した。
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