第3章:鏡の街の賢者
「世界をどう見るかは、自分自身が決める」
過酷な現実(砂漠や戦争)の中でも、想像力と信念という「物語の力」を持つことで、人は暗闇の中に光を見出し、歩き続けることができるのだろうか……
初投稿です。よろしくお願いします。
※この作品は小説家になろう、カクヨムで同時掲載しております。
ザラに教えられた通り、三つ目の岩山を越えたとき、アミラの前にそれは現れた。
かつて高度な文明を誇ったという地下都市の入り口は、今や巨大な砂の波に飲み込まれ、錆びた鉄骨とひび割れた強化ガラスが、骸骨の肋骨のように空を突き刺している。
しかし、その光景はアミラの目には、これまで見たどんな景色よりも幻想的に映った。地表に突き出した無数の鏡の破片が、西日を反射して街全体を白熱した光の繭のように包み込んでいたからだ。
「……きれい」
アミラが足を踏み入れると、胸元の琥珀が周囲の鏡と共鳴するように激しく明滅した。鏡から鏡へと光が跳ね返り、まるで数万の黄金の蝶が廃墟の中を舞っているかのようだった。アミラは恍惚として、自分がついに祖父の言った「黄金の国」に辿り着いたのだと、乾いた確信を抱いた。
「無意味な光に惑わされるな、小娘。それはただの物理現象だ。屈折と反射が作り出した、中身のない虚像だよ」
冷や水を浴びせかけるような声が、廃墟の底から響いた。
現れたのは、油汚れにまみれた白衣を纏い、機械の部品をいじっている老人だった。イライアスと名乗ったその男の瞳は、レンズ越しにアミラを顕微鏡の標本のように冷たく観察していた。
彼はアミラを地下の居住区へと招き入れた。そこは、青白いモニターの光と、埃っぽい機械の匂いに満ちた「現実」の聖域だった。イライアスはかつて、この都市で光の屈折を利用したホログラム技術の研究をしていた科学者の生き残りだった。
「見なさい、これが世界の正体だ」
イライアスが古びたスイッチを入れると、空中にホログラムの地図が浮かび上がった。かつての緑豊かな大地が、砂に侵食され、黒く枯れ果てていくシミュレーション映像。
「水は枯れ、土は死んだ。お前が目指している『黄金の国』など、古い地磁気異常か、大気の塵が見せた幻影に過ぎない。お前の持っているそれも同じだ」
イライアスはアミラの胸元で揺れる琥珀を指差した。
「それはただの、数千万年前に死んだ樹液の塊だ。中にいるのは、逃げ遅れた名もなき虫の死骸だよ。お前のじいさんは、お前に残酷な嘘をついた。希望という名の、毒を飲ませたのさ」
アミラは耳を塞ぎたかった。イライアスの言葉は、彼が操る機械のように精密で、一点の曇りもない「正しさ」に満ちていた。その正論という名の刃が、アミラの心をじわじわと切り裂いていく。
「おじいちゃんの言ったことが、嘘だったとしても……」
アミラは震える声で絞り出した。彼女は首から琥珀を外し、イライアスの無機質な計算機の隣に、そっと置いた。
「この蝶々がいなかったら、私は最初の夜に死んでいた。あなたが『バグ』と呼ぶもののせいで、私は今日、あなたに出会えたの。あなたの機械は、悲しい終わりしか写さないけれど、私の琥珀は、暗闇の中で道を見せてくれた」
地下室の青白い光の中で、アミラの体温を吸った琥珀が、モニターの光を撥ね退けるように柔らかく、確かな蜂蜜色の輝きを放った。
イライアスは、計算機の冷たい数値を反射する琥珀を、じっと見つめ続けた。
「……科学は、世界がどうなっているかを解き明かす。だが、世界をどう『見る』かを決めるのは……」
老科学者は言葉を切り、深く、長くため息をついた。その横顔には、皮肉な冷徹さではなく、どこか懐かしいものを思い出したような、深い哀愁が漂っていた。
「いいだろう。その『バグ』が、この残酷な世界でどこまで通用するか。見届けさせてもらおうじゃないか」
イライアスは再びキーボードを叩き始めた。その音は、先ほどよりも少しだけ、リズムを持って響いていた。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
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