第5章:光の羽ばたき
「世界をどう見るかは、自分自身が決める」
過酷な現実(砂漠や戦争)の中でも、想像力と信念という「物語の力」を持つことで、人は暗闇の中に光を見出し、歩き続けることができるのだろうか……
初投稿です。よろしくお願いします。
※この作品は小説家になろう、カクヨムで同時掲載しております。
鏡の街を離れてから、どれほどの月日が流れたのか、アミラにはもうわからなかった。
ザラから譲り受けた布は砂に削られてボロボロになり、イライアスの教えてくれた最短ルートも、猛烈な砂嵐がすべてを書き換えてしまった。
アミラの前に立ちはだかったのは、空を切り裂くような巨大な「壁」だった。
それは祖父の物語に出てくるような美しい宮殿の城壁ではなく、人間が人間を拒絶するために築き上げた、冷徹な鉄とコンクリートの国境線だった。壁の麓には、同じように力尽き、砂に埋もれかけた越境者たちの影が点在している。
「おじいちゃん……もう、歩けないよ」
アミラは壁の冷たい肌に背を預け、ずるずると座り込んだ。
喉は焼けつくように乾き、視界は熱に浮かされて歪んでいる。胸元の琥珀を取り出し、最後の一筋の光に透かしてみた。けれど、そこにはもう黄金の道など映っていなかった。ただの夕陽に照らされた、冷たい石の影が伸びているだけ。
その時だった。
壁の検問所から、夜の訪れを告げる鋭いサーチライトが放たれた。それは侵入者を容赦なく暴き出す「拒絶の光」だ。
死の予感に震えるアミラは、反射的に琥珀を両手で包み込み、最後の祈りを捧げた。
(おじいちゃん、ザラ、イライアス……お願い、光を……!)
アミラが、己の命を絞り出すように琥珀を強く握りしめた瞬間、掌の中で「パキリ」と乾いた音が響いた。
幾多の戦火を潜り抜け、イライアスの機械で白熱し、アミラの涙を吸い続けた琥珀が、ついにその形を保てなくなったのだ。
亀裂から溢れ出したのは、数千万年の時を超えて閉じ込められていた、太古の樹液の芳香と、凝縮された黄金の輝きだった。
砕け散った石の破片から放たれた光が、サーチライトの白光と混ざり合い、砂塵の中に巨大な黄金の蝶の輪郭を描き出した。それはホログラムでも幻覚でもない。アミラが旅路で出会った人々の想いと、彼女の「生きたい」という意志が、物理的な輝きとなって闇を切り裂いたのだ。
「……見ろ、あれは何だ!」
壁の上の兵士たちが叫んだ。銃口が下ろされ、サーチライトが一点に集中する。
黄金の羽ばたきに包まれた少女の姿は、砂漠の死神たちを怯えさせるに十分なほど神々しく、そして痛々しいほどに美しかった。
アミラが意識を失う直前に見たのは、重い鉄の門がゆっくりと開き、自分へと駆け寄ってくる人々の影だった。
運ばれていく彼女の視界の端で、壁の向こう側の景色が流れていく。
そこには、黄金の宮殿などなかった。
あるのは、風にそよぐ緑の麦畑と、夕飯の支度をする煙突の煙、そして家族の笑い声が聞こえてきそうな、ありふれた、穏やかな「平和」という名の景色だった。
アミラは悟った。
黄金の国とは、地図にある場所ではない。
誰かのために流した涙や、差し出された水、そして「明日はきっと良くなる」と信じる心。その色が混ざり合ったとき、世界は黄金に輝くのだと。
エピローグ
数年後。
国境沿いの小さな街にある木彫り工房で、一人の少女が窓を開けた。
彼女の首元に琥珀はない。あの日、砕け散った石の欠片の一つは、いまは小さな銀の指輪に嵌められ、彼女の指先で静かに瞬いている。
アミラが作業台に向かい、小さな小刀を握る。削り出されているのは、一羽の蝶だ。
かつての祖父のように、彼女もまた、誰かの暗闇を照らすための「物語」を刻み続けている。
窓の外、オリーブの木に本物の蝶が舞い降りた。
アミラは微笑み、再び木を削る音を響かせる。
琥珀の中の蝶はもう眠っていない。それは彼女の心の中で、そして彼女が紡ぐ新しい日々の中で、永遠に羽ばたき続けているのだから。
『琥珀の蝶と砂の境界線』 ― 完 ―
ここまで読んでいただきありがとうございました。
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